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深紅の大優勝旗を震災の傷痕残る東北へ、との思いは届かなかった。春夏通じて東北勢として
初の甲子園優勝を目指した光星学院。それでも青森県代表として1969年以来42年ぶりの
準優勝という快挙に、地元八戸市では多くの市民や生徒が健闘をたたえた。
八戸市は東日本大震災の津波で、死者1人、行方不明者1人のほか、住宅や工場など
2300棟以上が全半壊の被害を受けた。
市中心部の観光施設内に設置された大型スクリーン前では、100人以上の市民が声援を送った。
主婦の奥崎節子さん(69)は「震災後も変わらず練習する姿を見ていた。準優勝に感激した」と話す。
会場に用意されたメッセージボードには「胸を張って帰ってきてください」との書き込みもあった。
市内の水産会社「丸吉」は津波で会社や工場が浸水したほか、イカ釣り漁船も大破した。会社で
試合を見守った社長の川村嘉朗さん(64)は「1点は欲しかったが、八戸に力を与えてくれた」と
声を弾ませた。
八戸市湊高台の光星学院の体育館。日大三高の猛攻に、700席がほぼ埋まった場内は静まり返り、
顔をメガホンで覆う女子生徒の姿も。試合が決まると、会場からは「お疲れ」と大きな拍手が送られた。
同校3年の馬場夏美さん(17)は「残念だったけどすごく頑張った」と涙をこらえるように話した。
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