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シンプルな攻めで裏を突こうという時、頼りになるのはロッベンのような俊足のアタッカー。
互いに決め手を欠いて迎えた後半17分、相手DFの裏へけり込んだ球にロッベンが追いつきGKと1対1に。シュートはGKの右。GKは左へ倒れた。しかし球はGKの足に当たってはじかれた。
後半38分のチャンスも同じような形。相手DFに追いかけられながらもロッベンが抜け出し、またもGKと1対1になったが足元に飛び込んできたGKに防がれた。
「ロッベンが得点していたら、我々は世界一になっていただろう。美しいサッカーはできなかったが勝ちたかった」とファンマルウェイク監督。
美しさとは無縁の不格好な攻撃だったが、肝心の結果に結びつかなかった。
序盤はパスをつないで前進するより、相手のサイドバックの背後へ長い球を放り込んだ。途中で球を取られて逆襲されるおそれのない安全重視の攻め手を多用した。
うまくパスが通らなくても構わないかのように、続けて球を追った。パスが長すぎてスローインになったらそこで囲い込む。取り返せばチャンス。
その気負いからか、前半15分にFWのファンペルシーが激しいスライディングタックルで警告を受けた。
後半からはまともに攻めようとしたが通じなかった。MF、DF陣が荒っぽい当たりを見せ始め、イエローカードのリストが続いた。
プロ化が1950年代と遅かったオランダは、74年W杯西ドイツ大会で初めて強豪に仲間入り。スーパースターのヨハン・クライフらを擁して準優勝。
続く78年のアルゼンチン大会も決勝まで進んだ。クライフの「美しく勝利せよ」という言葉は人々の心をつかみ、当時のフォーメーション、
4―3―3をひな型とした攻撃サッカーは今でもオランダの選手育成の柱だ。
伝統の「美しいサッカー」とはあえて距離をおいた3度目の準優勝。オランダのサッカー界はどう総括するだろう。