10/07/04 12:22:40 RMwFEMb+0
高橋がスケートを始めたのは8つの頃。
本格的にお金が入用になりだしたのは中学生になり
頭角を現しスケ連の目にとまった13歳頃から。
例の件はシニア国際大会デビューが約一ヶ月後に迫った頃。
当時16歳。渦中の兄は10歳違いの一番上の長男。
被害者は弟には責任はないからと
スケートを続けることを承諾してくれた善意の人だった。
地元の支援と合わせ続ける以上は結果を出さねばと
強く責任を課していただろうことは推測される。
ましてやスケ連のポスト本田への期待は強かった。
時代背景も合わさり思ったように結果を出せないことに
徐々に居心地悪そうに萎縮するようになってましたね。
反動で大学デビューし一時グレ気味になっちゃったけど、
躁鬱っぽかったと当時のこと八木沼純子本に書かれてたね。
抱えてるものが重くて可哀相だとかつて恩田が言ってたね。
何かあったら独りで抱え込まずに周りに相談しろと
かつて本田に言われてたね。
心無いスケオタが一部に根強く居座ってるこの世界で
よい先輩達に恵まれたのは幸運だったと思う。