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産経抄 11月8日
立冬を迎えた。といっても、きのうの東京は日中、上着を脱いでも汗ばむ
ほどの陽気だった。清湖口敏論説委員のコラム「国語逍遥」によれば、
弊社の今春の採用試験で、「小春日和」の意味を正しく答えた受験者は、
30%程度にすぎない。現代日本人の日常生活から、季節感が急速に失
われつつあるという指摘は、まさにその通り。
▼「仕込みが始まりました」。折も折、今年も栃木県の知り合いの蔵元か
ら、季節の便りが届いた。酒造りにはまだ気温が高すぎるそうだが、朝晩
の冷え込みは強まり、白露が目立つようになった。そういえば日本酒の
世界には、まだ四季の変化を尊ぶ文化が残っている。
▼まず年明けには、晩秋に仕込んだ口当たりさわやかなしぼりたてをい
ただく。2、3カ月たって味が落ち着いてくると、間もなく花見の季節を迎
える。夏はもちろん、冷酒に限る。今の時期は、ひと夏越して味わいが
増した冷やおろしを常温で楽しんでいる。風の冷たさが身にしみるように
なると、恋しくなるのが燗酒(かんざけ)だ。
▼エッセイストの本間千枝子さんは、5歳のころから、父親の晩酌のお燗
番をしていたそうだ。戦前の東京の冬は寒かった。「あなたはお歌をうた
ったらどうかしら。『赤い靴』なら三番までゆっくりね」。母親は、徳利(とっ
くり)をお湯につける時間をこんなふうに教えた。
▼長じて渡米し帰国したとき、本間さんはすっかり冷酒党になっており、
父親を驚かせる。ところが、還暦近くなってから、燗酒に転向するように
なった(『セピア色の昭和』岩波書店)。
▼人と酒との関わりも、振り返ってみれば、季節の移り変わりのごとくで
ある。まだ少し早いけれど、燗酒で一杯やりたくなってきた。