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産経抄 6月16日
美食家として名高い北大路魯山人のところに、若い料理研究家が、チー
ズを土産に持っていったことがある。大いに気に入った魯山人に、「家に
まだたくさんありますから、お送りしましょうか」と言うと、こんなふうにた
しなめられたという。
▼「お客に出した物が気に入られ、もう少しないかと言われたとする。私
なら台所に山と積んであっても、『残念ながらもうございません』と答える。
そうすれば客は、『もっと食べたかった』と思ってくれるものだ」。
▼魯山人はさすがに、「最後の料理」のおいしさを知っていた。客足が途
絶えたデパートやレストランが廃業を決めると、途端に客が殺到する現
象にも似ている。東日本大震災の発生から約100日を迎えた菅直人首
相は、そのへんの機微がおわかりでないようだ。
▼首相の「退陣表明」は、「これで最後」とみんなが信じたからこそ、おい
しい料理に仕上がった。してやったり、とばかりに、「1・5次」補正予算案
に、再生可能エネルギーに関する新たな法案と、追加料理の数々に、
客は戸惑うばかりだ。
▼廃業を決めたはずのレストランが、なし崩し的に営業を続けるのは、
まさに詐欺(ペテン)行為といえる。首相の居座りが長引くほど、被災地
復興のための献立づくりが遅れ、被災者の政治不信は強まっていく。
米倉弘昌経団連会長は、「お辞めにならねば日本没落だ」とまで言って
のけた。
▼「喉にトゲ刺さったような日の続く原発怖し余震も怖し」。きのうの「産
経歌壇」に載っていた作品だ。原発事故も余震も怖いが、何より恐ろし
いのは、おいしい料理どころか、トゲとなっても喉にツメを突き立て、離
れようとしない首相の権力への執着である。