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産経抄 6月9日
吉行淳之介は、小説のなかで人間のからだについて書くとき、「●」と
いう字を使ったそうだ。パートナーだった宮城まり子さんが、まねをし
て自分の文章のなかで同じ漢字を使うと、吉行はこんなふうに叱った。
▼「僕がこの字『●』を使い始めたのは、娼婦(しょうふ)とか弱いカラダ、
なんか美しい苦労したカラダに使ったの。君には向かない。『躰』もつ
まらないな。『身体』は小学校の体操みたいだから書くな。そうだな君
は『からだ』とひらがなで書くのが一番似合うんじゃない」(『著名人名づ
け事典』矢島裕紀彦著)。
▼きのう、政権発足から丸1年を迎えた菅直人首相には、どんな漢字
が似合うのだろう。「からだ」という言葉は、もともと死体を意味していた。
菅内閣も、もはや退陣の時期ばかりが取り沙汰される「死に体」状態だ。
▼「から」の字には抜け殻の「殻」、あるいは草木の命が終わる意味の
「枯」はどうだろうか。もっとも、首相自身はいまだ政権に未練たっぷり
らしい。内閣不信任決議案を否決に導くために退陣を偽装し、鳩山由
紀夫前首相から「ペテン師」と呼ばれた首相には、「虚」の字もぴったりだ。