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産経抄 5月25日
ポーツマスでの日露戦争講和会議のため米国入りした外相、小村寿太郎の
一行はシアトルから汽車で米大陸を横断した。途中、山林地帯の駅に止まる
と、線路ぎわに日本人らしい男5人が立っている。手には急ごしらえの日の丸
を持っていた。
▼展望台に出た小村が尋ねると十数キロ離れた森林で働く日本人だった。
国運をかけた交渉に赴く小村を見送りたいと夜通し歩いてきたらしい。小村
が「よく来てくれた」と声をかけると男たちの頬を熱涙が伝い、小村も目に涙
を浮かべたという。
▼外相秘書官だった本多熊太郎が著書などに書き残したエピソードで、明治
38年7月のことだ。日本は戦争で勝ったとはいえ戦う余力はなく、講和次第
ではまだ国難が待ち受けている。そんな中、交渉に向かう小村の緊迫感と国
を憂える国民の思いが交差する感動の話である。
▼106年後の昨日菅直人首相はサミット出席のためフランスに出発した。大
震災後、初めて先進国の首脳と一堂に会する。当然、原発事故を受けてのエ
ネルギー政策などが大きなテーマになる。日本にとっては国際的信頼を取り
戻せるかどうか、国運をかけた会議が待っている。
▼長期的ビジョンを示すのではなく、軽々に「脱原発」の姿勢を見せるのでは、
信頼はガタ落ちとなる。先進国から仲間はずれにされる恐れは大きい。それ
だけに首相にとって、国難に立ち向かうためポーツマスに旅だった小村の心
境であってしかるべきだ。
▼だが首相にそれだけの覚悟は見てとれない。出発前の国会審議でも、原
発事故に対する責任逃れや政権維持への思惑ばかり目立った。これでは日
の丸を持って山道をかけつけた明治の男たちの心境にはとてもなれない。