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産経抄 10月22日
同じ劇団のリーダーだった最初の夫と結婚したのは、昭和7年、24歳のときだ。結婚
式の翌朝早く、新居の玄関に緊張した面持ちの母親の姿があった。「おまえのことだ
から、憤(おこ)って家を飛び出したりしないかと思って…」。
▼性に疎い娘のことが心配で、訪ねてきたというのだ(『夫からの贈りもの』草思社)。
18日に102歳の天寿を全うした女優、演出家の長岡輝子さんの回想記には、「まさか!」
と声を上げたくなるような、驚きのエピソードが満載だ。
▼文化学院では、与謝野晶子に『源氏物語』を、堀口大学にフランス近代詩を習った。
まもなく築地小劇場の試験に受かると、英語教師だった父親から、思いがけない提案
がある。「女優になる前に、本場の芝居を見てきたらどうか」。パリでは藤田嗣治の不
良ぶりにあきれ、岡本太郎からはラブレターを受け取った。
▼三島由紀夫とは、作家と演出家というより、家族ぐるみの付き合いだった。川端康成
がノーベル賞を受賞したとき、くやしがる様子も、目の当たりにしている。なんと贅沢(ぜ
いたく)な人生だろう。量、質ともに人並みはずれた経験の積み重ねが、芳醇(ほうじゅ
ん)なワインのような芸を生み出したといえる。90歳を超えてからも、宮沢賢治の朗読
会などに大勢のファンが駆けつけた。
▼夫と死別した長岡さんが、一人息子を連れて再婚を決意したのは、戦争のさなかだ
った。気がかりなのは、彼が金持ちだったことだ。自分に邪心がないか、トランプで占う
と、3度とも成功した。ほっとして亡くなった夫の写真を見上げると、「君は間違ってない」
とけしかけているようだった、という。
▼天国で再会したふたりの夫との、思い出話はつきることがないだろう。