10/09/06 06:18:35 90WtxlVM0
産経抄 9月6日
例年の今ごろなら、週に何度かは食卓に、カボスを絞ったサンマの塩焼きが並んでい
るはずだ。もちろん刺し身でもいい。ところが今年は前年の同じ時期に比べて、わずか
2割程度しか獲(と)れていないらしい。
▼ただ「捨てる神あれば拾う神あり」で、今年はマイワシが豊漁だ。紫式部も大好物
だったというイワシは、長い間日本人の食生活を支えてきた。魚にくわしい同僚の長
辻象平論説委員によると、江戸時代の元禄の繁栄を支えたのも、大量に獲れたイワ
シだという。
▼庶民の、そしてお犬様の口に入っただけでなく、農作物の肥料となり、しぼった油は、
灯油や害虫を防ぐ農薬としても使われた。その後も数十年の周期で、資源量の増減
を繰り返してきたが、そのメカニズムはまだわかっていない。
▼最近では昭和63年に448万トンという空前の大漁を記録してから、漁獲量は減り
続けている。特に4年前には、東京・築地市場で1匹1200円の高値がついて、世間
を驚かせた。その調理法はサンマよりもずっと多彩だが、極めつきは、作家、檀一雄が
伝授する煮付けだと思う。
▼かつて小紙に連載された『檀流クッキング』によれば、ショウガとコンブ、梅干しに、
しょうゆ、酒、お茶を加え、ワタを抜かない買ったままのイワシを煮るというものだ。昭
和21年に最初の妻、リツ子を結核で失った檀は、長男とともに福岡県の山寺にこもり、
浜に揚がったイワシにかぶりつきながら、「リツ子 その愛・その死」の構想を練った。
▼そんな恩あるイワシのワタを、もったいなくて捨てられなかったのだろう。今年のイワ
シ豊漁の理由が不明ということは、来年の口福(こうふく)の保証はない。ありがたく味
わいたいものだ。