11/04/20 23:11:00.46 9CWqy0j7
>>742
日向ら
一、五人一同に云く、日蓮聖人の法門は天台宗なり、仍つて公所に捧ぐる状に云く天台沙門と云云、
又云く先師日蓮聖人・天台の余流を汲むと云云、又云く桓武聖代の古風を扇いで伝教大師の余流を
汲み法華宗を弘めんと欲す云云。
日興が云く、彼の天台・伝教所弘の法華は迹門なり今日蓮聖人の弘宣し給う法華は本門なり、
此の旨具に状に載せ畢んぬ、此の相違に依つて五人と日興と堅く以て義絶し畢んぬ。
一、五人一同に云く、諸の神社は現当を祈らんが為なり仍つて伊勢太神宮と二所と熊野と在在所所に
参詣を企て精誠を致し二世の所望を願う。
日興一人云く、謗法の国をば天神地祇並びに其の国を守護するの善神捨離して留らず、故に悪鬼神・
其の国土に乱入して災難を致す云云、此の相違に依つて義絶し畢んぬ。
一、五人一同に云く、如法経を勤行し之を書写し供養す仍つて在在所所に法華三昧又は一日経を行ず。
日興が云く、此くの如き行儀は是れ末法の修行に非ず、又謗法の代には行ずべからず、之に依つて
日興と五人と堅く以て不和なり。
一、五人一同に云く、聖人の法門は天台宗なり仍つて比叡山に於て出家授戒し畢んぬ。
日興が云く、彼の比叡山の戒は是は迹門なり像法所持の戒なり、日蓮聖人の受戒は法華本門の戒なり今末法所持の正戒なり、之に依つて日興と五人と義絶し畢んぬ。
已前の条条大綱此くの如し此の外巨細具に注し難きなり。
一、甲斐の国・波木井郷・身延山の麓に聖人の御廟あり而るに日興彼の御廟に通ぜざる子細は彼の御廟の地頭・南部六郎入道法名日円は日興最初発心の弟子なり、此の因縁に依つて聖人御在所・九箇年の間帰依し奉る滅後其の年月義絶する条条の事。
釈迦如来を造立供養して本尊と為し奉るべし是一。
次に聖人御在生九箇年の間・停止せらるる神社参詣其の年に之を始む二所・三島に参詣を致せり是二。
次に一門の勧進と号して南部の郷内のフクシの塔を供養奉加・之有り是三。
次に一門仏事の助成と号して九品念仏の道場一宇之を造立し荘厳せり、甲斐国其の処なり是四。
已上四箇条の謗法を教訓するに日向之を許すと云云、此の義に依つて去る其の年月・彼の波木井入道の子孫と永く以て師弟の義絶し畢んぬ、仍つて御廟に相通ぜざるなり。