11/04/16 15:07:49.71 O4+KekN8
>>457
末法万年尽未来際、研鑽し続けなければならない
ある解釈を固定化、絶対化してしまえば研鑽が停止し、
信・行・学のうち学が消滅し、日蓮仏法ではなくなる
諸法実相抄
「此文には日蓮が大事の法門ども・かきて候ぞ、よくよく見ほどかせ給へ・
意得させ給うべし、一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ、あひかまへて・
あひかまへて・信心つよく候て三仏の守護をかうむらせ給うべし、
行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、
我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、
力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経、恐恐謹言」
ちなみにこの御書は文永十年御述作であり、聖人御難事御述作の年よりも以前である。
文永十年で既に「一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ」との仰せであられる。
貴殿が考えるところの日蓮大聖人の出世の本懐とは何か