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【国内】辛格浩(通名:重光武雄)氏、日本ロッテ社長から会長に 辛東主(通名:重光宏之)、辛東彬(通名:重光昭夫)も副会長に[07/01]
URLリンク(unkar.org)
179 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2009/07/01(水) 20:23:56 ID:X/XK0aoO
太平洋戦争のさなか、さまざまなアルバイトをしながら大学に通っていた重光が、在学中
(46年3月卒業)に事業を始めるきっかけとなったエピソードがある。
「辛(重光)氏自身が語っているところによると、日頃からつきあいのあった“ハナミツ”という
質屋を営む老人から、6万円を出すから工場をつくって不足している旋盤用の油を生産して
みないかと申し出があったという。それで工場を始めるわけですが、いくら親しくなっていても、
その当時の在日の置かれている立場を考えれば、日本人がポンと大金を出すとは考えにくい。
しかも、辛氏はまだ学生ですよ。眉唾としか思えないんですがね」(韓国紙記者)
358 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2009/07/23(木) 00:02:26 ID:A1u+9YQB
>>179
『ロッテ』とは、実はある有名な小説のヒロインの名前にちなんで付けられたことをご存知でしたか?
その小説とは、文学青年だった重光社長が最も感銘を受けた『若きウェルテルの悩み』。この小説に
登場するヒロイン、シャルロッテは誰からも愛される存在であり、“永遠の恋人”と呼ばれています。
『ロッテ』の社名にも、誰からも愛される“お口の恋人”でありたいという願いがこめられています。
URLリンク(rikunabi2010.yahoo.co.jp)
文学青年だったなら、ドストエフスキーの『罪と罰』の高利貸し殺しの話も知っていただろw
俗に言う「高利貸し」は、金融とは関係ない商売をする商人が副業的にやっていたようですが、
質屋が高利貸しを兼ねることもなかったわけではないようで、暴利を貪る輩も実際にはいたよう
ですね。貸し金業を厳密に取り締まる法規制がなかったことが大きな原因だといえるでしょう。
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