昭和天皇はなぜ戦争を阻止しなかったの?at HISTORY2
昭和天皇はなぜ戦争を阻止しなかったの? - 暇つぶし2ch501:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/24 19:45:40.87 2/+Wd4Qq0
昭和天皇は伊勢神宮にある神器の確保をひどく気にしている。
敵が東海方面に上陸してきたら、神器の確保が出来ないじゃないかと聞いている。

当時の不敬文書にも「お前がのうのうと暮らしているから伊勢神宮は丸焼けだ」と言うのがある。
宮城を捨て、伊勢神宮が敵の手に渡るようなことがあったら、
逃げても昭和天皇は権威が著しく低下したんじゃないかな。既に戦争は負けると考えていた国民が5割に上っていたんだし

客観的には逃げられただろうが、その時点でムソリーニ化するだろうね

502:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/25 08:38:04.94 9go9/z2T0
天皇家の菊の紋章はケツの穴そっくり、ケツの穴から出るのはクソ、天皇はクソしたとき自分でケツを拭いているのだろうか

503:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/25 08:40:38.09 8yjn/zaE0
天孫降臨して以来ずっと万世一系の現人神だということを絶対的に盲信させてたカルト国家だったしね

504:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/26 15:14:56.14 kjX71eA/0
戦前には天皇機関説事件というのがあり、天皇機関説を唱えた学者は不敬罪だと
言われたのに、戦後になると天皇機関説だと言い戦争責任を回避する俗説を言う
やつが現れる。
機関説が正しいのなら日本で言えば、平宗盛、北条高時、豊臣秀頼すら名君だと
言わざる得ない。天皇は最高権力者であった時点でまったく戦争に関与していな
いなどで済むわけがない。

505:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/26 19:59:40.73 5hPK119j0
>>504
>戦前には天皇機関説事件というのがあり、天皇機関説を唱えた学者は不敬罪だと言われた
>のに、戦後になると天皇機関説だと言い戦争責任を回避する俗説を言うやつが現れる。

文意を鑑み、こう改変

戦前には天皇機関説の考え自体が当時の為政者層によって問題視され、主唱者も弾圧され、
政府自らが二度も国体明徴声明(=天皇機関説ではありません宣言)を出したというのに、
戦後のネトウヨどもは、当時は天皇機関説の社会だったから天皇には責任はありません、としゃあしゃあと言ってのけてる

506:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/26 20:34:52.11 WOgOurT60
>>504-505は論点がズレてる。
天皇機関説を取っていても天皇の戦争責任は免れない。
君主無答責という屁理屈を除けばだけど。

昭和天皇の行動の責任と行動しなかった責任を個別に検討していくことが必要だろう。
もちろんそれは当時天皇が置かれた状況を勘案しなくてはいけないだろう。

507:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/27 12:22:21.57 qFBBws2e0
日本はなぜ戦争をしたのか?

弱かったから。資源が尽きそうだった。石油があるうちに仕掛けるしかなかった。
戦争中、アメリカとイギリスの首脳部はホーリー・スムート法(輸入品に超高率関税)、
オタワ会議(イギリス連邦が輸入品に高い関税をかける)が戦争の主因であると認めていた。
だから戦争中に世界銀行やGATT体制を考えていた。
日本に資源があれば戦争はしなくて済んだ。


508:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/27 16:33:36.99 c1PKNE6E0
>>507
お前はほんと馬鹿だな

509:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/01 19:22:47.41 HkeYYM70O
いやいや、まだまだだよ。

510:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/03 15:08:38.15 U6p2BkMS0
>>466
今だって靖国だとかそういうのは一部のカルト宗教系右翼が
騒いでるだけだけど、自民党などはそれに丸乗り。

日本は同調圧力の世界だから、一部声の大きいキチガイがいると
利用する連中はたくさんいて、戦前は政府がダイレクトに利用したよね。

511:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/03 15:13:05.15 ppLYeb720
>>507
石油が尽きそうになった根本原因は、ブロック経済とは別の所にあるだろ

512:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/03 18:03:27.06 O9cVws8+0





野田新総理も 在日韓国人から金を受け取る 民主党 鳩山・管・前原に続き 民団関係者らから約30万円★8




スレリンク(newsplus板)








513:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/06 05:45:50.80 K/H4+onpO
阻止したら日本国内騒乱状態だったろうな。

514:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/06 12:23:14.24 eAF1CnIZ0
一億総玉砕よりはいいんじゃね?

515:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/10 20:45:39.70 IsKg7Sdb0
開戦阻止するためには少なくとも責任を認ずる輔弼者が必要だろう
そうでなければ孤立無援で単なる個人的見解の表明に過ぎない
無理に通そうとするなら例の無い大権を発動して内閣解任、統帥部長解任するしかないが
そんな事が出来るはずもなかろう

終戦の聖断ができたのも責任者たる総理、海軍大臣、外務大臣などの輔弼があっての事

516:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/10 20:50:06.07 AOHh1OUH0

捏造歴史にて、日本への経済封鎖をしたら。
ダレだって、ケンカをやるよ。

中共軍や国民党軍や米国ペンタゴンが負うべき戦争犯罪を、日本に押し付けて。
日本への経済封鎖を。

戦争しかないよ。

517:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/10 21:05:08.55 wBeQHgg/0
>>516
>捏造歴史にて、日本への経済封鎖

お前はアホか。アメリカの禁輸原因は
×捏造歴史 ○ナチスと組み仏印進駐


518:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/10 21:27:24.67 aixsMY1z0

1941年の1月から2月にかけての国際連盟にて。
日本軍が南京大虐殺をやったなどと捏造歴史を発表。
そして日本への経済封鎖を。

南京落城が、1937年の12月13日、そして日本軍による南京大虐殺。

1998年米国ホワイトハウスは、1937年のライフ10月号に載った
上海事変。
日本軍による上海空爆幼児丸焼けなどの写真・フイルム・証言などは、
1937年の9月18日と8月に上海現地で捏造したと発表。
捏造歴史解説本まで出ている。

このことは、南京落城が少なくても1937年の9月18日以前と言う事。

南京を落城させようとした場合、国際都市上海に敗残兵を入れて混乱を
作り出すことはできない。
南京落城には、日本軍による上海支配が絶対条件。
日本が支配しているとき、いくら米国と言えど捏造は無理。

南京が落城して、上海を支配する必要のない時、日本軍が上海から撤退した時
にできる。

12月13日南京落城は、国民党と中共軍のアリバイを確保する為に、
かえられていると言う事。
史実の南京落城は、7月末、国民党を倒して南京を支配していた中共軍を
米国ペンタゴンの救助要請を受けて日本が倒して。

日本国は、2.26事件のチョウリャクを最後に兄派良子さん達が権力を握り。
反米政権となり、ソ連とドイツの戦争工作に反対を表明。
1937年の8月だよ。
米国による経済制裁の始まりが1938年の3月から。



519:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/11 13:38:43.23 QmC+r4Dt0
昭和天皇の伝記に関しては、こないだ出た伊藤之雄『昭和天皇伝』が最も信頼性が高いな。

520:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/11 23:00:33.14 6D8fMeud0
右翼・左翼とも勘違いをしているようだが、
そもそも昭和天皇が臣民の行く末を真剣に考えていたと本当に思っているのか?
天皇一族のことについては真剣に考えていただろうが、
臣民のことなど、別に深く考えていなかったのだよ。



521:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/12 02:01:20.43 TFz2nosdO
またソースない話をするニダ
天皇は戦後、自らの命を捨ててでも国民を守ろうとしたと
マッカーサとかの回顧録にもあるし
アッツ島で全滅した兵士に奮戦を讃えるようにできもしない電文をうたせたりした
あくまで天皇機関説にこだわり、政治には口だしをひかえてた
戦後の全国への行脚や、外遊は日本復興への願いからのもの
叩かれても、日本人は天皇陛下がいたから復興できた側面も多大にあるもん

522:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/12 03:13:52.33 HHXtss5i0
このスレタイの結論としては
>>515の考察が妥当

昭和天皇を貶める書き込みも多いが
客観的妥当だと思えるのは百歩譲ってもほとんど皆無

確かに原則として自然人としては権利は平等という理念には俺も賛同するが
利害が交錯する多数の人間で構成される現在社会に於いては一足飛びに主張するのは無理だと思う

主権国家としての日本国が存在する以上歴史的な経緯からして元首的役割を担って頂くしかないのでは?



523:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/12 12:01:26.31 nfKtwwL30
まあ、天皇に関する歴史的文献っていうのは、
天皇に不利なことは書いてないからねえw

524:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/12 14:15:18.90 7pul3ZNh0
戦後の復興はGHQの改革と援助によって行われただけであって決して
天皇全国巡幸などではない。むしろ巡幸など、時期からも東京裁判
の出廷回避・影響を示すために行われたようにしか見えない。
戦前国民を年少から教育によって、天皇と国民が主従関係にしてしまっている
ことを考えても天皇に責任追及がされなかったことは不可思議だ。

525:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/12 17:03:49.51 hsDuWSZs0
>>524
不可思議というか、不自然というか、不合理というか、
裕仁が、(国民ではなく)自分の一家を守るためにあれこれ考え、
また、天皇制が維持されることで利益を得る奴らも喜んで手伝った結果ということだね。

526:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/12 17:28:00.08 SG/mrVMt0
そもそも一体何の責任なのかあやふやだな
特亜人は人様の歴史伝統や内政や政体に口出してはならない
アメリカなどたかが1776年にできた国と、10倍以上長く存続してる日本や天皇を同列に論じるなど無知蒙昧野蛮でお笑い
どっかの厨房の欲望とエゴ達成手段丸出しの平等などうんこのハエに等しい

527:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/12 21:26:03.33 onhhKCu80
貴様のごとき賤しい五月蠅が畏くも御上を論ずること自体笑止千万だがな。


528:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/12 22:01:15.65 OQL5NUoo0
>>522
>>515はもう使い古された東京裁判の弁護の論理。
すなわち天皇は政治的に無力であったと言うもの。

現実には天皇は二二六事件のあと、飛躍的に政治的権限を拡大させている
これは木戸幸一もはっきり認めるところ

529:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/13 02:12:09.20 vElwtLI+O
こんなとこニダニダにいっても、しゃあないが、戦後の天皇陛下の行脚には国民は、
感激し、強い決意を持った。それだけ偉大だったんだよ
日教組とかは簡単に戦争責任とか言うが、天皇陛下の戦後指示なんて証拠はゼロ
まあ、社会主義革命は戦争だから、嘘をついてもいいんだけどね
ちなみに言うが、東京裁判自体、世界の法に違反だから、戦争犯罪者などはいない
日本を焦土とし、多大な人命を損なった敗戦の責任者がいるだけ
うちのじいちゃんはシベリアに抑留され、地獄をみた
中国では張り付けになってる人がたくさんいたが、みんな毛タクトウ軍の仕業だったと言ってたよ
日本兵は、ゲリラ戦に悩まされ、生きるのに必死で虐殺とかできるわけないといってたよ

530:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/13 15:57:53.14 F8z/3kj+0
>>529
・神様が人に堕ちて姿を現したら国民は歓迎するのが当たり前。今まで拝めなかったんだから
 逆に言えば昭和天皇は天皇制の将来に関して強い危機感を持っていたことの証左
 あまりのキャンペーンぶりに苦言を呈されるほど
・日教組とかは~というが当時、戦争責任論を引っ張った主翼は保守層。共産党なんてまだ少数政党
 社会党は天皇制護持。
・天皇の戦後指示なんて証拠はゼロ…内奏が戦後も田中内閣前後まで行われていたのは確実
・東京裁判は世界の法に違反…事後法は英米法や国際法の世界では当たり前
 そもそも事後法かどうかの問題は於いて
・日本を焦土とした敗戦の責任者…どう見ても統治権の総攬者
・シベリア抑留のじいちゃん…うちの曽祖父世代は「手柄話」を村で普通に自慢していたようだな。
 田舎の農村では戦争責任問題が外交問題に発展する前は当たり前の光景。悪いと思ってないんだから

531:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/13 16:04:33.77 ODknOiN40
昭和天皇は
皇室がなくなっても
構わない旨の発言をしているのだが。

天皇の戦争責任については
指示云々の証明は必要ない。
なんせ、旧憲法下では
国権の最高機関だったんだから。

532:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/13 18:51:43.55 GWirV7DK0
マッカーサー対談の時の天皇の発言についても全容については判らない
からな。
>皇室がなくなっても 構わない旨の発言をしているのだが
これは言ってない。
1945年9月27日、マッカーサーと昭和天皇は2人だけで会見した。
その会見内容は、当時も今も公式に発表されていない。マッカーサーの
回想記によれば、昭和天皇は、政治、軍事の全責任は私にあり、私自身
を連合国に委ねると申し出たと言う。 これに、マッカーサーは感激し、
日本最上の紳士と評価して、その後、一層好意ある態度を示したようだ。
昭和天皇とマッカーサーの人物像の一端を示す、意義ある話題だった。
これが、今の象徴天皇の発端となった。
 一方、マッカーサーは、会見写真の新聞公開を指示し、日本国民に敗戦
を実感させる才覚も示した。
 いずれにしても、終戦直後、占領軍と日本政府の間で、天皇自身の扱い
とマッカーサー会見をめぐるかけひきが、真剣かつ必死の覚悟で行われて
いたことは、あまり知られていないだけに、歴史的にも興味深いものがあ
る。

これによると天皇は戦争責任を認めていますね。

533:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/13 19:43:54.86 kwjFxqth0
>>532
その会見の真相は闇の中だな。
まあマッカーサーが天皇を利用したのは史実だし
当時の彼の職権からすれば全く気に入らん人間に敬意を示す必要もないから
自己弁護に終始したって話はうさんくさいけど、当時の宮中の意見から考えて
無条件に戦争責任を認めたとも思えない。

534:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 00:22:53.24 KyoEinMI0
自己弁護に終始したというのは、私はやってません○○が悪いんですごめんなさいとか、
弁解することじゃないよ。分かると思うけど。責任の所在を自分以外の誰かに暗に示唆することだよ。
昭和天皇は確実にそれをやっている。戦争責任をただ認めるなどというのは政治的には全く無意味な行為で、
マッカーサーとしても聞くだけ無意味。彼が欲しいのは天皇からの示唆であり筋書きであり、協力体制の構築の確認だよ。

対談の相手が素直に自分の罪状を認めて逮捕されるような間抜けだったらしょうがないでしょ。

535:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 01:17:31.58 r5h05/l1O
ちなみに共産党は東京裁判には当時否定的で、軍隊の解散に猛烈に反対した
これは国家が持つ自然権である自衛権の放棄になるからで
今もこれを改めてはいないし、北方領土だけでなく、千島列島の返還も要求している
ちなみに日教組は社会党な


536:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 09:22:27.64 TclcExOl0
マッカーサー回顧録は側近だったフェラーズや日本側の史料との矛盾点が多くて信頼感が低いから、
あんまり当てにはならないよねえ。会談内容は松井の文献が80年代に発見されて、
11回の階段のうち松井が通訳を担当した4回まではある程度明らかになりつつあるが、
それ以前に担当した寺崎の言動などから類推するしかない。豊下は天皇が自分の責任を表明したのではなく、
東条が開戦に踏み切ったことを侘びたという推論を立てているが、確かに木戸日記や昭和天皇が
英国王室に宛てた親書などとも符合し、可能性は高い様に思う。


537:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 12:49:09.16 KyoEinMI0
東条に言及したのはまず間違いない、東条らの暴走を止めきれなかったのは私の不徳の致す所
とでも言ったんでしょうwこれ結局は責任を人になすり付けてるわけよね。
>>535
小熊を大急ぎで読んだの?共産党は実質的に主張を大きく改めてるよ
だいいち日本では非武装自衛権説が学界でも有力説だから自衛権を必ずしも否定する必要はない
旧社会党なんて南樺太全千島返還。日露戦争の戦果は承認してるんだから共産党以上の強硬派w
天皇の戦争責任論は左右とわず継受されてきた問題意識だよ、むしろ旧エリート層のほうが意識が強い

538:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 13:51:30.59 TclcExOl0
1995年までに発見されたアメリカの占領軍関連文書の中に、アチソンから国務長官に宛てた
1945年10月13日付電報があって、そこには「米側が日本の宣戦布告を受け取る前に真珠湾を
攻撃する意図はなかったが、私は東条にだまされた。しかしそのことで責任逃れはしない」と
昭和天皇が発言されたとある。先にも触れたとおり、木戸日記には天皇に責任が及ばないよう、
東条を盾にして問題を乗り切ろうとする意図がハッキリと記されていたし、英国王室宛の親書でも
アチソンの電報と同様の趣旨が記されていた。

もう一つは何と言ってもNYタイムズとUPIとの昭和天皇による記者会見で「宣戦の大詔は東条のごとくに
これを使用することはその意図ではなかった」と発言した文書が、宮内庁書陵部で発見され、
「天皇陛下は伝統として個人に対する非難をしないはず」という、当時の内閣情報局の見解を覆したこと。
ここまでくれば引退後に記憶を頼りに書かれたマッカーサー回顧録の信憑性を疑われても仕方がない。


539:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 14:59:44.06 4PW2VYX10
木戸内大臣の発言(細川護貞日記)
「なるべくこのまま東条にやらせて最後の機会---相当の爆撃と本土上陸
を受けたるとき---方向を一転するの内閣を作り、東久邇宮殿下に総理に
なっていただく」
近衛公爵の発言(細川護貞日記)
「せっかく東条もヒットラーと共に世界の憎まれ者に成っているのだから、
彼に全責任を負わしめる方がよいと思う。」
東久邇宮の発言(近衛文麿日記)
「自分は矢張り東条に最後まで責任を取らせるのがよいと思う。悪くなった
ら皆東条が悪いのだ。すべて責任を東条にしょっかぶせるのがよいと思うの
だ。内閣が終ったら責任の帰趨がぼんやりして最後には皇室に責任が来るお
それがある。だから今度はあくまで東条にやらせるがよい。」
実際には東条一人の責任ではないことの明確な証明です。



540:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 19:14:25.33 l7GDLc4A0
東條(軍)→重臣(首相経験者)→木戸(宮中G代表)という三重の防衛線で天皇まで責任が回るのを阻止しようとした。

541:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 20:10:23.83 OkK+dIIr0
東條御苦労!

542:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/14 20:53:10.16 KyoEinMI0
豊下先生の記述は非常に分かりにくい。書いてることは面白いんだけどさ
>>540
昭和天皇個人→東条・嶋田→重臣→皇太子という防衛線も考えらえてたよ

543:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/15 01:03:44.22 GMaqRjlMO
過疎る板は、すぐサヨるな
天皇陛下は敗戦の責任は否定していない、だから自ら玉音放送したし、マッカーサとも交渉した。
その交渉のおかげでおまえたちは奴隷にならなかった訳だ。
あの戦争の前まではアジアは欧米の奴隷だったのは確かなんだから
戦争は美化しないが、天皇陛下に責任をおしつけるのではなく、当時のマスコミ、特に朝日新聞社の強烈な開戦アピールとか
責任は国民全てで背負うのが、日本人の精神ではないかと
尊い犠牲者達の命、兵隊、市民、敵、味方、全てを敬い、みんながそれぞれ責任 を背負う
そうやって、この国は立ち直った


544:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/15 05:25:40.54 4aLFAsqc0
ちょっと亀で申し訳ないけど
>>522
>>515はもう使い古された東京裁判の弁護の論理。
>すなわち天皇は政治的に無力であったと言うもの。

>現実には天皇は二二六事件のあと、飛躍的に政治的権限を拡大させている
>これは木戸幸一もはっきり認めるところ

結論を書くのは勝手だが
引用した書き込みの論旨を理解、反論する事なく
単なる思い込み の書き込みだな




545:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/15 07:22:05.36 zcxyJvJF0
URLリンク(nezu621.blog7.fc2.com)

こんな創作話載せてる人いるんですが右翼アホすな。

『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私に
あります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ
一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処
されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

『しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣
なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。
温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を
賜りますように』



546:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/15 15:41:53.84 aqjbv0bd0
>>544
226事件以降、暇な役所だった内大臣府の政治的比重が著しく増しているのは常識の類なんだが。
それ以前の例を挙げてみるか?もうこのスレ的には300番くらいで1回片付いてるんだが
272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/03/09(水) 21:51:43.88 ID:BeEXxLvt0

天皇は自分の気に食わない内奏がなされると、同意を与えず、書類を留め置くことがあった(岡田啓介回顧録ほか)
この場合、天皇の意向を反映させるように再検討が行われる(山澄貞次郎)
企画院総裁の鈴木貞一も「戦争を止め得たのは天皇だけ」と断言してるし、
近衛も「お前の思うほど心配することはない」と言って日ごとに開戦論に傾いていくと嘆いている(富田健治)

「天皇の側近には内大臣はおらず、侍従長はおらず、真に陛下お一人の裁断によって全て事が運ぶ」
(木戸幸一、226事件後に語る)
そして226事件以降は天皇の権限の飛躍的強化に関連して、内大臣の政治的比重が増大する

ほかにも史料はまだまだあるから投下してやろうか?嘘つきさんよ

547:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/15 15:55:40.99 aqjbv0bd0
>>543
メディアの責任についてはお前の言うサヨクもとっくに言及済み。
保坂正康もしきりに言及している。
天皇の玉音放送にはどこにも国民に対する戦争責任、連合国に対する開戦責任に言及する文言はない。
僅かに皇祖皇宗の神霊に対する責任を明言するが、同盟国に対しては「遺憾」、
臣民の犠牲者に対しては心痛を述べているに過ぎない

それとマックの1945年の戦後改革、民主化指令で農村部は神様仏様マック様状態になったんだよ
自作農が一気に増えたんだから。組合結成もマックの指示。どこが奴隷だよw

一方で天皇は昭和21年の段階でこうだぜ
「日本人の教養未だ低く且宗教心の足らない現在、米国に行はれる『ストライキ』を見て、それを行へば民主主義国家になれるかと思ふ様な者もすくなからず、
これに加ふるに色々な悪条件を利用して為にせんとする第三者ありとせば、国家経済再建の前途は誠に憂慮に堪へぬと申さねばなりません」
これに豊下さんは激怒しているわけだな。ほんの1年前まで限りない宗教心を持って天皇のために300万人もの犠牲者を出したのは、
一体どこの国民だと。

548:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/15 19:12:21.65 7HHxeBS90
国民国家として命運をかけ、正当な戦争権を遂行しただけでそれ以上の責任も糞はない。
天皇は独裁者でもなんでもないし。
さらに当時の軍部も特殊な奴らでない。
言ってる事は負けたから、どうしてくれるんだってだけ。
天皇云々を論ずるなら、その前の士農工商制に戻せと唱えなきゃ矛盾してるしね。

549:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/15 20:24:18.57 gtmOJASV0
2・26までは侍従長の鈴木を親代わりと言うぐらい信用して自分の代弁者としても
任せられてたけど、それが殺されかけたから軍部不信が強くなったんじゃないか

550:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/16 01:11:18.03 xyC1lwCeO
>>545
誰にそんな嘘を教えられたかしらんが、それはアメリカ合衆国の公式資料でも明らかだ。
英語が読めたら、ワシントン行ってこい。
当時、アメリカは日本を飢え死にさせ、いっそう荒廃させようとしたが、マッカーサーが、天皇陛下との会談で作戦を実行しなかった、それはアメリカでマッカーサーが、大統領になれずに糾弾される理由ともなったんだから
ソースある話をでっちあげるなよ
日教組くん

551:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/16 02:09:41.90 D7zpMUSj0
マック会談で昭和帝はそんなこと言ってないと言い出したのは宮内庁関係者だったと思うが
雅子やらをのさばらす宮内庁の魑魅魍魎たちの言うことよりもアメリカの方が信用できるわ

552:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/16 02:36:30.74 /hImLvZs0
>>550
お前のその妄想はどこから湧いてくるんだ?アメリカの国立公文書館のどこの資料に書いてあるのか、
その公式資料を示してもらいたいね
アメリカは占領初期までは確かに日本の軍備に繋がる重工業の再建を制限したが、
冷戦の進行に伴い方針を一転させている。
マッカーサーがトルーマンの不興を買ったのは日本の占領方針とは全く関係ないことは周知
上に挙がってる研究成果は今日では反対派の研究者も言及せずには済ませられないことだが?


553:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/16 02:47:52.40 /hImLvZs0
公式資料というのはこういうやつのことかな?
URLリンク(www.archives.pref.okinawa.jp)

当時米国政府内部では沖縄の帰属につき争いがあったが、
寺崎→シーボルトに伝達された昭和22年の天皇メッセージで信託統治への弾みがついた
まるでカモがねぎを背負ってきたようなもんだ。
新憲法施行後にこんな政治活動をやってるような人物を信用するのはお前の勝手だが

554:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/16 08:12:36.61 rBsbEkTc0
>>550
君の書いてることが事実なら、近代史上の大発見となると思うが、

1 アメリカが日本を飢え死にさせようとした方針の公式文書
2 マッカーサーと昭和天皇の会談は11回あるが、どの回で方針回避を決めたのか
  また、マッカーサーがそう決めたとする裏付けられる史料
3 1と2によってマッカーサーの大統領選に敗れた因果関係の具体的な根拠

僕の知る限り1と2の存在は知らないし、マッカーサーの大統領選挙敗退は、
単に共和党候補選で得票数で敗れたという以外の理由があるとは思えない。
民主党のトルーマンが共和党候補の趨勢を左右できるとは、アメリカの大統領選挙の
構造から考えても不可能だと思うんだが。


555:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/16 12:30:06.57 RP7Lz7er0
マッカーサーにやらせ続けたら中国に原爆落としかねなかったんでクビにしただけ。
食糧支援については最初からやるつもり。
日本人を飢えさせて占領統治を困難にするのはマッカーサーの本意じゃない。


556:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/17 02:17:13.15 TP91IVDzO
日教組ばっかだな
ニュー速なら、あっという間に論破だな
おまえら天皇陛下きらいなのに、ジョンイルはどう考えてるのか知りたい。
すれ違いとかスルーするなよ


557:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/17 12:50:46.46 2uJFBpkw0
>>556はほんまもんの基地外らしいな
ジョンイルが好きな奴が天皇の政治関与を指摘してるとでも思ってるらしいわ
それと昭和天皇が嫌いな奴が昭和天皇の戦争責任を論じていると思ってるらしい
裁判官は被告人を、歴史学者は歴史上の人物を好き嫌いで評価するとでも思ってんのか?

558:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/17 12:57:23.75 2uJFBpkw0
>>549
鈴木襲撃が天皇を激怒させたことは確かだろうけど、それは軍部不信でも陸軍不信でもない
爾後も阿部、畑、東条あたりはオキニ。逆に宇垣嫌いを隠そうともしなかった。
天皇は自分に忠実な官僚タイプの人間は好き、政治的行動を取る人間は嫌いというだけの話

559:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/17 12:59:23.79 2uJFBpkw0
>>549
鈴木襲撃が天皇を激怒させたことは確かだろうけど、それは軍部不信でも陸軍不信でもない
爾後も阿部、畑、東条あたりはオキニ。逆に宇垣嫌いを隠そうともしなかった。
天皇は自分に忠実な官僚タイプの人間は好き、政治的行動を取る人間は嫌いというだけの話

560:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/18 02:13:00.12 I8/3f1xOO
昭和天皇は非開戦論者だったんだよな
だから、開戦派だったが、陛下への忠義キチだった東條を首相にして、最後まで、軍部を押さえ
交渉による解決を図ったが、スパイで情報もれまくりでハルノートをみて、東條が諦め、開戦しかないと言って、それは国民の総意かっと言ったそうだ
NHKで見たよ
ちなみにルーズベルトは白人主義の人種差別者だったんだよな


561:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/18 03:14:33.07 z1CiBeuf0
ハルノートは東郷が騒いでるだけで交渉上そんなに重要な文書ではない
それと昭和天皇は11月の御前会議の時点までに明らかに開戦不可避に傾いている
当時の重臣で開戦絶対不可論者だった近衛が「お前が言うほど大したことはない」
と言って日々開戦に傾いて行かれる、と嘆いてるよ

562:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/18 08:17:56.48 ObHaTUJp0
陸相時代の東条は陸軍の後押しで対米強硬論を主張して近衛の融和論と対立
  ↓
近衛の融和論は昭和天皇も支持していた
  ↓
陸相の東条と外務大臣の松岡による抵抗に抗しきれず近衛が政権を投げ出す
  ↓
木戸ら宮廷や重臣によって尊皇の東条なら流れが変わると期待して東条内閣を推薦
  ↓
昭和天皇も「毒をもって毒を制すだね」と賛成
  ↓
首相になってはじめて昭和天皇が開戦に反対していたことを知った東条は戦争回避を模索する
  ↓
野村がハルノートを最後通牒と勝手に判断
  ↓
こうした国内の趨勢から開戦回避は後戻りできない状況に
 

563:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/18 09:54:40.66 6UMdUsUt0
大日本帝国憲法では宣戦布告の権限は、統帥権をもつ日本軍の大元帥である昭和天皇がもっている。

564:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/18 11:22:04.55 hOgaIn0f0
長州嫌いだった東条はなんで松岡をほっといたんだろう
いずれ暗殺するつもりだったのかな

565:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/18 16:05:33.66 z1CiBeuf0
>>562
その近衛さんが嘆いとるんですよ。9月から11月の御前会議の間にどんどん意見が変わっちゃったと。
実は東条が首相になって止戦工作をやっている頃、昭和天皇は「ご決意あそばされた」様子だったんだよね

566:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/18 23:59:37.03 i8G5zMO40
結局西園寺・白川・鈴木程に安心して任せられるのがいなかった。
>>559の阿部・畑・東條がこれらほどの信用を得ていたとは思えんね。

567:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 01:17:46.04 LOBCIijuO
当時、日中戦争の拡大を防げなかったとして、内閣をやめさせてるし、海軍が熱烈に指摘したアメリカに勝ったり、長期に戦線を維持できないことはわかっただろう
ハルノートは、一応は最後通牒ではなかったけど、日本が譲歩できないように作られたから、実質的には最後通牒だよ
アメリカは開戦を望んでいた可能性もある
だいたい、日本のギリギリの譲歩案を知ってながら、それ以上の要求をだしたんだから
その上での開戦だったんだろ
山口多門とか生きてきたら、ガダルカナルに固執しなかったらとか、張さく林が爆殺されなかったら、とかいうときりがないが、早期の講和もありえたんだがな

568:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 07:13:19.80 QtuDNhLC0
そもそも、天皇に軍服を着せた薩長が悪い。

569:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 07:50:50.32 E/rCKsIS0
昭和天皇は明治天皇以来、はじめて平服(背広)を着た姿で公の場に出た人なんだよね。
大正時代に皇太子時代はそれが新鮮で若い女性の間で話題になった反面、ソフトなイメージが
大元帥として相応しくないとして軍部らからは不評だった。

570:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 14:00:49.65 E5pzMPlJ0
>>567
すぐそうやって陰謀論に持っていく。
日本のぎりぎりの譲歩案も何も、9カ国条約を締約国が破ってどうするの?!
アメリカが満州だけはOKにしましょうなんて公然と言えるわけないじゃん
それこそアメリカにぎりぎり以上の譲歩を強いることになる

571:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 14:38:41.35 ywEVSLY60
「木戸幸一日記(下)」では、
 11月30日、高松宮は天皇に「海軍は日米戦争を避けたがっている」事を言う。
 天皇は木戸に不安感をもらす、その時の木戸の対応は。
「今度の御決断意は一度聖断被遊るれば後へは引けぬ重大なるものであります故、
少しでも御不安があれば充分念には念を入れて御納得の行く様に被遊ねばいけな
いと存じます、就いては直ちに海軍大臣・軍令部総長を御召になり、海軍の直の
腹を御確かめ相成度、比の事は首相にも隔意なく御話置き願い度いと存じます」

これが開戦の聖断に至る結果ですね。

572:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 18:37:17.11 P6A8IdM/0
急速に国力を強大化させる日本国(黄色人種)の存在を懸念した
米国の画策によって、日本は真珠湾攻撃へと踏み切らざるを得なかった。
戦後、単一民族(日本)の優秀性を懸念した米国は、日本を混乱させるべく
政府、企業の重要ポストへ朝鮮人を組み込み、日本が混沌とするように仕組んだ。

573:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 21:08:11.50 Q3fGDB610
現実に対米戦争に突入にしたわけでifを書いても無意味だが
試みに俺の主観を書く

・少なくてもWW2勃発時には政策変更のチャンスが有った
・維持すべき国益は満州利権
・対中戦争は大幅な譲歩をしても(満州国消滅を含めて)解決しなければ
  (英米との直接対決の遠因、そもそもアメリカとの貿易なしに戦争継続は不可能に近い)
・独ソ中立条約の成立は一時的でも親独派の勢いを削いだ

書いてても空しいけれど・・・

574:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 21:32:31.37 kqWpwcSV0
>>573
その通りだけどそれが無理だったから戦争になってるわけで・・・
非常に残念だったのはトラウトマン工作を打ち切ったときのこと。
あの時は多田参謀次長が石原に近い人だったんで参謀本部の意見として
事変不拡大と交渉継続を要求してたんだよね。
あのまま交渉を続ければ事変不拡大を政府の統一見解として、中国派遣軍や
関東軍に厳しい措置も取れたんじゃないかな?

575:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 22:00:20.84 ywEVSLY60
日中戦争が始まって、三国同盟から仏領インドシナ占領してる時点
でアメリカと交渉できるわけないからな。

576:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 22:08:50.13 HkW20lYO0
アメリカなんて紳士協定平然と破る国なのにおこがましいわね。
9カ国条約なんて日英同盟を失いアメリカに散々妥協して結んだ条約。
弱腰外交は取り返しつかない過失を生むわね。

577: 忍法帖【Lv=3,xxxP】
11/09/19 23:05:57.66 +z2muJI+0
!ninja

578:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/19 23:54:06.35 E5pzMPlJ0
>>576
日独伊三国同盟が決定的に駄目なんだよ。
昭和天皇はあれが対米牽制として働くことを期待して最後は賛成に回ったが、
現実にははっきり恫喝者として日本を印象付けてしまった。

579:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/20 00:44:43.16 vIqp6MQbO
ちなみに近衛手記は、当てになはらんよ
近衛自殺後、重光葵らから、自分に都合よくこじつけていると叩かれ
昭和天皇もそういってるし
そもそも近衛の案はスターリンに和平させるとか、皇道派の登用とか、沖縄を見捨てるとか、伊豆諸島を日本の信託統治にするとか、無茶苦茶だと言われてるし、
だいたい当時はあいつは馬鹿だからって言う風評だったんだろ
それよりも掘参謀のフィリピン迎撃が実行されてたら、戦局は変わったかも
不毛の大地かなんかで美化されてる奴がいなければなあ

580:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/20 06:26:57.70 t7dz+L7I0
>>579
近衛手記なんてこのスレのどこにも挙がってないよ、何を勘違いしてるの?

581:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/20 07:59:51.56 r+zLyqAS0
>>580
>>565のことじゃないかな。


582:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/20 16:53:50.15 jXmIREb+0
>>578
満州事変やシナ事変でアメリカから恫喝をすでにされていたわけだからね。
だからよく言われている。日米開戦がアメリカがABCD包囲網をしたから日本は仕方なく開戦した。
なんて言う理由は論点がずれてるように感じるんだよね。
もちろんアメリカが民主主義を普及するために始めた正義の戦争だとも思ってないが。



583:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/20 18:45:59.13 x2G+SSj50
>>581
は?565は近衛自身が手記で嘆いてるわけじゃないぜ???第三者の証言だよ
複数の重臣、軍人も天皇がこの時期ご決意を固められた様子であることを明記している

584:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/20 18:47:28.49 x2G+SSj50
昭和天皇の決断は常に裏目、裏目。松岡がよく日独提携の責任者としてやり玉に挙がるが、
天皇はあれほど松岡を嫌っていたのに日独提携じたいには最後は黙認支持の態度を取ってるんだよな

585:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/20 19:20:14.74 qJV8EKY30
アメリカは満州事変前から恫喝してるよな。
大恐慌で米英ソがブロック経済化。
シナの門戸開放を名目にことごとく干渉してきながら、自国は門戸開放拒否。
資源がない日本が満州に目を向けるのは至極当然。
満州を独立させる為に満州事変になる。

586:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/20 20:56:32.97 0GCBqRw20
だから満州で止まってれば日米開戦は無かっただろ。
際限なく中国戦線に深入りするから締め付けが厳しくなって
警告されてたのに南部仏印進駐するから禁輸と資産凍結食らった。

大体日本から依頼したリットン報告書を待たずに満州国承認に走ったのが致命的。
報告書の提言は日本にかなり甘い内容だったのに。

587:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/21 01:23:12.14 WQFSee9oO
リットンなんか、始めから結果わかってただろ
アメリカは中国利権が欲しかったし、植民地を維持したかったわけだよな
日露戦争でも、中国利権への介入したかったから、ロスチャイルドに金を出させたんだろ、だけど、日本が利権を独占しようとしたのが遠因にあると思う。
ABCD包囲網は不戦論の海軍を、開戦、短期決戦にかえさせているし、日本には、門閥化が進み、政治家は上手く難局をのりきれなかったんだろ
大政翼賛会だって、意図してできたわけではなく、政治家が勝手にやったわけだしな
昭和天皇はかなりの英才だったし、度胸もあったし、海外留学もしているし、むしろ、議会や内閣がなく、天皇親政なら開戦はなかったと思うわ

588:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/21 04:22:00.87 2hh8g0mU0
対中戦争の初期なら昭和天皇の感覚で何とかなっただろうが、
もう盧溝橋事件の段階になると昭和天皇にもいかんともしがたいね。
この頃から天皇が軍の人事、内閣の人事を完全に掌握するようになり、
結果少しずつ希望的観測に引きずられて裏目ったわけだから

それと中国にアメリカの植民地はないよ。門戸開放を掲げたアメリカに中国側も好感を抱いている

589:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/21 10:04:02.46 zum4KKAF0
昭和天皇の感覚で何とかなったのは2・26までだろうな。
嫌いなのはわかるが、どうしようもなくなってから東條で「毒をもって毒を制す」
なんてことになるくらいなら、軍縮の実績から宇垣内閣成立を助けてやればよかった

590:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/21 11:59:29.00 eDItgO8J0
宇垣内閣の流産については陸軍内部の反発が強かったから、昭和天皇がどうすることも
できなかった出来事だったと思うよ。実際に宇垣は天皇からの陸軍大臣推挙を宮内相の
湯浅に打診したけど、その話は昭和天皇の元に行く前に湯浅が拒否してしまった。


591:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/21 19:45:11.95 2qh75+i40
中国にアメリカの植民地はないけど、
日露戦争で中国進出の足がかりを
確保することを目的にしている
そうでなければ、日本の見方はしねぇはずだ

592:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/22 01:26:01.00 /YZwbPUzO
逆に言うと、アメリカは日本に、開戦させない工作してたのかな

593:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/22 03:16:13.16 GRQYZiY5O
阻止したら木戸に頭叩かれたんだよ。

594:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/22 04:11:14.13 mkaSlQjD0
>>590
それは昭和天皇が推挙されれば宇垣を受け入れたような書き方だけど、
実際には昭和天皇はあのような人物にやらせてはならぬとまで言い切ってるんだから、
ほとんどナチ、ファッショと同じくらい嫌われていた。タラレバだよ

595:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/22 09:11:49.51 ixCLY7WL0
>>594
どうかな。宇垣を推挙したのは西園寺だったから、昭和天皇が拒否した(或いは否定的だった)
という方が「たられば」だよ。僕が書いた>>590の内容は事実しか書いてない。
昭和天皇は組閣が失敗したときに、宇垣に同情的だったとする原田日記の記述もあるからね。



596:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/22 18:35:46.58 6i2+WhuT0
しかし確かに湯浅が断ったって話になってるけど
大命降下した首相候補の要請を内大臣の一存で拒否できるもんかね?

597:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/22 18:55:36.49 mkaSlQjD0
その同情的だったという記述じたい疑わしいんだよな。
天皇本人が嫌悪感をむき出しにしているんだから

598:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/22 19:00:21.76 mkaSlQjD0
おそらく昭和天皇が宇垣を忌避している事実は陸軍に伝わってるね。
組閣前後は天皇もさすがに宇垣忌避の言動を控えたのだろうが

今でも人事で露骨に拒否はしなくても、周囲の人望を理由にご破算に持っていくパタンはある
少なくとも天皇が積極的に支持しなかったのは間違いない、それだけで致命的だよ

599:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/22 19:48:50.09 ixCLY7WL0
>>596
湯浅に限らず、当時の宮内関係者は政治の動向に天皇に累が及ばない様に
ガードする傾向が強かったんだけどね。


600:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/23 02:45:06.69 HKjC8eIyO
>>599
となると、開戦の責任は天皇にはないわな


601:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/23 04:36:04.76 RCJXEy460
>>601
組織犯罪(暴力団)なんかで天皇的な言動をしたらまず間違いなく共謀共同正犯
当然あります。

602:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/23 12:43:45.19 XAbhjknu0
現在のように、天皇が政治に関与しないのなら責任はないけど
御前会議を開いて、その結果、天皇が開戦を決断してるわけだから責任は
あるよ。

603:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 02:26:48.63 LqW67UT9O
この戦争に勝ってたら、責任はないわけだから、敗戦の責任は、軍部にあるわけだから、やはりないのでは
イギリスがシンガポール陥落しても、王室をせめないだろ
当時の日本よりイギリスの方が積極的だったし

604:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 08:46:08.31 j6U145Fx0
大平洋戦争時の天皇と英国王室は、その役割が全く違っていたから
英国王室を例に引いて天皇の戦争責任を語ってもあまり意味はないね。
英国王室は「君臨すれど統治せず」大日本帝国天皇は「君臨し統治もする」だったから。
それに加えて、外地の植民地の動向ではなく、当時の日本は本土が陥落されている。


605:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 17:57:53.18 Ar9Ybur00
天皇が独裁者だったらそもそも戦争してないだろ。
天皇主権は建前だし、実際は民主主義だったから。
戦争を判断決断した大臣や軍部も国民。

606:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 18:14:12.26 73R2ds/20
>天皇が独裁者だったらそもそも戦争してないだろ
独裁者は極論。天皇を含めた首脳陣は責任はある。

>天皇主権は建前だし、実際は民主主義だったから。
独裁ではなくともすべての政治最高権限は天皇にある。憲法に定期されている。
一方国民は臣民。民主主義というなら北朝鮮も民主主義国家ですね。

>戦争を判断決断した大臣や軍部も国民。
国民は幼年から教育によって、天皇に忠誠を誓うように洗脳されている。
朝鮮学校を非難できないような内容。


607:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 19:32:56.61 u0KukLwK0
戦前の憲法も、天皇に政治決定の権限など存在しない。
天皇が勝手に政治を動かせたら、大日本帝国憲法に違反する。
天皇は憲法の規定に拘束されてるし、議会もあり政権交代もあった。
忠誠を誓うなどと、アメリカは現在でも普通に神だの忠誠だの言ってるわね。
戦前が民主主義でないというなら、イギリスもアメリカも民主主義でない。
北朝鮮はそもそも共産独裁体制でまったく違うわね。

608:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 20:07:40.42 73R2ds/20
>戦前の憲法も、天皇に政治決定の権限など存在しない。
>天皇が勝手に政治を動かせたら、大日本帝国憲法に違反する。
政治的決定は天皇がしている。憲法も違反していない。
>忠誠を誓うなどと、アメリカは現在でも普通に神だの忠誠だの言ってるわね。
>戦前が民主主義でないというなら、イギリスもアメリカも民主主義でない。
>北朝鮮はそもそも共産独裁体制でまったく違うわね。
すり替えと極論、お前の方式使えばりんごでもみかんと言える。



609:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 20:39:43.49 sKuLxhzu0
明治憲法には、国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要スと
規定があり、輔弼する国務大臣の副署がない場合は無効とされる。
戦前から議会があり、政党があり、選挙があり、経済は資本主義で人々は自由に商売を行い、投資行為を行っていた。

さらに大東亜戦争終結まで一種の国家非常事態にあり、その状況の中で国民の権利が制限されたりしたのはある意味至極当然。
アメリカでも戦時中は日系アメリカ人が全員財産を剥奪されて強制収容所に入れられてる。
戦前と北朝鮮の独裁体制を同じにする方が愚かしいすり替えですな。

610:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 21:06:35.94 sKuLxhzu0
>>588
アメリカは自国はブロック経済で守るが、アジアは門戸開放されてるべきと言う自己中論。
ブロック経済で成り立ち鎖国してた日本を、鯨の為に武力で脅し開国させ不平等条約を結ばせた。
以後、日本は発展に従い貿易通商が日本の生命線になった。
日露戦争でようやく不平等条約を改正して一流国の上ったら。
満州利権に嫉妬し、門戸開放を名目に干渉。
散々日本が妥協してワシントン条約が結ばれ、アメリカの言い出しで海軍の軍縮も結んだのに、日系移民を排外するわ、自国はブロック経済で日本の通商を締め出すわ、日本を自給自足のブロック経済構築、満州事変大東亜共栄圏に追い込んだ。
そのくせ自分の都合で艦隊軍縮を破り建設するわ、アジアのブロック経済を好まないとして、戦争に追い込むわで。


611:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 21:30:24.93 73R2ds/20
天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リテ之ヲ行フ

と規定されており国民は臣民とされ、天皇主権が明文されてる。
規定があり、輔弼する国務大臣の副署がない場合は無効とされるつまり
天皇が署名しないと無効であり、現在のように天皇が政治に関与しないという
わけでなく御前会議をして納得の上で天皇が承認している。
開戦も終戦も同様に天皇が決めている。

612:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 22:54:35.51 Zv2CA0MY0
憲法には規定がないので、内閣の権力は弱いと思われがちだが、政策の実質的な決定権は内閣にあった
天皇がもっていたのは、それに対する拒否権である
その発動には、元老の賛成や内大臣の輔弼責任が伴うが、昭和天皇はそれを発動することはなかった
もし拒否権が行使されたら、内閣総辞職になり、新しい内閣で政策のやり直しが行われることになる
閣議は、全会一致でなければならないが、開戦の決定の場合は、全会一致で決まったので問題なかった
終戦の場合は、陸相が反対で閣内不一致のため、そのままでは総辞職にならざるを得なかった(現行憲法のような、首相に大臣に対する罷免権がなかった)
仮に新しい内閣ができても、新しい陸相はまた反対して同じことになる
あるいは、陸相は陸軍が決めるため、陸軍が推薦拒否に出て、新首相は組閣失敗で大命辞退に追い込まれてしまう
そのため天皇の聖断に頼るしかなかった
しかし、これは明らかに首相の輔弼責任の放棄であり、憲法違反であったので、ポツダム宣言受諾後、鈴木首相は責任を取って辞表を提出したのである
ちなみに御前会議も、内閣が軍の同意を得て開催するのだが、最後の御前会議は、軍の同意を得られそうになかったので、内大臣の同意を得て特別に天皇による緊急召集という形で抜き打ちに開催された


613:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/24 23:37:55.51 73R2ds/20
「ポツダム宣言の条件中には日本天皇の国法上の地位を変更する要求を包含しおらざるこ
との了解の下に日本政府は之を受諾す」

ポツダム宣言を受諾するか否かは天皇の地位だけの問題にして反対意見がでてるだけ
天皇に決めてもらうのは至極順当。

614:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/25 00:40:50.52 HMbSyEXN0
>>612
ではなぜ陸軍でもない松岡を辞めさせるために第2次近衛内閣が総辞職したんだよ
もういい加減見苦しい弁解はやめろって。

615:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/25 00:44:10.87 HMbSyEXN0
>>603
何を言ってるんだよ。英王室こそ君臨すれど統治せずの議会主権が確立してるだろ
軍の統帥事項は大元帥陛下に全ての権限が集約されて人事から作戦から容喙してる日本と
イギリスを比べてどうすんだ。
こういうアホレスが挟まると議論が全部振出しに戻るんだよな…

616:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/25 01:12:30.95 rCjtGb/x0
イギリスには憲法自体がないよwww

617:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/25 02:04:05.74 Zokgf2ZgO
イギリスは憲法ないよね
フォークランド戦争の時も、サッチャーは、イギリスは女王陛下の臣民はをひとりたりとも見捨てたりはしない、と開戦してるしな

618:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/25 05:16:53.63 5si4COsg0
>>616
何の話をしてるの。イギリスの17世紀~18世紀の議会主権の成立を習わなかった?
不文憲法と成文憲法も習わなかった?

619:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/25 07:46:18.03 +KX+MuOT0
>>612
> 憲法には規定がないので、内閣の権力は弱いと思われがちだが
いやいや、そんな風に思ってるのは日本の憲政史を分かってない人だけだと思うよ。
大日本帝国憲法を制定するに際して、君主の権限が限定されていたベルギー憲法や
内閣が議会に責任を負う英国の議院内閣制の採用を見送り、内閣は国王に責任を負う
プロイセン型の憲法を採用したのは中学生くらいで学ぶ話。君は中学のときに歴史を
ちゃんと履修してなかったのか?

> 天皇がもっていたのは、それに対する拒否権である
拒否権じゃなくて「決定権」だよ。帝国憲法を良く読んでごらん。それから、元老というのは
帝国憲法では憲法外の慣習制度で、天皇が政務をする助けをする役割を担っていたが、
元老の賛同を得られなければ天皇が君主大権を行使できなかったということにはなってなかった。
元老はあくまでもアドバイザー。だから西園寺が死去してからは元老制度は維持されなかった。
その後は宮内府を軸とした重臣会議が重要な役割を演じた。内大臣も元老ほど影響力はなかったが、
電脳をサポートする役割を担っていたために、組閣には大きな影響を与えた。

それから鈴木貫太郎が辞職したのは憲法違反だったからというより、自分の不徳を恥じたという
表向きの理由だけではなく終戦を導く仕事を終えたから。確かに慣例上、御前会議で聖断を仰ぐ
というのは異例のことだったが違憲性のある行為だったということではない。


620:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/25 10:57:41.16 h2N17Kb90
最近のネトウヨは非国民だな。

国体明徴声明を見よ。これが戦前の政府の公式見解だ。これ以前は天皇機関説が機能して
いたかもしれないが、1935年8月3日以降は天皇にも責任がある。

恭しく惟るに、我が国体は天孫降臨の際下し賜へる御神勅に依り昭示せらるる所にして、
万世一系の天皇国を統治し給ひ、宝祚の隆は天地と倶に窮なし。されば憲法発布の御上諭に
国家統治の大権は朕が之を祖宗に承けて之を子孫に伝ふる所なりと宣ひ、憲法第一条には、
大日本帝国は万世一系の天皇之を統治すと明示し給ふ。即ち大日本帝国統治の大権は厳として
天皇に存すること明かなり。もしそれ統治権が天皇に存せずして天皇は之を行使する為の
機関なりと為すがごときは、これ全く万邦無比なる我が国体の本義を愆るものなり。
近時憲法学説を繞り国体の本義に関連して兎角の論議を見るに至れるは寔に遺憾に堪へず。
政府はいよいよ国体の明徴に力を効し、その精華を発揚せんことを期す。
乃千茲に意の在る所を述べて広く各方面の協力を希望す。

暴に政府は国体の本義に間し所信を披涯し以って国民の響ふ所を明にしいよいよその精華を
発揚せんことを期したり。抑々我が国体における統治権の主体が天皇にましますことは
我が国体の本義にして帝国臣民の絶対不動の信念なり。帝国憲法の上諭並条章の精神亦姦に
存するものと拝察す。しかるに漫りに外国の事例学説を援いて我が国体に擬し、
統治権の主体は天皇にましまずして国家なりとし、天皇は国家の機関なりとなすが如き
所謂天皇機関説は、神聖なる我が国体に悖り、その本義を愆るの甚しきものにして厳に之を
芟除せざるべからず。政教其他百般の事項総て万邦無比なる我が国体の本義を基とし、
その真髄を顕揚するを要す。政府は右の信念に基き姦に重ねて意あるところを間明し、
以って国体観念いよいよ明徴ならしめ、英美蹟を収むる為全幅のカを効さんことを期す。

621:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 00:47:31.33 MWnIGrkN0
>>614

そこに書いているように、首相には大臣に対する罷免権がないから、辞表の提出を拒む大臣を辞めさせるには総辞職しかないのは当たり前である
そうしなくても、閣内不一致で総辞職にならざるをえない

>>610

憲法を読んだだけでは、戦前の体制はわからないんだよ
内閣の力が弱いというのは、そこに書いているように天皇の権力との関係で言っている
すべての政策の決定権は内閣にあり、天皇はそれに対する承認権(YESかNOか)があるだけであるということだ(もちろん内奏段階での関与はあるが、政策を決定するのはあくまで内閣である)
すべての法令は、天皇の御名御璽のあとに、総理大臣及びその他の大臣の副署が入れられて初めて効力を持つ
The king can do no wrongというのは、君主が政治的なの間違いを犯すことができないというシステムが作られているということであり、日本の場合もそうである
それが副署システムである、副署は政策の決定者が御名御璽のあとに最後にすることでその輔弼責任を明らかにすることでもある
人事の辞令の官記の副署も同じである、それの決定に責任のある人物が副署をする
総理大臣の官記の副署は、内大臣がする(新総理の選定は、天皇による内大臣のへの諮問で始まり、元老がいるときは、内大臣と元老の話し合いで決め、元老がいなくなったときは、内大臣主催の重臣会議で決め、それを内大臣が天皇に推挙した)
推挙された人物に、組閣の大命降下がなされ、その人物は現在と同じように組閣本部を立ち上げて組閣し、組閣名簿を天皇に提出する
したがって、その他の大臣の官記の副署は、それを決定したことでその任命の輔弼責任を負う総理大臣がする

なお日本の憲法体制は、大正末期から昭和初期には、責任内閣制に近いところまで行っていた
例えば、昭和6年に、幣原首相代理が、衆議院で海軍軍縮条約について、それで国防は大丈夫かという質問に対して、「陛下が批准されているから大丈夫」と答え大問題になった
そもそも幣原は国会議員でも政党人でもなかったので、そのような人物が首相代理につくのは憲法上問題であると批判されていたところにこの事件が起こり、野党もマスコミも「責任内閣制の否定であり、超然内閣としての本性を現した」と大攻撃して、一週間審議がストップした
その後、テロや美濃部の天皇機関説問題が起こり、責任内閣制は終了したが、それは内閣と議会との関係が変わっただけで天皇と内閣の関係が変わったわけではない

622:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 00:51:14.18 MWnIGrkN0
アンカー間違えた
>>610ではなく>>619



623:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 01:15:50.53 ghDLc6rnO
開戦の責任という定義はそもそも何?
オバマやブッシュやサッチャー、パンギムンにもあるのと同じものかな
それなら、毛沢東やスターリンとかの方が桁ちがいに殺してるぞ
そもそも開戦を回避する方法はあったのかな
まずは、開戦責任を定義してくれ

624:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 02:49:02.16 MME9lcay0
>>621
はぁ?内閣総理大臣に任免権がないと言うのは決定的だろ
首相が同輩中の首席に過ぎないと言うことは他に決定権の所在があることになる
帝国憲法と日本国憲法の最大の違いを知らずに何言ってんだよ

しかも天皇は226以降、後継首班をこの中から選べと言ってるだろ

625:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 02:52:19.63 MME9lcay0
>>621
当たり前だよ。天皇と内閣総理大臣の関係は常に天皇の諮問を受け、内奏を怠りなく行い、
意に沿わないと決裁印を教えてもらえない関係だったと言うのはこのスレにとっくに挙がってる
なに立憲君主制が戦前も成立していたかのようにねつ造してんの?

626:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 02:56:22.04 MME9lcay0
結局>>621は内奏の影響力を非常に低く見積もろうと言う点で
昭和天皇の弁解の焼き直しと大して変わらないんだよ
事実は内奏を天皇から催促されることもあり、その場で叱責を受けることもあった

戦後の日米安保条約の締結過程で豊下がとっくに天皇関与によって吉田政権の政策が曲がったと研究出してるだろ
天皇は戦後もたしなめられるまで、岸内閣までは意思表示を行ってたんだぞ

627:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 03:00:26.25 MME9lcay0
それともう1個。天皇機関説事件の結果政府が二度にわたって出した国体明徴声明を、
なぜか責任内閣制の問題にすり替えているのが悪質すぎる
国体明徴声明は天皇が国家の機関だと言う視点そのものを排除しているのであって、
もろに天皇と国会や内閣ら国家の諸機関との関係をはっきりさせたもの

628:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 03:05:45.25 MME9lcay0
>そうしなくても、閣内不一致で総辞職にならざるをえない

総理に任免権がなく、内閣の一体性を担保する権限が天皇に留保されてるなら、
閣内不一致で総辞職せざるを得ないと言う根拠はなに?


629:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 08:02:40.70 0ZnADRLq0
天皇が承認とか言ってるけど内閣総理大臣は天皇の家臣に過ぎないから
天皇が嫌だと言えばなにもできない。

630:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 10:18:01.44 zrv9cDZi0
>>621
> 憲法を読んだだけでは、戦前の体制はわからないんだよ
その通り。憲法条文「だけ」では帝国憲法体制は理解しきれない。これは制憲史では比較憲法学分野でも
多くの学者が指摘しているところだ。問題となるのは、その運用実態であって天皇が有していた広大な
憲法外の権限を含めて(もちろん、元勲など憲法外の制度や実態も)、どう運用されたのかという、
史実から浮かび上がる実態を踏まえないと何も分からない。とはいえ、憲法条項は基礎知識として
理解できているかという前提を踏まえなければ、どの様に運用されたのかも分からないわけだよ。

> すべての政策の決定権は内閣にあり、天皇はそれに対する承認権(YESかNOか)があるだけである
上に挙げた運用実態をまったく分かってないね。天皇が有していたのは承認する権限ではなく、
統治権の総覧者としての国権の主権者としての最終決定権だ。事実、昭和天皇は不満がある内奏や
言挙げに対しては、相手に会わないことや質問を加えることで認識を相手に伝えていたし、
組閣について内大臣に意見を言って大臣の変更を指示したことも一度じゃなかった。

> 総理大臣及びその他の大臣の副署が入れられて初めて効力を持つ
本来副署というものは、天皇(君主)が責任を負わない為、責任の所在を明確にするために
担当大臣が署名するというロジックで成り立っていたもの。君主無答責が前提になっていたからね。
天皇は命令は下すが責任は負わなかったというのが帝国憲法上の天皇の立場。

> 大正末期から昭和初期には、責任内閣制に近いところまで行っていた
所詮は政党政治を推進した西園寺らによる運用で行われたことだったから、統帥権干犯問題や
機関説排斥運動によってものの見事に崩壊したね。それだけ憲法の制限規範が脆弱だったということ。


631:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/26 13:01:58.50 0ZnADRLq0
ここで田中義一事件。

632:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 00:23:27.97 vJFIm/CY0
いろいろ書いているようだが、いちいち反論するのは面倒だから、とりあえず美濃部達吉の憲法解説書を読んでもらいたい
私が、憲法を読んだだけではわからないと言ったのは、ほかの法律もそうだが、専門家の解説書を読まないと条文を読んだだけではその法律そのものが理解できないという意味である
さいわい美濃部の本は、国会図書館の近代デジタルライブラリーのサイトで読むことができる
「憲法撮要」と「憲法講話」があるが、「講話」の方は、中学教師のための講演を本にしたものだから非常に読みやすいし、発禁処分にもならなかった
ここで問題になっているのは昭和天皇の時代であるから、まずは大正末期から昭和初期の政党政治の時代にどのような憲法運用がなされていたかを理解することが重要である
政党政治の時代は美濃部の憲法理論が支配的であった、美濃部の理論は、一木喜徳郎がイェリネクから取り入れた国家法人説を議会主義的に発展させたところに特徴がある
まずこれを理解して、昭和10年以降、何が変わって何が変わらなかったかを理解しなければならない



633:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 00:55:59.10 Yx/o7GMF0
>>632
その程度の前提は踏まえているので心配無用だよ。美濃部の機関説が一時期は
憲法学の通説としてそれなりの影響力があったことももちろん分かっている。
面白いのは美濃部と上杉との論争で学問的には美濃部に軍配があがった一方で、
昭和天皇が皇太子時代から法学の進講係をしていた行政法と憲法学専門の清水澄も
実務分野では大きな影響力を持っていたこと。そうした事実を君は知らないのかな?

清水は天皇主権説の穂積の弟子に当たるが、彼は国家法人説と天皇主権説を折衷させ、
行政官や宮内筋に対しては絶大な信頼感を持っていた。機関説排斥運動で美濃部が失脚してからは
日本の法学分野は清水の独壇場となったが、それは敗戦で帝国憲法が廃されるまで続いた。


634:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 00:58:30.29 Yx/o7GMF0
美濃部の「憲法講話」はここで読めるので、関心のある人は読んでみてください。
URLリンク(www7b.biglobe.ne.jp)


635:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 01:04:38.42 Yh4b25lIO
日教組は、不利な質問には答えないんだね
こうしたら回避できたとか、昭和天皇が、積極的開戦論でないのは明白
あの時、誰も回避はできなかった
できた前提の証明が全くない

636:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 04:40:49.38 WtuPw+Uv0
いま不利な質問に答えてないのは、>>632のほうだよ。
いちいち反論するのが面倒なほどの批判は1つもないよ。
反論できないんでしょ?だから戦前の憲法理論にどんどん話を逸らしていく

法学部舐めとんのか

637:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 07:45:18.84 Yx/o7GMF0
>>636
質問って何?


638:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 07:56:25.58 rckLk+fP0
> すべての政策の決定権は内閣にあり、天皇はそれに対する承認権(YESかNOか)があるだけである
と主張してる人に聞いてるんだよ。こんな認識は1937年以降の天皇の政治的関与の形態と全く矛盾する

639:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 08:39:38.01 /H9sAU3/0
「畏れ多くも天皇陛下を機関車・機関銃に喩えるとは何事か」

640:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 10:27:03.01 AZjxe6pt0
>>604
>>英国王室は「君臨すれど統治せず」

その認識はもう古いよ。君塚直隆の一連の著作特に『ヴィクトリア女王』と
『ジョージ五世』を読めば、近代のイギリスの君主も政治関与していたことが分かる。

641:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 23:31:48.63 9fsYb21h0
政治関与の度合が違いますな。
昭和天皇の場合、対中戦争の進行と並行して政党政治が機能しなくなっている。
天皇抜きではいかなる政治過程も成立しない。
対中戦争の後半には完全に「天皇の戦争」になっているから、
比較するならヴィルヘルム2世か、低く見てもヴィットリオ・エマヌエレ3世。

642:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/27 23:37:52.10 9fsYb21h0
ついでに言えば、新憲法施行後に昭和天皇がおとなしくしていたような認識も
完全に古いと言うか間違いですぞ。

643:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 01:26:41.01 RDTl/34sO
結局、論点を変えて、日教組はこたえませんでした
こちらは元法学部だ
偏差値高いよ
立命館や法政とはわけが違うよ

644:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 02:13:52.13 RDTl/34sO
ざいけいほうていしゅぎ
知ってたら、東京裁判すら無効
わかるよね~

645:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 07:15:41.02 Zp3pjtbv0
日教組がどうたらって時点で敗北宣言
読む価値ないわw

646:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 08:07:36.99 xc60IYEW0
>>644
今更この話持ち出すの。

647:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 08:14:41.75 bwPm0vsG0
罪刑法定主義を国際法の世界に持ち込んでる時点で少々…
分かってない人は国内刑法刑訴法をそのまま国際刑事裁判に持ち込むんだよね
しかも日本でも旧刑法で電気窃盗事件があったわけだが


648:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 08:53:54.25 fh5tkkOJ0
対内上の法理である罪刑法定主義を、国際軍事法廷の法理として当てはめして用いて「無効」などと
言い出す人が、本当に法学を専門に学んだのかという疑問があるね。罪刑法定主義というのは、法律を
事後的に適用して国家が個人を裁く恣意的な立法を禁止するという法理であって、国際法上の違法行為を
事前の条約(極東軍事法廷の場合はポツダム宣言及び降伏文書)によって、戦争犯罪を裁くとする条項を
日本側が受けいれているわけだから、法理上も法運用上も「無効」などという理屈は成り立たない。


649:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 10:02:04.54 fgWXyPq+0
日暮・牛村あたりがいまいちあやしいのはそこ。
しかも天皇の戦争責任と東京裁判の正統性の話は別物。
天皇の戦争責任を指摘すると、東京裁判がいかにアンフェアか力説して反論してくるのがいるが、
一般に言われる戦争責任は極東軍事裁判における有罪とイコールではない。もっと広い。

650:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 10:10:04.12 xc60IYEW0
>>648
東京裁判に関してはね。ただこのスレのタイトルを良く理解すれば
罪刑法定主義などという言葉が出てくるはずがない。
それにここに書き込んでいる人はおおよそ日本人だろ。

また異論だけどもフランス革命・ムッソリーニ・チャウセスクや、
その他の王が裁かれる時に適用される法律はなかった。

まあどちらにしてもこのスレは裁判所ではなく歴史板として歴史的事実
を探求する板です。もしそのことが理解されなければこの板から黙って
出て行くべきじゃないの。

651:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 11:10:17.42 fh5tkkOJ0
>>649
> 一般に言われる戦争責任は極東軍事裁判における有罪とイコールではない。もっと広い。
その通りだね。戦争責任という場合、法的責任だけではなく道義上の責任や国家指導者として
誤った選択や決定をした責任を問われるのは当然のこと。昭和天皇の戦後の半生が戦争責任で
彩られたのもそうした意味での責任であって、決して法的な責任だけの問題じゃない。

>>650
> 東京裁判に関してはね。ただこのスレのタイトルを良く理解すれば
> 罪刑法定主義などという言葉が出てくるはずがない。
元々スレ違いであることは理解してるよ。もちろん、東京裁判で弁護側が持ち出したのが
罪刑法定主義による弁明であったことを踏まえて、僕はそれを持ち出す法理的な齟齬を
指摘している。

> このスレは裁判所ではなく歴史板として
歴史を考えるときに、国際法を含めた法理上の問題だけを抜きにすることは出来ないでしょう。
それらを含めて当時の法運用の問題や運用者の認識なども含まれるのだと思うよ。
例えば豊下楢彦氏は天皇の責任問題を射程に、史学上の観点で昭和天皇の憲法運用の認識の問題を
取り上げていることなどがそれに当たるからね。


652:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 16:37:36.99 RDTl/34sO
日教組おつ
毎日、日中に書き込みのは、おまえらかニートのネトウヨくらいだw
おまえら、東京裁判が法的に有効なんて思ってんなら、頭ん中、安保で止まってんな
もっといろんな学説を学んで、出直せ
お前ら、まず、回避可能だった理由いえよ
それがないと争点がまず、存在しない。
立場絶対原則なら、国民の行動全てに天皇は責任を持たねばならなくなり、まさに妄想
大日本帝国憲法の解釈は多々あるが、当時、独裁的権力を奮ってはいない
敗戦の責任は否定はしない、でも、開戦回避など、できるわけがない

653:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 17:44:56.34 lTM2Mi770
>>652
平和に対する罪は、第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判や
極東国際軍事裁判のために制定した「事後法」であるとして、
国家ではなく個人の責任を追及し処罰することは
法の不遡及原則に反していたとする
国際法学者の意見もある
共産党委員長も務めた田中清玄は、共産党組織の実態を知り、
後に、天皇制護持を強く主張するようになった。
1945年(昭和20年)12月21日、昭和天皇との直接会見時の最後に、
「他になにか申したい事があるか?」と聞かれ、
田中は「昭和16年12月8日の開戦には、
陛下は反対でいらっしゃった。
どうしてあれをお止めになれなかったのですか?」と問い質した。
それに対して昭和天皇は
「私は立憲君主であって、専制君主ではない。
臣下が決議した事を拒む事は出来ない。憲法の規定もそうだ。」
と回答している。

出展はwikiだが

654:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 18:08:00.18 GSfeUkOS0
第一次大戦後ヴィルヘルムの身柄引き渡しと裁判を要求した
一国である日本がそんな都合のいい寝言をほざいてもな。

655:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 20:07:39.38 lTM2Mi770
サンフランシスコ講和条約において、天皇が自国の戦争に責任を負うべきものがあることを
承認するという条項は無い
「責任」と言うが、その定義が曖昧すぎる
明治憲法<大日本帝国憲法>第4条に、統治権の総覧があるが、
それは、「この憲法の条規に依って行う」とされている。
つまり、天皇でさえも、憲法に規定される存在であり、
憲法の枠の中で憲法に従って行為をされる御存在であった。
また、第55条、56条に、国務大臣が天皇を輔弼し、
枢密顧問が審議によって天皇に応える形で重要な国務を行う
と記されている。
実際には、輔弼は内閣によって行われ、責任も内閣がこれを負った。
輔弼が天皇を法的に拘束するものと解すれば、
日本国憲法における、内閣の『助言と承認』とほぼ同じ意味になる

656:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 20:10:56.36 lTM2Mi770
また「戦争責任」とは、どのような行為により、
誰に対しての責任であるのか、
定義を明確にして下さい。
る当時の国際法においては、
戦争とは、主権国家の権利として認められている
交戦権の行使であり、よって戦争自体に善悪はなく、
戦争責任つまり、回線の責任という言葉も存在しません。



657:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/28 20:49:26.98 xc60IYEW0
>>655
wiki読んで自己解決して欲しい。
>日本国憲法における、内閣の『助言と承認』とほぼ同じ意味になる
全然違う。
明治憲法を基にして天皇が責任回避ができるのは天皇は
神聖にして不可侵と明記されているからだろうね。

>>656
交戦権の行使=戦争責任なわけがない。もしそう思っているのなら
相当レベルが低いと言わざる得ない。

658:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 01:08:58.18 /iY5NzwgO
このスレはその低レベルの議論しかしてないだろ
後世の歴史家を気取った奴ばっか
単なる天皇批判と反論しかない
開戦を回避できるが、しなかったのか、できなかったのかを検証するスレで天皇責任のスレではない
ちなみに責任はない
なぜなら、日本が受け入れたジャッジメントには含まれなかったから
法律論で話す話じゃなく、政治論から語る話だ
ちなみに不文の法とか、いってるやつ、多分コモンローのこと言ってるんだろうが、コモンローは社会的に圧倒的多数により妥当とされるような当たり前の場合にしか適用されない
だから、平和に対する罪は、コモンローにあたらない
だから、今でも、裁判を受け入れたとか、判決を受け入れたとか、議論あるんだよ
ちなみに、日中戦争はともかく難しいが、大平洋戦争なんか回避できないだろ
アメリカに勝てると思った馬鹿はいないからだ

659:612=621=632
11/09/29 01:25:31.04 sKUgu9cV0
>>633
人にはそれぞれの生活があるのだよ
私は、いそがしいときは毎日2chできないし、夜は疲れて眠くてできないときもあるし、彼女が泊まりに来ているときもできない
それはさておき、君の一番の問題点は、ベルギー憲法、ドイツ憲法を経て明治憲法に取り入れられた君主無問責の基本原則である副署システムを正しく理解できていないところにある
前回は、これを詳しく説明しようと思ったけど眠かったので、これを正確に説明している美濃部の本を読んでくれと書いたのである
ちなみに美濃部の師匠の一木喜徳郎は、大正14年から昭和8年まで宮内大臣を勤めて昭和天皇の憲法観に強い影響を与えている
以下その説明に入る

ベルギー憲法(1831年)
第63条 国王の一身は、侵すことができない。国王の大臣が責任を負う。
第64条 すべて国王の行為は、大臣の副署がなければ、効力を有しない。大臣は副署行為の故にのみ、その責任を負う。

フランクフルト憲法(1849年)
第73条 皇帝の一身は不可侵である。皇帝は、自らに委ねられた権力を、自ら任命する責任大臣を通じて行使する。
第74条 皇帝のすべての統治行為は、それが有効であるためには、少なくとも帝国大臣の一人による副署を必要とし、その帝国大臣は、それによって責任を負う。

プロイセン憲法(1850年)
第43条 国王の一身は不可侵である。
第44条 国王の大臣は責任を負う。国王のすべての統治行為は、それが有効になるためには、大臣の副署を必要とし、大臣はそれによって責任を負う。

ドイツ帝国憲法(1871年)
第17条 皇帝の命令および処分は、帝国の名において発令される。それが有効であるためには、帝国宰相の副署が必要であり、帝国宰相は、これにより責任を負う。

大日本帝国憲法(1889年)
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第55条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス

660:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 01:27:25.69 sKUgu9cV0
*伊藤博文の憲法義解

[副署]
大臣の副署は左のニ様の効果を生ず。
一に、法律勅令及其の他国事に係る詔勅は大臣の副署に依て始めて実施の力を得。大臣の副署なき者は従て詔命の効なく、外に付して宣下するも所司の官吏之を奉行することを得ざるなり。
二に、大臣の副署は大臣担当の権と責任の義を表示する者なり。蓋し国務大臣は内外を貫流する王命の溝渠たり。而して副署に依て其の義を昭明にするなり。
但し、大臣政事の責任は独り法律を以て之を論ずべからず、又道義の関る所たらざるべからず。法律の限界は大臣を待つ為の単一なる範囲とするに足らざるなり。
故に朝廷の失政は署名の大臣其の責を逃れざること固より論なきのみならず、即ち、議に預かるの大臣は署名せざるも亦其の過を負はざることを得ざるべし。
若し専ら署名の有無を以て責任の在る所を判ぜむと欲せば、形式に拘り事情に戻る者たることを免れず。
故に副署以て大臣の責任を表示すべきも副署に依て始めて責任を生ずるに非ざるなり。

[輔弼責任]
第一。大臣は其の固有職務なる輔弼の責に任ず。而して君主に代り責に任ずるに非ざるなり。
第二。大臣は君主に対し直接に責任を負ひ、又人民に対し間接に責任を負ふ者なり。

*美濃部達吉の理論は、伊藤が「人民に対し間接に責任を負ふ」といったところ、議会に対する責任まで拡大し、責任内閣制へと解釈を広げていったのが特徴である。
その他の部分は、伊藤とあまり違いはない。昭和10年以降は、責任内閣制が超然内閣に戻ったが、副署システムには変化はない。

*副署拒否はありうるか
システム上ありえない。上奏は閣議決定(全会一致)されたものを文章にしておこなわれる。それを天皇が変更することはできない。天皇にできることはYESかNOかである。
NO(拒否権行使)の場合は、同一内閣か新内閣でやり直しになり、再び閣議決定を経て上奏される。したがって副署の対象になるのはあくまで閣議決定されたものであるため副署拒否など起きないのである。
私が、「政策の実質的な決定権は内閣にあった 天皇がもっていたのは、それに対する拒否権である」と言ったのは、こういう意味である。

*最後に鈴木首相の辞表を記しておく
曩ニ重任ヲ拝シ戦局危急ヲ打開センコトニ日夜汲々タリ 然ルニ臣微力ニシテ遂ニ戦争終結ノ大詔ヲ拝スルニ到ル 臣下トシテハ恐懼スル所ヲ知ラス 
又閣議ヲ以テ決スルニ能ハスシテ御聖断ヲ仰キタルコト一度ナラス 恐懼何ヲカ之ニ過キン (以下略)

661:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 01:39:46.15 T4Ysv35N0
我が国日本を守るためにに尽きる
ルーズベルト大統領包囲網による資源の枯渇

むしろアメリカから仕掛けられた大東亜戦争
そして日本を欧米植民地化にならぬよう抗おうとした
政府がなぜ侵略戦争というか

そしてなぜに天皇を失うことになるであろう圧力に屈しなければならないのか
日本を守るためにの一点にしかない 
天皇と日本は一体なのだよ

662:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 03:38:29.11 tR84fNGk0
>>661
>我が国日本を守るためにに尽きる

自衛というなら満州に徹してろよ。

>ルーズベルト大統領包囲網による資源の枯渇

ナチスと組み、警告を無視して南下したからな。

>天皇と日本は一体なのだよ

国=権威者の考えは、民主社会で不要。覇権者の家系が御輿化しただけ。


663:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 04:08:28.70 cPpglK9K0
ID:sKUgu9cV0 はまるで話が通じていない。
人が「実態」の話をしているのに、昭和10年で排除された「通説」の講釈を繰り返すことに何の意味もない
今日でも運用実態と制憲時の公定解釈もしくは旧通説を混同して論じたら詭弁と見なされるよ
なぜ批判されているのか少しは理解すりゃいいのに。
・諸外国憲法との対比については、あくまで対比としての意味しか持たない
・天皇に出来ることはYESかNOかである⇒そこまでの過程で自分の意思を反映させる実態が存在したことを
 今まで散々指摘されてるでしょ?!あなたが答えるべきなのはそこだよ
自分の知る限り、憲法史でここを誤魔化す学者はそんな多くない。師匠は誰?

昭和天皇は天皇機関説を理解できていたかどうかも怪しいとは結構指摘される、例えば
「君主主權説は、自分からいへば寧ろそれよりも國家主權の方がよいと思ふが、
一體日本のやうな君國同一の國ならばどうでもよいぢやないか。
……美濃部のことをかれこれ言ふけれども、美濃部は決して不忠なのでないと自分は思ふ」

天皇は、「君国同一」だから君主主権でも国家主権「でもよい」と言う理解なのであって、
美濃部説とは基本的なスタンスが異なると言わざるを得ない。
独白録で天皇は国家を人体、天皇を脳髄にたとえ「機関説」でなく「器官説」ならいいじゃないかと本庄に説明しているが、
脳髄は人体への命令を全て掌握する組織であるから、最高機関と言う以上の意味を持ちうる
前後の言動を見ても、天皇の中では「最高機関」が取り違えて把握されてた可能性が高い
美濃部説を理解できる素地はあっても、天皇は美濃部説を決して全面支持したとは言い難い。

664:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 04:21:58.77 cPpglK9K0
それと何度も指摘するが、国体明徴声明は議会と内閣の関係についての言及ではなく、
天皇が国家の機関であると言う理解そのものへの言及なのだから
副署システムが「何ら変化がない」などと簡単に片づけるセンスも歪曲が入ってると言わざるを得ない
疑問を覚えるね。政府声明であることには間違いないんだよ

それとなあ、人のレスは「面倒だから捨て置く」と言い放っておいて自分だけ長大な文章を述べるってなんだよ…

665:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 08:17:06.58 3WqfQpMz0
>>659
君のレスはいちいちピントはずれだねえ。

> ベルギー憲法、ドイツ憲法を経て明治憲法に取り入れられた君主無問責の基本原則である副署システム
ここからして間違えてる。帝国憲法制定までの過程で、ベルギー憲法は日本国国憲按として参考にされたが、
議会の権限が強く君主が国憲の拘束を受ける前提であったため退けられ採用されなかった。
つまり、君は帝国憲法制憲の史実を知らないのかどうか、全く正反対のことを書いてるわけだ。
それに加えて、シュタインから強い影響を受けなら彼のアドバイスに従って、伊藤らは日本独自の
憲法と国教に変わる存在としての天皇を位置づけた。これがいわゆる神権天皇制度といわれる所以である。

憲法の教科書で取り上げた「大日本帝国憲法(明治憲法)の特色」は以下の通り。
明治国家は、西欧の立憲君主国家をモデルとしながらも、西欧諸国に比して、道徳的・倫理的色彩の
濃厚な国家であったといえる。(「憲法1」第三章 国民主権と象徴天皇制 高橋和之執筆 47頁)

君は副署の存在を根拠に天皇があたかも副署に拘束されていたと言いたいのか、やけに副署の存在に
拘泥しているが、先にも説明した通り副署というのは君主無答責の原則に従い、最終的に君主が判断し
下した国家の意思としての命令の責任を国務大臣が引き受けるということだ。君主とその臣下である
国務大臣との関係はそれぞれの国によって異なっているため同列に語れない。比較憲法の観点を分かってるなら、
君のように単純に同列視はできないのだよ。

> 美濃部の本を読んでくれと書いたのである
君が紹介してくれた美濃部の「憲法講話」は既に読んでいるから、わざわざ「前提は踏まえている」って
書いたんだけど。つでに>>634でウェブ上のURLまで示してるでしょう(笑)

> 美濃部の師匠の一木喜徳郎は
昭和天皇の憲法観に最も強く影響を与えたのは一木ではなく、皇太子時代から憲法を進講していた清水だよ。
君は僕の発言を根拠無く無視して一木の名を出してるけど、とても恣意的な印象を受けるね。

666:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 08:17:40.44 bRAJ3RVI0
憲法の条文持ち出してしきりに反論してるやついるけど
弁護側の有利なように都合の良い解釈をすればどうとも取れるんだよ。



667:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 12:30:13.10 /iY5NzwgO
>>666
それは左翼も同じだ
天皇は大平洋戦争や日中戦争の拡大には、反対だった。これは説明するまでもなく、多数の資料から明らかだ。一部左翼は、それを否定するわずかなでっちあげを信奉している
あの時代、大平洋戦争は非白人からは、熱烈に歓迎された。キング牧師やガンジーでさえ
それは自衛の戦争であり、初めて、欧米の侵略に抵抗したからだ
さらに日本は大平洋戦争開戦時は、そこまでおいつまっていたんだから、戦争回避は難しい
日本は、何度も軍縮して、かなり譲歩しているし、圧倒的に不利な中、
開戦を奏上されて、それでも、東條に、それは国民の意思かと聞いたんだから、回避はできない
はい、終了


668:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 13:08:17.48 bRAJ3RVI0
輔弼について盛り上がってきたのでこのへんで田中義一事件を話そうぜ。

669:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 16:31:18.73 tR84fNGk0
>>667
>天皇は大平洋戦争や日中戦争の拡大には、反対だった。

しかし満州事変を容認したのは大きな失敗。条約軽視の表明に等しい。
満州事変~介入工作が無ければ、あんな形の日中戦も無かったろうに。

>それは自衛の戦争であり

日本の言う自存自衛は、禁輸されたら資源を分捕れ、だからな。
北朝鮮への禁輸を強めたら暴発し、自存自衛と言いかねないな。


670:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 19:50:51.14 zJMiLFqA0
マッカーサー
日本は、資源の供給を絶たれることにより、1,000万から1,200万の失業者が発生することを危惧した。
日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分がその脅威から逃れる必要に迫られてのことだった。

天皇が私心で戦争したならともかく、国益上の判断で行なわれた戦争に過ぎないわね。


671:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 20:17:25.53 nS0npu330
ABCD包囲網の中、日本の経済破綻は明白だったし
アメリカはルーズベルトの対日本強硬論(人種差別によるもの)
北朝鮮とはわけが違う。
あの戦争がなくても、日本は荒廃してたのはまちがいない。
近衛はバカだが、スイスなどの第三国を通じて
和平協定を結ぶように政治家は模索していた
当然、昭和天皇はその和平交渉に期待していた。
それに、アメリカに責任があるとhいわないが、
ないわけじゃないだろ
日本の和平案を全て蹴っているわけだから
その歴史的状況を無視して
憲法論議するのはずれている
昭和天皇は、大正時代から摂政として君臨した。
それが、突然、戦争容認し、独裁的権威を振るう等
ありえないことは歴史が証明している。

672:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 20:27:30.05 pjR4RiBC0
>>670
ヒトラー・ムッソリーニも私心じゃなかったけどな。


673:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 20:38:13.44 pjR4RiBC0
>それが、突然、戦争容認し、独裁的権威を振るう等

安心してください。
ここにいる人って誰一人、独裁的権力を振るっているなんて言ってる
人いないよ。過敏に反応し過ぎ。

戦争容認のことについて書き込んでいるだけだよ。


674:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 21:14:03.87 nS0npu330
>>673
容認じゃないバカ


675:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 21:18:01.70 nS0npu330
ついでにいうが、
ルーズベルトの対日本強硬論(人種差別によるもの)はガチ
黒人も差別してた
フーヴァー政権なら太平洋戦争はなく、
満州国も追認されてたよ

昭和天皇は戦争を容認したのではない


676:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 21:24:46.20 nS0npu330
おまけ・・・WIKI引用

アメリカのスティムソン陸軍長官は、真珠湾攻撃10日前の日記に、
ルーズベルト大統領との会見時の発言として
「我々にあまり危険を及ぼさずに、いかにして彼ら(=日本)を
先制攻撃する立場に操縦すべきか。」と書いている。
また、11月27日にはハルがスチムソン陸軍長官に対して
「自分は日本との暫定協定を取りやめた。
私はこのことから手を洗った。
今や問題は貴方及びノックス海軍長官 即ち陸海軍の掌中にある」
と伝えたとされる。
これらの発言から、ハル、ルーズベルトはハル・ノートを基礎にして
日本と交渉ができるとは考えていなかったのが一般的であろう。
そして彼らが日本の外交暗号解読により交渉期限が11月末までであることを知っており、
そしてアメリカ政府の全体の局面認識が
交渉決裂は戦争につながる可能性が非常に高いというもので
あったことから、交渉がまとまらない場合、
12月初めには日本が交渉を打ち切って先制攻撃を開始することを
予想していたと考えるのが自然であろう。
ハルノートが日本側に提示された当日中に、
開戦に備え無制限潜水艦作戦の指令が
各地の潜水艦部隊に対して出されている。



677:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 21:36:43.88 OfFPK6930
それはそうでしょう。日本は11月5日の御前会議で開戦を12月初旬と決めてるんだから
外交交渉の期限は12月1日零時
米国にしてみたら外交交渉なんて偽装でしかない。
真珠湾攻撃の空母機動部隊が単冠湾に集結したのは11月22日、出航は26日
どう考えても日本の武力行使の発動のほうが先です本当にありがとうございました

678:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/29 22:51:00.56 Zv6a/4Bk0
>>677
陛下は大きな心で戦後のサヨを慈しみ「平和で民主的な日本」をつくるため
あえて自爆戦争に賛成したのだよ。

679:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/30 01:04:46.83 BEpNQr0TO
ちょっと聞くが、開戦責任なんて、裁かれた裁判ないだろ
ニュルンベルクや東京裁判でも
開戦は国家が持つ自然権であり、行使そのものは違憲でも、違法ではない。
何かしら、左翼学者は天皇に責任を与えたいため、開戦責任等というが、国際法ではみとめられていない
平和に対する罪とは開戦をさすものでない
敗戦の責任なら、日本国民に対して負うものであり、外国にとやかく言われるものではない
戦後の昭和天皇はまさに国民への贖罪を行われたと思います
また、アメリカはよく御前会議の決定が早いから、ハルノートとか関係ないと言うが、実際には日本はハルノート時点で和平を諦めていない。
思い切って、ハルノート受け入れたら、国民は暴動だったろうし、アメリカから追加要求でただろう
中国やソ連が必死に日米の開戦工作してるしな
まあ、満州を諦めてれば、台湾、朝鮮や千島くらいは今でも日本かもわからんが、資源のない土地だと当時意味がなかったからな

680:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/30 06:28:47.34 64aYzcWLO
阻止したら木戸が眼鏡たたき付けて興奮しだしたからあまり口を出すのはよくないと悟り、
裁可したんだよ。

681:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/30 07:54:48.52 UfCzVCVU0
>>679
右翼脳だな。つまらん書き込みするな。

682:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/30 17:46:06.94 UfCzVCVU0
最近無知な右翼が色々書き込んでいるみたいだが東京裁判が事後法だとか
戦勝国の裁判だから無効だとか最初から判りきったことで、それを踏まえて
書き込んで欲しい。
自分の気持ちや感想文程度のことを逐一反論書いていくのは多大な作業が必要なので
書き込まないようにして欲しい。


683:名無しさん@お腹いっぱい。
11/09/30 18:43:23.17 a3GVm6dw0
>>679
その通り特亜がケチつけてるだけで。

684:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 02:27:30.08 icSpoV75O
無知な右翼とかいわれますが、軍事裁判の不当性は日本以外でも盛んに議論されているし、実際に先勝国による裁判だったし、
原爆やら欧米の侵略は、裁いていないよ
日本が勝っていたら、成立しない裁判が正当だったというのは理性的な回答でなく、
結論ありきの議論を求められている気がします。
日米開戦の是非は、昭和天皇の立場に私達を置き換え、国や国民を守るために
何かをしなかった不作為があるのか
作為的な開戦工作をしたのか
それが争点ではなかったのかと思います
私はもしあの時、生きていれば、戦争反対を、声高に唱える方策は思いつきません
こうすれば、よかったというのが、なければ、戦争を止めることはできないと考えています
左から見るとみんな右翼に見えるかわかりませんが、誰ひとりあの悲しい戦争を肯定はしていません
ただ、追いつめられた苦肉の策であり、早期講話の失敗やコミンテルンの活躍等、日本には不利な状況がおおく、
開戦しか方法がなかったと考えます
また、立憲君主の地位にこだわり、内閣の上奏により国事行為を行っただけというのが、数おおくの資料から読み取れると思います

685:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 02:32:15.62 lF5hq0a60
だってポツダム宣言の受諾の時点で、枢軸国は日本だけだもん
戦勝国の裁判になるのは当たり前じゃん

686:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 02:44:26.30 lF5hq0a60
追い詰められたならおとなしく大陸から撤兵すればよかったじゃん。簡単なことさね
満州事変がそもそもの発端なんだから。日本は借金を返すためにさらに高利貸から借りるようなことやってるから、
最後にドボンになったんだよ。

687:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 02:51:14.25 icSpoV75O
確かに満国をみすてれば、半島や台湾など今も日本だったと思いますが、かなりの日本人が入植していて、現実的に即撤退等、無理でしょう


688:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 02:52:12.79 nSKlgbUk0
鹿児島の歴史は天皇一族による民族浄化

URLリンク(2nd.geocities.jp)

大和朝廷の当初から、周辺民族の邪魔者を騙し打ちにかけて滅亡させることは、
正義であり、大義であった。「征夷大将軍」は、まさにその大将だ。
だが、今日の東京政府は、未だに懲りずに民族浄化を続ける。
その理由は、盤石な天皇一族の支配体制にある。
天皇一族は、「皇族」だけと思っている人も多い。
だが、天皇一族は、2600年の歴史で、
部落解放同盟、暴力団、バー・キャバレーなどの飲食店、自衛隊、
警察、特許局、医者、公務員、建設会社、消防、農協、漁協・・・・・、
楽して甘い汁を吸える場所は、全て独占している。
暴力団が飲み屋から「みかじめ料」を取っているのではない。
暴力団も飲み屋も全て天皇一族で、仲間内で、飲み屋が手数料を払っているだけのことだ。
(仮説を含む)

689:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 06:00:11.50 R271CAQz0
>>684
本当に無知な右翼だな。
日本はサンフランシスコ平和条約で民間人被害の戦勝国に対する賠償請求権放棄してるだろ。
しかし、アメリカからはマーシャルプランで復興資金貰ってる。



690:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 09:48:06.17 NXBYGvi+0
>>684
> 軍事裁判の不当性は日本以外でも盛んに議論されているし、実際に先勝国による裁判だったし、
日本が宣戦布告した戦争終結の条件(つまりポ宣言)に戦犯を裁く旨の条件が含まれており、
ポ宣言受諾と降伏文書交付によって国際軍事裁判を受けいれた。不当性の議論とは、よくある
勝者の裁き論のことだと思うが、当事者同士(当然に日本も含まれる)が交わした条約を前提にした
決定事項とその推移について、66年後の現在にどんな議論が必要だというのだろうか。
僕たちが考えられるとすれば、正当か不当かという後ろ向きの議論ではなく、当時起きた既知の事実から
何を学び取り、現在の有り様として何が有益であるかということなんだろうと思う。
何故なら歴史はひっくり返すことはできないのだから。

> 原爆やら欧米の侵略は、裁いていないよ
裁判というのは立件されなければ行われない。日本側が原爆投下の不当性や侵略行為を告発して
国際司法に訴えるといった行為を行っていない以上は司法による裁きは起きない。

> 昭和天皇の立場に私達を置き換え
少年時代から次期天皇として育てられ、当時国内の最高峰の政治学や法学、儒学などの素養を進講され
欧州留学をして英国国王から君主の心得を学んだ人物を、市井の自分らに置き換えて考えるというのは
どう考えても無理がある。広大な天皇大権を持つ人物というのは、一般人が想像を絶するくらいに
重圧も多く、取り分け不穏な時代であれば尚のことプレッシャーに負けない判断が必要となる。
そういう人物像に迫るには様々な文献(正確な史学上の史料や昭和天皇が学んだ当時の政治学、法学、
軍事学、外交政策や儒学や帝王学などについての多彩な教養)をも理解しなければならない。
君がそうした前提条件を身に付けた上で昭和天皇の立場に立って考えられるとしたら尊敬する。
普通の人には到底不可能だから。

開戦当時、昭和天皇には数多くの側近がいて情勢判断をするべく多くの情報が集められていた。
現実として彼はそれらの人と情報から判断して裁可を下したという事実がある。


691:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 20:24:55.23 Lu9wuMJn0
今現在、根本的な不況対策を叫ぶ国民少ないでしょ。
国民が政府に期待することはわかりきってるのに。
まったく同じだよ。昭和16年でも平成23年でも。

692:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 21:11:39.55 S59OLGkm0
>>687
しかし戦争に負けて孤児を置き捨てながら這う這うの体で引き上げるよりはマシなんじゃね?
と言うかリットン報告が出てるのに大陸に入り込んでいったほうが悪いんだわ

693:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/01 23:03:00.40 0IU1JbYNO
せめて満州までで止まってたら少しは違った?
やっぱアメちゃんとの戦争は回避不能?
朕に教えろゴルァ!!

694:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 01:35:55.72 YbkoAMgqO
天皇陛下の戦争責任をいまさら、言う必要ないだろ
日本を陥れるためか?
開戦なんか避けられないよ
アメリカはやりたい気持ちマンマン
さらに、誰か言ってるが、ルーズベルトの日本差別はハンパないからな
あれが生きてたら、日朝は、滅亡したんじゃね

695:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 01:53:07.87 VPZsZpDj0
従来は満州国まではOKと言う見解の人が多かったけど今はどうだろうね

英米は欧州大陸情勢のほうに圧倒的に関心があるから、
日本が盧溝橋事件で自重していれば中華民国支援に傾く必然性もなく、
戦争にはならなかった可能性は高い

696:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 02:00:56.25 YbkoAMgqO
ハルノートの中国に満州は含まれるかと、野村が聞いたら、答えなかったんだよね
アメリカ議会で共和党に聞かれても、はっきり答えなかった
共和党から、中国が共産化したらしらんぞっていわれ、後の祭になり、朝鮮戦争へ

697:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 04:42:42.99 KZanYSn+O
成る程。
やっぱ春さんに
中国からの撤退のうちの中国とは、満州を含むのかと尋ねるべきだったみたいだね。
満州からの撤退は無いとなると、国民も納得したのでは?

698:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 10:41:35.12 IXFgxmTf0
スレの流れをぶった切ってしまうが、
僕が>>633>>665で例示した清水澄の学説や政治思想については、彼が昭和天皇(皇太子時代を含め)への
進講用教科書として著した「帝国憲法」から、どの様な考え方を元にしていたかが分かる。

清水は帝国憲法第一条について、天皇は「極位にあり」「億兆に君臨し」「臣民が仰瞻(仰ぎ見て尊敬すること)」
「翼賛し奉る」ことが「伝統の国体」であるとしている。この清水の特長は、伊藤博文が著した「憲法義解」にある
「君民の分義は既に馨造のときに定まる」とした、国民(臣民)の意志が介在しない国体観とは大きく異なる。
こうした違いは大正期の民権運動を経て、時代的に民意を無視できなくなった現実を踏まえたものと言われているが、
それでも尚、清水は帝国憲法第三条の解説で、天皇無答責は天皇が国家主権の根源であり、国宝を超越しているから
憲法の拘束は受けないとしている。

こうした憲法観は、当然に進講された昭和天皇の政治思想の形成に大きな影響を与えたし、何より清水の学説は
高級官僚試験や東大法学閥の多数派を形成していた一木、美濃部らの学説に対して、軍部の教育機関や政府などに
強い影響力を持っていた。機関説が通説として行き渡っていたのは極めて限定的な範囲だけだった。
軍部でも取り分け皇道派らにとっては清水の学説の方が馴染みやすく、彼らの政治思想にもマッチしていたため
機関説排斥運動を後押しした。


699:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 11:20:28.93 g8h3oNWl0
>>695
都合の良い事実だけ集めるとそうなるが国際連盟で満州国は認められていない。
なので満州国だけにしておけばという論理はおかしい。
またハルノートも中国から撤退と書いてあるから、国際連盟で満州国は認められ
てないので満州国からの撤退もありえる。
どちらにしてもハルノートを受けた時に、日本は中国で戦線を拡大し、仏領インドシナ
占領してるのでそこを撤退することは国益からできない。
しかしハルノートは試案であり東郷外相が最後通告と間違って日本側に受け取られたので
交渉の余地を放棄してしまったとも言える。

700:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 14:45:58.76 WU+E8MK7P
>>690
煽りではなく知りたいのですが、

    > 原爆やら欧米の侵略は、裁いていないよ
    裁判というのは立件されなければ行われない。日本側が原爆投下の不当性や侵略行為を告発して
    国際司法に訴えるといった行為を行っていない以上は司法による裁きは起きない。

当時の状況で告発できたのですか?
告発できるとして、
  「誰が」
  「どこに」
  「誰を」
告発できるのですか?

無知な私にご教授をお願いします。


701:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 18:18:36.77 IXFgxmTf0
>>700
> 当時の状況で告発できたのですか?
> 告発できるとして、
>   「誰が」
>   「どこに」
>   「誰を」
> 告発できるのですか?

誰が →日本政府が
どこに→国際司法裁判所に
誰を →アメリカ政府を

国際司法裁判所は1946年に設立されているから、日本が主権回復した後、
アメリカ政府を相手取って提訴することは可能だったよ。


702:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/02 21:23:18.90 wn/XfqoM0
>>701
バカか?
そんなことしたら、どんな目にあったか
わかっていってんのか
サヨは、理屈倒れの無知ばかりだな


703:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/03 00:43:26.27 r45012mPO
理屈だおれw
だから、ニュー速や芸スポにいけず、一日少ししか書き込みのない過疎スレにはりついてんだろ

704:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/03 04:26:45.60 odH17WbFO

日本人が決めた事だからな!

陛下は黙認した。

( ̄∀ ̄)



705:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/03 04:48:22.20 4PQh7rW20
あれだな、旧憲法では天皇は拒否権を持ってたってことだな。


706:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/03 21:59:20.84 Yrc32mPjP
700 です。
>>701
ありがとうございます。

自分なりに調べましたが、おそらく告発はできないだろうと愚考します。
理由は竹島問題から推測しました。
日本政府は何度も国際司法裁判所(ICJ)への付託を韓国側に提案していますが、
韓国側は問題無しとして拒否し続けているからです。
ならば欧米も同じように拒否するのではないかと考えられます。
もちろん欧米が拒否するっていう根拠はありません。
しかし同意するっていう根拠もありませんね。
もし根拠がありましたら、ご教授をお願いします。

結局、提訴はできても裁くどころか、開廷することさえ出来ないっていうことでよろしいでしょうか?


告発 ①隠された不正や悪事をあばいて世の中に知らせること。「内部─」
    ②(法)被害者その他告訴権者以外の第三者が捜査機関に対して犯罪事実を申告し、
      その犯人の処罰を求めること。「─状」→告訴

付託 ①たのみまかせること。依頼。
    ②議会などで、ある議案を本会議の議決に先だち委員会などの審査にゆだねること。

                                 広辞苑 第五版  岩波書店  より


それより気になったのは、「提訴することは可能だった」けど「提訴しなかった」ことです。
どなたか理由をご存知でしたら、ご教授をお願いします。
それとも提訴はしたのですか?

707:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/03 23:54:29.46 fENPLUBq0
>>706
僕が書いたのは文字通り国際司法機関があり、提訴するだけの条件があるという前提であって、
現実として日本は一度として提訴するという選択肢を表明すらしてこなかったから、
可能性として「できる」ということに留まるんだけどね。それに、君の引用した竹島問題のように
仮に提訴しても相手側が拒否する可能性もあるし。

> 「提訴することは可能だった」けど「提訴しなかった」ことです。
主権回復まではそれどころじゃなかったし、回復後は貿易や日米安保などアメリカ依存で
来てしまったから、そんな意志はなかったということだと思うよ。


708:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/04 01:16:34.05 C+XH8b9eO
原爆を言うとトルーマンは当時、7月あたりから、降伏活動に動いていた日本の動向を知りながら、アイゼンハワーやマッカーサの反対を無視して、投下を決定し、20ヶ所近い投下を決めていた。
それはソビエトへの恐怖からだったと言われている。
このことは、スターリンには教えたが、マッカーサやアイゼンハワーにはギリギリまで教えなかった。
その頃、日本はソビエトと協議したが、アメリカとの密約で8月15日までに対日戦争に参戦することになっていたので
協議は相手にされなかった
原爆の死者数を上回る非行として、でっちあげられたのが、南京事件。東京裁判においても、目撃者、被害者ゼロ
あくまで伝聞と南京におけるゲリラとの戦いによるものの誇張だ
きりがないが、そんな風に日本の戦闘を悪とする連合国に面と向かって抗議するなら、日本も共産化するしかなかっただろう
そうなると、今頃日本はキム豚みたいな社会になったかわからんが


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