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張作霖爆殺事件は河本大作大佐が元凶であるが、河本が張作霖を殺害しようとして
いたのは昭和2年末頃からといわれ、これは河本の書簡で明らかとなっている。
張作霖爆殺事件は満州某重大事件として知られ、これも関東軍の仕業であろう
との風評が当時からあったのは周知。この事件の結果、日中関係は険悪化し、田中義一
首相は辞任するということとなる。
この事件の後始末のため、情報ルートでいち早く事件の概要を知った小川平吉鉄道相
は大金を使って関係者の口封じに動く。しかしながら、外務省の調査委員会で事件の概要が
出そろい、また現地に派遣された峯憲兵司令官の調査により河本の謀略であることが判明した。
直接の爆弾点火者である桐原中尉を尋問し、証拠を固めた上で河本を調べたところ、河本が
全容を自供したものである。