07/03/26 15:41:12
>>100
たしかにそうだね。
元禄以降町人の文化というものが現れてきたし、
それは概ね武士の美学を継承するものでありながら(忠臣蔵みたいな)、
時代が下るに従って次第に、実質的にも町人独自のものを形成してきた。
しかしそれは、単に「多元的な価値観が共在した」というようなものではなく、
究極的な「死の倫理」としての武士の価値観がまず存在して、
それを裏から見た「ネガ」みたいなものとして、町人的な「粋」やら何やらができてきた
のではないだろうか。
その辺の関係をまともに論じることができたら、結構面白いものになりそうだ。
個人的には、「江戸時代の武士の倫理は封建主義的体制をうまく機能させるように、
<主君に忠・親に孝>を基本として成り立っていた」的な言い方は、
見方が浅すぎて役に立たない、と思う。
「葉隠」的な「死」の倫理としての武士の規範を考えるためには
西田哲学的な「論理を破壊する論理」の構造が、
町人的な「粋」というものを考えるのには九鬼周造の有名な著書が、
役に立つのかもしれない。