11/11/26 23:15:57.72 iGKl4eU5
>>522
まずは、回答をありがとうございました。
さて、
>たとえばこの板でいうなら、結婚しなければいけない、恋愛しなければいけない、女を好きにならなければいけないなんていうのは
認知の歪みです。
これのどこが「認知の歪み」の話なのかが不明。
この板での議論で見られる「結婚しなければいけないのか」「恋愛しなければならないのか」というのは、
規範や価値判断の問題。
「親が、自分の結婚を望んでいる場合に、結婚すべきか」[→親のことを思えば、結婚を考えてあげるのがよい/必要ない]
「恋愛を楽しむ人が多いし、モテることは友人間でのステータスだ。自分も(他人も)そのゲームに参加すべきか(すべきだ)」
こういったもの。
「認知の歪み」の「すべき思考」は、各個人の心理面において、ある結果や目標について、柔軟に思考できないことの問題
(完璧思考に走るなど)。
「あのとき、あの選択をしなければ、こんな結果にはならなかったんだ」「この選択をしないと全て失敗してしまう気がする」
「自分で決めただけの日課について、それを破った場合に悪いことをしているような気がする」等。
重要ポイントとして、
「すべき思考 にとらわれるな」というのを見て、「規範を守るべきではない」とか「他人を無視して自分のやりたいように
やっていい」の根拠にしたがる変な人が出るかもしれないが、言うまでもなく間違い。
もしカウンセリングの際に、クライエントをそんなふうに誘導したら、当然のごとく、周囲との不適合と軋轢を拡大させる。
カウンセリングでは、「クライエントが、一般的な価値観や、周囲の人の価値観や言っている意味を正しく理解して、
コミュケーションをとれるようにする」ことが目的となります。
「クライエントが自分で、自分の問題を解決できるようになること」が目的。
では、再質問します。
「自分のために自分がしたいことをするのは正義」との当為は、どうして出てきたのですか?