11/03/04 09:13:20.62 BBoSLMTe0
>>341
樺太・千島交換条約(からふと・ちしまこうかんじょうやく)は、
1875年5月7日に、大日本帝国とロシア帝国との間で国境を確定するために結ばれた条約。
千島・樺太交換条約や、署名した場所からとってサンクトペテルブルク条約と呼ぶ場合もある。
日本(当時は徳川幕府)とロシア(当時はロシア帝国)との国境は、
1855年の日露和親条約において千島列島(クリル列島)の択捉島(エトロフ島)と
得撫島(ウルップ島)との間に定められた。
日本政府の見解ではサンフランシスコ講和条約で千島列島を放棄したが、
放棄した千島列島に北方領土は含まれないと説明される。
樺太・千島交換条約第二款では、
クリル列島とはシュムシュ島からウルップ島とされていることを根拠の一つとすることがある。