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人質(1/3)
―セリヌスのダモンは朋輩ピンティアスをモイロスと呼んだ。
彼等は万物の根源を数とし天球の楽を奏で、厳しい戒律のもとに学んでいた。
師ピュタゴラスはアクラガスとシュラクサイの戦闘に巻き込まれ殺された。
ゆえに弟子達は権謀から身を遠ざけ、公正を守り、越し方行く末に思いをいたし、執着を捨て、なんどきも心を平らかに過ごすことを自らに課した。
しかしピンティアスは過ちを犯した。
僭主ディオニュシウスを批判したのである。
否、批判の意図はなかったが、そのように受け取られかねない言を発した。
不用意であった。
つい、ディオニュシウスの詩を酷評して採掘場へ監禁されているフィロセヌスについて云々したのである。
聞いていた者のうちにピュタゴラス学徒を疎んじる者がいたので、彼は捕縛され、いくらも経たないうちに叛逆罪で極刑と定まった。
ピンティアスは驚愕したが、沙汰を受け入れねばなるまいと考えた。
だが法によればなんぴとも財産を処分し遺族の便宜を図る時間を与えられるはずである。
彼はしばしの猶予を請うた。
僭主は「おまえ自身と同じだけ価値あるものが形代にでもならねば、いかに遵法でも放免はなるまい」と嘯いた。
持ちものである金銀や奴隷を預け置くのでは駄目だというのである。
「私自身より価値ある者を担保に据えましょう」とピンティアスは言った。
かくて、死刑囚ピンティアスの猶予のために盟友ダモンが召し出された。
ダモンは話を聞くと顔色も変えずにうなずいた。
ピンティウスが所用を済ませて戻るまでの間、身代わりに留め置かれようと言う。
ディオニュシウスは度肝をぬかれた。
彼はダモンは怖じけて断るだろう、そうしたら二人ながら笑いものにしてやろうと考えていたのである。
「ピンティアスが戻らねばおまえを刑に処す。それでもか」
「よろしゅうございます」
ダモンは旅の守りにと自分の首から五芒星のメダルをはずしてピンティアスに掛けてやった。
ピンティアスはダモンを一度抱擁するなり早速と故郷へ旅立った。
役人達はダモンを愚かな鹿と嘲ったが、若者は平然として独房へ連れられて行った。