11/05/31 07:35:09.34
不快な電子音が止まる。
見慣れない白い部屋。泣き叫んでいるのは親戚一同である。片隅に佇む白衣の男は無表情のまましきりに眼鏡の位置を直していた。
思い出した。新年会の席だった。正月とはいえ、飲みすぎているとは自覚していたが。
いや、半年前に倒れてから家内に飲酒を止められていたのだが、子供たちにやたらと勧められて断れなかったのである。
おせちを蹴散らしてくずおれる自分の身体。再生される映画の一場面のような映像とともに記憶がよみがえる。しかし、同時にふと疑問も浮かび上がった。
そうだ。相続の件で遺言の発表も兼ねていたのだった。資産の大半は慈善団体に寄付するつもりでいたが、ついつい酒の勢いに乗せられて―。
病室の扉が開く。眼鏡の医者が出ていき、家内が孫達を連れて後に続く。扉の閉まる際に垣間見えた彼女の横顔は空気が抜けた風船のように力なく見えた。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。一刻の間が空いて啜り泣きと嗚咽がぴたりと止まった。
途端に皆は笑顔になり、良かった良かった、と手を叩きあう者もいた。嬉しそうな雰囲気に私も笑ってしまいそうだったが、頬の歪め方がわからなかった。
それどころか、私には頬などなかった。口などなかった。顔も首も、爪先までも何一つ持っていなかった。
それは白い布団の中に横たわっていた。布が掛けられたその顔はどのような表情でいるのかわからなかったが、無念と悔しさに歪められた相好が私には見えているような気がした。
目を持たない私は目を閉じる。すると、意識もそれにともなって閉じていき、天へと昇っていった。