11/05/24 17:00:13.39
「先生は不本意ながら、今年の三月でこの学校を去ることになった。だからその前に、みんなと一緒に
一生懸命に一つのことをやりたいと思う! だから、みんな協力してくれ! 頼む!」
……それまでは、どこか冷めていて生徒にもあまり関心を持たなかった先生。
その突然の言葉に、僕は、これほど勢いよく迷いのない『空回り』は初めて観た、と思った。
先生はその日から、三月の合唱コンクールに向けて全力で取り組み始めた。
クラスの合唱曲も、先生が探してきた変わった外国の曲を使うことになった。
両手の指を首に回したり、自分の胸を何度も叩いたりする踊りのような振り付けも、先生が考えた。
先生は本当に一生懸命で、僕らが失敗すると泣きそうになり、成功してもやっぱり
泣きそうになり―そんな先生の姿を見ている内に、冷ややかだった僕らもいつしか、
全力で合唱コンクールに取り組むようになっていた。
そして、コンクール当日。僕らの声は体育館に伸びやかに響き渡り、伴奏は一音も外すことなく、
合間の振り付けも整然として鋭く決められた。それは他を圧倒する完璧な演技だった。
先生は輝くような満面の笑顔で喜び、僕らも思わず、くさいドラマのように、涙してしまった。
その日の夜、校長先生が両手の指で自分の首を絞めて死んだ。身体には何度もボールペンを
突き立てた傷跡があったが、全てに生体反応があったことから自殺であると断定された。
僕らが歌った曲の元の題名が『呪いの歌』であることを、四月のニュースで知った。
次は「十二歳」「銭湯」「ふくらみかけ」でお願いします。いや、目に入ったからw
130:名無し物書き@推敲中?
11/05/25 19:27:59.54
梅雨に入り、湿気がこもる通勤電車の中で、A子は非常に不愉快だった。
節電の影響で空調があまり効いていないのだ。A子は両親の希望通りに難関私立の中高一貫教育B学園に合格して、この春から通学している。
都市郊外に一家は居住しているので、通学は通勤電車となったが、
級友の中には、送迎する運転手付きの車で通学している者もいた。
B学園は、それだけ富裕な子弟もいるだけあって学費は非常に高い。
A子の両親は共働きで、父は大手企業の課長であり、母は一級建築士で設計プランナーをしている。
B学園を受験するにあたり、見事合格した際の入学金と学費の高さは、両親にとっては決して安い金額ではなかった。
しかし、娘にレベルの高い教育を受けさせたい希望と、公立の中学に大勢いる雑多な少年少女の群れの中に入れる心配をかんがみた結果、
親心からいって、家のローンと教育費で出納のバランスが多少難しくなっても、今の生活は何とか維持できるという判断で、B学園を受験させた。
そして桜は見事咲いたのである。通学時間は1時間半かかるし、働きにでる大人達の間で、ぎゅうぎゅうとされるのは、12歳のA子にとって苦痛でしかない。
が、両親の期待に応えたい気持ちも殊勝にある。B学園は男女共学であり、クラスには男の子も半分いた。
その中の一人にC男という生徒がいて、D駅から乗車してくる。A子はE駅から乗車するのだが、途中のターミナル駅のビッグステーションF駅で大勢の乗客が降りてゆく。
A子とC男は、降りてゆく乗客達にもみくたにされながら、その日初めて、鼻と鼻が合うくらい接近した。
131:名無し物書き@推敲中?
11/05/25 19:30:28.02
それまでもクラスでお互いに顔は知っていたし、名前も知っていたが、面と向かったのはこの時が初めてだったのだ。
気まずいような、恥ずかしいような気持ちを持ちながら、A子は赤面してしまった。
C男はもう13歳の誕生日が4月だったので、ちょっと大人ぶるところがあった。
そして自分が男だという自覚も多分に持ち合わせていたので、A子がまだ12歳だということを知らぬまでも、
男が女をリードするものだと考えていたし、だいたいがA子を可愛いと、前々から想っていたので、
思い切って「おはよう」と声をかけた。A子は何と返事したらよいのか、ちょっとまごついたが、
「おはよう」と声を返した。C男は「佐藤は俺より家が遠いんだよな」とA子に言った。
「鈴木君はD駅だよね」とA子は会話を続けたい気持ちで答えた。C男は「俺達の学校って金持ちばっかだよな」と話題を変えた。
A子は「鈴木君んチもお金持ちなんでしょう?」と、ちょっとだけ自分の家の経済状況を知っているA子はコンプレックスを隠し隠し尋ねた。
C男は「俺んチは風呂がないんだ。だから銭湯に行ってるんだ。金持ちなんかじゃないよ。でも親が、いっぱい勉強して立派な大人になってくれって俺に頼むからさ、
勉強を頑張っているんだ。でさ、結構無理して俺をあの学校に入れたんだ」A子は話を聞いて自分の境遇にどこか似てるような気持ちと、
『風呂がない』『銭湯に行っている』という言葉に驚いたと同時に、知らない人達とお風呂に入った経験がない分、信じられないというより、
激しい好奇心にかられた。「鈴木君はほかの人とお風呂に入って恥ずかしくないの?」とA子は目をみはって聞いた。
C男は「え?何で恥ずかしいの?」と、こっちが驚いたというふうに目をまるくした。A子は思わずC男の裸を連想してしまった。
赤面した顔にはふくらみかけた異性への思慕が芽生えたようだ。男の子と女の子の出会いはいつだってカルチャーショックから始まるようである。
132:名無し物書き@推敲中?
11/05/25 19:32:40.70
次は『野球』『インターネット』『合唱』でお願いします。
133:「十二歳」「銭湯」「ふくらみかけ」
11/05/25 20:21:14.09
漆黒の木々に向かってAKが連射される。20m前方から、くぐもった呻き声があがった。
老人は周囲に気を配りながら歩を進める。月明かりで、年端もゆかぬ青年の引き攣った顔が斑に照らされた。
銃剣先で右の耳朶を刺し抜くと、切断された頸動脈から噴き出た血が老人の足首の皺に吸い込まれる。
老人は十字を切ると、無言で兵士の懐を漁った。その弾みに一葉の写真が零れ落ちる。
十二歳ほどの少女の笑顔がひらひらと、冥い地面に吸い込まれていった。
「お、当たり。『かろりぃめいと』じゃ」
青年兵士の懐を漁りながら、彼は嬉しそうにそう漏らす。
「よっこらせっと」
老人が無造作に襟を掴み上げただけで、若者の死骸は軽々と持ち上げられた。
銭湯のタイルの如くびっしりと人骨が敷き詰められた一本道を通り抜け、老人はさらに森の奥を目指した。
折り畳み式のシャベルで土を掘り返す音が、森々たる闇夜に響く。
無数に盛り上がり、ふくらみかけていた土の山がまた一つ、音もなく沈んだ。
134:『野球』『インターネット』『合唱』
11/05/26 13:23:06.88
夏。
外は太陽がギラギラとまぶしく、湿気のムンムンとこもる夏。
TVでは甲子園での野球中継が流れている。
別に見たかったわけじゃない。前の番組が終わってそのまま切り替わっただけのこと。
野球に青春をかける球児たち。それを応援する学生。響き渡る校歌の合唱。
夏。
春だろうが秋だろうが引きこもりの日常は変わらない。
TVの向こうは無縁の世界。
「あっつー。」
冷蔵庫からアイスを取り出しPCの前に向かう。
口にくわえたアイスとタンクトップ一枚の服装のみが季節を物語る。
全ては部屋で完結する。
さぁ今日はインターネット上では何が起こっているのだろう。
「でぶ」「滝汗」「腹肉」
135:名無し物書き@推敲中?
11/05/26 19:19:17.12
真夏の太陽がじりじりと肌を焼く。ここはサイパンだ。浜辺ではビキミのねーちゃん達が波と戯れている。
青い波、白い砂浜。夜になったら月が綺麗だ。満天の星。恋だか愛だかを語らう男女たち。見た感じは楽園そのものだ。
でも俺が今回ここに来た理由は彼ら、彼女達とはかなり違う。今現在は正午をまわったところ。
滝汗なんて言葉は辞書にはのってないが、俺の体から流れる汗はそのまんまの意味。山を登ってるんだ。
案内役の現地のじいさんも「今日は格別の暑さだよ」なんて流暢な日本語で言ってくれた。
もう浜辺でさんざめく音は聞こえない。じいさんは「ここまでくる日本人は珍しい。あなたはジャーナリストか?」と聞いてきたんで、
俺は「違う」と息をあえがせて答えた。普段の不摂生が腹にでてるんで、言ってみりゃ腹肉(これも辞書にはのってないが)が邪魔でしょうがねぇ。
「ほらトーチカが見えたぞ」じいさんは帽子をとってタオルで汗(まったく滝汗だぜ)
をぬぐった。そこにはひんまがって錆びついた大砲があった。俺はトーチカの中に入ってみた。信じらんねー暑さだった。
大きく息をつく。それで出た。ちょっと涼しかった。「もっと登るか?でぶ?」じいさんはニヤニヤしやがる。「まだ目的を達してないんでね」俺は言った。
登った登った、山ん中。で、見つけた。大きい洞窟だ。中はひんやりしてた。あの戦争が終わって俺が初めてきた日本人じゃない。
たくさんの日本人が来てることがすぐにわかった。みんな俺達のルーツを探していたんだな。日本からのお土産がたくさんあった。
「じいちゃん。やっと来たよ」俺は手を合わせた。「あなたのじいさんここで死んだのか?」案内役のじいさんが聞いてきたんで、俺はわからないと答えた。
でもここにはなぜか懐かし匂いがした。水筒の水をグビッと飲んだ。水がおいしかった。案内役のじいさんが洞窟の中で歌いだした。
『荒城の月』だった。歌い終わったら「昔、日本の兵隊さんに教わった」とじいさんが言った。「昔の光 今いずこ…か」じいちゃん、あなたの光は今どこに?……
その夜、浜辺で案内役のじいさんにビールをおごってやった。月が綺麗だ。昔も今も月は綺麗だ。じいちゃんも見た光。明日、日本に帰る。
帰ってまずすることは『荒城の月』のCDを買うことだ。
136:名無し物書き@推敲中?
11/05/26 19:21:11.54
次は「天ぷら」「刺身」「ハンバーガー」でお願いします。
137:「天ぷら」「刺身」「ハンバーガー」 忍法帖【Lv=1,xxxP】
11/05/30 23:55:58.51
僕はNG3号。人型ロボットです。
僕を作ったのは、南喬工業高等専門学校1年C組の下田卓くんです。
卓くんはクラスのみんなからは『イモ天ぷら』と呼ばれてます。
渾名の意味は「イモ 天ぷら はんだごて」でネット検索をすると分かると思います。
まーそんなわけで、僕には幾つか偶然の回路があって、心があったりします。
しゃべれないので、卓くんもクラスのみんなも気がついていないようですけど。
今日僕は雨に濡れて、一部の回路がショートしてしまいました。
クラスメイトの浜崎くんがハンバーガーを奢るなら替わりに直してやると
申し出てくださいましたが、卓くんは自分で直す気まんまんです。
あー勘弁して欲しい。まじで……
まな板の上の刺身。いや鯉の気分です。
浜崎くんが見守る中、いよいよ卓くんは僕のお腹の蓋を外し、
回路の点検と修繕にとりかかります。
どのくらいの時間がたったでしょうか、卓くんの額から一筋の汗が
滴り落ち、ジーバチバチ。
「あーもー水に弱いのだから気お付けてください。……あれ、僕、しゃべれる? 奇跡だ」
その後、卓くんの渾名は変わり、僕の性能も何故か向上しています。
あーそろそろ、太陽系第三惑星へ行く時間です。
というこで、その話はまた、いつか……
次のお題は
「リセット」「字数」「不明」でお願いします。
138:名無し物書き@推敲中?
11/05/31 20:32:28.70
ビルから飛び降りる時に迷ってはだめだ。
目をつぶって素直に一歩を踏み出すだけで、
後は自由落下の法則がどうにかしてくれる。ただ空気に身を任せればいい。
そんなんで俺は人生をリセットできる.。なんてイージーゲームだろう?
でも何十、何百回と屋上から飛び降りた俺でも、落ちていく時に
内臓が浮くような感触には未だに慣れなくて毎回ションベンをちびりそうになる。
恐怖を感じるのだ。……俺は地面まであと三メートルくらいのところで考える。
でもそれって人間らしいことなんじゃないか?正しいことなんじゃないか?
結局のところ人間はリアルな死なんてものは死ぬまで体験できない。
いくら字数を多くしたところで、決して死を説明することはできないのだ。
だから俺たちは身近なものから不明確な死を想像するしかない。
例えばそれはひどい怪我だったり、心の病だったり、身内の死だったりする。
人間はそういったもの中にある痛みを敏感に察知して、それが死へと
つながることを想像/創造する。だけどそれが偽者の死だからといって、
価値が無いわけじゃない。俺たちは死を想像することによって互いに優しく
し合えるのだ。思いやれるのだ。俺はそれを、すごく尊いことだと思う。
俺は今日もビルのてっぺんから落ちる。そして地面から3メートルぐらいで
ちょっとションベンをもらそうになってから、道路の上に盛大にトマトを
ぶちまける。でもおそらくまだ大丈夫だ。俺は死を想像できる。人に思いやれる。
俺はまた生まれて、死を想い、他人と分かり合えるだろう。俺は
輪廻の中に閉じ込められながらも、まだ人間として生きているのだ。
「マッサージチェア」「タケノコ」「文化祭」
139:「マッサージチェア」「タケノコ」「文化祭」 と前のお題
11/06/01 00:09:50.21
「利尻の雲丹の天ぷらにございます」
「関アジの刺身にございます」
双方共に譲らぬ美味の競演に、審判長は唸った。
「この勝負、明日の再試合に改めて決するものなり!」
「うぉぉぉぉ!」・・・スタジアムを震撼させる歓声が鳴り止まない。
美食ブームに応え、雨後のタケノコの様に料理屋ができた。
文化祭の気軽さで催される料理合戦で、勝者と敗者が量産される。
「ハンバーガー屋の店員じゃない、日本一の料理人にやってやる!」
幾多の若者が時間を惜しみ、命をも削って最高の味に挑戦する。
「試合は明日。勝者はどちらだ!」審判長も絶叫する。
しかし、そうしながらも彼は狡猾な微笑を隠しているのだ。
勝者?最初から分かっているさ。審判が勝者さ。
評価の基準を握る者が支配する。それが世界さ。
今夜も彼は勝利を乞う者に招かれ、料亭のマッサージチェアで寛ぐ。
「うふふのふ、ブームを煽った甲斐があったな」と。
次のお題は:「南」「カラス」「ミツバチ」でお願いします。
140:「南」「カラス」「ミツバチ」
11/06/01 19:45:54.39
北のカラスは飢えていました。
雪間に覗く凍った草をはみ、飢えて死んだ海馬屍肉を食らい、
力を失った仲間の犠牲を血肉にして、残酷に残酷に、飢えていました。
あるとき、カラスは旅人から南の話を聞きました。
極彩色の草花が乱れ咲き、食べきれない果実が腐って落ちるという、そんな南の世界の話を。
カラスは旅に出ました。海を越えるために、吹雪を抜け、嵐に見舞われながら、雨水だけで何日も飛び続けました。
やがて骨と皮だけになったカラスは意識を失い、流木の上に墜落し、そのまま海を運ばれていきました。
目覚めたカラスは目を疑いました。背の高い椰子の木、大輪の花々、目に鮮やかな魚たち。
流れ着いたそこは南の海でした。カラスは喜びに飛び上がり、その世界の中に飛び出していきました。
美味しそうな果実がそこかしこに実り、一面の花畑を蝶やミツバチが舞っています。
飢えはありません。凍えもありません。信じられないような楽土がカラスの眼下に広がっていました。
と、そのとき―カラスの背から、煙が上がり始めました。
北の世界では熱を集めてカラスを守ってくれた黒い羽毛が、南の世界の激しい太陽光を吸収して、燃え上がり始めたのです。
カラスは火の玉になって落ちていきながら、衰弱しきっているとは思えぬ大声で、堂々と、空一杯に声を発しました。
「ああ、後悔はない! 後悔はない! 南で生まれ南に死ぬ者にも、北で生まれ北に死ぬ者にも、おれの気持ちは分かるまい!
おれは抗ったのだ! 抗ったのだ! 抗ったのだぞ! おおお、おお、おおおお!」
カラスは地に落ちる前に、灰も残さず、燃え尽きていました。
次は「猫」「砂」「うるさい」でお願いします。
141:「猫」「砂」「うるさい」 忍法帖【Lv=7,xxxP】
11/06/07 23:48:14.75
360°ぐるりにひび割れた荒野がひろがっていた。
目を凝らせば、東から西へ、北から南へ、交差した路が潜んでいるのが
判るだろう。
地平線の一方から、土埃をたててクリーム色の頑丈そうな乗用車が
十字路へやって来て停まる。
サングラスをした男が降りてきた。ペット用のゲージを地に置き、
スーツが汚れるのも構わずに座り込で蓋を開ける。
猫が様子を伺うようにして顔を出す。興奮しているようで
鳴き声がうるさい。
男が冷えたレモネードを浅いカップに注いで据えてやると、暫くして、喉を鳴らして
飲み始めた。
男が手を翳して空を見上げると、日は中天より僅かに西へ傾いている。
時計をみると12時10分。時間厳守は伝えてあるが……男は額に添えていた手を握る。
猫がじゃれてきて男の膝に前肢を載せる。その足裏には長い毛が生えていた。
暑い砂の上を歩く野生の猫の特徴である。
おまえ可愛いいな。男は猫をだき抱えて自動車に戻ると、去っていった。
日の傾きがはっきりしだした頃、別の黒い自動車がやってきた。
運転手が降りてきて、道ばたに置き去りにされていたペット用のゲージを見つけて拾う。
後部座席のロングドレスのマダムに、中が空なのを振ってみせた。
次は「メロン」「風」「三角」でお願いします。
142:「メロン」「風」「三角」
11/06/09 03:49:32.69
『種なしメロンの開発に成功!』 そんな見出しと共に、十年ぶりに見る顔が新聞に載っていた。
コンビニを出ると、買ったばかりのその新聞を半端な位置で二回折る。そして、思わず吹き出す。
彼の顔に「種なし」という文字が、まるで銘打たれているかのようで……そう、あの、種なし男。
恋人になったのは、やはり彼が自分と違って、ロマンチストだったからだと思う。
なのにそれが、いつの間にかに重い負担になっていた。
「メロンの種なんて、普通に取り除けるわ……そんな役に立たない、馬鹿みたいな研究、やめてよ!」
泣きつく私に、彼は申し訳なさそうに笑って答えた。
「……役にはたたないかもしれないけど、でもね、僕は夢を見たんだ……まるでスイカの一切れのように、
三角に切り出されたメロンのてっぺんを、ひとくちに、じゅぷ……って噛み締める夢。
それはとても気持ちが良くて……馬鹿って言われても、でも僕はそれをどうしても、実現したいんだ」
「……私が……私が、あなたの食べるメロンの種は取り除くから! ……それじゃ、駄目なの?」
結局、私はメロンに負けた。性機能不全とは別の意味で、彼は男として種なしだったのだ。
風が吹いて、私の手元から新聞を吹き飛ばす。あ、と思って、でも新聞は追えなかった。
新聞を退けた目の前に、生身の彼が立っていたから。
「やあ。……種なしメロンが出来て……夢が実現できて……そしたら、君に伝えたくて」
汚れた白衣姿の彼はそう言って、手にした三角のメロンを差し出してきた。
その姿はあまりに昔のままで……だからとても、遠い場所に立っているように見えた。
「…………ごめんなさい。お店に並んだら、買って食べるわ。おめでとう」
そう、私の胸の中にも、もう、大事なタネはなくなっていた。
次は「地震」「別荘」「出会い」でお願いします。
143:「地震」「別荘」「出会い」 忍法帖【Lv=10,xxxPT】
11/06/15 21:07:50.11
寝床はネットよりロッカーが安心できて好きだ。
暗がりの色はJの喉の奥を見詰めたときと同じ。
私と鯰(なまず)のJの出会いは二十年ほど前にさかのぼる。
当時、小学二年生の内気な少女だった私は母に連れられて、
知り合いの別荘で夏休みの大半を過ごした。母と父は離婚調停の最中だった。
保養地の外れにある小さな別荘には、不釣り合いに大きな池があって、
モネの絵に似たそこは様々な睡蓮に覆われ、沢山の騒々しい牛蛙と鯰のJが住んでいた。
Jは満腹顔で岸辺の近くでぷかぷかと浮いては、ときおり欠伸のように口を大きく開いて
ぱくぱくとやる。体長60センチぐらいの身体に、大きな切れ込みが走り、
鋭い歯列がぎっと現れるさまは、怖いモノ見たさの、子ども心に胸躍る光景であった。
私は夢遊病者みたいにJにいろいろと話しかけた。両親の不仲を愚痴ったのではないかと
推するが、もっとたわいもない話だったような気もする。
結局、母と父がどういう話し合いをしたのかは知らないが、私は、田舎の大学で教鞭を
とっていた父方の祖父の家に引き取られることになった。
新学期がはじまって直ぐに、移り住んだ町で大きな地震があった。
学校の裏の空き地に泉が湧き騒動になった。できたばかりの友達と連れ立って私も
見学にいったが、泉の中で大口を開閉するJの姿が私にだけは判った。
大学進学で都会に出たとき、仕事で移り住んだとき、似たようなことが起こった。
そして三日前、私は長期滞在要員として宇宙ステーションに着任した。
はたしてJと再会できるのか? きっと私の瞳は子どもの頃と同様に、暗がりに向かい、
したたかに熱を帯びることであろう。
次のお題は「駅」「ロッカー」「予知」でお願いします。
144:「駅」「ロッカー」「予知」
11/06/17 02:14:05.09
制服姿の女子高生が、駅のロッカーに、なにか小さな箱を入れていた。
僕は会社帰りに偶然、それを見かけた。
箱を入れた後、鍵もかけず立ち去る彼女が気になって、僕はそのロッカーを開けて中身を確かめようとした。
「待ってください!」
……背後から声をかけてきたのは、先ほどの少女。どこか物陰から、このロッカーの様子を伺っていたらしい。
僕は、目の前にした彼女の、儚い印象を伴う美しさ、育ちの良さが滲む可憐さに息を呑んだ。
それからすぐに気を取り直して、君はなにをしていたのかと、興味本位に問いかけた。
赤面症らしい彼女は、恥ずかしそうに頬を染めながら、躊躇いがちに告白してくれた。
「実は……私、予知が出来るんです。それで、今から十分後に、このロッカーに赤ん坊が捨てられると知って……
未来を知ってしまうと、いつも居ても立ってもいれなくて。今日も、捨てられるその子のために出来ることをしようと……」
僕は改めてロッカーを開け、彼女がそこに仕込んだものを確認した。
―箱形の携帯灰皿に入れられた、仄かに燃ゆる、練炭の欠片。
彼女は頬を染めたまま、はにかむように微笑み、言った。
「一酸化炭素中毒は、いちばん苦しくない死に方と言いますから」
次は「毒」「美」「醜」でお願いいたします。
145:「毒」「美」「醜」
11/06/23 21:22:09.68
その昔、たいそう信心深い大臣が京の都におりました。
妻が難産のおりに、陰陽師に祈祷させると西国の「升寸天」なる神様が現れ
「大臣よ生姜の茎を咬みなさい」と命じました。
大臣が生姜を咬むと同時に、玉のように美しい赤子が生まれました。
赤子はすくすくと成長し、「大臣が生姜を噛んで 生まれた美姫」ということで
人々から姜姫と呼ばれ名を馳せました。
姜姫が成人式を迎えたとき、西国の升寸天の祀られた社へお礼参りに
行きたいと言いだしたので、大臣は、荘園から送られてきた一番美味しい
お酒を捧げ物に持たせ、供を大勢つけ、姜姫を旅に送り出しました。
さて、姜姫達は知りませんでしたが、当時、京から西国へ向かう途中の路の
途中には、とても強くて酒好きな鬼が出ることがありました。
姜姫の一行は、鬼に襲われ酒を奪われてしまいました。
姜姫は恩ある神様へお供えするお酒なので許してくださいと、鬼にお願いしましたが
あまりに美味しいお酒だったので、鬼はその場で全て飲み干してしまいました。
「百薬の長も過ぎれば毒になりましょうに」姜姫がつぶやいたとき、
酔っ払って大汗をかいた鬼の形相は激しく歪みとても醜くなりました。
驚いた姜姫はとっさに鬼から棒をつかみ取り、鬼の足を払いあげます。
すると醜い鬼は 白い酉(トリ)となって「ム」を残してどこかへ行ってしまいました。
その後、升寸天の社に辿り着いた姜姫はしょうがないので「ム」を
升寸天にお供えしました。
それをもって「升寸天」は「弁才天」と神名を改め、霊験あらたかな神様として、
後生まで語り継がれたのであります。
(ある神社の倉に残された字形遊びの巻物より 「美」「醜」など 現代語訳……)
次のお題は「神社」「紫陽花」「酒」でお願いします。
146:「神社」「紫陽花」「酒」
11/07/03 03:04:40.76
私にはひとり、奇妙な友人がいた。
街を見下ろす神社の裏手……植えられた赤い紫陽花の中に、一畳だけある青い紫陽花の群れ。
その上に座っている半人半猿の神様が、私だけに観ることの出来る奇妙な友人、青猿彦だった。
彼はいつも私に酒をねだってきた。「こちらは女子高生なのだから、お酒なんて買えるわけがない」と断わったら、
「自動販売機ならどうだ、坂下の酒屋にある自販機なら、店主の婆もボケてて気付くまい」と悪知恵を吹き込んできた。
そこで「お金が無い」と言って断わったら、今度は厚紙を使った賽銭泥棒の方法を教えてくれた。
なんでそんな方法を知っているのかと糾弾すると、以前に見かけた賽銭泥棒が使っていた方法だという。
え、賽銭泥棒なんて来たの? ニュースにならなかったけど……と心配がる私を、彼はカッカと笑った。
なんでもその賽銭泥棒、帰りがけに彼のいる紫陽花のそばでタバコを一服しはじめたものだから、
彼は勢いよく、その酒気を帯びた息―いわく、神風を吹きかけたらしい。そしたら燃える燃える、
火はすぐにその賽銭泥棒の化繊の衣服に燃え移り、焦げ臭さに駆けつけた神主によって彼は病院に運ばれたという。
ああ、あのニュースに出ていた人か、と私は思い出した。神社でボヤ、全身に軽い火傷、といわれていた男性。
ニュースでは、この神社にお参りに来る地元の人たちが、この青い紫陽花の一角にお酒を撒いて願掛けをするから、
そのアルコールが漂っていたせいだろうということになっていたが……あれが賽銭泥棒なら、なるほど。
正しくバチが当たったわけかと思い、なにやら私は深く感心してしまった。
次は「暑い」「クーラー」「節電」でお願いします。
147:暑い クーラー 節電
11/07/04 19:45:43.59
真夏も真夏。四十度を越える猛暑日に窓もドアも全て閉めきり、扇風機も使わず、クーラーも使わないある家庭があった。
節電のためではない、僕ら佐藤家は今ゲームの真っ最中なのだ。「暑いといったら負け」というゲームの。
じいちゃんは開始一時間で倒れた。ばあちゃんもすぐその後を追った。ミケは最初からぐったりしていたのでいつリタイアしたのか分からない。
残りは僕と妹と母と父だ。
開始直後はまだ皆元気で、言葉遊びをしたり相手を誘導して禁止ワードを言わせようとしたりワイワイしていたが、今はもう誰も喋ろうとしない。
喋る気力がないのか?否。これはもう意地なのだ、我が佐藤家は代々負けず嫌いで、先祖の何人かはそれが理由で亡くなっている。そして笑われるかもしれないが僕らはそれを誇りに思っている。
証拠にじいちゃんとばあちゃんは最後まで降参しなかった。残った者達もそうだろう。
気付けば辺り一面炎に包まれている。誰かが火を放ったのだろう。面白い。クライマックスはこうでなければ。皆の顔を見るとやはり笑っている。全く、何という家系だ。
煙で徐々に薄れていく意識のなかで僕は叫んだ。
「我が佐藤家の誇りよ、永遠に!!」
次題 「パイプオルガン」「マント」「贖罪」
148:「パイプオルガン」「マント」「贖罪」
11/07/06 10:26:59.17
最後の峠も下りに差し掛かった時、セバスチャンはその目に街の全貌をとらえ「案外小さな町だな」と旅の道連れで
あるロバに話しかけた。旅支度のバッグを両脇に携えたロバは全く反応する様子も無い。
長旅への疲労を感じながらも、目的地を目にしたことでセバスチャンの足取りは些か軽くなった。
季節はまだ寒かったが、日は今や天頂に達しており、
夜明けの風を心強く払い除けてくれていたマントも既折りたたまれ、ロバの荷物を一つ増やしていた。
教会に着いたセバスチャンは神父を捕まえ、4週間の休暇をとって来た事、ぜひパイプオルガンを演奏したい事などを伝えた。
「滞在中はこちらの牧師や教徒さんと行動を共にして贖罪のお手伝いなどをしてあげてください。オルガンはいつでも好きな時にお使いなさい」
神父は穏やかに微笑みセバスチャンを受け入れた。
部屋をあてがわれたセバスチャンは、荷解きの作業もそこそこに聖堂に降りた。そこにはセバスチャンが想像したとおりの、
いや想像以上のパイプオルガンが奏者の到着を待っていた。セバスチャンはオルガンを見上げ暫し佇んだ後、
まるで久しぶりに会う恋人と対峙した時のように、逸る気持ちを抑えゆっくりとオルガンに歩み寄った。
鍵盤を開くと、潤んだ瞳のような木の光沢がセバスチャンを迎えた。
説教の引用に聖書を開いていた神父の耳をセバスチャンの奏でるオルガンの音色がくすぐった。
「これは・・・・・・」神父は思わず顔を起こし、セバスチャンの演奏に感嘆した。
まるで老婆がやさしく孫の髪を櫛梳くような音色が、時にはたおやかに、時には神々しく空気を変えていく。
オルガンの音色はセバスチャンを魅了して離さなかった。セバスチャンは、休暇を終える4週間の休暇を過ぎてもこの教会に滞在し続け、
無断でさらに4週間も休暇を延長してしまい、後で酷く叱られる事になる。が、それはもう少し後の話だ。
セバスチャンがこの地、リューベックで出会ったものは、オルガンだけではなかった。セバスチャンはこの地で、
後の作風を大きく変えるほどの出会い、音楽の師匠や音楽と言う文化そのものと出会う事になる。
若き日のバッハ、その物語はまだ、始まったばかりだ。
「学者魂」「生き甲斐」「眼球」
149:「学者魂」「生き甲斐」「眼球」
11/07/06 12:05:03.99
俺の生き甲斐ってなんだろう。
一端の学者を名乗り、それなりに研究を発表している。
有名な教授が開催する学会には足繁く通い、顔も覚えられて有用な助言を受けられるようになった。
今は助教授の身分ではあるが某氏の強い推薦で来年には教授の地位に手が掛かるかもしれない。
とても喜ばしいはずが気持ちは落ち着いている。どちらかと言えば沈んでいた。
俺は最初から学者には不向きだったのか。学者魂と呼べるものは無かったのか。
考えてもわからないことに頭を使って心労が絶えない。
「……寝るか」
俺は湿った布団の上に転がった。天気の良い日に布団を干すか、と考えながら微睡んだ。
しばらくして眼球が激しく動いた。自覚して驚いた。
勢いよく上半身を起こした。少し声を上げてしまった。時計を見ると、午前七時を回ったところだった。
ヘンな夢だったな、と俺はランドセルに教科書を入れながら思った。
「大根」「カレーライス」「豆腐」
150:名無し物書き@推敲中?
11/07/06 15:30:27.51
メンヘラ「あれ、大根が無い」
ヲタ「野菜売り場で一番太いヤツもって来たよ」
メンヘラ「でもない」
ヲタ「あ、豆腐選んでる時に置きっぱなしにしたかも」
メンヘラ「大根無いと、おでんにならないよ」
ヲタ「じゃあ、もう一回買いに行く?」
メンヘラ「めんどくさいよ」
ヲタ「じゃあはんぺん入りカレーライスにしようよ」
メンヘラ「豆腐は」
ヲタ「一緒に煮込んだら?」
メンヘラ「でも、たまねぎも無い」
ヲタ「じゃあやっぱりおでんにする?」
メンヘラ「うーん、たまねぎ買いに行こう。今度は忘れないようにしよう」
ヲタ「うん、手にたまねぎって書いておくよ」
次 「中二」「引き篭もり」「オカルト」
151:「中二」「引き篭もり」「オカルト」
11/07/06 23:01:12.43
「隣の●●さんの子、小学校の高学年からずっと引き籠ってるんですって」
平日の昼下がり、道端での井戸端会議の一節に、そう聞こえたような気がした。
自分は引き籠りである。小学5年生でいじめられて引き籠り、現在は中学二年生になったばかりの引き籠りである。
引き籠りが道端の主婦の会話を聞けるのはなぜ。それはまさに、今、自分が近所のコンビニに行った帰り道だからである。
「あら、確かに。あの家の子は長男の子はよく見るけど弟の方は全く見ないわね」
全く見ないとは何か、と内心汚い笑みがこぼれるようだ。だって目の前にいる、ただ見分けがついていないだけだ。
普通は存在しないから、曖昧な事でしか情報が物事を決定できない。だって自分は「引き籠り」なのだ。
ここでやはり語学的な意味での矛盾が生じる。なぜなら自分は家に引き籠ってないことになる。今ここにいるのだから。
それなら語学上は「不登校」の方が正解である。だが、これはあくまで限られた中での話だ。本質は「多数」の中にある。
自分が学校に行かなければ、中二という学生の身分での自分は「存在」が確認されないほうが多い。でも自分は存在する。「多数」ではない、「ここ」に。
「多数」に観測されなければ「ここ」にいる自分は、家にみっともなく隠れた引き籠りだ。実際自分に貼られているレッテルこそ「それ」だった。
多数にいながら「ここ」は観測されない。今の自分は透明人間だ。目に入っていて、「はいっていない」。言語の中の透明人間。なんとオカルトな響か。
そんなことを考えていると、井戸端会議中の主婦たちをとっくに通り過ぎて、家は目前、となっていた。
ふと見ると、玄関口に見覚えのある人がいた。この家に二人と生まれた方の片割れ、つまり自分の「姉弟」だ。
「おう、不登校。鍵、お前が持っているよな?」
この姉。実はパンツルックに短髪、中性的な顔立ちのため、よく男と勘違いされる。ここに一つ、生物学的な矛盾が「起こっていた」。
思わず笑ってみる。なんと不思議な姉弟であろうか。怪奇現象にもほどがあるぞ、と。
「なんで笑う?気味が悪いぞ」
「いやぁ、僕が透明人間で姉ちゃんが・・・ジーキルとハイド?みたいな」
「はぁ、なにそれ?」
次「賞」「小」「笑」
152:「賞」「小」「笑」
11/07/10 12:28:23.77
賞金は三十万円。文学賞としては少額に思えるがジャンルはショートショート。小ネタでは破格の賞金と言える。
当然のことながら競争率は激化。平均して千分の一の険しい頂を目指すことになる。しかも、お題に沿った話を求められるのだ。
前回は「股間にキュウリを挟んだ女子高生」というシチュエーションだった。アソコにキュウリを突っ込んで浅漬けを作る話は笑いを絡めた自信作であった。が、男のなけなしのプライドを粉々にした。
今回は是が非でも勝ちたい。三十万円を引越しの費用に充てたい。その一心で男は今回のお題に向き合った。
「プリンシパルのように電車に飛び出す男」
難題で何も思い付かない。男は目を閉じて低く唸り、額に脂汗を滲ませた。組んだ足の揺れが激しくなり、速度が頂点に達した。
男は猛然と立った。座っていたイスは反動で引っ繰り返った。
男は全身を震わせて叫んだ。そして外に飛び出していった。汗だくになって走って駅に着いた。改札を抜けてホームに続く階段を駆け上がる。
視界が開けた。男は笑顔になって跳んだ。足を左右に広げて高々と宙を舞う。気持ちはプリンシパルで両隣には同じような姿の仲間がいた。
みんな笑顔で跳んでいた。
その後のテレビのニュースでは大々的に取り上げられた。関連性のない人々が集団で飛び込み自殺を図ったのだ。動機のない死によって精神科医や評論家は声高に自説を語ったが、どれも的外れであったことは言うまでもない。
次は「スイカ」「清流」「彼女」でお願いします
153:「スイカ」「清流」「彼女」
11/07/18 18:37:08.39
彼と彼女は休暇を利用して、彼女が二年前、社員旅行で見つけたというおすすめスポットに行った。
清流だった。想像とちがって、家族連れ、グループで賑わっていた。
川の所々に、穴がひとつあいたスイカが置かれていた。彼女いわく、これはスイカ漁という。
中身がくりぬかれ、匂いに誘われた小魚が入るのだ。
居心地が良くて出てこない。まだついている実は食べられるし、ふやけた内部は良い寝床だからだ。
今日このスイカを回収するのだ。
中の魚はスイカのようにまるかった。一つのスイカに一匹だけなのは、入ってきた他の仲間を食べたから、と彼女は教えた。
焼いたものが観光客に振る舞われた。彼と彼女も食べた。スイカの甘さがほんのり混じっていた。
一匹食べ終わった直後、彼は腹部に違和感を感じた。吐き気がする。何かを吐き出した。生きた小魚だ。
彼女はこれを見て、「川の方へ行こう」と促した。それから、彼は小魚を川に吐き続けた。小魚は泳いでいく。彼女は説明した。
「さっき、他の仲間を食べた、って言ったでしょ。この魚には強い繁殖の念がこもってるの。食べた人のエネルギーを使って、
繁殖の念を成就させるの。一度食べたら、もうやめられない。この時期は、もうどうにもならなくなって、悪夢にもうなされる」
彼女はそう言うと、こらえきれなくなったのか、大きなゲップとともに、大量の魚を吐きだした。
よだれを垂らしながら「ごめんね。この苦しみを分かち合いたかったの」と謝った。二人とも際限なく吐いた。
周りは嘔吐の地獄だった。大人も子供も吐いていた。ある子供は、母親に「我慢せずに吐いちゃいなさい。頑張って」と
励まされながら吐き、ある母親は「ママは大丈夫よ。怖くないよ」と泣き叫ぶ赤ちゃんをあやしながら吐いていた。
漁師たちはニヤニヤしていた。名物の小魚が繁殖するのがうれしいのだろう。
一時間後、彼は吐くのが止まった。彼女は勢いはゆるまったがまだ吐いている。
「キリがないや」と四つん這いだった彼女は立ちあがり、川の中に入っていった。
中ほどで彼女はしゃがんだ。へそのあたりまで水に浸かっている。彼女の周りに大きなあぶくが起こった。
清流を小魚の大群が泳いでいった。
一仕事終えてホッとした顔つきで彼女が言った。「ずっと一緒にいようね!」と。
次は「引き算」「釈放」「熱帯」でお願いします
154:引き算 釈放 熱帯
11/07/20 01:37:42.54
熱帯の森の奥で男は何時間にも何ヵ月にも感じられる残り数分をじっと待っていた。
釈放の条件は五日間をこのジャングルで生き延びること、しかしただのサバイバルじゃない。自分たち死刑囚がこのゲームを開始したのと同時に得たいの知れない「何か」も一緒に放たれていた。
そいつ等は次々に参加者を狩っていった。圧倒的な火力と俊敏性をもって、一方的に。そのくせ全く姿を表さない。生き延びる確率は限りなくゼロだった。
しかし男は自身の並外れた身体能力、精神力によって奇跡的に最後の日まで生き延びることができた。だが同時に多くの仲間たちが犠牲になった。
釣りが大好きなジョン。足し算引き算は愚か、自分の名前さえろくに書けないボブ。ギャンブル好きのシド。彼らは死刑囚ではあったが間違いなく最高の仲間だった。彼等の為にも生き延びなければ。
ヘリの爆音で我にかえる。やった、迎えのヘリだ。男は広場まで死に物狂いで走り、腕がちぎれんばかりに手を振った。
「合格だおめでとう」
スピーカーから聞こえる声に男は涙を流し震え上がった。
ヘリに上がると、九人の男達が既に談笑を交わしていた。同じような生き残りだろうか?それにしては見慣れないスーツを着ている。彼らは男に気付くとニヤニヤしながら言った。
「よう、新入り」
男が意味がつかめず言葉に詰まっていると、スピーカーから機内に冷徹な声が響き渡った。
「君達十人には次のミッションに就いてもらう、内容は五日間以内に指定区域にいる全ての死刑囚の殲滅。
なお君たちに与えられたスーツと武器は実験段階のものだが非常に強力だ。ただ実戦データが少ない。よってより優秀な成績を修めたものには相応の報酬を与える。しかし使えないクズには明日はこない、以上だ」
お題は継続で
155:名無し物書き@推敲中?
11/07/23 04:43:17.89
「引き算 釈放 熱帯」
ピラニア、それが私についたあだ名だった。熱帯に生息する肉食の淡水魚。
恋はかけひきというが、私の場合は常におすばかりで引くことはなかった。
数分おきにメールし、彼の部屋の前で待ち伏せし、
アルバイト先のファーストフード店で一日中彼の仕事が終わるのを待った。
彼はアルバイトをやめ、いつの間にかアパートを引き払っていた。
だいたいいつもそんなパターンで終わる。そしてついに大失敗をしてしまった。
私を避ける彼があまりにも憎かったから。本当に愛と憎しみは紙一重だ。
けどそれはもう過去のこと。私は変わった。今度の恋は引き算と決めている。
自分がしたいと思うことの中から彼のためにならないことはもうしない。
無理を通すから嫌われる。奪うのではなく与えることを考えていればいいのだ。
ただ与えるのではなく、彼に気づかれないようにさりげなく。それが愛。
いけない。考え事をしていたら包丁で指を切ってしまった。血がポタポタと落ちる。
せっかくだから少し入れておこう。できたてのカレーを彼は喜んで食べてくれるだろう。
もう絶対失敗はしない。
仮釈放とはいえ釈放は釈放、ようやく長い獄中生活から開放されたのだから。
次は「回転、グラス、裸足」で。
156:「回転」「グラス」「裸足」
11/07/29 20:49:44.30
浮気相手の彼女は、別れようと言い出した僕にグラスを投げ、皿を投げ、花瓶を投げ、
そうしてそれらの破片が床にばらまかれたリビングで、こう言った。
「……いますぐこっちに来て、私を抱きしめて。そうしたら、奥さんにもバラさない。許してあげる。
ただし、いますぐ、一歩も逸れずに、まっすぐ来て。じゃないと奥さんに電話して、バラすわ」
携帯電話を片手にしながらの彼女の言葉に、僕は絶句した。
―彼女の周囲には隙間無く敷き詰められた、鋭いガラス、尖った欠片。
彼女は僕に、その上を三メートル、裸足のまま歩いてこいと言っていた。
「さあ、早く」
彼女が携帯のボタンに指を触れる。僕は意を決して、足を踏み出した。
「んぐぅ……っっ!!」
予想よりはるかに激しい痛みが、足裏に突き刺さる。
「あぐぁぁぁぁ……っっっぅ……」
痛い! 痛い! 痛みに息が止まりそうになる!
耐えきれず、喉を潰したような苦しげな呻きが漏れる。脂汗が浮かぶ。垂れる。痛みに手が震えた。
痛覚が背中まで響き、腰が抜けそうになる。激痛の隙間に、足裏が血で濡れるのが感じ取れた。
「う、うううぁ……ああああ!」
涙が滲んだ。表情は崩れているだろう。痛い。痛い! 心臓が激しく動悸する。
…………そして僕は、やっと、彼女の元に辿り着いた。
それまでずっと無言でこちらを見つめていた彼女は言った。
「馬鹿みたい」
―僕は迷うことなく、全力で、彼女の顔面を殴った。
回転するようにして倒れた彼女は、傍にあったサイドテーブルに頭を打って、動かなくなった。
死んだかもしれないが、知るか。激しい痛みに苛まれ、涙と脂汗にまみれた僕は、怒りに支配されていた。
次は「公園」「幼なじみ」「バナナ」でお願いします。
157:「公園」「幼なじみ」「バナナ」
11/08/02 21:13:36.05
幼なじみの愛ちゃんのお父さんはバナナの叩き売りをしている。
もちろんそれが本業ではなく、週末だけ趣味(伝統芸能として)でする人だ。
(何でもきっかけは幼いときにみた映画の寅さんで、そのために九州の名人に弟子入りもしたらしい)
愛ちゃんはお手伝いでよく相方(「まだ高いよ、もっとまけて!」などの相の手を入れる人)をやったいた。
そのため小学校の同級生の女子達の間ではどことなく浮いた存在になってしまっていた。
ある日近くの公園のベンチで、僕は愛ちゃんと彼女のお父さんから買ったバナナを食べながら話をした。
(僕はお隣さんなのでよく知った仲だったので、うまく断わることができずしょっちゅうバナナを買わされていた)
愛ちゃんはどことなく険しい顔つきだった。
「私、もうバナナが嫌になっちゃった。毎週毎回お父さんにつきあって下品にヤジみたいな大声上げたり。
今小林君の持っているバナナみたいに私はもう傷ついて変色してボロボロなんだわ、きっと」
叩き売りされるバナナは決して新しいものじゃない。むしろ廃棄前のものが大半だ。
僕はすこし考えたあと、持っていたバナナの皮をむいた。
「でも、中身はまだ腐ってないよ。キレイだし、美味しいし、栄養もばっちり。僕は大好きだよ」
そして一口バナナを食べて見せた。
愛ちゃんは一瞬キョトンとした後、僕に向かって顔を近づけてきた。
「それってバナナのこと?それとも私のこと?」
そう言って僕のバナナを上から口にして、笑顔になった
僕はなんだかとても胸がドキドキしてなにもも喋れなくなっていた(間接キスだ)。
僕は初めて恋をした。
次のお題は「猿」「メガネ」「手刀」でお願いします。
158:「猿」「メガネ」「手刀」
11/08/10 22:36:06.12
くたくたによれたスーツを突っ張らせるようにして、その男は盃を口に運ぶ。一見寂れた感のあるその店には
似付かわしくない大吟醸である。くたびれた中年男の顔には薄い笑みが浮かんでいた。
「良明くん、こっちに戻って来てるんだってね」
板前が柳葉包丁の動きをふと止め、そう問うた。ちびちびと杯を干していた男は、
「ええ、お陰様で……。あいつ、この頃は仕事の方もうまくいってるみたいで……」
俯き加減に手元を覗き込みながら、ボソボソと独り言のようにそう答える。
「なぁ、こんな狭ぇ店しか空いてねーぜ?何で今日はこんなに混んでんだよぉ」
数名の若者が、派手な音をたてて小料理屋に入ってくる。「渋滞もひでぇし、最悪だぜマジで」
と不平を漏らしたのは、短髪を金色に染めた猿顔の少年だ。
(昔の良明に似ているな……)中年の男は、感慨深げに少年を見やり、メガネの奥を細めた。
「おいオッサン、何じろじろ見てんだ?」
酒気を帯びた少年は、男の所作を蔑視と捉えたようだった。彼を取り巻く酔漢たちも、誰一人として
それを止めようとしない。シャツの袖から、彫り物が覗く者も居る。と、その時、開いたままの格子戸から、
「ああ、父ちゃんやっぱりここだったんかァ!……ハイハイごめんなさいね」
でっぷりと肥えた浴衣姿の巨漢が、手刀を切りつつ男の隣に腰掛ける。貫禄たっぷりの髷を目にし、若者達は唖然となった。
「なぁ父ちゃん。……俺、今日、勝ったよ」
男は小さく「ああ」と応じる。盃に落とした眼が、薄く、潤んでいた。
次のお題「七夕」「チノパン」「銃弾」
159:「七夕」「チノパン」「銃弾」
11/08/13 23:40:54.57
集金終わって事務所に電話かけたら、なんか音が割れててよく聞こえねえ。
後ろででけぇ音がしてるのさ。そしたらアニキ、こっちのパンパン言ってんのは
カチコミだからすぐ帰って手伝えって、ああ、俺ぁ一目散に駆けつけたんだ。
事務所の前は花火みてえな臭いだった。恐る恐る階段上がったら、もうぜんぶ終わってた。
オヤジは死んでた。アニキも死んでた。壁にボコボコ穴があいてて、
黒っぽい銃弾の尻が見えてた。
「おい、誰かいねえか」聞いたけど返事がねえ。そしたら雄二の野郎、
オヤジのデスクの裏に隠れてやがって、泡吹いて痙攣してんだ。
雄二、オイ、どこにやられたって聞いたよ。ったら野郎め、白目剥いたまま、
死死死死死ってブツブツブツブツ呟くんだ。何度聞いても、そんだけさ。
しまった、この組はもうだめだと思ったね。
次のお題「お盆」「三味線」「三車線」
160:「お盆」「三味線」「三車線」
11/08/14 08:07:59.45
「ワンダフル!」「ブラボ^ー!」
NY初の三味線コンサートは、大成功だ。
ホールの後ろの席から、両親も密かに聴いている。
優雅な響きも、確固とした音色も、二人にはどうでもいい事だった。
彼等はただ、息子の声を聞きたかったのだ。
時は8月15日。日本で言うお盆だ。
この時ならばあるいは、息子の懐かしい声を聞けるのではと・・・
「おい、こらっ!」「そいつを捕まえろ」
ああ、警備員が気づいたらしい、逃げなければ。
大急ぎでドアをくぐり抜け、外に逃げ出す。
三車線を駆け出す二匹の猫を、黒いリムジンが一気にひき殺した。
次のお題は:「四面体」「四季報」「四姉妹」でお願いしまふ。
161:「四面体」「四季報」「四姉妹」
11/08/17 19:00:05.55
父の単身赴任が決まり、私は休日に母と荷造りをしていました。
なんでも、父が行く支社は不採算部門として撤退が濃厚だそうです。
思い出の土地だと引き受けたそうですが、感傷で自ら泥を被るなんて父は馬鹿です。
本棚の奥に隠すようにしまわれていた箱を私は見つけました。
中には、4つの透明な小箱、数冊の四季報、数枚の写真、それに病院での
検査結果を綴じた薄いファイル。
透明な小箱にひとつずつ収められたペンダントは正四面体のチャームで、
一面だけ色がついています。私たち四姉妹にひとつずつのようです。
「あなたは黄色。楽天的で、冒険的な人という意味」
と母が教えてくれました。正四面体はそれぞれの面の力関係が等しい、
美しい多面体だそうで、父はその特性を四姉妹に重ね合わせたそうです。
でも、妹たちのものは誠実、優しさ、純粋という意味で、私だけ楽天家で冒険家?
私は生まれてすぐに大きな病気が発見され、長く入院していたそうです。
写真は退院記念のものでした。検査結果は完治・退院後もさらに2年分ありました。
四季報は、私が就職するとき、父なりに就職先のことを調べたもので、
すぐ下の妹のときのものもありました。私や妹の大学のパンフレットもありました。
私が大病を克服した土地へ、父は再び旅立ちます。そこで父は何を思うでしょうか。
私はそこを訪ね、寡黙な父とひっそり飲み交わそうと思います。
【ヘッドホン】【雲】【ベビーカー】
162:名無し物書き@推敲中?
11/08/18 06:21:36.48
「何を聴いているんスか?」
声をかけられ隣を見ると、いつの間にか人が座っていた。
「ダウンロードした曲を片っ端からなんで、色々ですよ」
「いいスね。僕なんて着の身着のままで何も持ってないス」
「良かったら聴いてみますか?」
「いいんスか? ちょっとだけじゃあ・・・」
ヘッドホンごとプレイヤーを渡す。暇になった私は窓の外を見た。
どこまでも続く雲がまるで草原のように広がっている。
一体どこへ行くのか、いつまでこうしていればいいのか。
ふと、雲海の向こうに何かが見えた。あれは・・・
「ベビーカースね。あ、これ、ありがとうス」
プレイヤーを受け取りながら、私は目を凝らしていた。
「赤ん坊は乗ってないみたいスよ」
やはり見間違いじゃない。あの子はこっちへ来なかった。
ああ良かった。これで私の旅も終わることが出来そうだ。
「グラス」「ラベンダー」「ファン」
163:名無し物書き@推敲中?
11/08/18 22:52:38.57
紫の花で少しだけ名の知れた丘を、地元の人間は田中山と呼んだ。
秋。盆を過ぎれば肌寒い。頂上の展望台ですれ違った老夫婦は、
ファンなのだろうか、北の国からの話ばかりしていた。
ここは上富良野―富良野と美瑛の間に沈む、まどろみの町だ。
老夫婦はがっかりしただろうか。ラベンダーは7月の終わりに刈り取ったばかりだ。
花枯れるまで遊ばせてしまうと、次の年は疲れて咲かないのだ。
残ったモスグリーンの葉は赤土を彩る規則正しいドットとなって、
一月前に呼んだ花蜂たちには、もう見向きもされない。
私は手摺に寄りかかる。小さな展望台のコンクリートを踏むと、
じいいんという振動が、丘の根まで響くようだ。
日没がくる。紫陽花色の夕日に彩られて、町が、田畑が、中富良野が、
地平線に滲む富良野と、それを扼す雄大な北の峰が、ゆっくりと闇に沈んでゆく。
展望台は舟になった。虫の音に浮かぶ船だ。私は腕を広げると、またたくまに
帆布へと変身する。飛べる! 柔らかい布は蟋蟀と邯鄲の声を孕んで、
できたての夜空に私の体を持ち上げる。
闇……見下ろす大地は漆黒の闇だ。雪に洗われ色褪せた町並みも、
いまだけはボロを隠している。と、晩餐の赤い光が点った。
ひとつ、ふたつ。みっつ。よっつ……。生活の暖かい光が、手の届かぬ下で私を笑う。
ホーム・スウィート・ホーム。
瞼を開けると東京の家だ。私は氷の融けたグラスから一口啜り、30年前の
夕暮れを思い出す。もう遠い土地、遠い時間だ。
来年の盆は、きっと帰ろう。
「川の石」「空中線」「潮騒」で。
164:「川の石」「空中線」「潮騒」
11/08/23 17:26:06.82
―たかが川の石にも、出来不出来はあるらしい。
拾った小石は、大した力を入れなくても手の中で簡単に砕けてしまった。
それは石質とか、そういう地学的なあれこれで説明できることなんだろうけれど。
人間と同じだな、というのが、俺の感じたことだった。
出来の悪い自分は、都会に出てチンピラになってもやっぱり出来が悪くて、
叱られてばかりで、小心で頭が悪くて、そのくせ悪いことは出来なくて……
沈められそうになってた女を助けたら、今度は自分が殺されそうになって、
逃げて逃げて……気がつけば足は何故か、故郷に向かって進んでいた。
川を下った先の、海沿いの小さな村に。
川沿いの道を歩く。駅は見張られているだろうから、川に沿ってどこまでも、どこまでも。
水の音を聞きながら、寒さを堪えて歩いていると、まるで自分自身が川底を歩いているかのようだった。
不出来な小石と、同じように。水流に揉まれ、砕けて、砕けて、丸く、小さく、情けなくなりながら。
丸一昼夜を歩き続けたら、やがて潮騒が聞こえてきた。夏の空に、懐かしい空中線が並び始める。
そして終点。川が海に流れ込む河口域。そこに下りて、なんとなく手で水底をすくってみた。
砕けた小石と再会できるかと思ったが、しかしそこには……砂しかなかった。砕けきった、砂しか。
―悪くない、と思った。こうなってしまえば、出来も不出来も関係無い。ただの砂だ。
それを確認した俺は安心して、逃げ出す際に負っていた深い傷に任せるように、目をつぶり、倒れた。
次は「空中戦」「水」「男」でお願いします。
165:名無し物書き@推敲中?
11/08/28 00:10:14.79
夕方4時の鐘が聞こえた。子供がもう帰ってくるころだ。
夕食はなんにしよう。ピーマンの肉詰めは嫌がるかな?
そんなこと考えていたら、突然玄関が開いて、
「ママ! トンボが、トンボが!」ってね。服も靴は泥だらけ。
何度言っても水のあるところへいくんだから。これだから男の子は。
「どうしたの?」
「トンボが、2匹、喧嘩してて、」
「へえ、空中戦だ」
「そしたら急に輪っかになって、丸くなって、飛んでっちゃったの! なに、あれ!」
「そ、それは……」
「すっごい喧嘩してたのに、丸くなって、飛んでったんだよ! トンボってふしぎだねえ」
あたしは心の中で思った。お前を作るときも大体同じ手順だったぞと。
「卵黄」「銀幕の女王」「おしまい」
166:「卵黄」「銀幕の女王」「おしまい」
11/08/28 04:47:57.17
「……マスター、プレーリーオイスター」
朝、ランチの仕込み中で開店前のボクのカフェに入って来た彼女は、ふらふらとした足取りでカウンター席に座ると
左手の付け根で苦しげに眉間を押さえながら、絞り出すような声でいつも通りの注文をしてきた。
それから彼女は「ん……」と小さく呻いて、自身の長い黒髪に埋もれるようにして、その場にぐでっ、とうつぶせた。
ノースリーブが脇を強調する。こんな生活をしているくせに、その肌質は少女のよう。芸能人だからか、それともやはり彼女が特別なのか。
当代を代表する銀幕の女王は、そうは見えない顔をごろりと横向け、顔にかかった髪の下から暗い声で独り言のように呟いた。
「ああ……男なんて全員残らず死んでおしまい、って感じ」
それは二ヶ月前、初めて彼女と会った日に、店の前で酔いつぶれていた彼女が、介抱するボクに言ったのと同じ言葉だった。
正しく『男』に含まれるボクはその言葉を無視して、二日酔いに効くとされているカクテル―卵の卵黄にウスターソースと
ケチャップ、胡椒、タバスコ、ブランデーをそれぞれ適量投じたものを、ロックグラスの中に混ぜもせず、彼女に差し出した。
彼女がそれを一息に仰ぎ飲む。その様は豪快で、六年前に熊に殺されたボクの伯父に似ていた。
毛深く酒豪の大男だった伯父と彼女の姿が重なった瞬間、なぜだろう、ふっとボクは、彼女のことが好きなんだと気が付いた。
「……ボクは君が好きだ」
気付いたままにうっかり告白してしまったら、彼女はきょとんとした表情でボクを見上げ、そして言ってきた。
「……あたしも、好きよ」
それから、続けて。
「まあ、黄身が好きというより、白身が嫌いなんだけど。なんか、ビニールっぽくて。目玉焼きも、黄身だけあればいいくらい」
……君も好きなんだ、卵の黄身―そう笑って応えながらなんとなくボクは、彼女がここに来るのは今日が最後になるような気がした。
次は「舞台」「鍵」「トップ」でお願いします。
167:「舞台」「鍵」「トップ」
11/08/30 21:35:19.53
夢では、私はドレスを着てるの。履いたこともないヒールを履いてて、足元は
磨きこまれた木製の床。そう、そこはどこか、古い古い舞台の上……。
カーテンが降りてて、その向こうから観客のざわめきが聞こえる。親戚の集まりに、
隣の部屋でうとうとしてたときに聞いたみたいな、低い声。
みんな、何かを話しているんだ。私の知らない、何かを……。
高らかな場内アナウンスが入った。明るく爽やかな男の声だ。でも、カーテンのこちらでは、
何を言っているのかわからない。男が声を切るたびに群集が反応して、ざわめきが
大きくなっていく。突然、轟くような拍手が起こった。男の声がこちらに向いて、
次のところだけ聞き取れた。「では、○△×さん! どうぞ!」
わたし?! わたしなの? どうしろっていうの!?
名前を呼ばれて、私は焦る。拍手が続いている。私は胸元を、スカートを、靴を見下ろす。
着たこともない本物を見たこともない、素敵な格好。をしている。でも、
でも、
でも。
拍手は続いている。カーテンは上がらない。私はよろよろと前に出ると、柔らかいはずの
ビロードに触れる。それは硬い。石のように硬い。拍手が続いている。
カーテンの真ん中に鍵穴があった。私はそこに目を当てた。
観客席は暗かった。この狭い舞台とちがって、向こうには無限の空間がある。
拍手が続いている。私はどうすればいいんだろう。カーテンは硬い。拍手が続いている。
私はだんだん怖くなる。拍手が、拍手がしぼんでしまう! このままでは! 待って!
私は月夜に目を覚ます。
子供の頃、私はトップスターだった。人生のトップスター。みんな優しくて、このまま
幸せな人生をずっと、ずっと送れると思っていた。でも、いつからか、そうじゃなくなった。
友達とか男の子とか、いろんなものが、私の反応を求めるのだ。
私は戸惑う。うまくやらなくちゃ。うまくやらないと。でも、私には鍵がない―。
私は窓から街を見る。夜中の3時、明かりのある家はまばらだ。
この夜のどこか、眠っているのか、起きているのか、どこかにいる誰かの手に、
きっと私のカーテンの鍵が握られている。信じよう。まだ、早いのだと。
私はもういちどベッドに戻る。今度こそ、いい夢が見られますように―。
つぎ「玉石」「笛を吹く男」「白鷺」で。
168:「玉石」「笛を吹く男」「白鷺」ファンタカレー
11/08/31 18:12:49.62
埼玉県毛呂山町。かつて白鷺の街と呼ばれていた。
そこは白鷺が集団営巣していた。
その習性により街中は糞に伴う臭いや鳴き声で溢れ、住民にとっては苦痛だった。
来る日も来る日も糞による臭いに悩まされ、しまいには住民も呻き声をあげながら街中で排便するようになっていった。
町長は苦悩した。白鷺の糞のみならず人糞の処理する苦痛により次々と削れていく仲間の姿を見るに耐えなかった。
神よ!おお神よ。
町長は祈った。神はいた。鳥の囀りの如く、欧陽 菲菲のラブ・イズ・オーバーを笛で奏でる男が近づいてくる。
笛を吹く男は言った
「この音色は消臭作用がある。私が街中を歩き、この臭いを鎮静しましょう」
正確にはその音色により嗅覚が鈍るらしい。
男は奏で続けた。来る日も来る日も。
徐々に消えていく糞の臭い。美しく響く欧陽 菲菲のラブ・イズ・オーバー。
そのコントラストは薄れ、玉石混交となり、終いには臭いが消えた。
男は言った。「人糞は埼京線に乗せ、東京に捨てるとよい」
つぎ「ブエノスアイレス」「白熊」「娼婦」
169:「ブエノスアイレス」「白熊」「娼婦」
11/08/31 23:13:43.25
1ペソ2円。
ブエノスアイレスでは、50ペソで女が買えるという。
僕がセシリアと出会ったのは、ご多分に漏れず流しっ放しのアルゼンチン・タンゴ、
正露丸のようなアヘンの臭い、どこに立っていても誰かのねっとりした視線が絡みつくような……
そんなよくある売春窟の小さな窓のない部屋だった。
艶のない長い髪、浅黒い肌、小型犬のような黒々とした目で、セシリアは娼婦の笑顔を僕に見せる。
「ブエノス・ディアス・ムチャス・グラスィアス」
ごめんね、セシリア。僕はスペイン語を話せない。ごめんね。
セシリア、君は冬眠しない熊を知っているかい。
果物や野菜が存在しない北極に住む彼らは、アザラシやペンギンを眠らずに殺し続ける。
僕は人間の白熊。これから君を殺す僕を、セシリア、君は許してくれるだろうか。
ごめんね、セシリア。本当にごめんね。
つぎ「絶望」「仮面」「花束」
170:名無し物書き@推敲中?
11/08/31 23:55:33.72
仕事でへとへとなのに、休日には必ずピクニックや、
動物園に連れて行ってくれた母に、なんでうちは貧乏なの、
あのゲームみんな持ってるよって泣きわめいて困らせ、思春期の頃からは
まるで自分ひとりが絶望の淵にたたずんでいるかのごとく振舞ってた。
初めてのボーナスで、母と一緒に京都を散策した。
京都から戻ったら、母は「実はね、もう何年も黙ってたけど」と、
乳房にしこりがあったこと、いまやそれは醜悪な腫瘍として
皮膚を侵していることを告白した。
奨学金を受けながらの大学を頑張っているときに、とても
言い出せなかった、ってそんなの思いやりって言わないから。
物静かで穏やかな仮面の下に、壮絶な愛情を秘めてた馬鹿な母。
その年の誕生日、母の好きな桔梗を1輪贈った。翌年、2輪。
いつか、すごい花束をあげるねって約束したのに、
3輪でようやく花束らしくなったときにはもう、母がそれを見ることはなかった。
「あなたに子どもが生まれたら、その子に愛情の花束をあげてね」って母との約束。
写真の中で微笑する母に似合う、1輪の桔梗のこと、いつか子どもにも話せるかな。
次「線路」「スプレー」「電源」
171:名無し物書き@推敲中?
11/09/01 22:23:56.07
テレビに異変が起こり始める。制汗スプレーのコマーシャルの女優の顔が彼女の顔に変わる。次は化粧品の女優、そして女性アナウンサーと、出てくる女性全てが彼女の顔に変わる。でもこれはまだ初期段階で最終的には画面が彼女の顔で埋め尽くされる。
僕はそうなる前に電源を切って布団に潜り込んだ。暗闇にはまだ彼女の顔がぼんやりと浮かんでくる。僕は目をさらにぎゅっと瞑ってそれが消えるのを待った、だけどそれは消えるどころか益々鮮明になってくる。
耐えきれずに布団を蹴飛ばした。眩しい夏の日差しが闇に馴れた目に刺さる。僕はまた目を瞑った。
しばらくしてようやく光に慣れ、見開かれた僕の目の前に飛び込んで来たのは線路だった。
決して比喩ではない。僕は回りくどいのは嫌いだ。かといって現実であるはずがない。だからこれは夢だろう、夢でなければ幻影だろう。枕のすぐ上の方を左右に一直線に敷かれた線路。夢占いで線路は何を意味してたっけ?
そんな事を考えているとカンカンと踏切の音がした。僕は左側を見つめる。何故かそこから電車が来るようなきがしたからだ。
突然電車が凄い速さでやって来た。電車は予想通り左から右に駆け抜けていく。乗客は一人もいない。いや、いた。彼女だ。彼女だけが乗っていた。彼女はどういうわけかずっとこちらを向いて静止している。そして何かを呟いている。唇の動きを読む、やはりその事か。
「アイシテル」
電車が通りすぎた。線路はまだ残っている。僕は枕を線路の上に置いて頭を横にした。夢の中の電車に、幻の電車に轢かれたらどうなるのだろう。瞼が重たくなってきた。カンカンカンという音が次第に大きくなってきた。
次題 「警察官」「乳房」「浣腸器」
172:「警察官」「乳房」「浣腸器」
11/09/02 00:34:49.91
「ホシの名前は浣腸器。女。中国籍だ」
「課長。それって本当に人の名前なんですか」
「もちろん。ちょっと前首相に似てるかもな。池袋で乳房カフェを経営している」
「え、店の名前って、もしかして……」
「ジャストスステム。AカップからKカップまで取り揃えた、通称AtoKの店」
「うわ……俺会員っすよ……」
「自主内偵か。警察官の鑑だな。で、どんなサービスを?」
「ペ、ペ、ペロペロ・・・」
「ペロペロ?」
「…ペロペロ」
「………ペロペロ」
「…………ペロペロ」
「おい、あんまりコンテナを右へ押すなよ」
「…………ペロペロ」<ピタッ
次「桃尻」「独和辞典」「火掻き棒」
173:「桃尻」「独和辞典」「火掻き棒」
11/09/06 03:59:56.38
「さっき君が通りすがりの外国人観光客に言われたっていう言葉、調べてみたけど、
なんていうかな……桃尻、みたいな意味だったよ」
僕は独和辞典から顔を上げ、隣りの席で落ち着きなく身体を揺すっているマコトを見た。
場所は予備校、講義開始二十五分前のAクラス教室。僕とマコトは予備校生だった。
「桃尻って……やっぱりセクハラだったんだ、あの夷敵ども!」
マコトはそのふっくらしたほっぺを膨らませるようにして、怒りを見せた。それから、伏し目がちに僕に訊いてきた。
「ちなみに、さ。健吾は桃尻…………嫌い?」
「そりゃあ、まあ、いいことだとは思わないけど」
「う、嘘!? ……これでも? これでもこれでも?」
マコトはいじわるそうな表情で、あろう事か僕の胸に背中をくっつけるようにして、膝の上に座ってきた。
そのまま身体を左右に揺するもんだから、ああ、僕の股間の火掻き棒がぐりぐりと―って、これはまずい。
「いや、あの、マコト……桃尻ってあれだよ? 大きなお尻って意味じゃなくて、桃みたいに安定していない……
もじもじしてて落ち着きのない姿勢のことを言うんだよ? セクハラでもなんでもなくてさ」
「え……ええ!? ちょ、なんだよ、紛らわしい言い方するなよなー!」
「いや、こないだの古典の授業で『桃尻』って出てたからさ……だいたいマコト、別にお尻大きくないじゃん」
「そ、そうかな? まあ……俺も結構、プロポーションには気をつけてるしな!」
そう言って立ち上がった彼―マコトは、ジーンズの上からでもわかる男らしい尻エクボを、きゅっと引き締めた。
次は「えくぼ」「ゲイ」「死」でお願いします。
174:「えくぼ」「ゲイ」「死」
11/09/06 13:28:12.94
レベルが足りなくて連投になることをお許しください。
彼女は私の人生で最も大切な人だった。
大学の研究室で一緒になった彼女はとても明るく、えくぼが似合う女性だった。
彼女は私の悩みや心配をすべて受け止めてくれた人だった。
男性が好きだということを初めて話したのも彼女だった。
変な目で見られる心配を吹き飛ばしむしろ気にかけて一層親密にしてくれた。
彼女は私の世界を変えてくれた人だった。
初めて女性に恋したことも、初めて一夜を共にしたことも、初めて結婚を申し込んだことも。
175:「えくぼ」「ゲイ」「死」
11/09/06 13:30:22.08
彼女との生活は幸せだった。波風が立たなかったわけではないが、とても充実した生涯だった。
思い出すと、とても幸せな気持ちでいっぱいになる。
けれど、今は純粋な笑顔にはなれなかった。笑顔で見送ってという約束は守れなかったようだ。それでも、妻の器だったものは目の前で笑っていた。
次は「飼い犬」「スポーツマンシップ」「研究所」でお願いします。
176:「えくぼ」「ゲイ」「死」
11/09/06 14:07:10.87
さらに連投申し訳ないです。三語の要素を入れることだと勘違いしてました。
男性が好き→ゲイ 妻の器だったものは→妻は死を受け入れたように(無理があるかな・・・
同テーマで書くのはアレだとおもうので私の出したテーマで書いていただけると幸いです。
次からは気を付けます。
177:「飼い犬」「スポーツマンシップ」「研究所」
11/09/07 19:16:10.36
私が勤める研究所には、ろくに研究もせずにのうのうと居座る穀潰しな研究員がいる。
なぜクビにならないのかと、不思議がっている。
研究や開発の現場では、みんなが周りを出し抜こうとして、フェアプレイとかスポーツマンシップとか、そんな精神とは縁遠い世界だ。
このろくでなし研究員も、周囲を欺こうと、わざと能なしのふりをしているのかもしれない、と疑われている。
あるとき、人手が足りず、私は、たまたま通りかかった彼に、試薬の調合を頼んだ。
彼は快く引き受けてくれた。
もしかしたら、ものすごい腕を持っているのかもしれない。こういうちょっとした作業を、目測で正確無比にこなすのかもしれない。
そんな期待を抱きながら、私の調合薬と混ぜて試験機にかけると、結果が明らかにおかしい。
おそらく、彼が配合を間違いやがったのだ。
178:「飼い犬」「スポーツマンシップ」「研究所」
11/09/07 19:18:29.73
「これ、臨床試験だったら、人が死んでますよ!」
私は、彼に怒りをぶつけた。
「悪い、悪い」
と、彼が両手を向ける。
「悪いじゃないでしょ!」
真面目に反省していない様子の彼に、私はさらに怒った。
「よせ」
と、周囲の研究員が私の肩に手をかけた。なおも、彼に殴りかかろうかという勢いの私を止めた。
「なぜ、彼を咎めないんです!」
「いいから」
と、私に黙れという仕草をする。
ミスをした彼は、バツが悪そうに、悪かったという様子で部屋を出ていった。
「なぜ、彼を咎めないんです!」
私は、同じ言葉を繰り返した。
179:「飼い犬」「スポーツマンシップ」「研究所」
11/09/07 19:22:09.12
すると、共同で作業をしていた研究員Aが私を見た。
「昔、彼が真面目に研究をしていたころ、同僚のミスで、彼の飼い犬がひどい状態になったんだ」
「死にはしなかったんだが、植物状態というか、もう安楽死させた方がいいんじゃないかと周りが進めたんだが、彼は、なんとしても、元の元気な姿にしてみせると、新薬の実験を続けて」
「その過程でできたのが、現在、当社で莫大な利益を出している若返り薬だよ」
「彼が会社を辞めたら、特許訴訟を起こされるかもしれないから、どんなに仕事をしなくても、クビにはできない」
私は押し黙った。
こういう話が実際にあるのか。
会社の都合。人命よりもお金が優先される社会。
……しかし、この若返り薬に憧れて、この会社の研究員になったのも事実だ。こんな薬を作れる人物、チームがいるということへの憧れ。一緒に仕事をしてみたい、と思っていた……。
「彼の飼い犬は、どうなったんですか?」
「まだ、彼は研究を続けているらしい」
180:「飼い犬」「スポーツマンシップ」「研究所」
11/09/07 19:23:06.18
次は「勝利」「タイムリープ」「失敗」
181:名無し物書き@推敲中?
11/09/07 21:12:33.23
Z教授は深夜の研究室で湧き上がる興奮を一人、こらえていた。
「人類の叡智の勝利だ。ついに・・・」
教授の発見した数式は、時空操作実現に大きく一歩、近づくものだ。
Z教授は数学者である。しかし、あるときイメージが湧いて以来、
密かに時空操作の最たる夢、タイムリープに関わる数式を考えていたのだ。
Z教授の考えるタイムリープは、現代(0.0,0)と行きたい時点A(x,y,z)とを
つまんでくっつけてしまう数式によって成り立つ。
広げた布のある2点をつまみ寄せ、2点間の布は手のひらに押し込むイメージだ。
数学者には無理だと嘲笑してきた物理学者たちを見返し、人類の夢を
手に入れるのはこの俺だ―。Z教授はついにこらえきれず、笑い出した。
「時空をある一か所で凝縮すると、それはブラックホールだ。
わかる?二度と宇宙空間へ戻らない時空を作り出してしまうんだよ」
物理学者である友人はZ教授の数式の弱点を一瞬にして見破った。
しかし、彼はZ教授を笑わなかった。「着想はいい。お互い、協力しないか?」
自分の失敗は、数式の大いなる欠点を見逃したことでも、名声を得るチャンスを
逃したことでもなく、我執にまみれていたことだったと気づかされ、Z教授は恥じた。
少年のように、純粋に夢を追っていた日々を思い出し、もしタイムリープできるなら
トンボを追っかけていた少年時代だ、とZ教授は心に決めた。
次「白」「リモコン」「箒」
182:「白」「リモコン」「箒」
11/09/10 16:06:53.26
真っ白な白衣を着てある科学者が叫んだ。
「やっと完成だ!これで庭の掃除も労力なしで全自動だ!」
近所で有名な奇人変人科学者は自他ともに認める天才だ。
今回の彼の発明はリモコンで動く竹ぼうきだ。庭を縦横無尽に飛び回り、枯葉や土埃もあっという間に片づける。ついでに作ったセットの塵取りにまとめてポイだ。
彼の発明は毎回評価されるが、いつもバカにされる。
そんな汚名を返上すべく作ったこの作品は、ここ最近の中で彼の自信作だ。
「これで、砂埃が機械に詰まるようなおかしなことは起きないし、リモコンだから自分の好きなように掃除できる。ご老人にも大好評間違いなしだ。」
そう喜ぶ彼の発明した箒にはリモコン操作でごみを散らかすような風などを一切起こさない空飛ぶ機能がついている。
183:「白」「リモコン」「箒」
11/09/10 16:37:58.88
次「機械」「漁師」「アイロン」でお願いします。
184: ◆/XayXVEOhA
11/09/10 17:01:08.13
「機械」「漁師」「アイロン」
少年は夢を見た。
鮫を釣った夢を見た。
船に乗って、釣り糸を垂らし、獲物が仕掛けに食いつくのを待った。
糸が海面にさし込む様子を見つめつつ、
背後にいる漁師の老人に、少年は語りかける。
「おれ、あんたが釣ったのより大きなのを狙ってるんだ」
少年は海面に視線を向けていたけれど、
老人がうなずいたのを背中で感じた。
アタリがあった。少年は糸を引いた。引きは強くて、深かった。
釣り糸が指を切り落とすかと思う瞬間を何度も乗り越えて、
タモ(網)で巨大な鮫を救おうとしたとき、少年は目を覚ました。
少年はもう少年ではなかった。タモを持っていたはずの右手を見た。
その右手はしわがれて、まるで船にいっしょに乗っていた老人のもののように思えた。
「サンチャゴ……」
とつぶやいて、まるで機械じかけのロボットのように立ち上がり、アイロンを手にとった。
彼は、仕事を終えたら海に出ようと思った。鮫を釣りに? いや、サンチャゴに会いに。
185: ◆/XayXVEOhA
11/09/10 17:06:35.06
次も「機械」「漁師」「アイロン」で。
186:名無し物書き@推敲中?
11/09/10 17:29:09.58
東日本大震災で気仙沼は甚大な被害をうけた。多くの人々が路頭に迷うなかで、カツオもまた店を失くし、避難所生活を余儀なくされた。
彼の店というのはクリーニング屋だ。毎日重いアイロンをかけてきた右の掌はタコができていた。
この半年間、大きな絶望感を抱いて生活してきたが、ある日かすかな希望をカツオは見た。
それは気仙沼の漁師達が、復興に向けて港でがれきの撤去をしている光景を目の当たりにしたからだ。
何も彼ら漁師達が、それまで何もしていなかった、というわけではない。多分、カツオは周りの状況がどうなっているのか、判断能力が働いていなかったのだろう。
人は絶望を感じた時、よく周りに注意が向かないものだ。港では大きな機械で陸にあがった船舶を撤去している。
カツオは、自分の店があった場所に行ってみた。そこはまだがれきが片づけられていなかった。
「俺も一から出発だ」カツオは流されてきた材木をかたし始めた。自分の真価が問われているような気がした。
187:名無し物書き@推敲中?
11/09/10 17:30:43.97
次は「老人」「海」「少年」でお願いします。
188: ◆/XayXVEOhA
11/09/10 18:02:59.02
「老人」「海」「少年」
ヘリで運ばれていった老婆は「すみません」と何度もくり返していた。
彼女が何か悪いことをしたわけではないのに「すみません」と
申し訳なさを口にしたことに衝撃を受けたのは海外のメディアで、
海外のメディアが衝撃を受けたことに衝撃(というほどではないけれど驚き)
を受けたのは日本にいる日本人の僕だった。
宮城県は牡鹿、女川町にある島、出島(いずしま)。そこに寺間という地域がある。
とうほくを、とうほ「ぐ」となまって発音するような、
そんな、宮城県にできた「濁点」のように位置する島。
僕は、三月十一日の、その日、海の中にいた。
あわび、うに、こんぶ─手を伸ばせばすぐに手に取れる幸を、
しかし、取らなかった。海の生物も、自分も、この地で生まれた同胞(はらから)。
腹がすいてないのに食べるような真似はしたくなかった。
九月十一日、僕は、海にいた。若い者で出島に残ったのは少ない。
ここで死ぬと覚悟を決めた老人のほうが多い。
僕の家は思い出ごと根こそぎ波に流された。
放射能が空を舞い、東北の大地に降り注ぎ、海底に堆積しているだろうことはネットで知った。
それでも僕は海にもぐった。そして、腹はすいていなかったが、こんぶをすこしかじった。
君がうれしいなら、僕もうれしい。君が悲しいなら、僕も悲しい。
そう言いながら(口からは泡がブクブク出ただけだったけれど)、かじった。
僕の目から溢れた涙が海水に溶けていく。
ああ、僕は海の一部になる……。これでいい。これがいい。すごく、幸せだった。
次は「夢」「生きる」「意味」」でお願いします。
189: ◆/XayXVEOhA
11/09/10 18:05:38.64
すみません。「少年」を入れ忘れました。
>若い者で出島に残ったのは少ない。
を
→出島に残った少年は僕くらいだろう。
に変えます。ごめんなさい。
190:「夢」「生きる」「意味」
11/09/11 06:40:28.25
人生は夢のごとし、と人は言う。振り返ってみれば、私の人生もそのような
ものだったに違いない。幼い頃から夢を抱き続けてはきたが、挫折する度に、
夢の軌道修正をしてきた。その上で新しい夢を再び抱き続ける。挫折を繰り
返せば、夢は極小に近づく。だが、決してゼロになることはない。それが、
「生きている」ということではないだろうか?例えば、その驚異的な再生
能力に各方面から大きな関心が集まっている海鞘類などはそれを端的に示す
例と言えるだろう。夢は縮むことはあるかも知れないが、再生して以前より
はるかに巨大に成長することもあるのだ。それに意味が必ずある訳でもなく、
我々の体内には中身だけが詰まってる訳でなく、空洞だってあるのだし。
だが、我々日本人の祖先はそのようには多分、考えていなかった。切腹の
お国柄でありながら、詳細な解剖図を作ろうというような科学的探究心は
生まれなかった。日本画の伝統では江戸時代の日本人はすべて出っ腹に
描かれている。引き締まったウエストを美とする観念はこの国にはなかった。
その代わりに、出っ腹の中に神秘的な何かが詰まっていると想像してたんだ
な。多分それは今で言うガッツのようなものだと。
次のお題は、「うんこ」「美女」「イケメン」
191:名無し物書き@推敲中?
11/09/11 12:16:59.67
この板で一番イケメンなのは健一郎
美女は私だけ
他のコテは全部うんこなんだから
192:名無し物書き@推敲中?
11/09/11 23:20:06.92
お題を出せw
193:名無し物書き@推敲中?
11/09/11 23:51:50.15
指定無しの場合はお題継続、というルールが>>1に書いてあるでしょ。
194:名無し物書き@推敲中?
11/09/12 20:34:20.86
正直すまんかった。
195:名無し物書き@推敲中?
11/09/13 11:35:44.52
「ちょっと、うんこ行ってくるよ」
私は笑ってしまった。彼みたいなイケメンが「うんこ」だなんて。
まるで子供みたい(笑)。私がちょっと年上の女に見えて緊張したのかしら。
それとも、逆に安心しすぎてぽろっとでてしまったのかも…。
どっちにしろ彼は結構私に気があるみたいだ。
三分…ホントにアレしてるみたいね(笑)
私は美女ってほど綺麗じゃないし、愛嬌もそんなにはない。
でもそういう私だから、彼はきにいってくれるはずだわ。
いや勿論、彼だけじゃなくて他の男達も、だけど。
五分…どうやら緊張のほうだったみたいね(笑)
それにしてもこの前のあいつ、酷かったわ。
現実が見えてないだの年齢を考えろだの…意味不明だっつーの!
四十手前のくせに年収500アンダーなんて人の事言える立場か!
でも色々言う割には胸の谷間見てたりして、こっちに好意あるのまるだし(笑)
…十分。もしかして喋ること考えてたり、練習してたりして…
私も若いころよくやったわぁ(笑)
でもよかった、こっちの業者さんに変えて。
前のところは五十過ぎの爺とか無職男とか、ろくなもんじゃなかったもの。
私はボランティアじゃないっつーの。ばっくれてやったわ(笑)
でも悪い業者は変えて、いい男とも出会えてやっとこれからって感じね。
ま、もちろん前より私自身もどんどん向上していってるけどね。
二十分。お腹の具合でもわるいのかしら。
…………三十分。……四十分…………一時間。帰っちゃったのかしら。
とりあえず、業者に電話して……いいか。テレビ、なにやってたっけな。
196:名無し物書き@推敲中?
11/09/14 02:11:56.29
なぜ次のお題を書かない。その3語を続けさせたいのかw
197:名無し物書き@推敲中?
11/09/14 04:36:02.15
お花見の時、女子トイレに入ったことがある。
理由は連れの泥酔した女の子がトイレに行ったまま
出てこなくなったからで心配になったからだ。
俺が女の名前を呼びながら怪しまれないように
女子トイレにはいると女は便器を抱いて眠っていた。
困ったことになったと思いながら介抱していると
物音がして知らないOL風の女が入ってきた。
俺は苦笑いをして連れの女の名前を呼びながら早く帰ろうとか
終電が出ちゃうとか言って体をゆすっていたのだが
女はおきない。そうこうしているうちにOL風の女がパンツを下ろす音が聞こえた。
俺はドキドキし始めた。
良くある天使と悪魔の葛藤と言う奴が頭に浮かんだ。
小便の落ちが聞こえ俺は一度、ドアの上を見上げると便所を出た。
ちなみに俺はイケメンではない。
そして連れの女も美女ではないと思う。でもちょっとだけ
可愛いと思うことがある。
198:名無し物書き@推敲中?
11/09/14 12:38:21.52
電車の中でうんこしたくなった事ある?
あたしあるんだけど、特急に乗っちゃったから暫く止まらないし
頭悪そうなこどもが側で騒いで、DQN親も注意しないからイライラするし、
だんだん、漏れそうになってきて涙目になりかけてたら、目の前に座ってたイケメンが
「ここ、座れば? 具合悪そうだし」と席を譲ってくれたんよ。
超ラッキーたすかった! やっぱり美女は得だよね、と思いつつ、
なんとか次の駅に停車するまで耐える事が出来たのでした。
間に合った! うんこ漏れなくて良かった!
次のお題は、
「プリーツスカート」「クリーニング」「実話」
199:名無し物書き@推敲中?
11/09/15 03:51:41.33
親を亡くしてひと月と経っていないのに、若さ故の現金さか、娘は平常営業をしている。
毎朝寝坊し、帰宅すると殆ど部屋にこもっている。どうせネットゲームだろう。
ある休日の朝。「おばあちゃん、見て」とチェック柄のプリーツスカートを私の母に見せている。
母が「あら」と言うのと同時に、私も気づいた。それは妻が結婚前に愛用していた物だ。
「クリーニングしたら、まっさらになった」と随分喜んでいる。よく似合っている。
ふいに娘がショーモデルのターンよろしく私を振り返った。
「お父さん、私、猛勉強して医者を目指す。冗談だと思ってるでしょ、実話だからね」
いつになく真剣な眼差しなので、私も少なからず緊張した。
「お父さんみたいに忙しい仕事は嫌って言ってた子がねえ」と母が心配そうだ。
「寂しかったからね。でも、すごいことだよ、人の命を支える仕事」
嬉しいことを言ってくれる。
「泊り込みが続いて、お母さんが着替えを持っていって・・・」と、ふいに娘が涙声になった。
大規模な自然災害にみまわれ、私の勤務する病院でも大きな被害が出たのだ。
「今日は、お父さんとお母さんの21回目の結婚記念日。今日の花は豪華だよ」
そう言いながら仏前に白百合を供えてくれる。妻に良く似た愛らしい笑顔を浮かべて。
「おばあちゃん、今、写真の中のお父さんとお母さんが笑った」と、いつもの元気な声だ。
「やっぱり天国でもラブラブなんだよ、あのバカップル」なんてひどい言い草だけれど、
ありがとう、そんなお前が大好きだよ。いつでも2人で見守っているよ。
お前、勉強のために、私の書斎をこそり使ってたんだな。精一杯やれ。
次
「タバコケース」「マニキュア」「雨」
200:名無し物書き@推敲中?
11/09/17 01:19:18.64
雨が降ると僕は決まって真っ赤なマニキュアを連想する。逆に真っ赤なマニキュアを見ると雨の日を。
それには理由がある。二階の僕の部屋の窓から見える通りの電柱の陰には、少し前まで雨の日には必ず女が現れたからだ。僕にしか見えない幽霊の女、女の幽霊。
女は滲むように現れる。いつも非常にゆっくりとぼんやりと現れるのでいつからいたのかはっきりは分からない。ただじいっとこっちを見ている。(自意識過剰じゃなければ)僕を見つめるのだ。
彼女は白のワンピースで真っ赤な傘を差している。表情は傘に隠れてよく見えない。ただ傘を持つ手が僕の興味をひいた。美しい指、本当に美しい指。そしてそれを引き立てる傘よりも鮮やかな深紅のマニキュア。
雨で視界が悪く、彼女自身もぼんやりとしているため全体をよく捉えられないにも関わらず、その綺麗な手にだけははっきりと焦点が合う。
僕は視線をそのままにタバコケースから一本取り、火を着ける。呪われたことはない、雨が降れば現れ、止めば消える。その間僕は窓辺から彼女を見下ろす。それだけなのだ。それだけの関係がしばらく続いた。
しかしやがて彼女は現れなくなった。だからといって特別これといった感情もわかなかった。彼女の存在は不確かで曖昧なものだったから。でも、いまでもあの真っ赤なマニキュアの手だけは鮮明に思い出すことができる。
だから雨の日に僕は真っ赤なマニキュアを連想するのだ。
次題 「仏心」「蝉時雨」「彼岸花」
201:名無し物書き@推敲中?
11/09/17 23:06:53.43
桜の木の下には死体が埋まっているらしいが
彼岸花の下には何が埋まっているのだろう?
自殺願望を持った人と言うのは顔に出るものだろうか?
私は外に出ると他人が私の顔を見て嫌な顔をするような気がして
そんな風に思ってしまう。もちろん精神科に行ったら医者は
「気のせいです」そういうだろう。
蝉時雨 一人誰かを 待つ日には
私は孤独だ
すがりつき 仏心に 憎しみを
私は孤独だ
そう嘯いてみたりみなかったりしてそうろう
扇風機 蚊取り線香 朝日
202:名無し物書き@推敲中?:
11/09/18 00:57:45.85
今年の夏は妻と娘一人で実家に帰省することにした。
そろそろ走り回るような歳になってきたので田舎の空気を吸わせてみようと思ったのだ。夜通しかかって実家に到着した。朝日がまぶしい。
一通り荷物をまとめた後、子供は風通しのいい実家で元気にはしゃいでいるが、作られた気温になれた私と妻は少しバテ気味だ。
そんななか娘は母の部屋にある蚊取り線香に興味を持ったようだ。これは何かと聞いてきたので、わるい虫さんをやっつけるけむりをだすもの、だと教えると
部屋の隅に置いてあった扇風機を持ってきて、蚊取り線香の煙を吹き飛ばした。これでいっぱいやっつける、だそうだ。
いやはや利口な子になるかもしれない。……親ばかだな。
203:名無し物書き@推敲中?:
11/09/18 00:59:09.09
次 電波 猫 誕生日 でお願いします
204: ◆/XayXVEOhA
11/09/18 01:19:09.87
「電波」「猫」「誕生日」
おれには苦手なヤツがいる。同じクラスの女。名前は忘れた。
めんへらってのかねぇ、電波とも言うけど。
でもさ、ときどき正気を取り戻すんだよ、そいつ。
ともだちって間柄でもないんだけどさ、席が近いせいか、やたら話しかけられる。
うぜーって思うことのほうが多い、正直。圧倒的、圧倒的うざさっ。
ごみ、捨ててくるね、誕生日でしょ? と、ある日そいつは言った。
ざわっ……ってなったね、おれん中で、一瞬。おれらは掃除当番だった。
いがいにかわいいかも、とか、思っちまった。
まぁ、名前もろくに知らないんだけどさ。
すかしてんのも柄じゃねえし、いいよ、自分で捨ててくるからって、ゴミ、持った。
ねこ大好き。てか、誕生日じゃないんだけどな。仕方ないか、めんへらだし。
次は「義理」「人情」「恩返し」でお願いします。
205:名無し物書き@推敲中?
11/09/18 05:37:36.29
宮城の兄貴の実家が半壊したとなっては俺だって黙っちゃいられない。
世間に後ろ指指され、お天道様の下を顔を上げて歩けるような男じゃないが安吉38歳。
義理と人情にかけてはこの界隈じゃ知らないものはいない。
「安吉よ。ありがてえよ。うれしいよ。でもな気持ちだけでいいんだ。俺が実家に帰れねえ訳を
知ってるだろ? 親父やお袋に顔を見せられねえの知ってるじゃねえか? ほら何年か前だって
会津に殴りこみに行った帰りだって寄れなかったじゃねえか。だからおめえの気持ちだけでいいんだ」
「兄貴よお。それじゃあ俺の気がおさまらねえよ。だったら俺一人でいかせておくれよ。
兄貴の知り合いじゃなくボランティアだってことにするから」
「安吉よ。おめえはもう少し物分りがいいと思っていたぞ」
「あっそうだ。この間、兄貴は俺の自転車を取り返してくれたじゃんか。
その恩返しだよ。頼むから行かせてくれよ」
「…………分かった。じゃあ一緒に行こう。一緒に言って
後ろ指差されようじゃないか。陰口追われようじゃないか。石投げられようじゃないか。
ああ、そうだな。ああ俺だって人間だ。冷たい血かもしれないが赤い血が流れてるってことを教えてやろうじゃないか」
コート 晩秋 さよなら
206:コート 晩秋 さよなら
11/09/18 11:31:40.22
これで最後のメールにします。わたし、あなたに言いたいことがたくさんあった。
我慢、そうね、ずっと我慢。付き合いだして1年目くらいかな、奥さんがいるって
知っても、知らない振りしました。いつかあなたが本当のことを言って、
わたしのところへ来てくれると信じてたの。だから黙ってた。言えない事情、
あるわよね、男の人だもん。一家のあるじって大変だもん。娘さんもいて、
ご両親と同居で、わたしなんかとは違う。
だから昨日の夜、あなたがお家のことを切り出したとき、あたし、嬉しかったのよ。
わたしが馬鹿だったのかな。馬鹿だったんでしょうね。思ってもみなかった。
あなたがわたしのこと、いつか自分から去ってくれるものだと思っていたなんて。
ごめん。本当に本当に好きでした。嘘つきなあなたが好きでした。
さよなら。
送信ボタンを押すと、朝の公園に聞きなれた受信メロディが響いた。
わたしはため息をつく。息が白い。もう何年前になるのだろう、晩秋のあの日、
この公園、この同じベンチで、わたしと彼は出会ったのだった。
恋の終わりがこんなだなんて、やっぱり、運命ってあるんだろうな。
わたしはゆっくりと立ち上がる。支えを失ったコート姿の彼がくずおれて、
ベンチの上に横倒しになった。背中に突き立ったナイフの周りに、
ハート型をした銀杏の葉が一枚、また一枚と舞い降りてきた。
「洗濯ばさみ」「桜草」「綿菓子」
207:「洗濯ばさみ」「桜草」「綿菓子」
11/09/18 15:30:21.23
出会いは空から降ってきた洗濯バサミだった。
僕は仕事に疲れ人付き合いに疲れきり何も見えなくなっていた。
携帯を落としたとき、どこに寄ってきたかまったく思い浮かばず、今通ったはずの道さえも通ったかどうか分からない。
何の刺激も無く・・・違う、何の刺激も感じなくなり、時間は過ぎるものではなく過ぎたものになっていた。
そんな時に洗濯ばさみが振ってきた。太陽に焼かれ風雨に叩かれもろくなった洗濯ばさみが砕けただけの良くある話。だけどその洗濯バサミは僕の心の窓を開け、ドアを開け、壁を壊してくれた。
時間は相変わらず早く過ぎた。だけど思い出せることは多くなり過ぎていく時間を感じられるようになった。空が青かったことを思い出した。花が咲くことも枯れる事も思い出した。
夜中に急に綿菓子が食べたいと言われそれを探してカラオケ屋にいったこと、真夜中に日本海に泳ぎに行きたい!と言われて徹夜で日本海に走ったこと色々な事があった。思い出せることが多すぎて直ぐに思い出せないくらいで、それを痴呆症だと笑われたこともあった。
ずっと下をむいて歩いていた僕を、あの時洗濯ばさみが上に向けてくれた。
町を望む高台に開かれたこの場所からは青い空と山腹に雪を残した山々が見える。
君が好きだった海は見えないけど暖かくなれば桜草が咲き乱れるらしいね。バラよりもかすみ草が好きだった君にはいい場所だと思う。
花粉アレルギーだったけど、もうその心配は無いしね。僕も安心して花をプレゼントできるよ。約束は・・・多分まだ先になりそうだ。
僕は捨てられなかった洗濯バサミをポケットにしまい頭を下げた。
次は「星」「栗拾い」「うろこ雲」
208:星、栗拾い、うろこ雲
11/09/19 00:29:51.49
祖母と遊んだ栗拾いの帰り、見上げた空にうろこ雲を見て、
「いい天気だね」といったのを覚えている。
祖母は笑って僕の言葉を否定した。なんといったかまでは覚えていない。
その日、白い雲の間から見えた空は高く透き通って、
僕らの他愛ない会話を、底なしの奥へと持っていってしまったのだろう。
夜、下駄で栗の皮をむいていると、ぱらぱらと雨が降ってきた。
柔らかい風が木の枝をぽきりぽきりと鳴らし、下草の葉が
見えない滴にざわめきはじめる。幼い僕はこれが怖かった。
僕は土間の栗を片付けて、座敷に上がる。棘にあたって
ささくれた足の指を洗いに、流しに行った。そのときだ。
高い蛇口に手を伸ばし、べこべこのステンレスに手をかけ上を見ると、
くすんだ窓ガラスの向こう、渦まく雨雲の間に、一瞬だけ星の光が閃いた。
あれから何年経ったろう。菊の花を切りに同じ流しに立った僕は、
ふと、祖母がいた秋を、あの夜見た白い星を思い出す。
もう、僕にも、この窓からは黒い森しか見えない。
次「山びこ」「潮目」「金糸卵」
209:名無し物書き@推敲中?
11/09/19 00:36:01.19
和夫は子どもたちを連れて栗拾いに出かけた。
蒸し暑く、首にかけたタオルは汗が絞れそうなほどになった。
時折、イガに気をつけろ、木陰に入れと声をかけながら、そう言う和夫自身が
木々の合間から射す日を見上げながら、木陰を選んで帰路を進んでいた。
あ、秋だ。
直視できないほど眩しい日差し、じっとりとまとわりつく空気、それらはいかにも
夏のものだったが、見上げた空に浮かぶうろこ雲は、静かに秋を告げていた。
そう思って空を見直すと、オレンジ色の日差しも夏と異なる柔らかさを含んでいる。
日本古来の文化は、現代の季節感と合致しないものが多い。
和服しかり、俳句しかり。しかし、DNAの感性に埋め込まれているのか、
季節の先取りとして楽しめたりする。
山風に たなびく髪の はかなさよ
下手な句ひとつ読んで、はて、自分の頭はまだ秋か、それとも
季節を先取りして、すでに冬に突入しているのだろうかと、
彼の頭髪程度に哀愁をにじませた和夫の目に、東の空に煌く一番星が映った。
「システム」「スポンジ」「袋」
210:名無し物書き@推敲中?
11/09/19 00:37:48.55
>>209です。ダブったので次のお題は>208でオネガイシマス。
211:「山びこ」「潮目」「金糸卵」
11/09/19 04:33:31.67
俺はトレジャーハンターを名乗ってはいるが、所詮趣味であり本業で稼いだ金を趣味に貢いでいるだけだった。
今探しているのは剣山に隠されたと言う秘宝だった。
いろいろな情報を集めていると錦糸玉子を思い出す。
細く切り裂かれた情報を集めることで形になる、しかも秘宝とくればゴールド、まさに錦糸玉子だ。
俺の持論はさておき、情報を集めていくと-正しいかどうかは別として-大きな潮目を迎えることがあり
今がまさにそうだった。
石鎚山は霊峰として、死者が天に上る山として有名だが、いろいろ調べるともうひとつ香川の外れに石鎚山があった。
そのふもとの集落は帰来と呼ばれていて表の石鎚と対を成す、死者が帰り来る山だった。
この地域は弘法大師が開いた四国霊場88箇所を結んだ線の外にあり、一説には高野山の候補地だった話もある地域だ。
88箇所は秘法を封印するためのもの・・・そういう説もある。なら、なぜ高野山は和歌山にあるのだ?
この地域は剣山の鬼門に当たる。本当に封印ならここのほうが相応しい。
この説を裏付けるように、この地域にはヤマトタケルに関わる神社があり、源義経が戦勝祈願に参拝したと言う記録もある。
ここの神主は朝廷から派遣されていたらしい。京の島流し先でもあったこの地域に・・・だ。
そして神社本殿からまっすぐに鳥居を眺めるともうひとつの石鎚山がその延長線上にある。
しかし地元の人に話を聞いていくと歯切れが悪くもやもやが溜まっていく。
俺の調査ではこの石鎚にこそ秘法があるはずだった。とにかく山に登って調査することにした。
この山からは剣山が見えるはずだ。
しかし、1週間さがして何の手がかりも見つけられなかった。
静謐とした山頂では、誰かの声がやまびことして響いてくるだけだった。
つぎ>>209の「システム」「スポンジ」「袋」 でお願いします
212:名無し物書き@推敲中?
11/09/21 00:01:20.17
姉の部屋に入ってブラジャーを着けたのは事実ですが
計画したわけではありません。たまたま家に一人だったのと
ネットでいやらしい画像を見たせいです。
裸になりそのブラジャーを着けたとき僕が感じたのは
とても不思議な感情だった。一言で言えば自らの心の中に
女性を発見したということになるのだけど、僕が感じたのは
自分が子供のころ―意識というものが生まれる前―の
自分の写真を見ているような感じだった。
僕は工作用にあったスポンジを丸めるとブラジャーの中に入れた。
そしてTシャツを着ると外に出た。
真夜中のコンビニには客がいなかった。カウンターでバイト二人が
おでんの具を入れながら雑談している。僕は胸が高鳴った。
「システムオブダウンですか? しらないっす。かっこいいんですか?
いやー洋楽とか聞かないですもん。いらしゃいませー」
僕は財布を出しながら
わざとらしく胸を突き出してみたがバイトは何も言わないし表情一つ変えなかった。
(つまんねー)僕はそう思ってコンビに袋を受け取った。
月は雲に隠れていた。なんだかテンション下がりまくりだ。
僕は思った。駐車場の陰でオナニーでもしようかと思ったとき後ろで声がした。
そして懐かしき制服の姿が見えた。
「こんばんは! おにいさん。ちょっと良いですか?」
213:名無し物書き@推敲中?
11/09/21 00:10:34.99
警察官の職務は他人の趣味を詮索することではないのだ、たぶん。
僕の胸が大きくなってることは分かっているのだろうけど
一言もそのことについては触れようとしなかった。
「ご協力ありがとうございました!」
僕は住宅街に消えていく、その二人組みの警察官の後姿を見ながら
ちかんにも相手にされない不細工な女のことを考えていた。
そして夜空を見上げ月の形がさっきと変わらないのを確認した。
学校 泥棒 魚
214:「学校」「泥棒」「魚」
11/09/21 00:49:00.58
俺の名は怪盗ホワイト、小学校専門の大泥棒だ。
そんな所で何を盗んでいるのかだって?
ダメダメ盗んでいるものをばらしたら、いろいろと大問題だ。
子供たちの未来に影響するから、そこは黙秘権を行使させてもらおう。
言っておくが、俺は夜ではなく昼間に堂々と盗みを行う
俺は人気者なので子供たちは警戒心も無く近づいてくる。
だが小学生の相手は疲れるので無視するに限る
そして俺は学校の中庭にある小さな池の前に来た。
俺にかまってくる子供たちも休み時間が終わればいなくなる。
ふちに座り、ひたすらその時間を待ち、そしてチャンスを待った。
大泥棒の所以はチャンスが来るまであきらめないしぶとさにある
国にも指定されている大事なお宝を諦めるはずが無い。
この仕事が終わればこの学校からおさらばするつもりなのだが
さすがに警戒されているのかチャンスは訪れない。
だが執念の前に女神は苦笑した
ばしゃ!
俺の前足は一瞬でめだかを捕まえた。
金魚や鯉はとっくに盗みつくし学校最後の魚だ。
育てていた子達は悲しむだろうしトラウマになるかもしれない。
だが、そんなものは関係ないこれが野生の掟なのだ。
俺は、めだかが動かなくなるのを確認して歩き始めた。
さぁ今夜の餌は誰にもらおうかな?
次は「とうふ」「アフリカ」「スカイライン」
215:名無し物書き@推敲中?
11/09/23 19:20:34.66
水槽の明かりだけが部屋を照らしている。
天井や何も無い壁に不規則な模様が現れては消え、現れては消える。
私は水槽の前に椅子を持ち出し、何分も中にいるアフリカアロワナを眺めていると
この部屋の主人はこいつなのではないかと錯覚することがある。
私が部屋を留守にしている間、私に隠している能力で持って移動し、食事をし
蛇口をひねっているのではないかと。
まさにそれは妄想だ。でもこの三メートルもある水槽を幾千もの金色の
ウロコを輝かせながら泳いでいるのを見ると、あながち妄想と片付けてしまう
というのも詰まらないと思う。
私は空腹を感じ帰りに寄ったスーパーの袋から豆腐を取り出すと
醤油をかけながら再び水槽の前に戻る。
その時、魚が跳ねて水滴が舞った。
私は眠りにつく前に考える。私が見る夢はきっと魚の意識に影響を受けているだろう。
魚が故郷で見た生まれたばかりの赤ん坊を洗う乳母の姿や
ジャングルの間から見える革命軍の兵士の銃を見た意識が
私の夢に入り込む。そして私は魚の変わりに夢を見るのだ。
魚は私の変わりにスカイラインの夢を見るだろう。きっと車は泥の色をした長い川を身をくゆらせ
上っていくに違いない。
216:名無し物書き@推敲中?
11/09/23 19:21:39.56
お題を忘れました
台風 殺人 子供
217:名無し物書き@推敲中?:
11/09/23 23:26:06.63
また日本に天災がやってきた。地震の次は台風だ。
私の故郷はきっと大昔に意地の悪い領主が民から税を巻き上げ、神への供物さえ出さなせいような状況にして呪われでもしたのだろう。
ここまで不幸が重なるとこんな変な妄想だって出てくるものだ。いわゆる現実逃避だ。
つらい現実というのは、あるラインを超えるとどうでもよくなって来たり、笑えて来たりする。
こんな妄想だって、ちょっと前の私はする余裕もなかった。
地震のあとに隣の吉田さんの家具の一部がなくなっていた時は、こんな時にひどいことする人もいるのだと憤慨した。
行方不明の夫のおなかに瓦礫にまみれて柳包丁が刺さっていた時は私の夫はだれかに恨まれていたのか。
とか、最近出世しだしたのを邪魔になったのだろうか。など、地震の中逃げ出せていたかもしれない。
など、殺人犯への恨みや日常の幸福がなくなった悲しみに半狂乱になっていたものだ。
今はもう、私の心は台風の過ぎた空のように、吹き荒れる風も、温かな空気も、すべてがなくなった。
冷たく、それでいて風すら吹かない私の心。全部を子供が空へと持って行ったのだろうよ。
次 ティッシュ ライトノベル(ラノベ) サイダー でお願いします
218:名無し物書き@推敲中?
11/09/24 16:40:34.30
トイレの個室に飛び込むや否や、ズボンを一気にずり下ろし、ケツを突き出した。
「バピーパブププ」
肛門から勢いよく噴出する俺の汚物が、喜びのファンファーレを奏でる。
やれやれ。完璧、アウトだと思っていた。勝利の笑みを浮かべながら、トイレットペーパーに手を伸ばしかけ、驚愕の事実に気付いた。
トイレットペーパーが切れている!
ポケットを探っても、ティッシュもハンカチもない。あるのは、先ほど図書室で借りたばかりの新刊のラノベだけ。
「ごめんなさい!」
俺はページをビリビリと千切り、ケツを拭き、便器に捨てた。
しかし、ペダルを踏んでも「ズモモモ」と水が溜まるばかりで流れない。
なおも必死にペダルを踏み続けると、逆流でもし始めたのか、サイダーのような泡が
立ち始めた。
次 石原都知事 フラメンコ 保育器
219:「石原都知事」「フラメンコ」「保育器」
11/09/24 18:45:31.36
我が校には有名な娘(こ)がいる
見た目も可愛く性格も基本的に良い……でも一点だけ意味不明なところがある。
名前がカグヤだからと、告白されると3つの物を集めて来いというのだ
僕も告白したとき「イシハラトチジ」「フラメンコ」「ホイクキ」の3つを指定された。
こんなものどうしろというんだ?
僕は悩みに悩んだ、石原都知事なんてどうしろと?
悩んだ末に電話帳で石原さんを眺めていた。すると近所に”石原橡滋”という方がいて電話したところ、散々笑われたけど手伝ってくれることになった。
フラメンコはいろいろ探したけど田舎の都市ではフラメンコ教室などは無くインターネットで探してみると”フラメンコ(フランドル地方の音楽という意味)”という言葉があったので、だめもとでCDをレンタルした。
レンタルといっても近所のお店には無くインターネットで借りる無料体験で何とか手に入れた。
最後のホイクキ保育器はどうにもならない。個人で持っているものじゃないし産婦人科に連れて行くこともかなり恥ずかしい、と言うか無理だ普通こない。
外国人でホ・イクキとかホイ・クキみたいな人を探したがいるはずも無く、こればかりはダウンロードした写真を印刷した。
無理やり3つそろえて、カグヤさんを公園に呼び出した。
彼女は石原橡滋さんに大うけし「童話でもそうだけど断る口実だってわかるでしょ?でも橡滋さん最高!」とけらけら笑いながら、まずは友達からはじめる事になった。
彼女とデートの約束をしたがまた3つのお題が付いた・・・
次のお題は「インド」「オリオン」「カンガルー」
220:名無し物書き@推敲中?
11/09/26 02:04:07.15
私は登山が好きである。子どもの頃は地元の小さな山を休日ごとに登っていた。
年齢が上がるにつれ、北岳登頂、南アルプス縦走など本格登山も楽しんだ。
社会人になり、あるきっかけでエアーズロックに登ってみた。
高さ348mということで軽いハイキングのつもりだったが、急な斜面、
足場の悪いガレ場続きで、自然を馬鹿にしてはいけないと感じた、いい経験だった。
赤ちゃんをポケットに入れて、キョロキョロ周囲を見ているカンガルーは
愛くるしさに見とれたが、オーストラリアに生息する生き物たちの不思議な生態、
現在の危機的な環境を思うと、登山が常に危険と隣り合わせなのは、
自然があえて人類に挑戦しているような気すらしたものだ。
そんな山男に砂漠を勧めたのは、休暇のたびインドへ飛び立ってしまう程のフリークだ。
うだる暑さの中、タール砂漠を歩いた夜、疲れ果てた私はシュラフを用意するのさえ
億劫で、砂漠にごろりと寝転んだ。
昼間の熱気を吸い込んだ砂が、温かく、柔らかく私の体を包み込んだ。
満天の星空はまさに降るような煌めきが散りばめられ、せいぜいベルト部の
3つの星で見分けられる程度のオリオン座が、くっきりと人の姿に浮かび上がって見えた。
どんなに高級な布団よりも優しい砂に抱かれ、私は生まれて初めて、
自然に対する過度な緊張を解き、母なる大地の偉大さを感じたのだった。
次「写真」「霧吹き」「コースター」
221:名無し物書き@推敲中?
11/09/26 07:46:40.18
その自殺した作家で有名なバーに入ったとき思ったのは
古臭くて薄暗いけど何だか居心地が良いなということだった。
同僚と二人、カウンターに座りビールを注文する。
夏の夕方にはまだ客は我々、二人しかいない。手伝いの
おばさんが忙しげに準備をしていた。
「ほらあの写真。Sも見たことあるだろ?」
そうWが言って指差したのは私もどこかで見たことがある
作家が片足を椅子に上げている写真だった。
「なんでも別に作家のために写真家がココに来たけど
彼が俺もとれって言ったらしいね」
私は、うなづきその写真を眺める。作家がかつて座っていた席には
今も同じようにそこにある。
「Y子は好きらしいよ。彼のこと」
そういって共通の知り合いである女性のことを口にした。
店の温度は高くグラスには霧吹きで吹いたような水滴が
ついている。私はスーツを脱ぎ作家と同じようにワイシャツ姿になった。
グラスを持ち上げ、カウンター裏の酒のボトルを見る。
シャンデリアのような色とりどりのボトルたち。作家はどれをどのように表現するだろう?
私にはうまい言葉が見つからない。
そして濡れたコースターにグラスを戻す。
「ああ良い気分だ」
同僚がそういって背伸びをする。私も同感だった。
夏はまだ始ったばかりで給料は多くなかったが
私達は若かった。
そしてグラスに新しいビールを注いだ。
疲労 休日 携帯
222:「疲労」「休日」「携帯」
11/09/28 22:06:10.48
「あ~ひび入ってますね、しわも一杯」
「何年も使われていたからな。金属疲労もおこすさ」
「これじゃ使えませんね」
「そうだな困ったもんだ」
壊れたはしごを横目に先輩後輩らしき二人の男が荷物を下ろしていた
後輩は携帯を取り出し電波状況の確認を始めた。
「彼女と電話か?」
「帰る頃には彼女も休日ですからね。映画でも行こうかと」
「あ~はいはい、誰もそんなこと聞いてない聞いてない」
後輩が電話で楽しそうに話す横で、先輩はバッテリーの切れた自分の携帯を恨めしそうに見ていた。
しばらくして携帯を耳から話す後輩。
「やっと終わったか、携帯かしてくれないか?」
「バッテリー切れちゃったんで使えませんよ?」
「そうか」
寂しそうにつぶやく先輩。
「どうかしましたか?」
「1つ相談があるんだが、どうやって助け呼ぼうか?」
次「ハタハタ」「病院」「馬」でお願いします
223:「ハタハタ」「病院」「馬」
11/09/30 15:25:25.37
『人気天才ジョッキー 羽田 葉太(はねだ ようた)落馬で選手生命危ういか!?』
「……チッ」
今朝のスポーツ紙の一面を堂々と飾った俺の名前。ガキの頃、
地元で良く捕れた魚に因み「ハタハタ」と呼ばれて、それをかなり嫌がっていた事を不意に思い出す。
心の奥底から湧き出る苛立ちを抑えきれず、病院のベットの上で文句の一つも言えない事も相俟って、
そのイライラをぶつける様に、新聞を傍にあるゴミ箱に叩き付ける様に投げ捨てる。
「どいつもこいつも、知った様な事言いやがって」
新聞各紙では「復帰は難しい」だの「引退を考えている」だの、好き勝手に書かれていた。
「……冗談じゃねぇ」
俺はベッドの傍に立て掛けてある松葉杖を手に取り、リハビリ室へと向かう。
「待ってろよ、『ハタノハタタカミ』。こんな怪我、直ぐに直して戻ってやるから……」
まだ慣れない松葉杖に悪戦苦闘しながらも、俺は一歩一歩、着実に歩みを進める。
略すと同じ「ハタハタ」になる、長年連れ添った相棒とも言える馬の名前を、心に浮かべながら―。
次のお題 「チャット」「明治維新」「横断歩道」でお願いします。
224:「チャット」「明治維新」「横断歩道」
11/10/01 21:21:56.76
僕が歩いている道は元々川だったところを道路にしたらしい
信号の名前は「石橋」きっとここには橋があったのだろう
横断歩道を渡ると、電柱の影に欄干?のようなものが残っており
そこには「大浦橋」とかかれていた。
明治維新で日本は文化的に自然と歩む国から
工業が優先される国になった。別にそれは当時の世界を見れば
いや、近くの国々を見るだけでも必要なことだったのだろう。
だけど、それは本当に必要なことだったのだろうか?
少なくとも、川を消す必要は・・・明治維新が原因ではないが・・・なかったのではないか?
近くの人を捕まえてチャットをしてみたいけど、こんなときに限って誰もいない。
僕はなんとも言えない切なさのまま仮想現実の町並みからログアウトした。
次は「巾着」「万国旗」「飴」でお願いします。