10/05/25 13:32:13
―お婆ちゃん、私もう我慢できないよ、まだなの?
―もう少し待ちな、きっともうすぐ来るはずだから。
―いつもそう言うじゃない!私だって馬鹿じゃないんだから、
もうあそこは使えない事ぐらい判るわよ!いい加減別の場所を探そうよ、お婆ちゃん。
―まあまあ、落ち着きな、まだ来ないと決まった訳じゃないんだし―あ、ほら見な、来たよ。
―ほんと?あ、ほんとーだ、やっと来たね、お婆ちゃん!絶対逃がしちゃダメだよ、私もう死にそう。
―わかってるさ、大丈夫、絶対捕まえるからね、さあさあ準備だよ。
―あーあ、待ち遠しいなあ。
―さあ来た、さあ来た、いひ、いひひひひ。
友人が訪ねて来る為の部屋の飾り付けを終え、ベッドに横になった私は、
ざわざわと波が奏でる海の声に耳を傾けながら、今日も海が泣いていると感じた。
思うのではなく、ただ感じるのだ。その漠然とした感情がどこから沸いてでるのか、
私は不思議に思いながらも、この海声の優しい調べのおかげで、
長年の懸念だった不眠症が治った事には感謝の気持ちで一杯だった。
そして、この家に居着いてからずっと夢に現れるあの女性に逢える事にも。
先月、マイホームを購入しようと不動産屋を訪ね回ったが、
なかなか条件に合う物件が見つからず、意気消沈しながらとぼとぼと帰路についていたところへ、
あの古ぼけた小さな不動産を見つけたのは天の計らいだったのかもしれない。
応対に出た老婆は薄気味悪かったが、この海沿いの古い家に引っ越して来て良かったと、改めてそう思う。
今宵も私は海の声に導かれて眠りへと誘われるのだろう。
船が沈没するように、自意識が深みへと落ちて行き、そして―