10/05/25 13:31:11
ピンとこない私を見て、次々に文字を書く先生の手が震えていた。
[ちづるの家がもえてるの]
[イタイが見つかったって]
[わかる?家がもえてかぞくが亡くなったの]
私はようやく、何がおきたのかを理解し、驚き、現実を受け止められずに呆然と先生を見つめた。
先生はまるで我が事のように涙ぐみ、何か言いながら私を強く抱きしめる。
その、先生の温かい身体と、愛用している麝の香りが、私に夢じゃないんだ、現実なんだと知ら
しめた。
それからの事はあまり覚えていない。おじいちゃんと悠の事が心配で思考さえままならない私
は、先生に連れられて慌ただしく家へと向かい、焼失した家を前に、周辺を埋める物見遊山のや
じ馬の群れに囲まれて、忙しく動く警官や消防士達の中に悠の姿を見つけたときほど安堵したこ
とはなかった。
そのときも、今のように抱き合い互いの無事を確かめ合った私達―。
もの思いから醒め、落ち着きを取り戻した私から、感じ取ったかのように悠はそっと身を離す。
微笑みながら私の頬をそっと撫で、アーモンド形の瞳は優しげに瞬き、肩まで伸びた黒い艶や
かな髪は、満月が姿を隠すように輪郭を雅に隠す、その様子は一幅の絵のように美しかった。
[行こう]
悠の指が踊るように舞い、手話を用いて語りかけてくる。
私は頷き、最後の一瞥を我が家に向けると、祖父が死んで初めて知った別荘へ、これから暫く
住むことになる谺屋敷へと向かった―。
それが、愛する人のわなだったとも知らずに。そこで私は憎しみの業火に焼かれ。生き物のよ
うに揺らめく炎が、この身を舐め回し、消し積みへと変えていく。苦しみにのたうちながら、私は、
つぶやかずにはいられなかった。何故? どうして―