10/07/24 09:54:20
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『蝉』
帰省してすることもないので、庭の隅にしゃがんで、じょうろで朝顔に水をまいていた。
アスファルトが水を弾き損ねた。水溜まりはしゅわしゅわと小さな音を立てながらゆっくり広がって行く。それをかき消すように、ジワジワと蝉が騒ぎ立てる。一体この庭には何万匹の蝉がいるのだろうか。
昔から、蝉の鳴き声は嫌いだった。夏休みの午前中の宿題を思い出すのだ。
都会では聴けない蝉の声にいまだに嫌けがさすなんて。そう思うとなぜかおかしかった。私は強い日差しの中、黒く濃い私の影に小さい頃とは何も変わらぬ私をみた。
ゆっくりと立ち上がる。頭上には目に刺さるような青空が広がり、遠くに山々が見えた。何も、何も変わってはいないはず。私の故郷だ。
しかし、今日で盆も終わりだ。明日からはこの蝉は死に、空は秋の寂しげな空気を吐き、山は枯れ始める。
どうか、どうか行かないで欲しい。いつまでも変わらないでいて欲しい。
私の思い出、私の記憶、私の故郷、
歩き出した私の足元に干からびたものが転がっていた。蝉の死骸だった。