10/07/14 09:44:27
小説家をやっている俺の元に、開発中のプログラムのモニタをやってくれという誘いが来た。
訊いてみるとそれは、読者から寄せられた感想を自動でふるいわけして、有益な感想と、無益な感想とに選別してくれるプログラムだという。
「これ、どんな仕組みになっているの?」
俺の質問に、開発者は笑って答える。
「簡単ですよ。『面白くなかった』『つまらなかった』『好みじゃなかった』『時間を無駄にした』。そういうネガティヴな感想を自動で弾いているだけです」
「おいおい、―それじゃ、面白かったって感想しか伝わらないじゃないか?」
呆れている俺に、開発者は済ました顔で、こう前置きした。
「それには理由があるんですよ」
「小説家さん、そもそも万人に面白い小説なんかあると思いますか?」
「ないと思う」
少し考えて、俺は答える。明治の文豪の小説だって、フランスの巨匠の小説だって、面白いやつには面白い。つまらないやつにはつまらない。それが当然だ。
「そう、どんな作者の小説だって、面白い奴には面白いし、つまらないやつにはつまらないんです。だから小説である以上、何パーセントかはかならず『つまら
なかった』という感想をもつものがいるんです」
なるほど、確かにそれはそうだろう。
「だから、そもそも『つまらなかった』とか、『面白くなかった』とか、ましてや『好みじゃない』とか、そういう感想は一切無視してかまいません。なぜなら、それはど
んな作品でも一定確率で現れる『ノイズ』のようなものだからです。万人に面白いものなどありえない以上、絶対に何パーセントかは『つまらなかった』という感
想が出てきます。それは執筆側には何の参考にもならない無価値な感想です。だから、それを弾いてしまえば、後には有益な感想だけが残るというわけです」
「なるほど」
確かに一理あるような気がした。俺は頷く。
「それじゃ、小説家さんの最新作の感想を、いまから選別してみますね」
そういって開発者がプログラムを走らせる。
検索結果―寄せられた感想227件。
有益な感想0件。
冷ややかな風が、俺たちの間を吹きぬけた。
長い小説家人生でこのときほど、落ちこんだことはない。