10/03/13 02:04:58
題:「港」「リーマン」「ギャンブル」(継続)
お香をつまみ、手を額の辺りに掲げて目を瞑った。
俺の目の前には、棺と、写真と、ほんの一握りほどの花束が一対。それだけ。
祭壇に掲げられた写真には、微笑む先輩の顔があった。
口髭にエラの張った顔の写った写真から、俺は思わず目を逸らした。
「人生なんてギャンブルなんだよ。お前にはわからねえだろ?」
先輩はキャンパスで俺を見つけるたび、そういっていた。
「お前はきっとリーマンだぜ、サラリーを頂戴して安全に生きる、安牌切るような、な。
俺ぁ違うぜ? デカく張るからな」
彼の言葉が聞こえたような気がして、写真に目を戻した。
先輩は先日、とある港で水死体として発見された。きっと「デカく張って」失敗したんだろう。
彼はきっと、俺の目から見ても、どうしようもなかった。
「お前よ、そんな人の目見てな、安全にな、人の気に触らないようにしてな、楽しいか?」
写真に写った笑顔を見ると、彼はきっと最後まで楽しく生きたのかもしれないと思う。
「ダメでもな、自分を全部掛けるんだよ。そうじゃないと人生面白くないぜ?」
祭壇の前にいる坊さんの読経を聞きながら、思わずニヤけてしまった。
次 : 「ウイスキー」「リモコン」「芸術」
51:名無し物書き@推敲中?
10/03/13 02:06:40
忘れてました。お題が浮ばないので継続でお願いします。
52:「ウイスキー」「リモコン」「芸術」
10/03/13 20:07:21
ウイスキーを初めて飲んだのが、16歳の夏だった。友人がスーパーの酒類コーナーで万引きしてきたしろものであった。
友人宅で気持ちが浮き立つのを抑えた事を思い出す。
私達二人はウイスキーの熱くむせる香りにたじろいだが、大人の男を演じたくもあったし、無理に平気なように装った。
私達二人はすぐに酔った。気が大きくなり、大声でしゃべりちらした。もう大人の男を装うことは忘れていた。
友人はテレビのリモコンを取り上げ、1階の居間の窓から力をこめて隣の家に投げつけた。
リモコンはくるくる回って隣家の窓ガラスにあたった。金属的な音があたりに響いた。私達はもう夢中になって笑った。
友人の話だとその隣家の主はなんでも自称芸術家だという。要するに、当時の私達の観念では、稼ぎもない、家人に迷惑をかけている無能な男、というわけであった。
その自称芸術家は、誰も見向きもしないヘンテコな絵を描き、誰も理解できないし、読もうとも思わない詩を書いている、と友人はもう奇声に近い大声で私に言った。
私はその男のダメっぷりを想像するだけでおかしくてたまらず、大きな声をあげて隣家に、リモコンを持ってくるように命じた。すると背の高い男が一人で出てきた。
53:「ウイスキー」「リモコン」「芸術」
10/03/13 20:09:41
男は手にリモコンを持っていた。私達は怖気づいてしまったが、あいつは世間のクズなのだと、全然怖がる必要はないんだと、お互いの目で言いきかしあった。
男は、はっきり顔がわかるところまで近づいた。顔は整ってい、鼻筋はすっきりし、形のよい唇と優しそうな目元には穏やかな微笑みが浮かんでいた。
男は「どっちが投げたんだ?」と私達に尋ねた。私達は黙っていた。男は「君たちは酒を飲んでいるな?」とやや厳しい口調になった。私達は黙っていた。
「あんな大きな声をだしてちゃ、僕が言わなくても、君のお父さんもお母さんも、後で大変だぞ。これはテレビのリモコンだろ。ガラスはいい。こっちで始末するから」と友人に向かって男はリモコンを手渡した。
友人はさっきまでの勢いはどこへやら、すっかり萎縮してしまい。「すみませんでした」と、くぐまって、小さな声で、もうつぶやくと言ってもいいくらいになって、視線も泳がしながら、答えた。
それから時がたち、年齢だけがかさんだ。それを大人というのなら、私は正真正銘の大人だ。あの当時の友人が言ったところの自称芸術家は本当の芸術家になってしまっていた。
描いた絵がフランスのなんとかいう賞をもらったそうだ。あの時の友人とはもう連絡もとっていない。友人の選び方を間違うと、大きな財産をなくすに等しいようだ。
54:「ウイスキー」「リモコン」「芸術」
10/03/13 20:11:33
次は「ガラス」「未成年」「歌」でお願いします。
55:ガラス 未成年 歌
10/03/13 23:36:04
ミーナは26になった。歌手になるために青森から出てきて10年が過ぎた。かつて活動を共に
していた子にはテレビにも出演して知名度を得る者もいた。でも、それはほんの一時期であり、
主だったコネクションが消滅してしまえば、それまでだった。女男の関係が、それだった。
ミーナも、その様な誘いが頻繁にあった時期がある。ある上場企業の会長のパトロンがついたこと
もあった。でもそれは生活だけのためにである。別の力でメディアへの露出をあげたくはなかった。
ミーナは25辺りから、歌でやってゆくのは無理なことはわかった。本物の歌手であれば、メディア
の力を借りなくても歌手でいられることはできるだろう。でも本物の歌手など、この世にはいない。
彼女が求めたのはもっと違った何かであった。
ミーナは三鷹にあるガラス工芸の教室に通うようになった。駅から20分ほど歩いた森の中の小
さな教室であった。生徒のほとんどは地元の主婦たちだ。創作の合い間には子育ての話などが中心
であったが、それがミーナの心を何故か励ました。主婦たちの中には家事に追われ、疲れた顔をして
いる者もいたが、みんなが幸せな顔をしていた。
主婦の一人に、若い頃ミーナのライブにきたことがあるという子がいて、ミーナにひどくなついた。
「わたしミーちゃんのライブで主人と知り合ったのよ」
彼女は未成年で結婚をして2人の子供がいた。二人は窓辺の小さなテーブルを挟んで腰かけていた。
彼女は携帯の受付画面に子供の写真を使っていたが、それをミーナに見せた。
「かわいいね」とミーナはいった。
彼女は満足そうに携帯をたたみ、ミーナの空になりかけた茶碗に紅茶をそそいだ。
ミーナと彼女は長い間話した。ミーナはこんなに他人と会話したのはいつ以来だろうと思うくらい
だった。その中で、ミーナはピンと来る事があった。彼女の夫が、かつてミーナに頻繁に言い寄っ
ていた、その界隈では有名な浮ついた男だとわかったのだった。
ミーナは教室を見渡してみた。昼下がりのやわらかい光が室内を満たしていた。あいも変わら
ず主婦たちは幸せそうだった。でも、ミーナは主婦たちの幸せが、自ら演じているプライドの現れ
であるかのようにその時感じたのだった。ミーナは大きく息を吸い込んで、もう一度吐いて、しびれ
た足を組み直すのだった。
56:名無し物書き@推敲中?
10/03/13 23:36:44
「バランス」「綱」「ナイフ」
57:「バランス」「綱」「ナイフ」
10/03/14 03:16:34
眼下に見えるのはナイフだろうか。鋭利な突起物がびっしりと敷き詰められている。武
蔵は断崖に立ち、吹き上げてくる風に身を任せていた。
額の汗を拭う。ここまで来るのにもかなりの時間を費やし、喉がからからに渇いていた。
武蔵の数ブロック先には、不安定に揺れながら上下するクレーンが見える。先へ進むに
はあのクレーンに飛び移り、その反動を利用して更に先の崖へ飛び乗らなければならない。
少しでもバランスを崩せば奈落の底。命はないだろう。武蔵の鋼のような肉体を持って
しても、それを免れる事は不可能だと思えた。
「さあ、どうしたの。はやく飛んで!」
挑戦的な声が耳元で響く。
どうやら武蔵が、今までのトラップを簡単にクリアしたのがいけなかったらしい。声の
主のあどけない顔が怒りに歪んでいた。
「降参っていうのは駄目なのか、美紀ちゃん」
「ダメ、絶対に! まだまだ許さないんだから!」
バランスボードの上で溜息をつく。
いま話題のバランス型フィットネスゲーム機。こんな物を妻の誕生日に送った自分が馬
鹿だった。
まあ、今更後悔しても遅いんだけれど。
美紀の睨むような視線に促され、ボードの後ろ部分を踏んで画面上の武蔵を後退させる。
勢いよく助走に入ろうとしたところで、
「ちょっとタイム!」
美紀はゲームのエディット画面を操作して、更にナイフ状のユニットを追加した。これ
はもう絶対にクリア出来そうにもない。
フィットネス効果で俺が痩せるのがはやいか、それとも娘に嫌われるのがはやいか。ど
っちにしてもこれは諸刃の剣ならぬ諸刃のナイフだな。
次は「円周率」「農園」「オリジナルルーティン」でお願いします。
58:円周率 農園 オリジナルルーティン
10/03/14 19:37:19
施設の中庭は農園になっていた。作業は農作業だった。囚人たちは人形のようにこなす。囚人た
ちは死刑囚である。
刑務官の阿呆は、囚人が入所する度に彼の胸のバッチに標された〝あほう〟の文字を見て、少し
でも笑んでくれることに救いを求めていた。彼らには絶望がやがて訪れるのだが、せめてそれまでは
魂の救済の可能性を信じていたかったからである。
ここには完全な絶望が存在する。阿呆はまだ薄暗い早朝、囚人にそれを伝えにいく。阿呆は監視
窓ごしに起きてくる囚人の目を見ない。数センチ下の頬の辺りを見て、囚人に伝える。若い頃は囚人
の目を見たものだ。でも、歳を重ねるごとに彼らの絶望が彼らの瞳ごしに伝染し、彼にある暗示をかけ
るようになった。暗示を言葉にするのは難しく、それが余計に彼を苦しめた。
ある囚人が農作業同様に、日課として円周率を暗記するのだと、円周率の数字の羅列されただけ
の紙を大事にしていた。彼はやがて処刑されるのだが、阿呆がその後、囚人の部屋と片付けている
と紙切れを発見したのである。それは枕もとに隠すようにあった。彼は死の間際までこれをお経の
ように唱えていたのだろうか。阿呆はその紙切れを眺めるようになった。やがて死刑囚を見送る度にあ
の死刑囚と同じように数字の列を暗誦するようになったのである。暗誦といったが、今ではそれは自動
的に流れる彼の心の歌のようなものになっていた。
阿呆は齢76で死んだが、死の間際に夢を見た。あの死刑囚が枕もとに現れたのである。臨終
に立ち会った家族は阿呆が死に際に笑んでいたことを証言している。夢の死刑囚はこう言ってい
た。「だんな、あほうのだんな、わたしゃ、天国でいろんな物事を眺めていたが、一番注目してたの
は、だんなのことですよ、だんなはわたしが入所した頃笑わしてくれました、だんなは、わたしが死
んでからも、わたしのことを考えてくれてました、おまけに、だんなはわたしのやっていたことを、続
けてくれました、それはだんなに役に立ってました、あれはきっと、だんなのオリジナルルーティン
になったんですねえ」
阿呆は夢の中で、自分が夢見てることを知っていた。自分は夢の中で、自分が何事か知らない言
葉を夢見てる事に失笑したのである。阿呆は死の間際、これに感動して失笑したのである。
59:名無し物書き@推敲中?
10/03/14 19:38:00
「山羊」「悲鳴」「柵」
60:名無し物書き@推敲中?
10/03/15 03:16:53
深夜三時。ブラウザの文字を読む俺の意識が、背景色の白と混ざり始める。
ピクセルが……。そう、液晶画面の、見えるはずのない微少なピクセルが粟立って、
看板に使う巨大な電光掲示板のように、白いランプを幾何学的に並べた平面として知覚される。
やがて俺は、その真っ白な画面の上を、飛翔しはじめるた。
ここは綿花の大栽培地だ。
鳥の目は鋭い。豊穣そのものの大地にもこもこと花開いた綿は、実は羊の背中で、
怯えきった黒く細い顔は、土に突っ込まんばかりに項垂れている。俺はその上を、どこまでも、
どこまでも飛ぶのだ。
と、丸い地平線を斜めに区切って、一本の黒い線が動いているのに気がついた。線は近づいてくる。
線の正体はわかっている。それは木でできた柵だ。ぴょん、ぴょんと、柵は羊の上を一列、また一列と
飛び越えながら、まっすぐに、いや斜めに、もとい、やはり真っ直ぐに、こちらへと向かってくる。
私は頃合いをみて、柵の上に舞い降りた。
「一列検索、異常なし。一列検索、異常なし。」柵はその全体でもって呟いている。
私は聞いた。「山羊を捜しているのかい?」 柵が答える。「そうですよ。山羊をね。あ、あれ、話し
かけられたから、わからなくなった。今の一列、ちゃんと検索したかな?」「さあ」
柵がジャンプを止める。羊の列の間に着地した柵は、ずぶりと不気味な音を立てて、深く畑に突き立った。
羊のおびえが震えとなって、柵の停止位置から直角に、柵の動きの続きのように、白い世界を
伝わっていく。とそのとき、今しがた飛び越えた一列の羊の一頭が、がばと地面から顔を上げた。
「あれだ! 山羊はあそこにいるぞ!」私が叫ぶ。山羊は羊のかぶり物を脱ぎ捨てると、ちらりとこちらを
振り返って、あとは一目散に柵の来た方へと逃げ出した。
「何してるんだ! 追わないと! オイ、追わな……あ、うあああああ!」声が悲鳴に変わる。
羊の群れがもこもこと動き出し、行と列を一瞬でかき混ぜたのだ。あたりは羊毛の海となり、柵はそれに
飲まれて、みしみしという音だけが不気味に私の耳に聞こえて、ぼきり、と、いうおと、の、ああ、
俺の意識、ひつじ、クリーム。泡。ゆ め の。
次「パプリカ」「標識」「きつね穴」
61:「パプリカ」「標識」「きつね穴」
10/03/17 00:22:11
一体こいつの味覚はどうなってやがるんだ、と思った。パプリカパプリカパプリカ。来
る日も来る日もパプリカだ。
ホワイトシチューにパプリカが振りかけてあったのが美味くて、褒めたのは褒めた。け
どそれは、単にシチューが美味かっただけの話であって、パプリカが美味いと褒めたわけ
じゃない。なのにこいつときたら、味噌汁にも焼き魚にも、挙句の果てにはご飯にまでふ
りかけのようにかけるのだ。
そして今日も、目の前の特選松坂牛すき焼きの上には、てんこ盛りのパプリカ。せっか
く俺が買ってきてやったのに、ふざけんじゃねえぞ。おいこらっ、極上の笑顔で擦り寄っ
て来るんじゃねぇ。絶対口なんて聞いてやらないんだからな!
確かにこいつは可愛い。芸能人と比べても、遜色ないくらい可愛い。パッチリとした目
だって、濡れた唇だって、食べてしまいたいくらい可愛いのは認める。でもそれは、人間
として見た場合の事だ。狐が化けた女など、彼女いない歴=年齢の俺でも御免被る。
なのにこいつときたら、短いスカートで太ももをむき出しにして、くびれた腰をクネク
ネと振るのだ。しかもパンツ丸見えの状態でだ。
鼻血が出そうで注意すると、尻尾が邪魔だから仕方ないでしょ。そこは突っ込まないで、
なんて抜かしやがる。だがな、突っ込みたくても突っ込めるか、狐のお前に。元々進入禁
止の標識が立ってるだろ。
「じゃあ食べよっか。はい、あーんして」
「あーんっ」
「おいしい?」
「うん。おいちい」
可愛い顔でじっと見つめられたら、結局こう答えるしかないだろ? あくまで仕方なく
だ。分かるだろ?
追い返す気があるなら、とっくに追い返してた。恩返しとかいいながら、こいつがドア
の前に立ってた時にな。
しかし一度だけ切れたことがある。男としてこれだけは許せなかったからな。こいつは
こともあろうに、俺が楽しみに取っておいたプリンにパプリカをかけやがったんだ! あ
ん時だけは、頭に血が上ってパプリカより赤くなってたはずだ。
「とっとときつね穴にでも帰りやがれ!」
「……じゃあ、帰る」
でも即座に謝った。泣き顔まで可愛かったから。
「ごめん、俺が悪かった。Uターン禁止です」
62:名無し物書き@推敲中?
10/03/17 00:25:37
無理矢理感アリアリで……orz
次は「新着メール」「桜」「飛行機雲」でお願いします。
63:名無し物書き@推敲中?
10/03/17 19:29:54
新着メールがまた一件きた。早速開いて、中身をみる。
『ゆっちー、合格したー?』
私は返信する。『うぅん、してなかった』と。数分経ってもメールの返事は、なかった。
辛かった。苦しかった。泣き叫びたかった。きっと皆合格してるんだ、と思うと余計に泣きたくなる。
春は始まりの季節です、とは良く言ったものだ。私にとっては浪人生活が始まりだ。
桜舞い散るなかで、新しい生活が始まる――なんてことはなかった。新たな生活に期待してた自分が馬鹿みたいだった。
「また、勉強の毎日か………」
それで、いいかもしれない。だって、苦労した方が、人生に深みが出るような気がする。
一回位の失敗で挫けちゃいけない。いちいち後悔してたら、一歩も前に進めない。
「うん、そうだ。頑張ればいいんだ」私はいつの間にか出ていた涙をそっと拭う。
「私にはまだ、時間があるんだし―」
キイィィィィィィン、と飛行機の飛んでる音がした。窓の外をみると、飛行機雲が出来ていた。
頑張れって、言われてる気がした。
初カキコで良く判んないけど、感想?は要りません
次は『鴉』『夕闇』『目ざまし時計』でお願いします
64:名無し物書き@推敲中?
10/03/19 22:17:45
_人人人人人人人人人人人人人人人_
> わりとどうでもいい <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^^Y^ ̄
ヘ(^o^)ヘ
|∧
/
65:鴉、夕闇、目ざまし時計
10/03/20 00:19:48
けたたましい目ざまし時計の音に僕は顔をしかめる。手探りで時計を止めて、ああしまったと盛大に
溜め息を吐いた。休みなのに、癖で時計をセットしてしまったのだ。
勿体無い気に襲われながら、日が差し込むカーテンを捲る。
寝そべったままの限られた視界に、二羽の鴉が映る。
おそらく夫婦なのだろう、仲睦まじく寄り添いながら電線に停まっている。
おしどり夫婦という言葉あるが、別におしどりじゃくても十分仲が良いではないかと、
僕はぼんやり思った。互いの身体を突付きあってなんだか可愛い。
夕闇の中、群れで騒ぎ飛ぶ鴉の姿は気味が悪いと思っていたが、この夫婦を見ていると、
とても平和な気持ちになる。
ノックも無しに部屋の扉が開いて、妻が入ってきた。さきほどの目ざまし時計の音に
起こされたようだ。「ごめん、間違ってセットしただけ」と声を掛ける。仕事なのかと確認しに来たのだろう。
無言のまま立ち去ろうとする妻を呼び止めて、僕らは一緒に窓の外を見やった。
無表情の妻は「これがなんだと」言いたげだが、口を開かない。なにせ別居中である。
だというのに、たまたま僕も妻も上下黒のスウェット姿だった。鴉の夫婦みたいで、なんだか可笑しい。
笑う僕を訝しんで、妻がようやく「なんなの?」と口を開く。
鴉の片割れがちらりと僕を振り返った。きっとあれは旦那に違いないと思いながら、
僕は鴉の目を見つめて口を開く。
「離婚、取り消そう」
隣の鴉が「カア」と鳴いた。
次「薬」 「あくび」 「独り言」
66:「薬」 「あくび」 「独り言」
10/03/20 22:21:57
「東京近郊の高台にある一軒家から、春の大気が馥郁と香る夜の
街並みを眺めているうちに、倦怠からくるものではないあくびが出た。
芳醇な季節の始まりを予期したことによる、種としての歓びが
体の奥深いところに渦巻いていた。
春の大気に潜む歓びと野蛮は、直前の季節において繰り広げられた
冬将軍による大虐殺の名残だろうか。
脳内麻薬が見せる春の嵐が、ストラヴィンスキーの交響曲さながらに
鳴り響いていた。」・・・と独り言を言っていたらいつのまにか見たことの
ない色の救急車が俺を迎えに来ていた。
明日はまた寒さがぶりかえすだろう。
次
「不動産」「教科書」「柿の種」
67:「不動産」「教科書」「柿の種」
10/03/21 08:33:44
俺は図書館に本を借りに出かけた。
長い書棚を端から目で追い、ようやくそれらしい本を見つけて手に取った。
不動産の教科書はすんなりと開いた。ページに砕けた柿の種がへばり付いていた。
別のところには、スモークチーズ、薄切りのサラミなどが挟まっている。
俺は本を書棚に戻した。急ぎ足で館内を出る。
ああ、また酔っぱらいに逆戻りだ。そんなことを思いながら買い込んだビールを飲む。
もちろん、肴はスモークチーズにサラミなのはいうまでもない。
次は「ナイフ」「泥のついた靴」「古ぼけた写真」でお願いします。
68:名無し物書き@推敲中?
10/03/22 11:25:57
一時的な障害というべきか。まるで古ぼけた写真のように、俺の記憶は判然としなかった。
狭い取調室にはデスクライトのほかに光源がなく、冷たく張り詰めた空気が部屋を満た
していた。ライトの笠に手をかけた老刑事は、先ほどから耳を覆いたくなるような事を話し続けている。
民家に押し入り、家主を滅多突きにして殺害し現金を奪った。死体は床下に埋め、フェ
リーで逃走を図った。列挙されても、全てがピンと来なかった。
「いつまでもとぼけているんじゃない! 全部お前がやったことだ。知らんとは言わせん
ぞ」痺れを切らしたように、老刑事がデスクを叩く。
にわかには信じられなかった。本当に何も思い出せなかった。けれど彼の目を見れば、それが嘘でない事はわかった。
側に立っていた若い刑事が、ビニール袋に入った品を手渡す。老刑事はそれを受け取り、
静かにテーブルの上に置いた。
「じゃあこのナイフには覚えがあるだろう?」
差し出されたナイフには、赤黒い汚れが付着していた。柄の部分に滴るようにして凝固
したものは血なのだろう。けれどそれが被害者の血痕だと言われても、やはり思い出す事はなかった。
無言でテーブルのナイフを見詰めていると、もうひとつ大きなビニール袋が置かれた。
「この靴はどうだ? お前の部屋の押入れから押収したものだ。現場の庭の泥と同じ物が付着していた。足型も一致したんだ」
視界が揺らぐ。急に眩暈がした。目の前の靴を見て。確かに覚えている。この泥のつい
た靴。まるで一瞬前の出来事のように、事件当日の光景が鮮明に蘇ってきた。
なぜ今まで俺は、こんな衝撃的な映像を思い出せなかったんだろう。いや、衝撃的だか
らこそ無意識に、記憶にブラインドを掛けていたのかもしれない。
いきなり引き倒され、靴底の泥が頬に当たり、湿った臭いが鼻を衝いた。次の瞬間、俺
は胸に焼けるような痛みを感じた。そこで意識が途絶えた。
―ああ、俺は死んでいたのだ。必死になって犯人の足にしがみ付いたつもりが、取り憑いていたのだ。
静止して古ぼけた写真のように見えた記憶のフレームが、徐々に色を取り戻す。死の間
際に網膜に張り付いた強烈な映像が、スローモーションのように再生された。男は狂った
ようにナイフを振り下ろす。瞬きひとつせず、釣り上がった目で血飛沫をあびて。
69:名無し物書き@推敲中?
10/03/22 11:29:53
お題継続で。
70:名無し物書き@推敲中?
10/03/22 16:59:04
夕焼けの赤色が、空を支配していた。紅の光が、学校の屋上を照らしていた。
私は屋上の端にあるフェンスに背をあずけた。ガシャン、とフェンスの歪む音がした。
制服のスカートにあるポケットから、1枚の写真を取り出した。古ぼけた写真だ。私と、親友の2人が写っていた。
「あのころに、戻れたらいいのにね………」私はポツリと呟いた。
その願いは決して叶わないことを、私は知っていた。だから、自嘲気味に笑った。
私から数メートル離れた所に、写真に写る親友の面影をもつ死体はあった。胸にはナイフが刺さっていて、血は未だ、どくどくと流れていた。
生気のない瞳が――親友だった死体の瞳が、まるで咎めているように私を見つめていた。
「あんたのせいよ」私は再度、呟いた。誰も聞いていないと知っていた。
私はゆっくりと、親友の亡骸に近づいた。宵の屋上に、足音が、かつかつと響いた。
地べたに転がっている親友の足元に、私は座る。少し、泥のついた靴を履いていた。
その泥を、そっと拭う。せめてもの、贖罪とでも言うように………。
「許してほしいわけじゃないよ」夕闇に包まれた屋上、語りかけるようにして、私は語を継ぐ。
「私は、何1つ悪くないんだから」いつの間にか、私は泣いていた。私はすっと涙を拭った。頬にちょっと、泥がついた。
何1つ私は悪くないのに、何で私はこんなにも悲しいのだろう………。
「ごめんね」私は言う。何度も何度も日が暮れるまで言い続けた。けれど悲しみは薄れなかった。
71:名無し物書き@推敲中?
10/03/22 17:02:14
次は「ラジオ」「蛍光灯」「真夜中」で
72:「ラジオ」「蛍光灯」「真夜中」
10/03/22 18:15:58
NHK第一にチャンネルを合わせたラジオから君が代が流れる。もはや真夜中。
NHK教育テレビにて豊かにはためく日章旗とともに流れる君が代は清涼な響きだが、ラジオのは陰に篭もっている。
水深200メートルの海底に潜めく貝が、偶然に地上世界の噂を聞きつけ、憧れる。
しかし手足も皮膚も視覚もない身体で水上に揚がれようはずもなく、再び殻の蓋を閉じて絶望する。
貝の殻に篭もる怨念。そのような感触が、ラジオ放送終了時の君が代にはある。
脳裏で駄文をこねくり回してキーボードを叩きつける生活も、もはや10年目。
最初は両手の指一本ずつで打ち込むのがやっとだったタイピング技術が、
その年月でようやく両手の指6本使えるまでには上達した。
それだけだ。
若い自分には、文芸雑誌に自身の顔写真が麗々しく載る光景を夢見ただろう。
自身の生い立ちを、インタビュアーに自慢たらしく訥々と語るためのネタを用意しただろう。
確かに文章で飯を食う夢は達成したとは言えるだろう。しかし構成と校正に泣き、
涙も涸れて目薬でほとびらかす人生など、まさに昔の流行語での圏外だ。
その圏外に私はいる。光と美食にあふれる世界の住人のセリフを拾っては海底に持ち帰り、こねくりまわして目薬を差す。
蛍光灯がジジジと鳴る。白く冴えた光は飲食物から旨味を削り取り、人間から生気を奪い取る。
光の下で鏡を取り出し、わが身を照らしてふかいため息をつく。
ため息は掃除もままならないキーボードから、2,3片の埃を浮かした。
埃は浮いても、吹き飛ばされることはなかった。
つぎは「水泳選手」「斧」「出生の秘密」
73:「水泳選手」「斧」「出生の秘密」
10/03/23 18:40:53
スタート台に並んだ水泳選手たちの体が、合図とともに
屈曲し、彫琢された筋肉に全ての力が瞬間的に溜めこまれる。
俺はこの大会で優勝しなけらばならなかった。
父は資産数億の成金で、母は見合いを経てその父に嫁いだ。
母は触るだけで折れてしまいそうな華奢な体をしており、
病弱だったが、比類なき美貌を備えていた。
父はまるで数百年前に人類に分化する前の類人猿のような
容貌で、指輪物語のホビットさながらの小男だった。
全国社会人水泳選手権大会の北近畿大会決勝。
人間の暮らす空気世界から水中へ向け、鋭利に研がれた
斧による電光石火の一撃のような、水しぶきさえあがらない
直線的なダイブを試みた俺の体は、どこから観ても両親の
いずれにも見られぬ資質としてコーカソイドの優越した
筋肉を鎧っており、それは俺の出生の秘密すなわち
母の英会話講師との不倫を雄弁に物語っていた。
優勝賞金で、俺はDNA鑑定をするだろう。
地元ケーブルテレビ局による優勝インタビューで、
俺は北近畿全体へ向けて秘密を暴露するだろう。
俺の掌が硬いタイル地の壁を捉えた時、地上で一斉に歓声が
あがるのが遠く聞こえた。
お題継続で
74:名無し物書き@推敲中?
10/03/23 21:15:04
「水泳選手」「斧」「出生の秘密」
「珠世さん。あなたには実は出生の秘密があって」
「まあ。では私はぞぬ神佐兵衛翁の実の孫娘」
「しかし佐清君はなぜあんな死に方を。元水泳選手ですか」
「違うだろ常考。顔洗って出直して来いよヴォケ」
「犯人はぞぬ神家に伝わる三種の家宝、斧・琴・菊になぞらえて殺人を犯して
いたのですよ。ヨキコトキク…思えば皮肉なものです」
「よし分かった! スケキヨを逆さにしてヨ・キ・ケ・ス。そしてその下半身だけが
湖上から突き出していた。つまりヨ・キ…斧だ」
「いやあれって実は青沼静馬だし」
「誰だー、さっきからちょこちょこツッコミ入れてるのはー?」
「だーかーらー、主役より目立つんじゃないよ!」
(横チン精子『ぞぬ神家の一族』過度皮文庫より ※ネタバレ注意)
75:名無し物書き@推敲中?
10/03/24 23:42:48
「水泳選手」「斧」「出生の秘密」
青年の目の前に男が現れた。青年はその姿に驚いた。
男は筋肉質の肉体を競泳パンツで装い、ゴーグルとスイムキャップで固めている。
しかしここはプールサイドではない。深夜の自室だ。このような人物がいていいはずは無い。
しかも男は、手に大きな斧を握っている。かけたゴーグルで顔立ちはうかがえない。
青年が問いかけようと口を開けた瞬間、男は斧を振り下ろした。
頭蓋は断ち割られ血と脳漿と絶叫が噴出し、青年の命は絶たれた。
男は斧を下ろし、ゴーグルを外す。その顔立ちはたった今切り裂かれた青年に瓜ふたつだった。
男には出生の秘密があった。彼は殺された青年の双子の兄弟だった。
地域の名士として名高い青年の家系。迷信深いその家に生まれた双子は「畜生腹」と見なされ、
片方は養子に出されたのだった。家に残され跡取りとして大切に育てられたほうが、殺された青年である。
一方、養子に出された先で厄介者扱いされ、あらゆる辛酸をなめた男。
名家の御曹司が自身の双子の兄弟と悟れば、それとの入れ替わりを企むのは当然の成り行きだ。
こうして第一の殺人が行われたのである。
男は周囲に散った血をふき取り、遺体を担ぎ揚げて風呂場へと持ち込む。
スイムキャップやゴーグルを装着したおかげで、髪も目も返り血から守られた。
衣服に血を浴びればしみこんで落ちない。しかし裸に血を浴びても、シャワーを浴びれば落ちる。
水泳選手の姿で犯行に及んだのは、計算ずくのことだ。
あとはこの遺体を早急に始末しなくてはならない。この屋敷に御曹司は2人もいらぬ。
男は再び斧を振るい、兄弟の身体をいくつもの肉塊にかえつつあった。
つぎは「漬物石」「過去の怨念」「キスマーク」で
76:名無し物書き@推敲中?
10/03/25 01:53:21
「水泳選手」「斧」「出生の秘密」
水泳選手は叫んだ、「オーノー!」出生の秘密をばらされたのだ。
それはそれとして「地味」について考えてみよう。「地味」、ジミ・
ヘンドリックスではない。なぜ目立たないことが、地面の味になるのか。
土の味は無味だ。地味は無味なのか。ムミムミ。しかし、一個の種が
植えられ、育ち、野菜として葉を広げるようになると、それぞれの味に
なる。土、太陽、水、どれも無味だ。それが、この有様だよ。畜生。
無味から有味へと変わる。地味も派手派手しいものと変わるのではないか。
どうかね、ワトソン君。地味は豊饒の元なのである。
以上を持って結婚式の祝辞とさせて頂きます。礼。
77:名無し物書き@推敲中?
10/03/25 21:48:30
「つまり醜女の過去の怨念が漬物石にキスマークを浮かび上がらせたと」
「それなんてエロゲ?」
次「首吊り」「病院」「短冊」
78:首吊り、病院、短冊
10/03/25 23:56:41
仕事を終えて帰宅した妻を出迎える。
側によると微かに漂う独特の香りに僕は安堵する。
「急いで支度するから」とエプロンを纏う妻。
あっという間に普通の主婦になるが、帰宅前は白衣を身に纏う看護士だ。
妻が持ち帰る病院の香りは僕の心を安定させる。
短冊切りの野菜がなべに放り込まれて、ぐつぐつと煮立つ音が心地良い。
静かに眺めていると、妻が振り向いて微笑んでくる。「何?」と首を傾ける仕草が
可愛らしい。
「いや、首吊りも悪くないなと思ってね」と僕が自嘲気味に笑うと、
妻が不謹慎だと顔をしかめた。
3年前自殺をはかった僕は、運よく発見され病院へ搬送された。
そこで出会ったのが今目の前にいる妻だ。
キッチンに立ち込める味噌汁の香りは、とても現実的で、一度現実を投げた僕には
とても尊い香りに思えた。
次、「手紙」 「兄」 「猫」
79:名無し物書き@推敲中?
10/03/26 21:39:16
「手紙」「兄」「猫」
兄に無心の手紙を出したら、翌日なぜか猫が我が家を訪ねてきた。
「公的年金制度」「養子縁組」「貯蓄率」
80:名無し物書き@推敲中?
10/03/27 02:09:25
戸口に立った猫は、人間の齢に当てはめると年金生活を送っているであろう程よぼよぼで
あった。しかしながら猫に公的年金制度など適用されるはずもなく、もし万が一にもこの
猫が若かりし頃から貯蓄をしていたとしても、とうにそれを取り崩しているような年齢で
ある。猫の手も借りたいと頭数に数えてみた所で、与えられる賃金は猫の額ほど、否、雀
の涙ほどしかあるまい。しかも貰った尻から卑しく食べてしまう猫の事、貯蓄率などたか
が知れている。
であるならば、兄は何を思ってこのような猫をよこしたのであろうか。
小一時間考えてみて、養子縁組という名案が浮んだ。
昨今は巨大な鉄の塊に市民権を与えるお馬鹿な地域もあることだ、猫を養子に迎えても何
の不思議もないはず。
猫の年齢は推定だが15に届くかどうかだろう。ならば中学修了までを対象とした子供手
当ての恩恵に預かれるかもしれない。
いい歳をして親から小遣いを貰う鳩君のことだ、猫に子供手当ては出せないなどとは、よ
もや言うまい。
次は「油揚げ」「雨宿り」「有名人」
81:「油揚げ」「雨宿り」「有名人」
10/03/28 02:46:29
この村出身の有名人とおいいんさったら、別所千恵子じゃけぇの。
詐欺師で人殺しの恩田幾三が村の娘に産ませくさった私生児じゃけぇ、
子供の頃は「詐欺師で人殺しの子」として散々に虐められくさった。
じゃが、その過去を乗り越えんさって、人気歌手の大空ゆかりとして大成したというからぼっけぇもんじゃけぇの。
その彼女が、もうじき故郷に錦をかざりに帰ってくるんじゃ。
かつて虐めぬいた村人が、もろ手を挙げて歓迎会を開くんじゃよ。
才能が人の心を溶かしたんか、あるいは掌を返して褒め称える、節操の無い村人というもんか。
まったくもって人間とは妙なもんじゃの。
ほんな鬼首村に、わしこと金田一耕助はおる。
磯川警部に紹介された温泉宿に滞在しておったんじゃが、昨日の雨にはまいったわ。
雨宿りしたところでずぶ濡れになるような大雨じゃったけぇ、総社の町のお糸さんの旅籠に留めてもらろたんじゃ。
ところが妙じゃ。
昨日お庄屋さんと復縁して戻ってきたいう、5番目の奥さんのおりんやん。
本当は去年にもう死んでいたぁいうんじゃ。幽霊と復縁?でもわしは昨日の夕方、峠道を越えるおりん婆さんを見てるけぇの。
もんぺに草履を履きんさって、まがりこけた背中に風呂敷を背負りんさってな。
その話を聞きんさったお糸さんはもう真っ青じゃ。幽霊にしても足がある?
だからこうして、2人でお庄屋さんの庵を訪ねに行くんじゃ。
お庄屋さん、おりんさん、居りんさるか。おらん?たのむけぇ、答えてつかぁさい。
おやまぁ。昨日の大雨のなか、2人で酒盛りしたようじゃの。献立はいなり寿司に雑魚の付け焼き、
油揚げと山菜の煮しめか。美味そうじゃの。
じゃけんどお庄屋さんもおりんさんもどこにおる?出てきてつかぁさい!
あんれ!
こら血じゃ!胃の腑から吐き出だした血じゃ!
ん?なんじゃ今の水の音は!
水がめの中になんかおる!
つぎは「竹槍」「青かび」「キリシタンバテレン」で
82:竹槍、青かび、キリシタンバテレン
10/03/28 22:41:26
僕は保健室に転がり込んだ。打たれた左腕が痛い。
保健の先生が慌てて僕に駆け寄った。
無言の僕を前に、先生は少しうろたえたが、すぐにいつもの調子に戻って
小さく微笑む。僕のマリア様。
保健室には僕の他に3人の生徒がいた。3人とも僕のクラスメートである。
僕らの担任の竹倉は暴力教師だ。指導だと言っていつも木刀を持ち歩いている。
その様から、竹倉の倉の字に木を加えて、影では竹槍と呼ばれている。
実際あいつ自身凶器そのものだ。僕はさきほど木刀で打たれたばかりの
腕をさすり続けた。
校内で竹倉、もとい竹槍に逆らう人間は誰もいない。
僕はそれが嫌だった。勝ち目が無くても、恐れたくないと思っている。
そのせいで、毎日木刀に打たれる僕の身体は痣だらけだ。
まるで青かびが生えたような腕に、保健の先生は何も言わず手当てをしてくれる。
「いつでもここへ来なさい」という言葉に、僕はどれほど救われていることか。
歴史の授業中、「キリシタンバテレン」と言って、竹槍は遠回しに僕をなじった。
保健室にいる僕と他3人の生徒は、竹槍にとって異端者なのだ。
何とでも言うが良いと、僕は心内で竹槍をなじり返す。
僕らにはとっておきのマリア様がついている。
竹槍、お前が焦がれて止まない、マリア様が。
お次「友人」 「奇人」 「美人」
83:名無し物書き@推敲中?
10/03/31 01:16:25
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
友人の慟哭が聞こえる。ちらり、と友人の顔を見る。処刑人に囲まれているが、一瞬見えた。友人を見下ろしているのは、ギロチンと処刑人と観衆全員だった。
かつては美人ともいえる顔だったが、いまや赤く腫れ上がっていて、美人とはもう、言えないだろう。昔の面影なんて、もう、なかった。
胸を痛めた。僕はこのまま、友人が処罰されていくさまを見続けることしか出来ないのか?このまま、ずっと。
助けたい、そう思った。救いたい、そう思った。でも実行するには僕は、あまりにも、無力だった。
悔しかった、憎かった、ぶん殴ってやりたかった、何も出来ない自分自身を、殺してしまいたかった。
………………違う。何も出来ないんじゃない、何もしないだけだ。助けようと思えば、出来る。ただ保身のために、自己正当化してるだけだ。
助ける。僕は友人を、助ける。死なせたくない。――死なせて、たまるか。
覚悟しろ。奇人と揶揄されても、反逆者と呼ばれても、助けると言う覚悟。国に背くための、覚悟。
決意しろ。どんなことがあっても、助けてやると言う決意。友人を守り抜くための、決意。
覚悟するのは、遅すぎた。決意を固めるのは、もっと遅すぎた。総てが、遅すぎた。だから、助けられなかった。守れなかった。
「おい、殺れ」処刑人の一人が言った。その声より一瞬遅れて、ギロチンが―――、
友人の慟哭が、消えた。
84:名無し物書き@推敲中?
10/03/31 01:23:30
次は「書店員」「機械仕掛け」「鮮血」
85:書店員、機械仕掛け、鮮血
10/04/09 16:24:16
「この地球(ほし)は機械仕掛けなのよ」と言われて
僕は目を丸くした。
「地球の中心部にある歯車たちが上手く回っているか、私たち時折
地面に蹲って耳を済ませているの」
そう言いながらトラ模様の後ろ足がガシガシと耳元を掻く。
「それなのにあなたときたら、突然勝手に身体を撫でて!
邪魔するからそうなるのよ」
ツンとそっぽを向いて、一匹のメス猫が店の外へ出て行った。
書店員の僕は、指先の引っ掻き傷から流れる鮮血を舐めながら、
これは面白い話を聞いたと思った。
さっそく店長に「さっき店に入って来た猫ですけどね」と話をする。
この地球がからくりだという猫の話に、僕はすっかり感心してしまったのだ。
「ね、すごくないですか?」
「そうだなぁ。猫が喋るなんてなぁ~」
「ええー、そこですかぁ?」と不満そうな声を上げる僕に、
店長が「これ新刊」と、メンタルヘルスの本をくれた。
次「昼食」 「発見」 「車内」
86:名無し物書き@推敲中?
10/04/10 11:35:36
冬の温泉旅行に訪れた熱海の地で、コンビニへ飲み物を買いに下りて財布がないのに気がついた。
時刻はちょうど昼前で、既に午前中に三ヶ所の名所を廻った後だった。
婚前旅行のつもりだった。スボンのポケットには婚約指輪を用意していた。旅先でプロポーズをし、
職場へも土産を持って婚約を報告しようと思っていた。
僕が財布をなくして車内泊が決定的となり、いつも慎ましやかな彼女は怒っていた。それよりも何よりも、
昼食に訪れるはずだった有名フランス料理店をキャンセルせざるを得なかったのが、
決定的に彼女の機嫌を損ねたらしい。
彼女はお尻の大きな女で、お世辞にもプロポーションは良くない。けれども人当たりが柔らかく、
いつも笑顔を絶やさない所が好きだった。彼女となら、笑いの絶えない楽しい家庭が作れる、そう思っていた。
来た道を戻りながら、くまなく探しても財布は発見できなかった。僕が車内と観光地を行き来する間、
「同じ場所を二度見るなんてごめんよ」と彼女は不機嫌なまま動かなかった。
最初に訪れた観光地を探し終えて車に戻ると、彼女はこんな状況にも拘らず居眠りをしていた。
「ごめん、ここにも見当たらなかった。とりあえず警察に紛失届けを出しにいくよ」
揺り起こしてそう告げると、迷惑そうに薄目を開けて、すぐにまた瞼を閉じた。
空を仰ぐ。時刻はもう六時をまわり、西の空に僅かに残照が残るのみだ。蒼く染まっていく空を見つめていると、
急激に僕の中で何かが崩れていくのが分かった。
87:名無し物書き@推敲中?
10/04/10 11:39:09
紛失届けを出し、これからどうすべきかと車を彷徨わせていると、街角で煌々と明かり
を灯す店を見つけた。助手席の彼女をみてみると、お腹を押さえたまま眠っている。アク
セサリーのイラストの書かれた看板の横に車を止め、そっと扉を開けて店に向かった。
「お金が出来たから」新しい財布と札束を見せると、彼女はいつもの笑顔で財布の中身を覗き込んだ。
「すごーい。じゃあお昼にいけなかったフランス料理店で食事がしたいわ。お腹がすいて
もう死にそうなんだもん。旅館の予約もキャンセルしちゃったし、丘の上の高級ホテルにでも泊まりましょうよ」
店へと向かう車中で、彼女は一言もお金の出所を聞かなかった。僕自身も話す気はなかったし、
もうどうでもよくなっていた。
レストランに入り、昼食の分までがっつく彼女を見ていて、飢えたメス豚だな、と思った。
誰にも付き合いを知られる前に意外な一面が見れてよかったと思える。財布を見つけ出す事は出来なかったが、
これは財布よりも大きな発見だ。ポケットの膨らみは無くなっても、未来への希望は膨らんだはずだ。
店を出て、真っ直ぐに最寄の駅に向かって車を走らせた。
次は「仮面」「中心」「広場」で。
88:名無し物書き@推敲中?
10/04/11 11:08:48
ある晴れた休日の午後。街の広場、サンチュリー・パークに僕達は集まった。
サンチュリー・パーク中心には、でん、と噴水が置かれている。直径16メートルもある大きな噴水だ。
その四方を囲むようにジャングルジムやら滑り台やらブランコやらの遊具がそこかしこにあった。だから土日は子供づれの親で溢れかえっている。
僕達は吸い込まれていくみたいに、噴水のとこに向かって歩いていた。まだ噴水まで距離があるのに、水飛沫が僕達の顔や衣服を少し濡らした。
噴水では四、五人の子供が遊んでいる。子供達全員の顔に浮かぶ笑顔を見て、僕はちょっと和んだ。
「なぁ、本当にやるのか?」唐突に僕は口を開いた。罪悪感がそうさせた。
その問いに答えてくれる者はなかった。ただその沈黙が、無言で肯定をしているみたいで気味悪かった。
わかっている。犯罪でもしてカネを稼がないと、僕達は生きていけないということに。
父は病気で去年他界し、母は末っ子の僕が生まれた翌月、死んだらしい。
父が生きてたころは僕達五人兄弟はまだ楽が出来たけど、父が死んでからは僕達がなんとかカネを稼いで裕福とはかけ離れた生活を強いられてきた。
だけどもう、それも限界。いまどき高校生や中学生を雇ってくれる場所なんてないし、大学中退した人の稼げるカネなんて高が知れてる。
そう、僕達にはこれしか、道がないみたい。いや、探せば在るかもしれない。だけど探している時間はない。手っ取り早く、カネを手に入れたいから。
僕は仮面をかぶる。それは他人を蹴落としてでも生きる、犯罪者の仮面だ。もちろん比喩だが、事実だ。
冷酷になれ。冷淡になれ。罪悪感なんておぼえない、人間になれ。そう自分自身に暗示をかける。
僕達の選んだ、カネ稼ぎの方法。たった一つの冴えたやり方、それは…………………誘拐、だった。
そして僕達五人兄弟は、噴水で遊ぶ一人の少女に声をかけた。
89:名無し物書き@推敲中?
10/04/11 11:13:22
次は「方舟」「神」「童話」で
90:名無し物書き@推敲中?
10/04/15 21:06:11
「えっ、骨皮先生の原稿を!?」
入社して一カ月の新人くんが初めて担当する作家の名を告げられ、体を強張らせた。
骨皮白血球。人気作家であり、酒好きであり、そして
人形好き。
「少年人形を好むらしいよ」
の先輩編集者の脅しに、骨皮の原稿をもらうために走る新人くんは、
べそをかいていた。
「BAR黒い方舟」
神も仏もべそをかきそうな看板だ。
「・・・こ、こんばんわぁ」
そっと覗くと、ほの暗いカウンターの奥に、黒ぶち眼鏡で顔の青白い、
名前通りの骨と皮がそのまま燕尾服を着た中年男が、細い目を向け、
「おお、こっちこっち、今回は童話でいいんだよね」
甲高くも気さくな笑顔が、店内に響いたのだった。
次は「野球」「株」「チラシの裏」でお願いします。
91:「野球」「株」「チラシの裏」
10/04/15 21:55:57
「タカユキさーん」
ふりかえると、ヤマジ君が防具をつけてグラウンドに上がってきた。
ヤマジ君の防具は比較的最近のものらしく、キャッチャーというより
アイス・ホッケーか、武道の防具のようだ。
「タカユキさん、こんにちわ。僕がキャッチャーのヤマジです」
「キミの名前は、知っていたが……」どこで出会ったのかちょっと
記憶に無い。ヤマジ君は背が高い。痩身長躯でならした私と、
そう変わっていない。
右腕。力を入れるのは久しぶりだ。隆と筋肉が二の腕の皮膚の
下を流れる。十八、十九の頃の感覚だ。
「タカユキさんは、えーっと、いつお生まれですか?」
「僕は昭和五年」
「ボクは、昭和六十二年です」
「ずいぶん早いな」「ええ、病気でです」
「そうか……僕は寿命って奴だな、思い残す事は、あるかい?」
ヤマジ君は、ちょっとうつむいて、額にしわを刻んだり伸ばしたりした。
「コドモと、ヨメさんですね。あっというまだったから、こんなことここでは
チラシの裏に書けって言われそうですが」
「僕はね……株。ごうつく爺と言われようが、死ぬまで株を子供に
操作させなかった」
「カネは、こわい」
「さ」僕は温まった身体を、田園に作られたグラウンドのマウンドに
向かって歩き出した。
「キミは、東京巨大軍のエースの高校のときのキャッチャーだったって?
そいつは豪儀だ。リード頼むよ」
「はいっ」
『九番、ピッチャー、オオガイ君、オーケー大卒、リーグ15勝、
以上で平成二十二年星雲ラッキーズの
スターティング・メンバーです……』
次のお題「花見」「裏切り」「いたずら」
92:「花見」「裏切り」「いたずら」
10/04/16 17:55:45
花見が嫌いだ。正確には花見客が嫌いだ。
第一に、なぜ花を眺めるのに人の群れる必要があるのか理解できない。
第二に、ふてぶてしくも桜の木の下に陣取る神経が理解できない。あれでは通行人が桜を眺められない。
幼心にそう思って、花見客成敗を試みたことがある。
最初は占拠だ。近所のいたずら小僧をかき集めて、まだ夜の明けぬうちに桜の下に陣取った。
一本や二本じゃない。境内すべての桜の下をゴザで敷き詰め、団員を座らせ夜を睨んだ。
睨んだのだが、これは失敗に終わった。
まず団員が若すぎた。平均年齢12歳の我々は夕飯前に帰らなければならない。
花見客が来る頃にはゴザだけ敷かれた状況になっており、さあどうぞここで花見を、という具合。
アベコベに歓迎してしまった。
そして裏切り者も現れた。占拠した陣地を花見客に売り渡した者がいて、これは酒屋の息子だが、
私は幼くしてカエサルの無情を知った。
智者は敗れどもすみやかに立ち上がる。私もすみやかに立ち上がった。
次の作戦は神頼みで、桜の木に注連縄を巻き、その傍に松明を燃した。桜を神の木に見立てる魂胆で、
いくら無神経な花見客にしても、神木の下で酒宴を催そうなどとは思わないだろう。
だが私は浅はかだった。かえって花見を盛り上げてしまった。
ふと気付くと、桜の木どころか、酩酊のオヤジたちまでもが頭に注連縄を巻いている。
正確にはネクタイだが、注連縄がないからネクタイで代用、といったところなのか、
この国の男たちは実に信心深い。私は自分の無心を恥じた。
結局私は松明で花見に明りを添えただけであり、前回同様、またしても彼らを歓迎してしまったのだ。
月日は流れ、私は今、花見歓迎大使をもって任じられている。
この幼少の功績が認められての沙汰であるのは言うまでもない。
だがひと言だけ言わせてほしい。私は、花見が、嫌いなのだ!
93:名無し物書き@推敲中?
10/04/16 17:58:10
次のお題。
「プラトン立体」「産婆」「蝉」
94:「プラトン立体」「産婆」「蝉」
10/04/16 23:44:10
夏休みまで一週間。中学二年生の僕達にとって高校受験はまだ先
で、授業には身が入らなかった。
蝉がすだく窓際で、僕と島岡は自習時間にサッカーに興じていた。
机の上に線を引いて、ペンのボタンのばねの力で消しゴムで作った
ボールを「蹴る」あれである。
最初は球体を消しゴムから切り出していたが、いまいち飛びすぎる
のと、偶然性をころがりに導入した方が面白いので、見た目が
サッカー・ボールになんとなく似ている正十二面体のプラトン立体にしてみた。
暇な連中が見物に来た。「あ、俺、俺にもやらせて」と言う声が飛んだ。
やってみるとそれ程でもないが、はたから観ると面白そうに観えるのかも
しれない。
そのうち、ディフェンスも盤上に存在した方がいいんじゃないかという意見が
出た。場合によってはオウン・ゴールも発生するわけだ。オフェンス・ファールも
相手方ディフェンスの消しゴムの人形にペンのボタンが触れたらアウトだ。
「こうなってくると観客も欲しいよな」周囲のみんなは、自分のくずの
消しゴムに目鼻を描いたり、そのころ流行だった玩具のキャラクターを
ピッチの外側に置いた。「有った!有ったサンバ・チーム」浩介がポケット
から糸くずまみれの『ビビンバ』の筋ケシを取り出した。
ビビンバは登場したときは敵側で、おまけに造形物なので、女性らしい
しおらしさは微塵もない。「サンバというか、サンババアだよな……」。
試合が白熱し、島岡のフリーキックになった。僕は自分側のディフェンス
をゴール前に配した。そうか……と妙案を思いついた。
「ジャジャーン、ここで、ビビンバ選手の登場です」
「なんで?ビビンバは観客でしょ?」「秘密選手登録しとった」
ビビンバは鉄壁であり、完全とは言わないがシュートをほぼ全部防ぎ
きった。ビビンバはグラウンド上では異常にスケールがでかい。ルール
は改正され、ビビンバは両チーム共有の助っ人ということで、一チーム
一試合3三回までの限定出場になった。「産婆!産婆貸せ!」試合局面
の転換点で僕らの声が飛んだ。
僕の営業車のミラー裏には、妻の手作りのポーチの中で、あのとき僕の
ゴールを守ってくれた「ビビンバ」の浩介から30年前貰った人形と、
僕の子供達の写真が見守っていてくれる。
95:名無し物書き@推敲中?
10/04/17 00:10:02
次のお題「ピクニック」「仲間はずれ」「逆襲」
96:「ピクニック」「仲間はずれ」「逆襲」
10/04/17 17:29:00
「くそっ、何がピクニックだ!」
太郎は忌々しげに渡り廊下を見つめていた。セミの声がうるさいほど耳に響き神経を逆
撫でるのに、きゃあきゃあと子供のような声を上げて喜ぶ三人の友人達は、もっと鬱陶しかった。
滴ってくる額の汗を拭い、怒りに任せ水筒の蓋に注いだお茶を一気に空ける。喉が鳴る
のと同時に、晴天の空に、パンッ! と軽快な音が響いて消えた。
不意を衝かれた太郎はびくりと肩を上げ、校舎に張り付いていたセミも同時に飛び上がった。
「結構でかかったよな、いまの音。セミもびびってたし」
「太郎はもっと飛んだみたいだぜ。―んじゃぁ、次は俺。特大のいくぜ!」
言って、くわえていた四角い紙パックを地面に置き、大きく足を振り上げる。太郎は頬
杖を突く振りをして、すかさず耳を塞いだ。
なんで俺だけお茶なんだよ、と愚痴を言った今朝の事が思い出された。
「お茶で十分でしょ、潤すんなら。贅沢言いなさんな」
母にジュース代をくれとせがんだ返答がこれだった。飲み物が欲しいんじゃなくパック
が欲しいんだ、とは言えず、太郎は渋々水筒をつかんで学校へ向かった。結果、パック踏
みの遊びから仲間はずれにされ、少し離れた場所でいじけながらお茶を飲むしかなかった。
「面白かったよな。また明日やろうぜ」
自販機横のゴミ箱にパックを捨て、友人達は楽しそうに教室に戻っていく。取り残され
た太郎は、ピクニックと書かれたロゴを思い切り蹴飛ばした。蹴飛ばしてスッキリするわ
けではなかったが、蹴らずにはいられない疎外感があった。
教室に戻ってみると、室内はむっとした空気で満たされていた。先ほどの無駄な怒りも
手伝って、喉がまた乾いてくる。椅子にどかっと腰を掛け、無造作にお茶を注いだ。コッ
プに口をつけようとして幾つかの視線を感じ、横目でそれを確認した。そこには物欲しそ
うに水筒を見つめる三人の顔。
もしかしてこれが欲しいの、とコップを指さしてみる。友人達は喉を鳴らして頷いた。
「美味そうだったよなー、ピクニック。コーヒー味だったっけ? 貧乏人はお茶で我慢しとこーっと」
期せずして逆襲に転じていた自分に気が付き、太郎はコップを傾けながらにんまりと笑った。
97:名無し物書き@推敲中?
10/04/17 17:33:00
お題は継続で。
98:名無し物書き@推敲中?
10/04/19 03:04:26
公園のベンチで横になり鳩を見ていた。様々な鳩を。
盲目の鳩。
ピクニック気分の鳩。
逆襲の鳩。
仲間外れの鳩。
時間をつぶす鳩。
羽を探す鳩。
狸寝入りの鳩。
沈黙の鳩。
典型的な鳩。
潔癖症の鳩。
鍵を無くした鳩。
鳩嫌いな鳩。
突然どこかで銃声が鳴り響き、鳩達は一斉に飛び立っていった。それでも僕はしばらく鳩達が居た地面を見つめていた。するとどこからともなく一羽、また一羽と鳩が現れ、また元の光景が再現された。僕は欠伸を一つして、また鳩の観察に戻った。
次の題 薄幸 薄荷 薄弱
99:名無し物書き@推敲中?
10/04/21 23:44:47
それは、八月の中ごろ。煮えたぎるように暑い日のことだった。
森林公園、見渡す限りの緑が、視界に敷き詰められていた。そこにあたしはただ一人、ぽつん、といた。前後左右、延々と続く緑。
自業自得とは認めたくない。確かにちょっとはしゃいじゃったけど。帰るぞ、って両親の声から逃げるように走り回ったけど。
あたしが迷子になったのは、きっとあたし自身が薄幸で不幸だからだ。そうだ、そうに違いない。
あぁ暑い、暑い。お母さんお父さん。どこにいるのよもう!だれか返事してよ。
頬を、涙が伝っていた。ダムが決壊したみたいに、涙が溢れ出た。「お父さぁん…………」
「あれ、迷子かい?」唐突に、声が聞こえた。青年の声だった。声のした方向を見る。
「お嬢ちゃん、どこから来たの」青年は尋ねてきた。あたしは、あっちの方と指を指していった。
誰かに出会えたことへの安堵が、あたしの涙腺をさらに緩めて、涙がもっと溢れ出た。
しばらく経って(泣き止んでから)、青年は、向こうに行くかい?パパとママがいるんだろう?と聞いてきた。
あたしはこくりとうなづいて、歩き始める。あたしはぎゅうと、青年の手を握った。身長差がかなりあった。
「薄荷って、知ってるかい?」青年が切り出してきた。あたしはううんと首を横に振る。
「薄弱の薄に、荷台の荷でハッカというんだけどね、あれは実に美味しいね」食べてみたいな、とあたしは聞きながら思った。
「こう暑い日には尚美味しいんだ。すーっとしてね。食べてみるといい」あたしは静かに頷いた。
やがて、お父さん、お母さんの姿が見えた。二人はまだ、こちらに気付いていない。
「ああ、着いたね。じゃ、僕は元のとこに戻るかな」青年のその言葉に、あたしは制止の声をかける。お礼も何もしていないのに。
「お礼か、じゃ、一つお願いしたいな。この公園の麓にある墓にさ、お供えをしてくれよ」
え、と聞き返す暇もなく、青年の姿はふっと消えてしまった……。
あの出来事から、10年。いまでも週に一回はお墓参りに行っている。そしていつも同じものをお供えする。
今日も、暑い日だった。まるであの日みたいだ。今日みたいに、暑い日には――。
薄荷の香りが、鼻腔をくすぐった。すーっとして、尚良い。
100:名無し物書き@推敲中?
10/04/21 23:46:45
次は 重鎮 重圧 重心
101:名無し物書き@推敲中?
10/04/23 11:29:29
「少将、ご決断を」
まだ春も遠い季節だというのに、少将の顎から汗がひとしずく流れ落ちた。
執務室の外には、軍の重鎮である彼を頼って多くの市民が詰めかけている。
市民たちが求めている物は、少将とて理解している。しかし彼は中庸を旨としてきた。
軍属でありながらも市民にも王族にも配慮をしてきた。
だが、今。この国は権力の重心を失った。
争いを避けるためにとれる手立ては、軍による独裁か、王による親政か。
しかしそれは、市民の望んだ民主主義を、憲法の排除と同義だ。
(どうするーー)
のしかかる重圧に、少将の座った椅子がぎしりときしんだ。
次は「水晶」「深海」「雪」で。
102:「水晶」「深海」「雪」
10/04/27 19:57:26
「『深海に雪が降りつつ水晶の玉に映りしをみなのかけら』」
「オミナってなんだよ?」
「女って意味さ」
「女のカケラって、どういう意味?」
「そうだな…言ってみりゃ、かつては女だった、が、今はその魅力がかけら程度ってわけ」
「じゃ、それは年寄りの女、つまりババアってなとこだな。それで深海に雪が降るってなぁ解せんぜ」
「それは水晶に映ってるんだから幻想的表現だよ、相変わらずセンスないね、君」
「言ってくれるね…じゃ、その歌の真意を聞かせてもらおうか?納得できるように説明してくれよ」
「レベルを合わせるは得意じゃないけど……、要するにだ、すごく暗くって、寒くって、淋しくって、かつての若さを誇示したいけど、映っているのは真実っていうとこ」
「たいした答え方じゃねぇな、お前も俺と似たようなもんだ」
「じゃ、こんなのはどう?『水晶に映りしをみな一人あり男殺しをあやし美貌で』どう?」
「話になんないね」
103:名無し物書き@推敲中?
10/04/27 19:58:44
次は「野球」「血」「本」でお願いします。
104:名無し物書き@推敲中?
10/05/04 00:24:07
バッテリーと言う本を読んだ。ふむ、面白い。これはいいスポ根ですね。
だから、というわけではない。もともと野球には興味が有った。ドカベンとかストライプブルーとかタッチとかそういった感じの漫画も読んでるし。
いや、まぁ、何が言いたいかって、うんそのつまり…野球部に入ってみました。
あぁ、勘違いしないでほしい。バッテリーに影響されたわけじゃない。ここ重要。僕はそんな小説如きに流される軟弱な人間ではない。
うーんと、その、青春に一味加えたかったから、まぁ、熱血的な青春って言うの?そう、熱血的な青春を味わうために入部しました。
でね、入部したんだよ。そこまではいい。あの、さ。練習が、ハードでさ。
いやいや、嫌って事ではない。コーチ死ねクソなんて思ったことは微塵もない。
まぁ、頑張ってみるかな。俺はまだ登り始めたばかりだからよ、この果てしなく長い野球人生をよ。
うんでもそんなこといっても俺三年で未だレギュラーなれず万年補欠畜生わっしょいうああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ちょっと一年殺してくる。俺より目立ちやがってあの野郎どもふんがああああああああああああああ。 桂木青年の供述は以上である。
そして桂木青年(18)の青春は、鉄格子の中で終わりを迎えたのだった。
105:名無し物書き@推敲中?
10/05/04 00:26:35
次は「司書」「要請」「プラネタリウム」でお願いします
106:名無し物書き@推敲中?
10/05/06 08:07:04
「ようこそ、プラネタリウム図書館へ。わたくし司書の松永と申します」
「プラネタリウム図書館? なんです、それ」
俺は思わず聞き返した。真夏の炎天下、額に滴る汗をハンカチで拭いながら、
目の前に建つ灰色のコンクリートの建物を見上げる。
地元住民の話によれば、ただの空き地だった場所に、突如一夜にしてこの施設が現れたという。
一方、小さな町役場に勤務する俺は、町からの要請で、許可もなしに建てられたこの施設について、
その責任者と話をすべく派遣された職員だった。
そんなことはどうでもいいだろう、という個人的な感想は同僚の誰にも言ってない。
肌が焼けつくような暑さの中、役所のバイクを延々とこんな遠くまで飛ばしてきたのである。
さっさと要件を済ませて帰えりたい。
「プラネタリウムと図書館を合体させた、今新しい施設なのですよ。今月の初めにオープンしまして……」
松永さんはさわやかな笑顔で説明を開始する。
プラネタリウムと図書館とただくっつけただけで、何が新しい施設なのだろう。
しかしセミの声がうるさい。松永さん、やっぱり説明は後でいいから、とにかく早く中へ入れてくれないか。
「本日は旧館日で私ししかいませんよ。それでも中をご覧になりますか?」
もちろん。
「止めておいた方がいいですよ」
ひっかかる物言いをされた。
しかし男の肩越しから奥を覗き見る。中は薄暗くて見えないが、
彼の汗一つかかず涼しげな様子を見ると、きっとガンガンにクーラーが効いているに違いない。
「どうしてもというのですね? 面白い人だ。どうぞ中へ、全て詳しくご説明いたしますよ」
やった。これで灼熱とはおさらばだ。
建物の中へと一歩踏み出す。
その時、後ろでバタンと扉が勝手にしまった。じとじと張り付いていた汗が急に引っ込んだ。
「自動ドアですよ。そんな驚いた顔をしないで下さい」
松永さんはにんまりと笑い、そくさくと奥へと進んで、薄暗い奥へと消えていった。
二枚扉の自動ドアなんて初めて見た。
何か嫌な予感がしたが、頭をふって考えを放棄する。
「待ってください。松永さん」
そう言って俺は奥へと進んだ。このとき俺は戻るべきだったんだ。でも後悔しても何にもならない。
107:名無し物書き@推敲中?
10/05/06 08:09:53
次は「時計」「鳩」「ファミリーレストラン」でお願いします。
108:名無し物書き@推敲中?
10/05/07 01:09:16
問題は彼女が気に入ってくれるかだ。
俺は散々、一人ウィンドウショッピングをしたあと、近くのファミレスに入って紅茶を頼み延々と考えていた。
俺の彼女は時間にルーズだ。しかも朝、俺が起こさないと絶対に起きない。
で…問題のこの丁寧に包まれている誕生日プレゼントだ。
中身は『大きな目覚まし付き鳩時計』
まずこのちょっと大きめのポッポポッポの声で起きるかどうかが怪しい。
俺のモーニングコールでは起きるんだから起きると信じたい。
俺は意を決して彼女のアパートに行くことにした。
「嬉しいよっ!」
彼女の反応は思った通りだった。
「これからはこの鳩を俺だと思って起きてくれ」
「あたしを起こすのが面倒になった?」
「違う。俺がいなくてもきっぱり起きれるところを見せて欲しいんだ」
「そんなに私、起きない? きちんと起きてるでしょ?」
「目覚まし3つの大音量で寝てるやつが言っても説得力無いぞ」
「でも友也の声では起きれてるよ」
「じゃあ、もし俺がいなかったらどうなるんだよ。遅刻ばっかで進級できないぞ」
「友也はずっと一緒だし問題ないよ。でもこの鳩時計は他の目覚ましと一緒に大切にするね」
「そのうち他の目覚ましと一緒にはならないさ」
「どういう意味?」
「そのうちわかる」
「私が友也と幼馴染みで恋人だからだよね。わかるよ。あはは」
「じゃあ、帰るわ」
「うん。バイバイ。おやすみ。今日はありがと」
俺はその言葉を噛みしめて、彼女のアパートをあとにした。
彼女の名前の鳩音にあやかって鳩時計を買ったが、本当に役立つ時が来るのだろうか。
あと一週間前後で終わる俺の人生の後も鳩音の人生は続いていく。
いや、きっと思い出してくれるし、遅刻癖も直るだろう。俺のことで苦しむかどうかだけが気がかりだった。
でも鳩音なら大丈夫だ。きっと上手くやっていける。俺は夜空を見上げながらそんなことを思っていた。
109:名無し物書き@推敲中?
10/05/07 01:11:45
次は「ピアノ」「手紙」「妹」でお願いします。
110:「ピアノ」「手紙」「妹」
10/05/07 21:10:48
「『妹(いも)は言うピアノ買いしが腕はなし手紙に書きし半濁音符』」
「ハンダクオンプってなんだよ?芋がなんでしゃべるんだよ?」
「半濁音符って言うのは、ハヒフヘホの右肩に付けるちっちゃい丸のこと。芋じゃない。妹って書いて、イモって発音するんだよ」
「どうして手紙にパピプペポを書くんだよ?」
「音符にひっかけた言葉遊びだよ、ピアノがあるんだから。相変わらずセンスないね、君」
「言ってくれるね…じゃ、その歌の真意を聞かせてもらおうか?納得できるように説明してくれよ」
「面倒くさいけど…要するにだ、ピアノを衝動買いしたけど、全然弾けないんだよ。我にかえって手紙を書いて、その虚しさを表現しているんだ」
「とってつけたような説明しやがって、お前も俺と似たようなもんだ」
「じゃ、こういうのはどう?『旋律に心奪われ夢心地ピアノが語る夢物語』どう?」
「話になんないね」
111:名無し物書き@推敲中?
10/05/07 21:12:31
次は「悪霊」「禁色」「変身」でお願いします。
112:名無し物書き@推敲中?
10/05/08 00:40:06
当時は悪霊がたくさんいたものだ。
それは今の人間がいる前の時代、恐竜が現れるさらに前の時代。
昔は白色と黒色と禁色というものがあった。
ちなみに今の金色の語源が禁色と言う説が今では一般である。
その三色しかない空間ではあらゆるものが絶え間なく変化、いや、変身と言った方がいいだろうか。
それを繰り返している。人間の歴史上最後に観測できた事実である。
次は、「思考停止」「脳内」「希望」でお願いします。
113:「思考停止」「脳内」「希望」
10/05/08 21:49:04
「『脳内で希望が消えて集まらん烏合の衆が思考停止で』」
「思考停止?お前、俺のこと完全になめてるだろ?そうだろが」
「なめてないよ。君は大切な友人だ」
「じゃ、俺をなめてないっていう証明をしろ!納得いくように説明しろ!」
「君はいつも難しい質問をするね…いいだろう、要するにだ、希望が持てなくなった連中なんて相手にする必要はないんだ、理屈なんていらない、
希望をなくしちゃいけないってとこ」
「初めてだな、良い答え方をするじゃねえか」
「こういうのはどう?『この命捨ててはいけぬ希望をも誰に尽くさん日の丸の本(もと)』どう?」
「いいんじゃないの」
114:名無し物書き@推敲中?
10/05/08 21:50:47
次は「ペスト」「塩」「砂糖」でお願いします。
115:名無し物書き@推敲中?
10/05/08 23:13:53
やつはタチの悪い女にいれあげた。頭に血が上って完全に女にたまをぬかれちまった。唇の形のいい性悪の女。
それだけなら何も問題はなかった。問題はおれがその性悪に手をだしてしまったってことだけだ。
おれはやつの顔につぶした。やつの後ろ髪を掴んでどぶの中に思いっきり突っ込んで泥まみれにしちまった。
執念深いやつは大量のイヌを動員しておれを追っている。獰猛で残酷な命を鼻紙ほども思ってない欲望に滾ったイヌどもを。
やつはおれの希望を根絶やしにするつもりらしい。おれを燻りだすイヌどもの包囲網は日をおうごとに狭まってきている。
おれの所縁があるものたち、まあそれも吹けば飛ぶようなものだか、それも徹底的に締めあげられ、恐怖を叩きこまれ、いまでは喜んでおれをやつの前にさしだすだろう。
おれの居場所が今やこの安ホテルの一室だけだ。いやおれ達を言うべきか……
「どうしたの?」思考停止したガキのような何の悩みも感じられない声。忌々しい声。おれを陶然とさせる声。
女はベットに腰を掛けておれの顔を見つめている。
「どうにかしておれの命をつなぐためにお前をやつに送りつける算段をつけてるとこだよ」
それを聞いて女はほくそ笑む。形のいい唇が三日月のようにつりあがる。
「そうね。それが一番賢い選択よね」「ああ。賢い選択ってのはいつも驚くほど単純で分かりやすいもんだ」
女はさらに高く笑いはじめる。女の硝子細工のような声が部屋の天井にあたってわんわんと反響する。ひとしきり笑い終わると女は服を脱ぎ始める。
服を床に落とすと、下着に手をかけて一糸纏わぬ姿になっておれの肩に手をかける。張りのある乳房が小刻みに揺れている。女が震えていることがおれには分かる。
「でもいまはまだわたしはあなたのものなのよ」
おれの脳内に血のように紅い花が咲き乱れはじめる。
116:名無し物書き@推敲中?
10/05/08 23:17:02
書いたんでおいときますね。
お題は114で。
117:名無し物書き@推敲中?
10/05/15 00:20:40
「あのねえ、お友達になって。いいわよ、あなたも、うんと楽しめる。」
メドューサの髪が俺の肢体に絡みつく。無数の毒蛇のパックリ開く鎌口。
地獄の使いたるペスト菌ごとき黒きもの、一匹、二匹、無数に吐き出され、
俺の全身に這い回る
「つまらないわ。刑事なんて。教えて内部情報。」
砂糖菓子の甘き蜜のごとき燃え立つ唇に、俺は抗し得ない
地平線の果てもなく続く、凍える白ひとつたる塩湖の真っ只中に己は突っ立つ
天地に稲妻走り大地が裂ける
俺はその暗き闇、彼女の瞳の底にあてどもなく真っ逆様に沈んでいく
次は「魔法」「エプロン」「カレーライス」でお願いします。
118:名無し物書き@推敲中?
10/05/23 02:33:51
私の住む世界がRPGだったら、私は剣士でも僧侶でも商人でもなくて只の村人Aでしかないのだ。
魔法も、特別な力も、勇者の血も、一子相伝の拳法も、代々につたわる曰く付の刀も、何もない。
私は無力な一般人でしかない。魔王が現れても、勇者が助けてくれるのを待つしかない。
だから、私は姉を助けることも出来ない。ザオルクを使おうにも私は呪文の唱え方を知らないし、MPが一つもない。
桃色のエプロンを身に纏いながら、病院のベッドに横たわる姉の隣に立つ。
「ごめんね…お姉ちゃん」私の声は、聞こえているだろうか。多分、もう、聞こえていない。息をしていない姉自身が、それを物語っていた。
「私………………何にも出来なかった」そっと、姉の手を握る。
姉の様態が急変したとの知らせが入ったのは、つい、さっきだった。
急いで病院に駆けつけてきたときには、もう姉は…………………。
「お姉ちゃん、何で」その後に、私は何て言おうとしたのだろう。何で、明日退院出来るって言うのに、死んでしまったの?多分、そう言いたかったんだろう。その言葉は声にはならず、私の口からは代わりに嗚咽が漏れた。
家ではカレーライスを作っていた最中だった。カレーは一日おいておくと美味しくなるし、明日は姉の退院予定日だったから……………………。
神様は意地悪だ。神なんて名ばかりで、人の命一つすら救ってはくれない。私が泣いているのに、慰めの言葉すら言わない。
勇者も魔王は倒したって、人一人の命は助けてくれない。
ねえ、誰か。私の願いを叶えてほしい。たった一つの、私の願いを。
お姉ちゃんと一緒に、もう一度カレーライスを食べたいと言う、その願いを。
119:名無し物書き@推敲中?
10/05/23 02:35:54
次は「颯爽」「疲弊」「ゴール」でお願いします。
120:名無し物書き@推敲中?
10/05/28 02:26:17
高層ビルの高層エレベーターを降りて、颯爽と出かける君は
まるで、あの、赤い靴を履いた踊子の様だ。
赤い靴の踊子は、踊りを止める事ができない。
靴の命じるまま、踊り続けるしかない。
23歳で入った保険には、80歳までの保障金額が記入済。準備万端、大丈夫。
それから後に続く線は、微妙な点線だけど。そんな事、気にしない、気にしない。
十年も二十年も踊り続けるその視野の中を、何かが超高速で通り過ぎる。
それを見直す時間はない。赤い靴の踊子に、そんな余裕なんてない。
やがて定年がくる。ゴールに到着。靴を脱げる日がついに来た。
でも、踊り疲れ、疲弊し尽くした君の足は、もう昔の様に軽くない。
ビデオが終わった、ライトがついた。
「なんと悲しい事でしょう・・・」と、司会者は注意深く音程を下げる。
空席も目立つけど、手は抜けない司会者。「これが人生と言えるのか!?」
「そんな時のために、我が社の終身養老保険!定期健診と終身保障で・・・」
パイプ椅子のサクラの客の表情が、疲弊しきってた。
※:読み返すと・・・くどいなあw 疲れてるのは午前2時のせいかも
次のお題は:「夏服」「ロケット」「双曲線」でおねrがいしまふ
121:名無し物書き@推敲中?
10/06/04 12:17:34
夏服 ロケット 双曲線
二つのロケット、双曲線。
夏の朝のまだ綺麗な街を泳ぐあの娘。
僕は歩幅を調整し次の信号、彼女がこっち側に渡ってくる信号までの距離を詰める。彼女が近づいてくる。タイミングはばっちりだ。
「おはよう」
「……おはよう」
それだけ。だけどそれから次の歩道橋までの五分は僕にとって一日で一番深い幸福と平安な時間だ。
風が揺らす夏服のスカートから、艶やかな長い黒髪から零れるビー玉。シャンプーの匂い。
遠くを見つめる瞳、憂いで湿った長い睫。何を考えているんだろう。もっと色々知りたいと思う。でももしそれでこの関係が壊れるなら僕は何ひとつ知りたくない。
ずっとこのままでいい。
このままでいられるならずっとこのままでいい。
「じゃあ」
「……じゃあ」
いつの間にか歩道橋に着いていた。僕は歩道橋の上からどんどん離れて遠くなって行く彼女をビルの陰に隠れるまで見続けた。
二つのロケット。双曲線。
次題 「プルトニウム」「飴」「鎖骨」
122:名無し物書き@推敲中?
10/06/04 18:12:49
「赤いプルトニウムって芸人知ってる?」「ううん。知らない。メジャーなの?」「さあ?僕も良く知らない。でもなんか格好良い芸名じゃない?」「ああ、まあ、そう言われるとカッコいいかもね」
窓からのぞく曇天に、ため息をもらした。暗い室内にはボクと彼…武藤の男二人だけ。
会話が途切れて、沈黙がボクらを襲った。外から聞こえる雨音に、ボクは再びため息をもらす。早く雨、止まないかな。
「暇だね……」武藤の言葉に「そうだね」と返事する。外に行けばいいのかもしれないが、買いたい物も行きたい所も無かった。
「飴、食べる?」武藤の提案にボクは賛成の意を示した。何味がいい?そうだな、酸っぱいやつがいいな。じゃあ、檸檬は?うん、それで。
ざあ ざあ ざあ ざあ ざあ 雨音は小さくなりながらも、規則的な音を響かせた。雨は少しずつ弱くなっていたが、ボクの憂鬱は治まらない。
飴が口の中に転がり、舌に酸味を残して溶けていく。「武藤は何の味の飴なの?」「僕?コーラ味だよ」「ふうん」そして再び会話が途切れる。
「そうだ。武藤はどこの大学に行くの?」僕の問いにわずかな間を置いて「僕は……○大に行くつもりだよ」静かにそう言った。
武藤の言った大学の名は、日本じゃかなり名の知れた超難関大だった。ボクはそんなとこに行ける程の頭脳が無いから、少し溝を感じてしまった。「お前は?」武藤の問いにボクは、答えることが出来なかった。
ボクらももう、高校三年生。あと少しで、立派な大人。そして社会人。親に頼っていつまでも生きていけるはずも無い。後少しで、本当の『巣立ち』。
多分武藤は、大学卒業後のこととかもちゃんと考えているのだろう。ボクはまだ、漠然としか決まってない。
何だか湿っぽい。あーあ、じめじめしてて嫌だな。むずむずとする鎖骨の辺りを掻いて、ボクはちらりと窓の外を見る。
雨が上がろうとしていた。
123:名無し物書き@推敲中?
10/06/04 18:15:40
次は「夜闇」「月光」「お姫様」でお願いします
124:「夜闇」「月光」「お姫様」
10/06/04 23:59:49
「今晩は妙に町がざわついているね。ローカルな祭でもあるのかな?」
駅前の村に一軒のコンビニ、晩御飯を購買がてら、克夫は、雇われ店長のポン太くんに尋ねた。
「はは~ん。こんな静かな夜闇で祭はなかっぺ。いつもの夜だと思うっぺよ」
云われてみればそうか? でも、なんか妙な胸騒ぎがするんだがな……
克夫は首を振り振り、外に出た。ジーパチパチ。誘蛾灯の電撃に蛾が弾ける音。
店舗なら、最近は紫外線カットで虫を寄せ付けない蛍光灯があるんだがな。
今度、漁協で会ったら、店の持ち主の西崎薫に勧めてみるか。
克夫は帰路に浜辺に立ち寄り、そこで、晩御飯の幕の内弁当を食べた。
一人暮らしの、寂しい家で、飯を食う気がしなくなったのだ。
もっとも、夜の浜辺も、人気はないのだが……。
雲間から明るい月が顔をだし、煌く月光にか細い星々の光は圧倒される。
2匹の蛾がスポットライトの中、ワルツを舞った。蛾のお姫様と王子様だ。
「あっ、これだ!」克夫の耳の中で、天然のワルツの音が美しく鳴り響いた。
次は「狸」「月」「坂」でお願いします。
125:名無し物書き@推敲中?
10/06/05 02:18:49
辺りは閑散としていて、人っ子一人いない。耳が痛くなる位の静寂が、彼を襲った。
彼は山奥の砂利だらけの坂を一人登っていた。冬も間近な11月、彼の吐く息は白かった。
街頭は無く、代わりに夜空に浮かぶ月が彼の周囲を照らしている。柔らかな光は、彼の気分を落着かせた。葉っぱの散った木々が、余計に月光を通した。
彼は人間ではなかった。悪魔でもなく天使でもない。阿弥陀如来でもなければイエス=キリストでもない。
では、彼の正体は何か。答えは簡単。狸である。名前が狸と言うわけではなく、彼は正真正銘、生物の『狸』なのである。
今宵の月は、満月だった。毎月、満月の夜には宴が開かれていた。狸だけの宴だ。踊って食べて人間を化かすための宴だ。
やがて坂道を上りきり、頂上に着く。そこは一面の草原が広がっていた。広さは人間で言うところの『コンビニ』程の大きさだった。まあ、草は殆ど枯れているのだけれども。
「およ、おいらが一番乗りかえ?」息を少し切らせつつ、彼はポツリと呟いた。
「うんにゃ、皆は今人間共を化かしに行ってるよ」彼の背後から、声が聞こえた。懐かしい声音だった。狸長の声だった。
「化かしに行ってるってことはもうフィナーレかえ?」彼の問いに「そうじゃな」と狸長は肯定した。
「うじゃ、おいらも化かしに行くとするかえ」彼がそう言って里に下りようとするのを「待ちぃよ」と狸長の声が引きとめた。
「たまにはわしと一緒に、飯でも食わんかい?お前さんとは久しく顔を合わしていなかったのでな」
狸長の提案に彼は「およ、おいらとですか。いいんですか?僕は一般狸ですよ」としどろもどろに語を継いだ。
困惑気味な返答に「たまにゃあ、いいじゃろ」と狸長。まあいいか、彼はそう思って、狸長との食事を楽しむことにした。
満月は、彼らの頭上で未だ光り輝いていた。兎がお餅をついていた。まだ11月なのに、いまからお正月の準備をしていた。
次は「灯火」「夏」「金魚すくい」でお願いします。
126:名無し物書き@推敲中?
10/06/05 04:16:52
月が落ちて悲しみの坂を転がって湖に沈みました。狸寝入りの森は息を潜めて薄く開いた目でちゃあんとそれを見ていました。
月を無くした空は少し暗くなりました。でも星達と狼達はそれを喜びました。 月を溶かした湖は黄金に輝き森を照らしました。
僕はその一部始終を見ていました。
木に掛けた縄の事は忘れて僕は湖に進んでいました。光は辺り一面を照らすほど明るかったのですが少しも眩しくはありませんでした。それはとても優しくまるで母のようなのでした。
周りを見回すと僕のようなのが数十名同じように湖に沈んでいました。僕は少しほっとしました。
やがて僕も他の皆も湖に溶けて結晶になりきらきらと散らばりました。そして僕らは凝固し少しずつ大きくなり新しい月が出来ました。
月はゆっくり浮上し湖面に浮き上がりました。それから一瞬の惜別の輝きの後空に向かって上昇し始めました。僕は、僕らは今まで味わった事のないほどの幸福感に満たされました。狼達は寂しそうに鳴きました。星達は忌々しげに瞬きました。
しばらくして月は止まり、僕らは地上を見下ろしました。そしてさっきまでの僕が、僕らが、迷わないように優しい光を降らせたのでした。
せっかくなので投下。お題は>>125のやつで。
127:名無し物書き@推敲中?
10/06/09 00:49:53
雲間からのぞく半月が、灯火のように仄かな明かりを発していた。
私と先輩は焼き鳥や綿飴を食べたり、射的で千円ぐらい使って百円ほどのキャラメルを手に入れたり、金魚すくいで出目金をすくったりetc、夏のお祭りで大多数の人がやるようなことをし終えた。
いや、訂正。一つだけ残っている。まだ、してないこと。
私達はまだ、花火を見ていない。
ひゅるるるるる…………どぉぉぉぅぅん だぅん、だぅん ひゅるるるるる…………どぉぉぉぅぅん
花火会場に私達がついた頃には、もう花火が打ち上げられ始めていた。
幾つもの色彩が空を舞い、暗闇に華やかさを加味していく。
「きれいですね」うっとりとした口調で、私は言う。「ああ、そうだな」青色の花火が打ち上げられた。
「未央は、花火好きなの?」先輩のその問いに「嫌いだったら、わざわざ見に来ませんよ」と答える。青色の花弁が、吸い込まれるようにして消えていく。
「先輩は嫌いなんですか?」「俺?俺は………あまり、好きじゃない」「どうしてですか?」「すぐに終わっちゃうから、かな」
「でも、終わらない花火なんてありませんよ。雨と同じです」「それでもさ、何か、悲しくなるんだよね。あーあ、終わっちゃったなって言う喪失感みたいな」
喪失感。私は花火が好きだけど、先輩の言うことは良くわかった。時が早く過ぎてるように感じるし、何か、呆気ない。
せめて、私と先輩の関係があの花火みたいにすぐに終わってしまわないようにと願いながら――私は先輩の手を、強く、強く握った。
花火の大輪が、再び夜空に咲いた。
次は「証明」「教室」「欠伸」でお願いします
128:名無し物書き@推敲中?
10/06/15 23:51:59
欠伸はなぜ起こるのか?
私は大学の教室で先生に、欠伸は脳の緊張状態を和らげるために
、また深呼吸するのと同じ作用があります、と教わった。
眠いとき欠伸が出るが、しかし十分睡眠をとった被験者と比較しても有意差はない。
抗欝剤を投与すると欠伸の回数が増えるが、脳内麻薬によって欠伸は抑制される。
欠伸と射精にはなんらかの因果関係が存在する。
欠伸には性的アピールの意味がある・・・。
さてこの興味深い命題、皆さんも一緒に証明してみませんか?
お題は>>127継続で。
129:名無し物書き@推敲中?
10/06/18 21:12:16
3時限目、数学。今日はみんなの苦手な証明問題だ。
先生は逆に証明問題が大好きだから、とても良い笑顔でどっさりプリントを抱えて教室へ入ってくる。
プリントが配られる。流れるプリントを追うようにため息の波。ここからは真剣勝負だ。
と、その真剣な教室に響く、気持ちよさそうな欠伸。声の方に視線が集まる。
「何だ、余裕だな」
先生が意地悪な声をかけると、欠伸の主は慌てて
「違うんです、頭を柔らかくする為にリラックスしようとしたんです」
皆顔を見合わせる。そして教室の中は、無理矢理な欠伸で溢れかえることになった
次は「梅雨」「日差し」「階段」でお願いします。
130:名無し物書き@推敲中?
10/06/20 00:19:36
ディフェンスラインは高い位置に・・・あたかも梅雨前線のように
敵のどんな攻撃にも形を崩さず、粘り強くあれ!
攻撃に転じては、ふいに曇天に差し込む一縷の日差しの如く
鋭く、深く切り込み相手ゴールをおびやかせ!
負けるな日本!頑張れ日本!
デンマークを葬り去り、決勝Tへの階段をかけあがれ!!
お題は、「カズ」「ヒデ」「HONDA」でお願いします
131:名無し物書き@推敲中?
10/06/22 00:56:46
手術も終わり、居眠り半分の彼女の手をとると「あっ!」と彼女の父が叫んだ。
「手術の話を聞いてなかったのか?」と、手術の話を切り出す。
「受胎改善術。環境ホルモン被害に対抗する唯一の出産率向上策だ!」
「ヒデー!小6の娘にそんな手術しますか、普通?」
「手術は成功だ。彼女はもう手をつないだら妊娠する。言うのが遅かったな。」
「え、ええっ?」と脱力したけど…あり得る。この父さんならやりそうだ。
でもいいか。彼女ならいいや。それにしても、残念ではあるなあ。
Hな要素なんて、かけらもない。
OSをインストールして、個人情報を記録する。女の子もパソコンも同じ扱いだ。
Noを叫んでみたところで無駄だ。
DNAを残す事が人類の使命なんだから、彼女の父さんに言わせれば。
A級の受胎能力が何より大事なんだろう。味気の無い話だ。
「出産」は三日後だった。彼女はきまり悪そうにハンカチに包んだ「子供」を見せた。
「ああっ」力無く呟いた。全くもって能率本位だ。「一回の出産で数万倍の効果」か。
彼女が産んだ僕等の子供。薄黄色に固まった卵は、まるでカズノコそのものだった。
※なんとか、全部、普通名詞で通したけど…疲れた。
次のお題は:「数字」「英語」「人工衛星」でお願いしまふ。
132:名無し物書き@推敲中?
10/06/25 20:39:23
「こんな数字ではステルスをまかせられない・・・」
担当のエージェントに告げられた。
「どうしたタイチ、君らしくない。この程度のシミュレーションなら
楽々こなせていたじゃないか?」
「こんなとき英語でどう話せば伝わるんだろ?」
タイチは入所のときから、親身になっていろいろ相談に乗ってくれる
このエージェントにだけは伝えておきたかった。
「最近、心の平衡というか、調和がうまくとれないんです」
きちんと説明したつもりだった。
「どういうこと?」
説明しては聞きただされる、そんなやりとりがしばらく続く。
「・・・とにかく頼むよタイチ。今更後戻りはできないんだ」
僕の予備はいない。僕に最適化されたステルスの攻撃システムは
僕にしか操縦できない。
「yes,sir」
パイロットの心理状況までつぶさに分析し、システムにフィードバックする
新型のこの戦闘機・・・いや飛行型ロボットというべきか。
飛行中のパイロットが不適合と判定されれば、ダミープログラムに即座に切り替わり
その後の一切のコントロールを「magi」が担う。
そう、これはエヴァンゲリオンの知られざる、サイドストーリー。
タイチは戦闘中に人工衛星軌道上に静止した使徒「アラエル」に精神を壊され、若い命を
ステルスと共に散らすことになる。
お題は、「愛」「綾波レイ」「進化」でお願いします
133:名無し物書き@推敲中?
10/07/03 02:12:38
(愛は 新たなる 破滅と進化への 序曲)
黒神と呼ばれ、543年の永きにわたり、
暗黒半球の電波界を牛耳ってきた成層圏プラットフォームは墜落した。
(暗い天球 赤い閃光の綾波 レイが踊り 複雑な文様が次々に生まれては消え 弔いを謡う)
零次はディスプビュアーに流れるデータをリアルの空に目視して、
偽の誘導電波によって友連れになった人工衛星を数える。
クリップボードに挟んだ紙の上、
1から53の数字の横に次々とチャックマークを記入していく。
最後の欄が埋まったとき、静かにペンを置き、隣で見守っていた妻のリタの手を強く握った。
リタは零次の手を握り返す。その手を彼女の膨らんだ、新しい命を宿した腹部へ沿わせる。
天と人の記憶に「bye-bye」、古からの英語の別れ言葉が刻まれた。
別れを返した小さな鼓動の主は、去り行く覇者の魂に見初められ、未来を継承する。
「綾波レイ」。これ流石に普通名詞はないわ。ということで131のお題を採用(_ _;)
次のお題は、「雷雨」「進化」「扇風機」でお願いします。
134:名無し物書き@推敲中?
10/07/05 03:44:01
子供のころ、飛行機が進化したらタケコプターになるんだぜ、と
右隣の席のカドワキくんがでっかい声で話していた。
「そんなわけないよ、首がちぎれちゃう」私は、読み齧った本の通りに答える。
うっせーよガリ勉。不満げな返事とオーバーラップする予鈴の音を妙に覚えている。
外は雷雨だ。湿気と熱気が部屋中にこもり、空気が酷く重い。
築35年のボロアパートは音もよく響く。
激しい雨音と、扇風機の微かなモータ音が支配する、世界から遮断された空間。
一心に首を振る、どこにも行けないタケコプターは、懸命に風を送りだしているが、
ぬるい風が移動したところで、たいして涼しいわけでもない。
雨が上がっても、この部屋で世界を遮断し続ける私には、お似合いかもしれない。
どしゃ降りの雨は、上がるのも早い。
顔馴染みの猫が来るかもしれないから、冷蔵庫の残りを確かめに、私はのっそりと立ち上がった。
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次は「生物」「時計」「洗濯物」でお願いします
135:名無し物書き@推敲中?
10/07/12 15:59:15
生物は皆、死んでしまうらしい。
だから、私が死んでしまうのも仕方ないことなのだ。だって、私は生物……人間なのだから。
もう長くない、と医者が言ってるのを聞いてから、今日で何ヶ月経ったのだろう。もう、覚えていられないほど経ったということなのか。
時計の針は進めども、私にはそれが死へのカウントダウンに聞こえてならない。
ふと、窓の外を見る。
6月の雨が降っていた。外に出なくても、じめじめとしているのが見て取れる。
今、私の入院代を稼ぎながら、高校にも通っている私の妹は何をしているだろう。洗濯物を取り込んでいる最中だろうか。
そういえば、明日は特別に家へ帰ることが許可されているのだ。明日一日だけだけど、とても楽しみだ。
この前、家に電話したとき、妹はカレーを作って待ってるといった。わざわざ1日寝かして、私にご馳走するらしい。もしかしたら、今カレーを作っているのかもしれない。
どくん。
あ、やばい。どくん、どくん。
どくんどくんどくんどぐんどぐんどぐどぐどぐどぐどぐ。
これは、やばい。どぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐどぐ
私はナースコールを押そうと―手が、動かなかった。それだけじゃない。全身が麻酔かけられたみたいに動かない。
瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、生きたいという感情だった。それがもう叶わないことを知っていて、私は願った。
しかしその思いは、次から次へと再生される走馬灯に掻き消された。
私、死ぬんだ。
それが、憎たらしいくらい明瞭に、わかってしまった。
さよなら。
私は、ここにいない妹に、静かに静かに呟いた。
届かない言葉は、私の意識が闇に落ちる寸前で消えてしまった。
136:名無し物書き@推敲中?
10/07/12 16:01:44
次は「遊園地」「観覧車」「両親」でお願いします。
137:名無し物書き@推敲中?
10/07/29 01:46:31
ご迷惑かと思いますが失礼いたします
アリの穴というところで日曜日に競作コンペをやります
お暇な方がいらっしゃればご参加ください
参加作品が5作を越えれば、8月に30枚程度の競作コンペも行う予定です
よろしくお願いします
宣伝、大変失礼しました
○●○創作文芸板競作祭・プチ夏祭り2010○●○
「前夜祭? 祭は不要? 参加作品数が答えです」
テーマ……「蝉」「裸体」どちらでも可、両方も可
会 場……「アリの穴」 URLリンク(ana.vis.ne.jp)
枚 数……アリの穴の枚数で5枚~10枚を厳守して
内容説明に「プチ夏祭り参加作品」と明記
(それ以外は参考作)
日 程……投稿期間 7/31(土)のみ
(日付が変わったら終了)
感想期間 8/1(日)のみ
(5作以上来たら8/2(月)を感想期間に追加)
採点方法……アリの得点をそのまま集計する読者賞のみ
※参加作品が5作以上集まったら、8月20日~22日投稿期間の例年どおりの3枚~32枚までの祭を開催します
その際にはお題は「夏と●●」とします
●●の部分はプチ祭終了後改めて決定します
本スレ スレリンク(bun板)
予備スレ スレリンク(bun板)
138:名無し物書き@推敲中?
10/08/01 23:26:18
両親との思い出を語るとき、決まって私は、遊園地へ家族みんなで行ったことを言う。
観覧車の中で姉と喧嘩してしまったことも。ジェットコースターでお漏らししてまったことも。今となっては、いい思い出だった。
紛れもなくいい思い出だし、忘れたくない思い出だから―だから、私は彼に聞かせた。昔の思い出話を。
「――と、いうことがあったのよ」
私が、家族一緒での遊園地の思い出を語り終えると、彼は興味なさげにふぅんと答えた。
「ほかに感想はないの?」私はつい、いらいらしてしまった。
「ああ、いいお話だったよ」
「それだけ?」
「うーん……じゃあ、代わりといっては何だけど、ぼくの昔話でも聞くかい?」
「釈然としないけど、いいわ。聞かせてよ」
彼は、語り始めた。
「ぼくはね、誘拐犯なんだ。知ってるかい?今、五人組の誘拐犯が、巷を騒がせているだろう?」
「面白くない冗談ね」
「いや、本当なんだ。ま、信じなくてもいいけどね」
そのとき、彼が見せた憂鬱な瞳を、私は忘れることはないだろう。
139:名無し物書き@推敲中?
10/08/01 23:27:51
次は「親友」「ブランコ」「青空」でお願いします
140:名無し物書き@推敲中?
10/08/05 02:36:51
「こうやって世界をっ、揺らっ、すんっ、だっ」
そう言って佳奈はブランコを勢いよく漕いでいた。
意味は分からなかったけど、そうだねと相槌打って僕も勢いをつけていく。でもなかなか追いつけない。
二人は、二つの弧は、追いかけ、追い抜かれ、一瞬目が合い、離れて、止まり、また出会う。僕らは笑った。
楽しかった思い出。佳奈はもういない。
一人でブランコに乗る。
「ずっと友達だよ。親友だよ」―最期の言葉が耳から離れない。
立ち漕ぐ。どんどん勢いを増していく。鎖がギチギチと悲鳴を上げる。
でも世界は揺れない。揺れているのは僕だ。
歪む視界が青に包まれた。澄み切った青色。届くような、気がした。
僕は、青空に、手を伸ばし―手を離し、地に落ちた。
夢を見た。よく覚えていないけど、誰かと楽しくおしゃべりする夢だった。
目を覚ますと体の震えは止まっていた。
でも、少し胸が痛い。気持ちはまだ、揺れ続けている。
141:名無し物書き@推敲中?
10/08/05 02:41:48
次は「目薬」「地球」「爪切り」で。
142:sage
10/08/08 20:18:37
仕事というものは人をどこか歪なものにかえてしまうようだ。
会社にいる時は時計の針を見ながら後どのくらいここにいなければならないかを考え、帰宅すると今度は後どのくらい自宅で腑抜けの状態でいられるかを考える。まことに気ぜわしい。
日々の生活もどこか虚ろなものになる。手落ちが目立ってくる。出がけに鏡を見ていて鼻毛が伸びていることに気づいたことがある。
時間が押しているので仕方なく出社の車中で信号の赤の合間にミラーを見ながら爪切りで伸びている毛を切った。心が寒々とした。
私は仕事を始める前に必ず目薬をさすようにしている。リラックスするため、心を仕事モードにするためなどの洒落た理由からではない。単にこのところ視力が頓に落ちてきて気になっているからだ。
もともと視力はよくなかったが、メガネをかけていても視界が水彩画のようにぼーとにじむことがあると、さすがに自分の目の過度の使用が不安になってくる。
これなどもやはり仕事が自分の身に与えている負担なのだろう。
そんなこと当然のことだと自分に言い聞かせる。身と精神をすり減らして月をしのぐ給金をもらう。大人になったのだから当然のことだ。いやならやめればよい。
しかしことはそんなに単簡ものではない。会社の中にいればおのずと一個の質素なシンプルな自分というものはなくなってしまう。
人と人の駆け引きがある。人間関係の摩擦生まれる。やせ我慢と意地を通さざる得なくなる。あいつだけには見下された視線を受けたくないという針を呑んだような苦痛の忍従がある。
布団の中が苦界から逃れられる唯一の居場所である。その滞在時間はとても短い。這入ってふっとしているとすぐ朝になることもある。
しかし覚醒状態から深い睡眠の状態へ移行する時のあの地球からそのまま布団ごと滑り落ちていくような感覚は何事にも得難い私の快楽である。
143:名無し物書き@推敲中?
10/08/08 20:21:18
あ。上がってる。久しぶりだから間違えたようですね。
次は 硝子 放浪 火災 で。