11/11/08 11:30:49.03 +UNcx/nl
幽霊かばんというものがある。
幽霊が持ち歩く幽霊用のかばんだ。「死んだものが今さら何を持ち歩く必要があるのか」と思う人がいるかもしれない。実際その通りで、需要は少ないらしい。
しかし未練というものは人や場所だけでなく物にも込められるのは当然で、それを持ち歩きたいと思う霊もいる。そういう者にとって幽霊かばんは必要なのである。
サッカー大会の優勝カップとかトランジスターラジオとかビーズの首飾りとか、ボロボロのぬいぐるみ等々。幽霊だからこそそういった生きていた頃の思い出に執着してしまうのだ。
私のかばんにもそのような大切な過去の宝物が詰まっている。
私は目を上げトンネルを抜けて右方に広がった海を眺めた。冬の海は黒髪のように冷えて見えたが、時折雲間から差す陽が優しさを与えていた。
私はかばんから白い馬と黒い馬の人形を取り窓際に置いた。そしてその人形と景色を交互に見ながら微笑み、それからゆっくりと遠い記憶の日だまりに溶けていった。きらきらと霧散していった。
次題 「マイ・プライベート・ターヘル・アナトミア」
356:この名無しがすごい!
11/11/14 16:43:26.27 OZkkTTuw
「マイ・プライベート・ターヘル・アナトミア」
「『解体新書』と言えば、聞いた事があると思う。
中学ぐらいだったかに習ったろう?杉田玄白の」
男はそう言いながら古臭い一冊の書物を取りだした。
「『タブライ・アナトミカイ』。これがそう。
これは当時の蘭方医の内の誰かが所有していたものだそうだけど」
本当にそうだとしたらえらい骨董品なその書物を、男は大事そうにガラスケースにしまう。博物館にあるような傾斜のついた展示用ケース。
「当時は高価だったらしいから、藩の蔵書かもね」
蓋をしないまま、男はガラスケースの中でページをめくっていく。
解剖図を一枚一枚確認しながら、
「まあ。私はオランダ語は読めないんだけれど」
そう言って苦笑した。確かに先ほどのラテン語も日本語発音だった。
「杉田玄白の得た解剖学書の一冊。彼はこれを『ターヘル・アナトミア』と記録している。
彼ら蘭方医はこれを片手に腑分けを見に行った。日本での西洋医学の始まり。それがこの一冊」
男は1ページに目を止め、うっとりと眺めた。
「そうだな。今日はこのページだ」
そこで蓋を下ろして、俺にガラス越しのそのページを見せた。
「綺麗だろう?」
男の後ろにはいくつもの解剖図が並ぶ。
「君にピッタリだ」
違う。
あれは―
解剖された死体だ。
薬で麻痺した頭がようやく認識した。
ぼんやりとした頭に危機感はない。むしろ現実味も無い。
「私オリジナルの『解剖学書』。完成まではまだ遠いねぇ」
俺はアレに加わるのか。
次は「君が居なくなってからこの部屋は狭くなった。」
357:この名無しがすごい!
11/11/14 19:04:13.02 dfPCqu5E
「君が居なくなってからこの部屋は狭くなった。」
前略 君へ。
最近、やたらと君と住んでいた頃のことを思い出す。君は僕の所有物を見ると、
見境なく捨てる癖があったね。あれはゴミだの、これはクズだの、そっちは不要
だのと、自分勝手な理由をつけて、思い出も何もかもを捨ててしまったね。
君は僕が熱中しているところを見て嫉妬したのだろうか? ゲーム機でさえも
捨ててしまった。売れば幾らかの足しにでもなったかもしれないのに。
君の判断は誤っていると僕はいつも思っていた。それというのも、僕はいまでは
ひとかどの作家なんだ。驚いたかな? 驚いただろうね。今では現代ミステリだけ
でなく、ファンタジーや時代モノにも挑戦しようとしている。そうするとどんな
ガラクタでも、いつか使うかもしれないだろう。だから、なおさらモノを捨てる
ことができなくなってしまってね。
結局何が言いたいかというと、今では僕の座る椅子のところだけが空きスペース
になっていて、他は全部ゴミの最終埋立地みたいな状態になっているということ。
そしてそれが今にも崩れそうで、このままだと僕はその下敷きになって遠からず
死んでしまうだろう、ということなんだ。
今の僕は、君を必要としている。そう、割と切実にね。おかしいだろう。「君を
必要としている」たったこれだけのことを書くために、こんな長い前振りが必要に
なるなんてね。
君の心が僕の元を離れてしまったことは疑う余地が無い。けれども、どうか僕に
憐憫の情を抱いてくれるようなことがあるならば、このガラクタの山を捨てに、
この部屋に戻ってきてくれないだろうか。たった一度でいい。僕にチャンスを。
草々
「どちらかが彼女を醸(かも)した」
358:この名無しがすごい!
11/11/14 19:05:11.86 lSxbFM7l
1. 初恋ばれんたいん スペシャル
2. エーベルージュ
3. センチメンタルグラフティ2
4. ONE ~輝く季節へ~ 茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司のSS
茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司を主人公にして、
中学生時代の里村茜、柚木詩子、南条先生を攻略する OR 城島司ルート、城島司 帰還END(茜以外の
他のヒロインEND後なら大丈夫なのに。)
5. Canvas 百合奈・瑠璃子先輩のSS
6. ファーランド サーガ1、ファーランド サーガ2
ファーランド シリーズ 歴代最高名作 RPG
7. MinDeaD BlooD ~支配者の為の狂死曲~
8. Phantom of Inferno
END.11 終わりなき悪夢(帰国end)後 玲二×美緒
9. 銀色-完全版-、朱
『銀色』『朱』に連なる 現代を 背景で 輪廻転生した久世がが通ってる学園に
ラッテが転校生,石切が先生である 石切×久世
10. Dies irae
SS予定は無いのでしょうか?
359:この名無しがすごい!
11/11/14 22:31:24.25 dfPCqu5E
>>358
スレ間違ってませんか?
360:この名無しがすごい!
11/11/16 01:08:03.48 9nTVY0fQ
「どちらかが彼女を醸(かも)した」
「全く、笑わせてくれるわよね」
真っ赤なルージュがくっきりと引かれた唇を歪めながら、彼女は呟いた。
派手なワンピース。大きめのピアス。
彼女は二人の男と同時に別れたそうだ。いや、二人の男と同時に付き合う彼女もどうかと思うが。
とにかく僕は彼女に呼び出され、愚痴を聞いている。薄暗いバーの片隅で。
僕が知っている彼女はジーンズに白いシャツが似合う、笑顔のかわいい女の子だった。
たった二年でこんなに変わってしまうとは。大人の女になっていたとは。
二人の男に醸されて、いや、どちらかの男の好みなのだろうか。いったい、どっちの。
そんなことを考えながら、僕は彼女を眺めていた。
「あなたと離ればなれになったのは、確か二年前だったわよね」
けだるそうに彼女はタバコの煙を吐いた。
「そうだね。雰囲気がすっかり変わってしまったなって、思っていたところだよ」
「そうね。あのころの私は全然飾り気がなくって」
「そう。僕たちに、いつも真直ぐな笑顔を見せていたよね」
「それは、あなたがそう望んでいたから」
「え? 僕?」
「あなた、白いシャツとブルージーンズの組み合わせ、好きでしょ?」
驚いた事にそれは僕の記憶の中の彼女のイメージそのままだった。
「なんで、突然私たちから離れていったのよ。私がどんな気持ちで……」
僕は言葉を失った。僕が去った理由は、彼女から嫌われたと思ったからで……。
胸に、何かがこみ上げてくるのを感じた。二年前にも感じた何かを。
そして、僕は沈黙のまま、彼女の肩を抱いた。僕が勇気を出せば、また朗らかな表情を見る事ができるのだろうか。彼女の。
「冬の種」
361:この名無しがすごい!
11/11/19 22:52:35.76 OHYB0BvP
セーターの匂い。アスファルトを舞う落ち葉。人いきれ。曇ったガラス。
私はアイポッドをポケットに入れて好きな音楽をかけて渋谷の街を歩く。
本当はアイポッドをじゃなく別のメーカーにしようと思った。
だって何となくみんなが買ってるから買ってるみたいで流行かぶれみたいだから。
でも深くは考えないようにしよう。だってきっとどうでも良いことだから。
実際買ってみて、気に入ったのは事実。だから問題ない。
クリスマスが近づいている。クリスマス。今年はまた由美と過ごすだろう。
由美も彼氏がいない、私も彼氏がいない。由美に彼氏が出来たら
私はきっと何食わぬ顔をして言うだろう。「良かったジャン」って。
でも私は動揺して取り残された気分がするに違いない。孤独を感じるに違いない。
私はビルの間に切り取られた空を見上げ雨が降りそうだなと思う。
雪にはまだ早い。晩秋の雨。
私は毛糸の手袋をクリスマスイルミネーションに重ねる。
色とりどりの光たちは生まれたての芽のように生き生きと伸びていく。
私は手袋の上の見えない冬の種をそっと包み込んだ。
「朝に飛び込んで」
362:この名無しがすごい!
11/11/20 12:19:52.40 ZFLbkZab
水面に影が映っている。ボクの影だ。ボクは橋の上から川の流れを見つめていた。
森から蝉の声が聞こえて来る。頬に当たる風は、まだ早朝の涼しさを残している。爽やかな風。
ボクがいる橋の上から水面までは、ちょっと恐怖感を感じるくらいの高さがある。少しだけ足の震えを感じた。
ぼんやりと水面を眺めながら、一学期最後の日に担任が話していた言葉を思い出していた。
「最後に君たちにひとつだけ言っておきたいことがある。君たちも知っていると思うが、この学校には『度胸試し』という風習がある。
役場前にある川の橋から飛び降りるやつだ。昔から中学二年の夏休みに、この学校の男子のあいだで行われて来た風習なんだけれど、危険なのでこのクラスの男子は絶対に行わない事。
やった者は二学期最初に親を呼び出すからな。覚えておく様に」
朝の日差しが肌に突き刺さる。蝉の声は青空を切り裂く様に響き続けている。
昔はこの『度胸試し』の儀式を行って初めて一人前の男として認められて来たわけなんだけれど、ここ数年は危険だからということで学校からは禁止されている。
けれど、ボクはひとつの区切りとして『度胸試し』をこの夏に行う事を決めていた。
「おーい。薫、本当にやるのかよ」
親友の純也がやってきた。ボクは頷く。
「お前なんかにできるわけないだろ? 情けない所を見届けてやるよ」
智彦。クラスで一番嫌なやつだ。こいつにボクが飛び降りところを見せつけてやりたかった。
「二人にはボクの『度胸試し』を見届けて欲しい。この儀式の後、ボクは変わってしまうと思うけれど、今のボクを覚えていて欲しい」
ボクは橋の手すりに立ち、大きく深呼吸をした。そして、青空に大きく弧を描いて、水面へと落下していった。
川を泳いで岸に到着したボクは、大きな岩の上で一息ついていた。
「よくやったな。見届けたよ」
純也はボクにタオルを渡してくれた。
「本当にやるとは思わなかったよ。がんばったな」
智彦もボクを認めてくれたようだ。
ボクは嬉しくなり、胸に手を当てた。最近少し膨らみかけて来た胸に。
これで思い残す事はなにもない。今日を境に髪を伸ばそうと思った。自分のことも『わたし』と呼ぼうと。
変われる気がする。ボクはやりとげたのだから。朝に飛び込んで。
「水晶の中にあるもの」
363:この名無しがすごい!
11/11/21 01:55:46.70 katO5czG
雨が降ってきた。
私は電車のドアに顔をそっと近づけ空を見上げる。水滴のついたガラス越しの風景。
鉛色の街。色あせた風景。それは心の傷を隠してくれるような気がする。
私は買ったばかりのハンズの袋に左手から右手に移し変える。
中には水晶が入っている。インテリアのコーナーにあったもので
そこには手書きのラベルに「運気UP」と書いてあった。
私は手袋を取り汗ばんだ手の平でそれをそっとなでる。
(水晶の中にあるものよ。私の心を写し給え)
私はそっと呟く。奇跡が起きて何かが浮かんでくることを半ば期待して。
そして本当に見えたら嫌だなと思いつつ。
雨の街。私は雨が好き。
この乾いた心を癒してくれる気がするから。
そう彼女が思ったとき買い物袋の中の小さな箱が輝き始めたのを
若い女に抱かれた赤ちゃんが可笑しそうに眺めた。
第三の足
364:この名無しがすごい!
11/11/22 04:14:26.66 qIB8IAFi
博士が「これからは安定感が求められる時代」
とか言って、僕の息子を足に変えてしまった。
昨日やったUFOキャッチャーのアームのつかみが弱かったのを、結構気にしていたみたい。
服が特注って事以外は特に不都合は無いけれど……
やはり足の裏からおしっこがでるのはくすぐったいので、貰ったお金を使い切ったら元に戻してもらうことにする。
次 雨の日のポリシー
365:この名無しがすごい!
11/11/22 23:39:02.44 ep2kq4VE
改札口に向かいながら胸がドキドキするのが抑えられない。
これは中学一年生のときバスケ部の先輩にバレンタインのチョコを
あげようと先輩の前に立ったときの感じにも似てるし、屋根の雪かきを
した時に、滑り落ちそうになったときの感じにもしてるような気がする。
でも正確に言えば、こんな気持ちは味わったことが無い。
言葉が頭から滑り落ちてしまった気がしてうまく言い表せない。
ただ未知の感覚だけが渦巻いてる。
さっき電車に乗っているときに赤ちゃんが笑い声を出したような気がして
そんな声を聞くのは珍しいと思って、ふと振り向いて赤ちゃんの目線の先にあるものを
見たら私が持っている東急ハンズの袋だった。何の変哲も無い
買い物袋で白地に「東急ハンズ」と書いてあって指を刺したようなマークが
印刷されている。その袋が提灯のようにボンヤリ明かりを発していた。
急に外の世界の音が電車がレールを走るごとごとという音、乗客たちの話し声
―女子高生がテストの結果についてしゃべっていた。が急に遠のいて
自分の中に酸素を取り込む呼吸音しか聞こえなくなったような気がした。
―そんなことあるわけない
私は思った。そんなこと。考えるのも怖かったがそんなこととは水晶が
光を発してるということ。私は何気ない振りをして袋を振ってみる。
私は自分にしっかりしろと言い聞かせて現実的に考えるべきだと言う。
ただ何かが反射したか……もしくはそう、初めから光る水晶だったのでは?
そう理性的に考えようとしたが、どう考えてもそんな構造になってるなんて思えない。
そんなんだったら気がついているはず。それにあの透明な玉のどこに電池が入るというのだろう?
366:この名無しがすごい!
11/11/22 23:53:43.75 ep2kq4VE
私は吉祥寺駅で降りるとすぐにトイレに向かった。
ハンズの袋をあけるゴソゴソという音が個室に響いて自分が
馬鹿みたいだと思う。買ったばかりの10cm×15cmの箱。その箱を
接着テープの包装ももどかしく開けた。
そこには、ハンズの棚にあった時と同じ透明な直径5cmほどの球体が
あった。
―確かに光ったんだ。間違いない。
買う前に私は神様のことを考えた。神様って言うか
運命とか巡り合わせとか占とかそんな深刻じゃなく、神様、いいことありますようにって
神社でお祈りするような軽い気持ちで神様のことを考えた。
だけどそれだからって、まさか、こんな非現実的なことが起こりえるのだろうか?
ガタンと音がして隣に人が入った。いつまでもこんなところに突っ立てるわけにも行かない。
まさかチカンとは間違えられないだろうが個室をひとつ使えないのは、こういう場所では
迷惑極まりない。それで私は考えた。
とりあえず考えるのは保留にしようと。また同じことが起こったらまた考えればいい。
私の錯覚かもしれないし。
―さて雨が降ってるけど自転車で帰るのどうしよう?
私は雨の日はレインコートを着て自転車に乗る。これはポリシーというか哲学みたいなもの。
実際、傘を差すのは危ないし私は雨の匂いがする駅の広場を歩きながら思った。
夜の扉
367:この名無しがすごい!
11/11/24 23:39:23.09 Tu4DdfY+
「夜の扉」
目を開けると天井が見えた。俺の家の天井だ。窓からの日差しが眩しい。
俺は寝ていた布団の中で、昨晩の出来事を回想した。
友人と行った居酒屋で、会計を済ませた所までは思い出せた。しかし、あとの記憶が全くなかった。
我ながらよく家まで辿り着いたものだなぁと思った。
頭が痛いので頭痛薬を取りに行こうと起き上がると、足下に女が微笑みながら突っ立っていた。
「私は夜の妖精」
黒くて薄いワンピースを着た、その20代前半と思われる女は、なぜかスローモーション風に髪をたなびかせながら、そう言った。背中の羽はコスプレのつもりなのだろうか。
「何が妖精だよ。どこから入ったんだよ」
「いえ、私は夜の妖精、そしてこれは夜の扉」
女は片手に持った、木製のちいさな扉を指差した。
「夜じゃねえよ、もう朝だよ」
「いえ、そういう話では……それに、今の時間を言うなら、もうお昼近くになりますが」
「そっか……昨日は遅くまで飲んだからな」
「いえ、私が言いたいのはそういう話ではなくて……」
「何だよ、分かったよ言いがかりだな。俺はあんたには何もしてないはずだぞ。ほら、昨日着ていたスーツのまま布団に入ってたんだから」
「スーツがしわしわですね。クリーニングが必要かと」
「そうじゃなくって、俺は服を脱いでないって事。あんたに変な事はしていないよな?」
「はい」
「そっか……まぁ、あんたみたいなかわいい娘、普段は放っておく事はないんだけどな。で、何なんだ?」
「私は夜の妖精、そしてこれは夜の扉」
「それはさっき聞いたって。あ、二軒目の店か。夜の扉かぁ、名前からすると高そうな店だな。お勘定まだだった?」
「いえ。夜の扉というのは、飲み屋の名前ではありません。それに私は妖精。取り立てはしません」
「よく分かんねえな。あんた、何なんだよ」
「それを今から話そうと……。お願いします、続きを話させてください」
「おう、話していいぞ」
「ありがとうございます。私は夜の妖精。そして、これは夜の扉。望んだ場所と時間のあなた自身をこの扉の向こうにお見せします。但し、お見せする時間は夜に限ります」
「わかった。いくら? まさかタダってことはないだろ?」
「いえ、私は妖精なので、お金をいただいても……」
「そうか、金額を聞いて追い返そうと思ったんだけど、タダなら覗くだけ覗いてもいいかな」
「いつ、どこの貴方をごらんになります?」
俺は考えた。けれども見たい場面なんて思いつかなかった。
「見たい場面はない」
「それじゃあ、私、帰れません」
始終笑顔だった自称妖精は、初めて困った顔を見せた。
「そうか、悪かったよ。じゃぁ、夕べの帰りの記憶が無いんだ。ベロンベロンだったからな。夕べの帰宅途中の俺を見せてくれ」
「了解いたしました」
女は、扉にまじないをかける動作をした。
「どうぞ」
俺は扉を覗き込んだ。あんな顔で街を歩いていたのか……俺は見た事を後悔した。
『真夜中の太陽』
368:この名無しがすごい!
11/11/25 23:45:37.49 sqB4fSXS
雨の予報を見ようと携帯を取り出そうとした時、水晶が袋から落ちて生き物のように転がった。
―あっまずい
きっと急いでいて、箱のテープをきちんと止めていなかったせいだろう。
私は恥ずかしさと苛立ちの中、転がる水晶を追いかけながら、駅の広場にいる人たちの視線を感じていた。
きっとおかしな人だと思われているだろう。
まずいことにすぐ先には外へと下る階段があった。あそこから水晶が落ちたら
きっと大変なことになるだろう。
私が手を伸ばし雨に濡れた床が顔に近づき水晶に手が触れそうになった瞬間、水晶は階段へと消えていった。
消える瞬間、誰かの顔が見えたような気がした。それは水晶を拾ってくれる人だ。
その人は傘を持つ手と反対の手に水晶を持っている。私にはそれが男か女かさえも分からない。
年齢さえも。
私が目を覚ましたとき、電車が終点が近づいたアナウンスがしていた。
雨はまだ降っている。
―変な夢を見たなあ
私は思う。水晶を買った夢だ。東急ハンズで水晶を買った夢。
大切なものを暗示している夢だったような気がするが、夢の細部はもう霞み始めていた。
足元にはハンズで買った袋に入ったクリスマスツリーがある。これを私はアパートの
窓際に置こうと思う。あそこなら外からでも見えるし、通行人もちょっと綺麗だなって思ってくれるかもしれない。
水晶が階段を落ちる夢の場面がふいに思い出される。あの水晶を拾ってくれる人は
誰だったのだろう?
夢はその答えを教えてくれたような気もするし教えてくれなかったような気もする。
私はもう一度、この座席で寝たら夢の続きが見れるかもしれないと思う。
この折り返して渋谷に戻る電車に乗り続けたら、答えが分かるかもしれないと思う。
日食の太陽が、昼を夜に変えてしまったように私の心は揺れ動く。
私は窓に指を乗せ雨をたどる。
―わからないよ。何もかも。どうしたらいいの?
私は雨が好きだ。孤独を隠してくれるから。
忘れられた森
369:この名無しがすごい!
11/11/27 23:11:53.36 t9u++RlS
「忘れられた森」
「部長、この道路計画なんですが、予算が不足しています!」
キーボードの音が冷たく鳴り響く、ここはオフィス。途中からプロジェクト責任者を命じたうちのエースが血相を変えてやってきた。
「予算が不足しているってどういうことだ?」
「私、昨日は夜中まで残業して、このプロジェクトを再度見直してみたんです」
「それはご苦労だったね」
「ええ。今日は肩が凝って……いや、そんな事ではなく、この地図の丸印を見てください」
「ここは、森だね」
「そうです。ここは伐採が必要となる森林なんですが、以前の計画では伐採業者の予算が組み込まれていないんです」
「そうなのか、それは大変なミスだな。以前の担当から話を聞かないと。結果次第では現地に見に行かないとな。君は資料をそろえて席で待機していてくれ。」
仕事を命じて一日でミスをみつけるとは。エースの仕事の速さに感心しながらも、俺は内線で以前の担当者である山田を呼び出した。
「いま、後任がこの地図を持って来たんだが」
「はい」
「この丸印の箇所、伐採の業者から見積もりはもらっているのか?」
「いえ……そこは希少生物の保護から反対運動がありまして、見積もりを含めて後回しになっていました」
「で、もらっているのか?」
「申し訳ありません。見積もりをとる事を失念していました」
「まぁ、今ならなんとかなる。君は早急に業者を選定し、現地に同行する了解を得るんだ。できればこれからすぐに視察だ」
トラブルは早めに解決した方が怪我は軽い。これは俺の持論だ。
俺は部下を待っている間に今日の仕事を終わらせてしまおうと思った。実は俺も仕事が早い。
「部長。業者と連絡がつきました。これから向かうそうです」
前任者の山田だ。こいつもミスはあったものの中々やる男だ。
「それでは現地に行くぞ。車を回してくれ。それから、総務の担当も現地に行ける様手配してくれ」
「わかりました」
さっき新担当をうちのエースと呼んだが、こいつも悪くない。いつか抜擢してやるべきだろう。
道の両側から樹木の枝がトンネルの様に覆い被さっている、昼なお薄暗くて細い山道。俺たちの乗る車は伐採予定地へと進んでゆく。運転者は前任の担当、山田だ。
「総務課はどうした?」
「仕事の切りが悪いので少し遅れて向かうそうです」
「そうか」
目の前が開けた場所で車は止まった。頂上付近は樹木もまばらで、空き地の様になっている。この分ならそれほど伐採は必要ないかな……と俺は思った。追加予算もそれほど必要なさそうだ。
軽トラックが止まっていた。旧担当の山田は、車を降りると運転手に頭を下げている。おそらく依頼した業者なのだろう。
俺は車を降りて、業者に名刺を渡した。
「部長の渡辺です。旧担当の山田がお世話になりました」
「担当、変わったんですか。で、新担当の方は?」
「新担当は森といいます」
「どちらに?」
しまった。待機している様に命じたままだった。森を忘れていた。
次のお題は「彼は誰時の少女」で!
370:この名無しがすごい!
11/11/28 23:58:57.12 NcZSn/eK
『彼は誰時の少女』
朝日の登る前の時間。
白んだ空に目は冴えて、物を見ることはできるけれど、
それは輪郭だけのようなあいまいな世界で、
まるで深海に居る気持ちになる。
起床時間の早い僕は、出社前に近所の自然公園を駆ける。
顔見知りのランナーはいる。
けれどもカワタレ時の時間は近付かなければ見分けられない。
「おはようございます」
「おや。おはようございます」
声で判別する僕らはイルカやクジラの様だ。
雑談をしながら並走していると、違うコースを誰かが走っているのが見えた。
背は低く手足は華奢で、すらりと伸びた脚の付け根にはひらひらとしたスカートかキュロットをはいているのが見える。
髪はやや長く、ヘアバンドでもしているのか頭の後ろだけが揺れていた。
音楽でも聞いているのか、走りに合わせて細いコードが胸の前で跳ねている。
そして、フォームが見事に整っていて凄く綺麗だ。
「あの人…」
思わずこぼれた僕のつぶやきに、
「見ない人ですね。新しい方でしょうか」
反応を返された。
「声かけてみますか?」
そう問われたけれど、
走っているのは僕たちよりも短いコース。
「お邪魔になりそうです。やめておきましょう」
彼は誰?と問いたいけれど、
僕の中で彼の人はすでに麗しい美少女に描かれてしまっていて、
あの綺麗なフォームとともに心の中に美しいまま仕舞って置きたかった。
次のお題は「人生チュートリアル」で。
371:この名無しがすごい!
11/11/30 22:09:49.73 xalklOKH
『人生チュートリアル』
ある男を神は哀れんだ。
男の親は自分勝手な人間であり、彼は生まれてすぐ捨て子となった。
孤児院ではいじめられ、一生物の心の傷を負い、また学校にも彼の居場所はない。
大人になってからも現状は変化せず、遂には借金を押しつけられて、自殺をしてしまった。
神は男に仰った。
「お前はあまりにも哀れだ。そこでお前が来世では成功出来るよう、来世の出来事を繰り返し体験させてやろう。先に起こる事がわかっていれば、失敗することもなかろう」
男は神様に大層感謝し、来世を体験した。
しばらく後、何十回と来世を体験した男は、再び神の前に現れた。
男は疲れた顔でこう言った。
「成功の約束など結構です。体験しなかった、未知の来世を頂けませんか」
神は驚いて、男に理由を尋ねた。
「何故そのように思うのかね、未来が分かっていた方が良いであろう」
「どうしたもこうしたも有りませんよ。どうも貴方様と私達人間の間の成功の定義には、埋めがたい溝が有るようだ。私は聖人として億万の信者に崇められるのも、磔にされて業火の中で死んでいくのも、真っ平ごめんなのですよ」
次のお題
「虹の上の目玉」
372:この名無しがすごい!
11/12/01 06:54:06.37 GTdplyeH
『虹と目』
雨が止み光が差せば虹ができる。
いつごろからだろうか、虹の上に目が見えるようになったのは・・・
最初はその不気味さに悲鳴を上げて周りの人に助けを求めた。
他の人には見えないのか助けを求めた人につまらなそうな顔を向けられる
それでも必死に
「虹の上に目が見えるんです、助けてください」
と訴えてみるも
仕舞いには内心面倒そうな顔をしながら
「何を言ってるんだい?そんなもの見えないじゃないか」
と言われ、再度恐る恐る虹のほうを振り向いたのだけれど
目はまだ虹の上にあった・・・
「まだいるよ、怖いよ」と体を震わせつつ抗議するも
少しまってるんだぞといい携帯電話を取り出され救急車を呼ばれてしまい
その後は精神に異常だのと色々調べられた。
そんな事があった。
雨の後、虹が見える度に見える目は怖いものの
とりわけ何が起こるわけでも何をしてくるでもなく
虹が出来た時のみに現れ消えていった。
見え初めてから半年ぐらいしたころだったろうか、生活は慣れ始め
虹の出る日以外は見えないことも幸いだったためか慣れ始めていた。
今日も雨が上がり目が現れるだろう。
けれど、コノ半年の間に何も起きていないし何もしてきていない。
あの目はなんなのだろうと思うが、触らない神に祟りなしというし
何も起きていないので無視する。
虹と目が見える空を水溜りが映しているので出来るだけ水溜りを踏まないように避けて家路を急ぐ
空を見る、今日も雨の上った空には虹と目が浮かんでいる・・・・・
そう思った時だった。
体が浮遊するかのような感覚に襲われる。
体が地面に寝そべったような感触がしてきた
痛いと思い始めると同時に眠くないのにまぶたが落ちてくる感覚がする
目の前がまぶたに覆われ真っ暗闇となった・・・・
まぶたの閉じる前に見えた空には目のない虹が見えた。
次のお題
「夢の扉」
373:この名無しがすごい!
11/12/02 00:21:19.17 76oFQolL
クリスマスツリーのスイッチを入れ部屋の明かりを消すと部屋の雰囲気が一変してしまった。
魔法のようだと私は思う。
電球が点滅するたびに、窓際の縫ぐるみやトロール人形が姿を現す。
私はツリーに雪が降る情景を想像する。雪は縫ぐるみや人形にも降り積もる。
縫ぐるみたちは迷惑そうに、だけどやがてはうれしそうに動き出す。
「雪が降ってるよ。雪だよ!」「あんたは北の生まれだけど僕はアフリカなんだよ。ああ寒い」
「キリマンジャロにも雪は降るんですよ。ライオンさん」「ああ、ずっと前、おもちゃ売り場でドラエモン
が言ってたような気がする」
私はベッドに寝転んで空想の世界に浸る。どこか遠くへ。車でも飛行機でもいけない場所へ私は
行く。そこには子供や、痛みを持った大人がいっぱいいる。
「あなたは誰?」
私は水晶を持っている人にそう言う。でもその人の腰の辺りしか見えない。何故なら私は子供だからだ。
記憶に無い時代、まだ私が意識と言うものを感じることが出来ない時代。
「私は君が知っている人だよ」
大人の男の人の声。誰だろう?
「知っている人? 分からないよ」
きっと体は子供でも頭は大人の私なのだろう。難しい言葉も理解できたし、その人が言葉に
込めた感情も感じることが出来る。この人は私に重要なことを問いかけている。
「そうかな? あなたも知ってる人なんだ。どこかで会った事がある」
ベッドで目が覚めると真夜中だった。どうやら外着のまま寝てしまったらしい。
―あの男の人は誰なんだろう?
私は何気なくトロール人形の目をじっと見る。人形が答えてくれるとでも言うように。
想像の中でははしゃいでいたのに今は窓際でじっとしている。大人の姿が見えなくなったら
走り出す子供のように。
「解毒虫」」
374:この名無しがすごい!
11/12/02 21:39:16.16 66G4L49K
僕が子どもだったころ祖父の書斎でみつけた一つの言葉。
『解毒虫』
スクラップブックに挟まれていた見出しらしい古い新聞の切り抜きだった。
当時子どもだった僕には読めなかったが、ずいぶん後になってからでもその三文字は思い出せた。
いま僕はひどい腹痛に苦しめられている。今朝の牛乳か、昼食の牡蠣フライか、それとも何かに感染したか。
そこでふと思い出したのが「解毒虫」というあの言葉だ。
解毒虫・・・何をどうやって解毒してくれるのだろうか。
いやいや。いるかどうかもわからない虫に頼ってどうする。今は文明の利器、ネットというものがある。
『腹がいたいです。食中毒かも知れません。1人暮らしです。救急車呼びたくないです。誰か助けて~』
『ご冥福を祈ります』『笑いすぎにはご注意』『痛いのは片腹ですか』『長文不可』『シネ』
だめだこりゃ・・・
とはいえ、気がまぎれたせいか少し腹の痛みが治まった気がする。
医療系のサイトでも行って相談してみるか。
お、最新記事に『食中毒解明』というのがある。見てみよう。
あれ? またあの虫が頭をよぎったぞ。何でこのタイミングで?
次は「奇跡のアナログ」
375:この名無しがすごい!
11/12/05 09:09:53.90 5AmHuwKR
<奇跡のアナログ>
日本人だもの。
新しいものが好きだ。
流行りに流されて使い難いスマートフォンに代えるし、目についた
新商品は何となく買ってしまう。
そんな一般的ゆとり世代の着けている腕時計は、銀盤ネジ巻き式。
僕が中学生の頃、祖父から譲り受けた物だ。
爺曰く、「奇跡の時計」
その時は「なんだこのじじい」と思ったけれど、最近、じいさんは本気だったということがわかった。
先月、祖父は亡くなった。
ご飯を食べ終え、祖母とテレビを見ている時に眠りに落ちそのまま…だったらしい。
葬式であったじいさんの友人から、時計の話を聞いた。
なんでもこの時計のおかげで祖母と結婚できたり、親の死に目に会えたり、電車事故を回避できたらしい。
「大ちゃん、孫が心配だっていってたよ息子はしっかり者だから大丈夫だけど、孫はどっかでドジ踏んだら践むんじゃないかって…時計かあ、大事にしなよ」
そう言って祖父の友人は銀盤を磨いてくれた。
新しいものが好きだ。
期間限定に飛びつくし、新しい店は何となく入る。
でも僕は今日も、よく時間が狂うアナログを腕につける。
銀盤が鈍く光り、黒ずんだ長針が時を刻む。
「いってきまーす」
古い物も悪くない。
日本人だけど。
携帯で時間を確認して、
僕は家を出た。
次は パレードの最後尾