03/10/10 21:40
―律儀で純真― 若き日の島尾敏雄
九州の大学にいたころ、東洋史専攻の学生であった島尾敏雄と私とは、下宿が
近かった。……・…(中略)………
島尾は東洋史科で私より一年上級であった。私は九州大学に入学して間もなく、
東洋史の研究室であった島尾に誘われて、大学の近くにある島尾の下宿へ行った。
そのとき、お互いに作家志望であることを話し合った。島尾はそのころ福岡で
出ていた同人誌の「こをろ」の主要な同人であった。・…(中略)・・・・
私と島尾の二人の共通の関心のある作家は、佐藤春夫であった。私は島尾が来た
とき自分の持っている佐藤春夫の本を見せた。島尾は一冊一冊手にとって見て、
「ええの、持っとるなあ」といった。羨ましそうな顔をしてみせた。
或るとき、大阪の母が小豆と砂糖の入った小包を作って送ってくれた。それを
私は下宿の小母さんに渡して、ぜんざいを作ってもらい、「ぜんざい会」の
招待券を親しかった友人の三人に送った。
当日、その招待券を持った島尾が一番に私の下宿へ来た。島尾は先ず自分の
名刺を出して、こういいう者ですといい、
「本日はざんざい会にお招きいただき、ありがとうございます」
とアイサツしてから私の部屋に通った。
私より確か二つくらい年上の島尾には、そういう律儀で純真なところがあった。
「ぜんざい会」は大成功で、招待された者も下宿の主人夫婦も大よろこびであった。
―庄野潤三―