09/07/06 09:16:48 5PY/1riQ
↑>>270 内の964 に対して:
野村に胡散臭さをお感じになったのも分かるような気がします。だいたいこの人は
文章が書けない人(と言っては言い過ぎか・・・吉田のような評論における文体を
確立しなかった・・・ここは吉田が偉大だと思います)だったためもあろうか、
直情径行的に思ったことをまず言ってしまうタイプでした。コルトーに心酔し、それを
価値判断の基準としていたためか、その傾向の演奏家を是とすることが多かったような
気がします。ケンプ、リヒテル、アルゲリッチ、アシュケナージ、ブレンデル・・・
吉田は、朝日新聞のケンプ、ぜルキン、アラウの追悼記事でも述べているように
(「思えばあの人(野村)とは合うことなどなかったのである」)、対野村の意識を例の
巧みな弁舌で包みながら発言していました。が、当時のNHKFMの『音楽時評』などでは、
野村の発言を遮る形で滔々と反論するなど(リヒテル擁護の野村、否定の吉田)、ライヴァル
意識剥きだし。野村への反論から否定的見解を述べたピアニスト(たとえばケンプ)についても、
野村が評価していない部分を評価するなど(ケンプのシューベルト)、不整合が目立った
(野村は吠える割にはブレが少なかった)。だから、吉田が評価したピアニストは40年代では
ミケランジェリ(これには野村全否定ーこの論争は面白かった)、グールドなど、あまり目立った
感じはありませんでしたね。「アルゲリッヒ」と発音した野村に対して「アルゲリッチ」が正しい、
と言ったくらいですね。先輩の野村に(ピアノ演奏評論では)対抗する形で自分の論を形成して
いったと私は感じました。(なんかまとまっていませんが、こんなところです。)
どの世界でもライヴァル関係は存在して、それが高揚へとつながる部分もあるのでしょうが、当時は
面白かったこの二人の論争も、いま思うと不毛だったなと思う部分もかなりあります。