08/10/26 16:03:51 RBaGxK13
>>35
>宇宙や波動の現象を抽象化したのが物理学。分子の観点から物質を抽象化したのが化学。
それと同じように、人間の感情を抽象化したのが古典音楽。
物理学者や化学者の精神性や時代背景を理解する必要など全くないように、古典音楽に精神性は存在しない。
和声などは、科学でいう所の原理・定理にあたる。しかし、どんなに抽象化表現を駆使したところで、
人間の力では所詮、自然のほんの一部しか表現できない。
感情と精神性は別なんですね、わかります。
また和声が音楽から抽出可能、というのなら分かりますが、感情を抽象化する、というのは、SFであると思いますよ。
そのプロセスが永遠に謎なままなのですから。
感情の定義が非常に曖昧で、困ってしまいます。
>画家や宗教家や社長、哲学者や政治家には精神性が必要となる。
それを受け取る人がスゴイと思うこと、また思い込むことによって成立する。
その最高峰がローマ法王や天皇。それぞれヨーロッパ・キリスト教の歴史や
日本の歴史・文化を体得したものしか理解できない。
逆に聖書の中身などはどうでもよい。精神性は抽象化できない。個々の人間・時代・文化に帰属する。
精神性は思い込みですか、これはなかなか面白い。ですが精神性が人間などに属するのなら、どうして抽象化が
不可能なんですか?貴方の言う抽象化可能・不可能の境界を示してください。