武田勝頼について パート11at SENGOKU
武田勝頼について パート11 - 暇つぶし2ch650:ざんぶらぶん
18/11/28 19:07:50.60 p9205BBX.net
長篠の戦いの敗因は穴山梅雪が武田領内の金山の7割近くを独占していたために2万人近く動員できたのに1万5千人ぐらいしか動員が出来なかったこと

651:人間七七四年
18/11/28 19:14:53.72 p9205BBX.net
もうひとつは長篠の戦いの数ヶ月前に本願寺のいる長島の一揆が信長の軍勢1万ほどに包囲をされているときに本願寺の軍目付けである昌幸の献策どおり武田軍の水軍を派遣したら

652:人間七七四年
18/11/28 19:17:20.26 p9205BBX.net
本願寺は包囲されずに織田徳川軍は分断され織田信長は三河地方に援軍を少しぐらいしか派遣できなかったかと新田次郎の本に書いてありました

653:人間七七四年
18/11/28 19:33:06.81 wxfHyIij.net
>>632
? ? ?
真田昌幸が長島の目付?
何のこと? 意味不明。

654:人間七七四年
18/11/28 19:34:06.29 wxfHyIij.net
>>633
新田次郎の本? 小説か?

655:人間七七四年
18/11/28 19:38:50.55 IKvBcydP.net
>>634
ネタにマジレスすんなよ

656:人間七七四年
18/11/28 20:02:43.45 TSNFartK.net
勝頼も平均以上に優れた将だと思う、ただ、なんとなくだが秀吉や家康なら信玄の後を継いでも武田を生き延びさせ、場合によっては天下すらとれたような気もする。
自分に反対するやつは親族だろうが重臣だろうがサクッと粛清してさ。
信虎や信玄がもっていて勝頼に欠けてるのはその部分で、木曽みたいに反逆してから討伐じゃ遅すぎる。

657:人間七七四年
18/11/28 20:11:34.06 DW/b1mqC.net
諏訪勝頼だから迂闊に信玄時代の方針曲げたりすると
やっぱあいつは諏訪の人間だみたいになっちゃうんだろうな
勝頼の息子は信長養女と勝頼の間に生まれた子供だし
松姫もいたので長篠前に織田と和睦しようと思えばできなくはなかった

658:人間七七四年
18/11/28 20:15:41.00 wxfHyIij.net
>>638
長篠前なら可能性としてはあるが、何を条件にするかだよ。

659:人間七七四年
18/11/28 20:18:43.79 DW/b1mqC.net
>>638
信長が岩村城返還とお通夜の方引き渡せと言ったら100%決裂だろうな
現在の国境で確定して松姫渡す代わりにお市の方でも貰いたいね

660:人間七七四年
18/11/28 20:41:15.32 a+L8I67c.net
>>627
最期の「西上作戦」も、現代人がそう言ってるだけで、甲斐より西へ進軍したのは事実だけど
何がしたかったのか分からん展開だわな。一か八かで上洛狙うなら、三方ヶ原で家康を叩いて
逼塞させた後は、尾張か東濃に突入して信長に決戦を強要しないと無意味だし。

661:人間七七四年
18/11/28 20:53:27.31 mY0COLMm.net
三方ヶ原の後浜松を包囲しなかったから小説とかだとそのまま西進しようとしてたみたいなことになりがちだか
野田城落とした後どうする気かは推測になるけど背後に家康残して三河尾張と進むかねえ
三河との連携断ってから追加の援軍来なきゃ遠江の諸城を落とす気なんじゃないかな

662:人間七七四年
18/11/28 20:56:34.28 DW/b1mqC.net
そもそもあんなスピードで遠征してたら財政破たんするだろうな武田
やっぱ三方ヶ原で被害出してもそのまま浜松城まで追撃して落とすべきだったな
勝敗は五分をもってとかそんな時代じゃないんだよ
信長みたいに朝倉を徹底的に追撃して叩き潰すような戦いが必要

663:人間七七四年
18/11/28 21:00:49.42 cY4IB2op.net
浜松向かっても落とせない
兵糧も装備も不足してる
事実野田城ですら二ヶ月かかってようやく...といったありさま

664:人間七七四年
18/11/28 21:08:48.44 nNu3y/z3.net
おまいら頭の中信玄ばっかだな

665:人間七七四年
18/11/28 21:18:53.46 xFPcOePC.net
>>599
長篠城に奥平しかいないならいい手だと思うんだけど、
徳川の加勢(目付)もいるから難しくない?

666:人間七七四年
18/11/28 21:23:18.54 flF+ChRk.net
結局同盟決裂が両家にとっての不幸の始まりだったかもね
何事も無く同盟が続いていれば徳川や上杉、毛利が滅びて武田・織田とも幕末までまともな形で大名として 生き残れたのかも

667:人間七七四年
18/11/28 21:35:53.90 TSNFartK.net
>>647
上杉、毛利はともかく、徳川が滅ぶってどういう状況?
織田武田が親密になり、東国の徳川を武田の与力につけることはあるかもしれんが、
徳川と同盟解消し武田の切り取り放題みたいな形で見捨てるとは思えん。

668:人間七七四年
18/11/28 21:36:19.21 ivhp9C65.net
徳川が滅びたら幕末もなにもないと思うが
歴史根本から変わるよ

669:人間七七四年
18/11/28 21:59:24.72 a+L8I67c.net
早死にした佐藤大輔というWW2メインの架空戦記作家が戦国時代を唯一舞台にした『信長征海伝』だと
信忠と一緒に辛くも本能寺を脱出した信長が(明智の謀反を村井に事前警告したのが何故か穴山)、
細川を頼って、山崎の最後に登場して明智を始末。その後、北条を討って、島津を降伏させるものの、
信長に冷遇されたと誤解して謀反した柴田と、「このままじゃ消される」と思って開戦した家康を続けて征討。
この作家の悪い癖で、そこで未完だけど、部分的な描写からは、国号を「日本皇国」に改めて、南洋や
アメリカ西海岸に植民して、欧州連合軍のアジア遠征艦隊を撃破。20世紀には日系人がアメリカに建国した
大和民国と組んで、イギリス(史実の大日本帝国ポジ)をボコボコにする--という歴史。
それはともかくとして、朝廷の打診が三職だったように、織田政権が存続しても、依拠する官位や政体が
「征夷大将軍の幕府」だったとは限らない。鎖国もしなかっただろうし、日本史どころか世界史が、史実と
まるで違った展開になったと思う。
信玄が織田に敵対しなかった場合、信忠以降の政権安定のため他の大大名も含めて滅ぼそうとしたか、
領地を安堵して海外進出を優先したか、どっちもあり得そう。

670:人間七七四年
18/11/28 22:15:43.55 QMuYYMer.net
信長は案外保守的なところもあるから外征はしたかどうか

671:人間七七四年
18/11/28 23:43:22.72 zLl6+PVV.net
そもそも最近じゃ三方ヶ原の頃、すでに財政はカツカツで武具


672:も揃えられなかったらしいやん 武田領が貧しいのは当たり前なんだから 治水事業やったところで悲惨だったのを普通にした程度なんよ 貨幣経済やったとしても流通なんてたかがしれてたし 結局、武田は領民に対して重税を課すしかできることがなかった どのみち勝頼じゃなくても武田は破綻してたよ



673:人間七七四年
18/11/28 23:43:48.74 wqvkIZzA.net
>>646
菅沼正貞は武田の援軍が来る前に開城したけどね
そのせいで内通疑われて投獄されたけど
その波及で奥平も疑われて実際に信昌の父は家康と連絡を取り合ってた
それで武田内で立場が悪くなってた所に徳川からよい話が来て食いついた
信昌は父についていっただけだからね
妻子が生きているなら目付を切って降伏した可能性もある

674:人間七七四年
18/11/28 23:48:11.54 mY0COLMm.net
「西上作戦」の目的はあくまで徳川領内の切り取りじゃない?
もちろん信長の援軍が来たらぶつかることになるし併合進んだら次は美濃尾張にもちょっかい出すだろうけど

675:人間七七四年
18/11/29 00:05:43.81 wrJgjLPu.net
三方が原で織田が徳川に援軍出さなければ同盟は維持されたのかな
西に色気を出さずに徳川を滅ぼした後は広大な割には弱い北条領を刈り取れば良い
駿河攻めの時に邪魔された恨みもあるからな

676:人間七七四年
18/11/29 00:11:43.35 ccayAb25.net
>>652
家康が天下獲ってる以上説得力がない

677:人間七七四年
18/11/29 00:56:22.17 Ig1BzDBB.net
>>654
朝倉が動かないと俺が織田の本隊と戦う羽目になるだろうが!(激怒)

678:人間七七四年
18/11/29 07:09:11.19 Whjr2AW+.net
>>655
どの本で読んだか忘れたけど、三方ヶ原での織田の援軍が少数なのは、武田と完全に手切れしておらず
大軍を送れなかった。織田の援軍が徳川軍と一緒に武田軍と交戦したことで、織田の方から違約した形に
なってしまった--みたいな見解は一部研究者にもあるみたいだね。岩村城占領前から、武田は東濃に
ちょっかい出してるけど、遠山氏は織田の完全な家臣じゃないから、どの時点で、どちらが同盟を破ったか
当時の、当事者達の認識でなかなか難しいところがあるとは思う。
近現代みたいに文書で条約や密約を交わしているわけじゃないだろうから、徳川氏や遠山氏に何をしたら
盟約違反か微妙だっただろう。

679:人間七七四年
18/11/29 08:39:19.94 i3GIX4eF.net
>>579
木曽越えして中山道で美濃に行くにも
中山道は信忠~秀吉期に整備されたが
整備された後の秀忠軍でさえ悪路なために
昼夜問わず行軍しても関ヶ原に大遅刻したのも知らんのか
整備される前の中山道で斎藤氏さえ滅ぼす兵力兵糧を維持できないから
無理だと何回言えば

680:人間七七四年
18/11/29 09:18:27.24 g1/X/av8.net
三方ヶ原が大勝利だったのは間違いないんだろうけど
その結果徳川方の豪族が雪崩を打って武田に降伏するような事態が起きたわけでもなく
結局くだらない小城一つずつダラダラ落とす羽目になってるんだよな
三方ヶ原で家康討ち取ってれば少なくとも遠江は雪崩を打って武田に寝返った可能性もあるだろうに
三河も信康担いでももう駄目だろ
信長が直接押さえに来る可能性すらある

681:人間七七四年
18/11/29 12:22:14.44 EcQBxftE.net
>>655
無理じゃね
11月の謙信への書状で武田は絶許ってなってるから

682:人間七七四年
18/11/29 12:52:21.72 r8DwwV/P.net
例えば武田が織田とは同盟続けたいけど徳川だけは許せないから成敗すると言って来ても
受け入れる訳にはいかんわな
東美濃と三河から圧力


683:受けるわけで



684:人間七七四年
18/11/29 12:58:31.81 FLDDsru5.net
徳川を許したって徳川は上杉と同盟して攻めてくるからな

685:人間七七四年
18/11/29 13:31:55.18 W4nLbl25.net
長宗我部が織田とは同盟続けたいけど三好だけは許せないから成敗する
みたいな話か

686:人間七七四年
18/11/29 14:51:47.55 ca9O1Ibd.net
真偽や年代の比定の問題はあるけど、武田は岩村占領の数年前から
恵那郡や隣接する奥三河に派兵してるから、信長としては、不信を
抱いてたとは思う。仮に西上作戦がなくても、美濃国主としては
喧嘩を売られたも同然だから。
武田が徳川だけ叩きたいなら、東遠江に戦場を限定しないとな。

687:人間七七四年
18/11/29 16:12:52.14 FLDDsru5.net
西上作戦については徳川が武田と絶縁及び上杉と同盟して織田と武田の手切を画策したのが先であって
いくら秋山が侵攻したとはいえ勝手に今川と和睦、駿河は北条に譲るじゃ信玄が怒るのは当然
信玄は信長に家康の操縦を依頼したが家康は言うことを聞かない
こんな状態で武田と織田の同盟が長続きするはずないし、武田が徳川攻めるなというのも無理
小牧長久手といい、家康はずっと野心家でチャレンジャーである

688:人間七七四年
18/11/29 17:41:52.21 TRtD5qFt.net
そもそものキッカケは三国同盟崩して駿河侵攻始めた事なんだけどな
徳川の独立に対して同盟国支援の名目で出兵、三河北部の割譲を氏真に要求とかは出来なかったんだろうか

689:人間七七四年
18/11/29 18:57:31.49 TbEayqWC.net
>>667
できたと思うでー
でも海野支配の佐久と違って
北三河なんて米も獲れなきゃ交通も不便で貰っても
仕方ないという部分もあるけどな。

690:人間七七四年
18/11/29 19:08:31.14 G+YLcd8L.net
仮に武田が東海道に不干渉でも、家康は単動で遠江を狙ったかな?

691:人間七七四年
18/11/29 19:09:44.40 iKQTc901.net
狙うしかないわな、他に攻める場所ないし。

692:人間七七四年
18/11/29 19:10:15.96 TbEayqWC.net
>>669
不干渉なら狙っただろ

693:人間七七四年
18/11/29 19:11:55.18 TbEayqWC.net
一番いいのは武田と北条が後ろ盾になって今川と徳川を戦わせ続けることだろ。
ベトナム戦争や朝鮮戦争で見た図ではあるけど。

694:人間七七四年
18/11/29 20:54:43.76 mbBxPwCk.net
氏真もバカではないからねぇ
そうそううまく信玄の絵図通りに動いてくれるかな?

695:人間七七四年
18/11/29 21:18:30.06 i3GIX4eF.net
むしろ信玄が強欲なのに今川を生かすために無欲になって後ろ楯になるとか無理すぎるw

696:人間七七四年
18/11/29 21:36:57.66 mbBxPwCk.net
ドサクサに紛れて三河遠江に出兵しそのまま占領してしまう
んで
『今川殿は義元殿が亡くなられ大変であろう。織田はこの信玄が食い止める故、足元を固めなされよ』
と抜け抜けしゃあしゃあと嘯く

697:人間七七四年
18/11/29 21:57:36.42 QiyI4Kjj.net
>>666
家康から攻撃はしてないだろ、一応織田の言うこと聞いて我慢してるし、やっぱ武田が問題じゃ。

698:人間七七四年
18/11/29 22:11:41.17 hFV2CNPw.net
氏真なんて織田がやった北畠方式でいいじゃん。
養子を送り込んで暗殺。

699:人間七七四年
18/11/29 23:20:59.57 Ig1BzDBB.net
あれはどう考えても北畠が悪い

700:人間七七四年
18/11/29 23:29:59.46 18L+fnAb.net
しsの本なんて買う奴アホすぎだな
あいつが今まで事実を一度でも言ったことあるか?w

701:人間七七四年
18/11/30 00:20:49.67 WHmxiXfs.net
だから甲斐信濃じゃ勝負にならんのよ
武田は侵略して領土を切り取らないと死ぬだけ
勝頼の代になると取れる領土がなくなって仕方なく中央集権化を目指したが
すでに手遅れだったのね

702:人間七七四年
18/11/30 01:01:57.26 lVGLvxL0.net
別に勝頼からじゃなくて信虎も信玄も中央集権化してたろ

703:人間七七四年
18/11/30 01:20:01.81 +nLYUzKO.net
信虎は凄い勢いで中央集権化させてたけど信玄は逆に停滞させてたと思うよ。

704:人間七七四年
18/11/30 01:23:48.74 lVGLvxL0.net
>>682
具体的にどこが?
重臣も代替わりで簡単に権力奪うし、国人も年々家臣化進んでるようにしか見えないが

705:人間七七四年
18/11/30 02:42:04.70 1mJpMTDF.net
信玄は信虎の中央集権化を順当に進めたと思うが
義信排除して勝頼にしたからそれで大名の権力は後退したと思う
しかも死ぬ時3年隠せとか遺言するものだから
トップ層はともかく、
他国や一般層からみれば勝頼が国主になったけど依然として信玄がトップにいると見られていたのだろうし

706:人間七七四年
18/11/30 04:28:45.33 cy+40Mxo.net
おいおいおいおい、それを素面で言ってるなら相当やべぇぞ

707:人間七七四年
18/11/30 04:50:54.46 EwCHVEqZ.net
甲斐でも穴山や小山田は家臣なのか国人なのか
中央集権化の基準も人によって違う感じだし議論は噛み合わなそう

708:人間七七四年
18/11/30 07:02:46.75 YVBiU7R7.net
>>686
信濃で言えば武田にあたるのが小笠原
穴山にあたるのが村上
小山田にあたるのが諏訪
現実問題として武田と小笠原に差があり過ぎたな
ボスが小笠原ではなく村上で
もうちょっとデカかったら武田の侵略は無理だったろうな

709:人間七七四年
18/11/30 07:09:03.90 oXXCxyvR.net
穴山も小山田も完全な家臣だよ

710:人間七七四年
18/11/30 08:05:45.38 0iiFMR0L.net
人と領地の切り離しが出来てない時点で中央集権化とは程遠い状態でしょ
家臣が領土を持って、土地の人間にとってのオラが殿様である間は独立諸侯の盟主と大差ない

711:人間七七四年
18/11/30 08:06:17.05 +nLYUzKO.net
中央集権化を確定させるために諏訪への遷都は必要だったろうに。
おそらく家臣の1割は諏訪へついて来ず討伐対象になるけど信虎は実際にそれをやりきった。

712:人間七七四年
18/11/30 08:10:06.73 +nLYUzKO.net
中央集権・地方分権に二項対立概念として語られるけど
その中間のグレーゾーンもあると思うんだよね。
むしろ現代風に言えば「組織ガバナンスが成立」してるかしてないかの方がピッタリだと思う。
「おまえは総合職なんだから社名は絶対な。今すぐ転勤」と言われたら疑問すら湧かず
地の果てまで行くのはガバナンスが成立してる。

713:人間七七四年
18/11/30 08:18:31.46 oXXCxyvR.net
>>689
狭義の意味での中央集権を語っているわけじゃないからな

714:人間七七四年
18/11/30 08:29:10.08 +nLYUzKO.net
士農分離ってよく言われるけど
総合職と事務職の分離、指揮官と下士官の分離は組織としてあってあたりまえ。
それが曖昧だと組織として弱くなる。

715:人間七七四年
18/11/30 08:32:40.13 +nLYUzKO.net
世襲になると徐々に組織として弱くなってくのは
センゴクではニューウェーブが古い組織を打ち倒すのは時代の必然とか
繰り返し銘打ってるけど、もっと単純な話で。世襲制になると農民に向いてる奴が
軍指揮官になってたり、軍指揮官に向いてる奴が農民や職人になってたり
適材適所にならないんだよね。新しくできたばかりの組織は世襲でその職についてる奴が少ないので
適材適所になってるケースが多い。

716:人間七七四年
18/11/30 08:55:02.94 3q31zNSf.net
ヨーロッパとか顕著だよな
こいつ戦争上手いな、出身は…聖職者!?
というのがわりと居る
フス派とか

717:人間七七四年
18/11/30 09:08:34


718:.92 ID:lVGLvxL0.net



719:人間七七四年
18/11/30 09:37:26.52 2pJlSiWs.net
>>696
免除規定がいくつもあるし、年によって徴収回数が増えたりもする国人によっては対象外
所詮かき集める為の苦肉の策でしかないと思う
国内を納める法整備でいえば
北条 > 今川 > 武田と先駆者の模倣が多いよ武田家は

720:人間七七四年
18/11/30 11:55:01.65 jr4Junex.net
苛烈な徴税ができることを強固な権力の現れととるかそれをやらざる得ない基盤の弱さと取るか

721:人間七七四年
18/11/30 12:56:40.48 4L9v3KZE.net
港がないから商業で豊かにするという考えもなく
重税でも略奪を許可することによって領民の不満を解消してたんでしょ
よく言われる武田は止まれないってのはそういうことだしな

722:人間七七四年
18/11/30 13:08:28.57 RJ17Hqdz.net
河川貿易とかは無理なんかな
駿河-甲斐-信濃-越後と三河-信濃越後の貿易路を整備して通行料を取ったら結構儲かる気もするが

723:人間七七四年
18/11/30 13:23:21.92 v3Y8She5.net
信玄が北進にこだわったのも越後の港湾利権がデカかったんだろうな

724:人間七七四年
18/11/30 13:48:32.38 4L9v3KZE.net
>>700
港なら船で特産品を遠方まで運べて、帰りには関東で高く売れる特産品を積んで帰ってきて往来できるが
河川だと上流から下流に行ったら船は帰ってこれないし
当時は木材を上流から流して下流に届けるくらいしかできてないだろう

725:人間七七四年
18/11/30 17:21:16.47 KKrrttGL.net
信玄餠とほうとうを全国販売して大儲けすれば良かったんだ。

726:人間七七四年
18/11/30 19:15:43.99 dZuNlhoq.net
河川水運はあったし、河川港もあったよ
下流から上流へはマイペースで川上りしたり陸上運送と平行したりしていた
ただね、本質的に下流は織田徳川が扼しているんだよね
水運は入口と出口の関係に大きく左右されるんだ

727:人間七七四年
18/11/30 20:07:51.01 4L9v3KZE.net
>>704
緩やかな流れの広い川の下流しかできなかったことをできると語らないほうがいい
現代でも川の上流なんてエンジン付いてないと遡れないぞ

728:人間七七四年
18/11/30 20:37:05.11 GooZWO+X.net
信玄は陸でも河川でも津料を貪欲に取ってたよ...
そういうことばかりするから武田の領内は過疎っていたけど

729:人間七七四年
18/11/30 21:05:24.93 CpnvMPEz.net
>>684
逆だろ
勝頼が継いたことで中央集権が進んだんだよ
勝頼家督相続の際に、家臣達が他意なく勝頼に従いますよといった内容の血判起請文の一次資料が残ってるのが何よりの証拠

730:人間七七四年
18/11/30 21:35:03.75 lVGLvxL0.net
>>707
義信事件の起請文の方がインパクト強い

731:人間七七四年
18/11/30 21:57:19.08 JrTlvtnl.net
>>705
一応千曲川の一部でも出来たぞ
飯山川中島間ぐらいだが

732:人間七七四年
18/11/30 22:13:55.50 4L9v3KZE.net
>>709
>>700>>702を読んでくれ

733:人間七七四年
18/12/01 00:45:55.57 tC+y9Vfj.net
現在でもそうだけど甲府ー信州間の交通が大変だしな。
八ヶ岳を超えるというのは自動車や鉄道が無ければできたら遠慮したい。
毎回、戦のたびに大軍率いてここを超えた信玄って重度の知恵遅れだったんだなと
国道20号線を北上するたびに思う。

734:人間七七四年
18/12/01 00:54:00.90 e9P3lreU.net
>>710
千曲川の一部は下流から上流まで船で上がれる、
それで栄えたのが飯山とか善光寺でかつては港があった。

735:人間七七四年
18/12/01 02:07:20.89 jX/M49iP.net
>>712
千曲川に初めて通船可されたのは寛政2年(1790)、水内郡西大滝村の斎藤太左衛門である。
通船区間は西大滝村と高井郡福島村(現須坂市)の間13里(52km)である。
千曲川の片側2人ずつ、4人の曳き手が50メートルから100メートルの綱で船を上流に引き上げました。
西大滝から須坂福島までは7日掛かり、塩1俵の運賃は548文だったそうです。

ずっと後の話だね

736:人間七七四年
18/12/01 03:22:12.15 tC+y9Vfj.net
信長が岐阜と尾張を息子たちに任せ自分は京~安土を支配したように
信玄も甲州は息子や弟たちに任せ自分は信州を支配しようとなぜ思わなかったんんだろ。
家康も三河は息子に任せ自らは遠州を支配してたし。

737:人間七七四年
18/12/01 05:30:55.41 f3wiNRnY.net
>>714
父親を追放した自分が、同じように追放されるのを恐れたのでは? 実際、信繁以外に武田にはろくな人物がいないし。

738:人間七七四年
18/12/01 08:01:08.88 iCU9GLUC.net
>>714
嫡男の義信ですら、あの仕打ちだからな・・・
基本的に身内よりも忠義の家臣しか信用しないタイプだったんだろう信玄は
>>715も言ってるように身内で本当に信用できたのは恐らく信繁ぐらいだったんだろうけど
無駄な川中島でむざむざ死なせてしまったからな

739:人間七七四年
18/12/01 08:46:45.16 jqqM5IgY.net
川中島で死んだ武将で主なところって信繁と諸角
信玄の本陣にまで越軍が突入する大乱戦だったけど
命がけで戦った武将はそれほどいなかったということかw

740:人間七七四年
18/12/01 12:32:01.45 FeBZWfuB.net
長篠に従軍した武将は人望が無いと言われた勝頼を逃がす為に玉砕したと言うのに・・・

741:人間七七四年
18/12/01 12:32:49.01 jX/M49iP.net
>>714
信玄は駿河を狙ってたから甲斐を動く必要が無かった
関東征伐も狙える位置
むしろ諏訪なんて中途半端な位置だから小勢力でひしめきあってたんでしょ

742:人間七七四年
18/12/01 12:38:34.14 FeBZWfuB.net
>>713
もし信長が信玄の立場だったら
千曲川と天竜川の水運の整備をしたんじゃないかなぁ
川中島~佐久、諏訪~飯田はさほど急流って訳でも無いし
この辺の水運が整えば越後や遠江、三河との交易収入が期待できる
軍事面でもこの方面への展開がスムーズになるだろうし

743:人間七七四年
18/12/01 13:14:53.49 jX/M49iP.net
>>720
戦国時代より治安が安定していた江戸後期にやった話で
江戸時代ちょい前からずっと治水工事を何回もやり
1742年の大水害の戌の満水の後に川の流れを変える大規模改修した後の話だからな
金がない特産品もない戦にも金を使うし、野盗も沢山いた戦国時代にそんな金をかける大規模工事をするわけがない
塩等を信濃に運ぶだけで国を安定させる儲けがうまれるわけないし
信玄でも信長でも素直に駿河に攻めるわな

744:人間七七四年
18/12/01 13:43:35.56 q25/lZE0.net
そもそも信玄は金山を所有しながら、その金の使い方が


745:金による敵将の買収と味方への褒美しか使ってない。 これでは金が尽きたら破綻するのは見えている。



746:人間七七四年
18/12/01 13:45:29.11 Xl/psFtx.net
>>722
アホ

747:人間七七四年
18/12/01 14:20:22.24 UJr3j2Pg.net
父子兄弟で争うケースはこの時代はいて捨てるほどあるわけだし、現代人の倫理観に当てはめて考えるのは間違っていると思うし、何より信玄に限った話でもないように思うが

748:人間七七四年
18/12/01 14:36:20.09 5ATdCIyK.net
源氏は目立って同族争いが酷いのは確か

749:人間七七四年
18/12/01 14:36:39.41 K8UhbFP7.net
義信と信康に関しては神君である信玄と家康を持ち上げるために
明らかに理由を捻じ曲げてるっぽいからなぁ
長篠の戦でも最前線で戦った信康が落ち目の武田勝頼に内通とか誰が信じるのよw
義信もなんか幽閉先で勝手に切腹したとかさ

750:人間七七四年
18/12/01 14:57:58.49 ycXvqQsI.net
息子も含めて親族は信玄本人から見たら自分にとって代わるに容易い存在で危険極まりない
家臣が下剋上するなら親族より何段もハードルが高いので、疑う順位がそれだけ低い
というだけのことであって、信玄が家臣を信じていたかどうかは怪しいと思う

751:人間七七四年
18/12/01 16:02:35.73 Lq4TwYSS.net
そもそも自身が父親への家臣のクーデタで担がれて始まってるからな

752:人間七七四年
18/12/01 16:07:53.59 TQ8DdPKy.net
駿河に隠居させたのは信虎の命を救うための策だったのかもしれんね

753:人間七七四年
18/12/01 17:01:44.02 3Rq/ULrF.net
信玄はそんな甘ちゃんじゃない
嫡男を殺した人間が父親の命が大事だと思うだろうか

754:人間七七四年
18/12/01 17:08:01.15 ZUiFruGo.net
信虎が一番優秀。
追放されなければ天下取れた。

755:人間七七四年
18/12/01 17:08:19.09 PlLPGM3Z.net
戦国時代に入っても平氏ルーツ名乗ってる連中はそこんところ穏やかで
源氏は逆の傾向ある気がする
ただの先入観かもしれないが

756:人間七七四年
18/12/01 17:27:04.93 3Rq/ULrF.net
平氏名乗っても大して祭り上げられないからな
橘氏名乗っても全然祭り上げられないのに似てる
源氏名乗ってるのと
藤原氏名乗ってるのは権力欲が強い

757:人間七七四年
18/12/01 17:37:12.39 ycXvqQsI.net
>>729
この時のクーデターの主導権は信玄じゃなくて甘利や板垣でしょ
若き信玄が自分たちのコントロールに反しようとしたら、まず弟を、そして「場合によっては親父を呼び戻してすげ替えるぞ」という無言の圧力じゃないかな

758:人間七七四年
18/12/01 17:42:08.90 zBC4iWG5.net
同じ源氏でも道誉で有名な佐々木は北海道から沖縄まで満遍なく繁殖したな
それ以外の源氏は雑魚だが・・・

759:人間七七四年
18/12/01 17:50:15.78 FeBZWfuB.net
道誉も尊氏、義詮に上手く取り入って将軍を裏で操るフィクサーに上り詰めたしな
佐々木は世渡り上手な血筋らしい

760:人間七七四年
18/12/01 17:50:56.24 TQ8DdPKy.net
>>730
息子可愛さで処分出来ずに幽閉させていたら自害してしまったんだろ
信玄の家族愛やな

761:人間七七四年
18/12/01 18:04:32.40 3Rq/ULrF.net
甥可愛さで処分出来ずに幽閉させていたら自害してしまったので甥の妻子を皆殺しにした秀吉みたいだな
家族愛やな

762:人間七七四年
18/12/01 18:19:31.05 FeBZWfuB.net
秀吉はまぁ庶民出身で成り上がる為には綺麗事など言ってられないところはありますから
まだ釈明の余地はありそうですがイイトコのお坊ちゃんの信玄は・・・

763:人間七七四年
18/12/01 19:02:15.07 K8UhbFP7.net
秀吉に関しては秀頼さえ生まれなければ豊臣政権が50年くらいは続いてただろうね
あれが生まれて秀次が切腹させられた時に関係ない秀吉初期からの武将まで秀次に連座して痛い目にあったから
それが元で関ヶ原にも多大な影響及ぼしてるし
そういう意味では信玄は義信廃嫡後の処理はそれなりに上手かったんじゃないか?
兄貴が殺された飯富も信玄に忠誠誓ってたし勝頼期も宿老連中は離反してないし

764:人間七七四年
18/12/01 19:10:21.26 7JoTeUE/.net
前野長康ほんとかわいそう

765:人間七七四年
18/12/01 19:42:34.97 G4alLO/Y.net
>>740
宿老連中って離反するにしても神輿がいないからできなかっただけではないの?
信玄後期から勝頼にかけて、武田一族は人材不足が目立つ。

766:人間七七四年
18/12/01 20:01:55.50 jX/M49iP.net
長篠で重臣が死にまくったからな
忠誠心がある奴は長篠で皆死んだ

767:人間七七四年
18/12/01 20:41:30.08 68z0DBiH.net
長篠で重臣あれだけ失った上に岩村城で秋山まで失ったのが痛いな
信玄が最後の遠征で別動隊預けたのは山県と秋山だけだし相当有能だったんだろ?

768:人間七七四年
18/12/01 21:37:43.06 rAiH8Xn0.net
>>742
能力的にはあれかもしれないが穴山と信豊や逍遥軒がいるだろ
織田や上杉だってそんな一門衆を頼りにしていない

769:人間七七四年
18/12/01 21:42:34.61 7JoTeUE/.net
織田信治は硬骨漢だよな
信繁とは比べるべくもないが宇佐山で戦死することで小さいながらも歴史に名を残した

770:人間七七四年
18/12/02 00:48:36.35 m/mXfo6y.net
勝頼期に主要な軍事から外交までこなしていた信豊はなかなかの有能だったのではないかと思う

771:人間七七四年
18/12/02 00:51:53.95 m/mXfo6y.net
穴山が離反した原因のひとつに信豊との政争に破れたから説もあるな
穴山は政権の中枢から外されていったから

772:人間七七四年
18/12/02 01:27:39.83 kaP7dTYC.net
長篠後の外交やら政策やら酷かったのに信豊が有能?

773:人間七七四年
18/12/02 01:47:53.19 cTOD5xEH.net
信長との再同盟の見込みアリなんて希望的観測にすがって
まんまと破滅一本道ルートに飛び込んだのは誰のせい?

774:人間七七四年
18/12/02 01:53:42.88 cTOD5xEH.net
>>732
坂東八平氏が穏やか?

775:人間七七四年
18/12/02 08:01:46.11 UPKMmD3z.net
>>745
だからその3人が揃いも揃ってゴミ屑だから救いようがないんだよ・・・
何つうかこうもっと「武田武士」みたいな最後の意地と言うかさ、そういうもんが全く感じられないんだよな
特に理由はどうあれ、武田を裏切った穴山なんてのはホントクズの中のクズだと思うわ
こいつは後世まで叩かれまくって罪を償うのが当然の報いだと思うわ

776:人間七七四年
18/12/02 08:05:15.20 UPKMmD3z.net
現代の武田厨の中に、穴山と木曽を登場させたらこの二人は間違いなく
フルボッコでタコ殴りにされるだろうなw

777:人間七七四年
18/12/02 08:05:51.13 UPKMmD3z.net
あ、あと小山田のクズも忘れてたw

778:人間七七四年
18/12/02 08:06:31.74 ojF4qNr4.net
>>753
ぜってー返り討ちだわ

779:人間七七四年
18/12/02 08:07:33.97 UPKMmD3z.net
木曽、穴山、小山田、この裏切り代表3人の中で一番罪が重いのは誰だと思う?
やっぱ武田征伐の発端を作った木曽か

780:人間七七四年
18/12/02 08:08:25.58 UPKMmD3z.net
>>755
裏切るようなヘタレに俺は負けねえよw

781:人間七七四年
18/12/02 08:11:39.75 ojF4qNr4.net
木曾を調略したのは織田信孝だって知ってたか?
信孝は政治能力(内政ではない)はゴミだが頭は回るようだ
信雄と反対だな(頭は悪いが正解を選び続ける政治能力は一流)

782:人間七七四年
18/12/02 08:14:48.86 m/mXfo6y.net
東西南北に走り回っていた信豊はまさに忠義の武将とも言えるし勝頼が最も信頼していたのだろうと考えられる
最後に小諸に逃れたのも、勝頼と別れることで武田家として再起を図る強い意思が感じられる

783:人間七七四年
18/12/02 08:23:11.25 m/mXfo6y.net
>>756
勝頼は木曽は裏切るかもしれないと早い段階から警戒していたからね
やはり小山田じゃないかな
上杉との取次を務めたり勝頼政権でも中枢を担っていたから小山田が裏切るなんて夢にも思わなかっただろう

784:人間七七四年
18/12/02 08:36:02.45 kaP7dTYC.net
>>750
信長と和睦してないうちに北条を攻めて敵勢力を増やす

徳川と北条の二方向から攻められ防戦一方になり度重なる兵役と重税で苦しくなる

高天神城を見捨てたことにより国衆の信頼が失墜する

木曽の裏切りがトリガーになり織田が動き出す

アホすぎるね

785:人間七七四年
18/12/02 08:38:52.83 KEgi5G6c.net
>>756
残念だがいずれでもない。
勝頼の失政の結果による、身から出た錆に過ぎない。
木曽が裏切りを決めたのは、高天神城の見殺しの結果で、その責任は
勝頼自身が負うべき。
穴山が裏切ったのは、(既にゾンビ大名で弱体化を極めていた)
勝頼が、北条も敵に回すと言う二方面作戦を取って、駿遠の守りが
弱体化するままだった状態で有効な手段を取らなかったことに対する不信。
小山田は小説では自分の失政が招いた破滅を人のせいにして人質を
焼き殺したことに対する怒りと書いているが、恐らくこれが史実だろう。
要は、ゾンビ大名であった武田勝頼が、ゾンビとして適切な行動を取らなかった
ことが、更なる破滅を招いたということ。

786:人間七七四年
18/12/02 08:40:35.61 KEgi5G6c.net
>>761
勝頼は自分が主体的に動ける勢力としては、長篠で終わっていた。
あとは、リアクションで泳ぐ一弱小勢力に落ちていた。
にもかかわらず、アクションにこだわった点が、もう論外というしかない。

787:人間七七四年
18/12/02 08:51:20.11 YvYNPaCz.net
木曽は勝頼に長篠以降に、木曽家臣団が勝頼に対し誓書を出させる異常事態になっている。このことから、勝頼と義昌の間に個人的な悪感情があった可能性がある。
穴山は勝頼の娘と自分の息子を結婚させてほしいと頼んで、勝頼も一度は了承したのに、その娘と信豊の息子を結婚させて穴山はメンツを潰された。
小山田は裏切る直前まで特に勝頼に対する悪感情はないし、勝頼から疑われたり何かされたような記録もない。
強いていうなら、弁護できない穴山かな?

788:人間七七四年
18/12/02 09:19:50.03 brTHQgKQ.net
>>758
木曽の調略やったのは遠山友忠でそっから信忠に
連絡がいったんじゃないのか?

789:人間七七四年
18/12/02 09:35:54.52 ojF4qNr4.net
>>765
信孝が取次やってるよ

790:人間七七四年
18/12/02 09:48:35.44 REQ+mw11.net
まあでも小山田が裏切った時点では今更なにやっても

791:人間七七四年
18/12/02 10:56:27.38 ktD9lEey.net
事前に敵対者と結んでの裏切りは戦国期だと武略として認められる
木曽や穴山に限らず旧主が健在な内に内通した者は最低限、同等の待遇で迎えられてるのが普通
タイミングが早ければより良い待遇を受けられることも多い
あるいは真田みたいに主が完全に負けるまで忠義を尽くした上で、その後に頭を下げても悪い扱いはされない
完全に崩壊してから慌てて裏切った小山田は当時としても死んで当然のクズ
それはそれとして武田を滅ぼしたのは信玄が7割、勝頼が3割くらい悪い

792:人間七七四年
18/12/02 11:17:15.86 MfOlWSaY.net
>>764
木曽は岩村城救援を申し付けられたのになんだかんだと従わなかったからね。

793:人間七七四年
18/12/02 11:17:40.28 kaP7dTYC.net
長篠で大敗して武田四天王の三人含む多くの重臣を死なせた勝頼
信長と和睦さえしてないのに北条を攻めてどんどん敵対勢力を増やした勝頼
そのせいで防戦一方になり度重なる兵役と重税で疲弊させ
高天神城を見捨てたために国衆の信頼を失墜させた勝頼の責任が三割?
冗談は止めなさいw

794:人間七七四年
18/12/02 11:28:45.43 VPcYWX7V.net
西信濃の名族たる木曾からしたら、甲斐武田に弓引いて
裏切呼ばわりされる謂れはない。渋々従ってただけ。

795:人間七七四年
18/12/02 12:19:01.09 MfOlWSaY.net
>>771
木曽と言っても木曽義仲の子孫と自称してるに過ぎない国人領主だけどな

796:人間七七四年
18/12/02 12:30:29.15 Gwh7s1v1.net
>>772
勉強が足りないなアホ

797:人間七七四年
18/12/02 12:31:10.02 ktD9lEey.net
長篠城攻めの起点は西上作戦の失敗、織田との決定的な対立も同様
甲相同盟の破綻は必ずしも信玄は関係ないが状況を作ったのは信玄時代の拡張政策によるところ
織田や徳川に比べて国人衆の独立性が高いのも信虎から三代続けての失策(勝頼も是正を試みて失敗してるので同罪ではある)
オマケに病にかかりつつ早期の家督継承をしてないから権威0からスタートさせられてる
これらのせいで勝頼の打てる手が極端に限られた状態にされてる
拡張政策、中央集権化、存命時の権力移譲、西上作戦のどれか1つ、出来れば2つ改まっていれば勝頼の動きはもっと自由に出来た
他は信玄自身の選択肢にも限界があったけど権力移譲が遅かったのは明らかな失策

798:人間七七四年
18/12/02 12:37:32.80 MfOlWSaY.net
いきなり人様をアホ呼ばわりする基地外に絡まれちゃった

799:人間七七四年
18/12/02 12:41:18.14 ZpJO+i6P.net
>>774
まず織田や徳川と比べて国人の独立性が高いとは思わないな

800:人間七七四年
18/12/02 13:24:49.58 Q2biqgYt.net
>>774
権威0からのスタートなんてありえないし義信の責任を信玄に押し付けてはいかんね

801:人間七七四年
18/12/02 14:05:01.94 INbyErF+.net
官位は0だったけどね、まあ信長のせいだが
これかなり痛かったと思う

802:人間七七四年
18/12/02 14:29:21.59 m/mXfo6y.net
英雄たちの選択で平山先生が信玄は勝頼への重圧から解放してあげる為に勝頼を中継ぎとして生まれながらの嫡男である信勝に家督を継承させようとしたと言ってたけど、これって甲陽軍艦の陣代説のことかね?

803:人間七七四年
18/12/02 14:29:58.13 kaP7dTYC.net
>>774
勝頼が有能だったら状況を見て方針変えられるはずだけどな
無能だったから長篠で大敗した
醜く逃げ回り領民家臣に迷惑かけて、人質ごと新府城焼き払う極悪人になって裏切られて死ぬなら
普通に降伏して切腹したほうがマシな最後

804:人間七七四年
18/12/02 14:51:19.84 2V+7khNZ.net
>>778
謙信と違って朝廷幕府に貢献していなかったからじゃね?

805:人間七七四年
18/12/02 15:16:11.53 m/mXfo6y.net
>>781
違うよ

806:人間七七四年
18/12/02 15:34:06.20 YnDnF4PB.net
>>778
ノブサマ


807:は信玄時代に勝頼に官位を送る取次やったけど 義昭が拒否したんじゃなかったっけ? 実際、将軍家の心証はかなり悪かったことは川中島の和議破棄や義信事件で察しはつくし



808:人間七七四年
18/12/02 15:38:28.97 +RnRiI+J.net
>>778
ウィキペディアの知識晒して楽しいか?

809:人間七七四年
18/12/02 17:30:15.66 qqxtdUgx.net
小山田信茂が今更織田に寝返っても許されないと覚悟を決めて掛川城の朝比奈泰朝のように勝頼一行を迎えて徹底抗戦してれば少なくとも3か月は持ち堪えられただろうね
信長、信忠は忙しいから川尻や穴山に岩殿城を囲ませて引き上げるだろうから本能寺の変も影響なく起きた筈。

810:人間七七四年
18/12/02 17:33:35.02 kaP7dTYC.net
高遠城が一日で落とされてるの三ヶ月とか何を言ってんだw

811:人間七七四年
18/12/02 17:52:47.45 Q2biqgYt.net
岩殿城は見た目難攻不落だけれども実際はすぐに落とされるような城だろうな

812:人間七七四年
18/12/02 17:55:06.62 d0oSHZA2.net
>>787
籠城されると、入り口が殆どないので、いろんなところから入れる
高遠よりははるかに厳しい。
ただ、物量戦が出来る織田軍では、意外と持たないかもしれない。
一日は無理にしても。

813:人間七七四年
18/12/02 18:04:36.21 kaP7dTYC.net
裏切りが横行してるから戦おうにも家臣や城兵から裏切りが出てすぐ落ちるパターン
総崩れ&新府城焼き払った後に何をやっても士気は上がらない

814:人間七七四年
18/12/02 18:06:39.97 2V+7khNZ.net
>>782
違うと言う根拠は?
783も書いてるけど義昭が拒否したという説があって、
今のところそれに対する有力な反論は出てないし。

815:人間七七四年
18/12/02 18:08:13.84 rV+IbuY8.net
岩殿城や岩村城は大軍で力攻めで落城出来ないから兵糧攻めで降伏させるしかないだろ
兵糧さえあれば半年や1年は持ちこたえられる。

816:人間七七四年
18/12/02 18:22:42.97 kaP7dTYC.net
>>791
籠城というのは援軍がある前提でやるものであって
武田軍が崩壊して新府城さえ焼き払われてる状況だからみんな裏切った
小諸に逃げた信豊も家臣に裏切られて自刃な

817:人間七七四年
18/12/02 18:31:38.15 2V+7khNZ.net
掛川の朝比奈の籠城は、掛川が固いってのもあるけど、
北条の援軍ありで、駿河でも北条が頑張ってある程度の地域確保、
西駿河の一部は反武田で抵抗、
82年3月の武田と比べるなら今川が盛り返す可能性はゼロじゃない、
徳川には力攻めするほどの余裕がない、
いくつかの条件が重なった結果だからな。
岩殿城の場合は城兵の士気がどこまで続くものか。

818:人間七七四年
18/12/02 18:34:23.08 kaP7dTYC.net
勝頼のために籠城するほど士気が高く無かったから裏切ったわけだしな

819:人間七七四年
18/12/02 18:39:20.68 m/mXfo6y.net
>>790
貢献してたかどうかが理由ではないってこと

820:人間七七四年
18/12/02 19:02:21.74 rV+IbuY8.net
三木城や鳥取城、八上城だって絶望的な孤立状況で長く籠城出来たじゃん
捕まれば殺されると悟れば何が何でも頑張るでしょ

821:人間七七四年
18/12/02 19:05:26.27 d0oSHZA2.net
>>796
>捕まれば殺されると悟れば何が何でも頑張る
とも限らない。その例が佐和山城落城。佐和山城を包囲した池田輝政は、
城内の生きる物は人間はおろか、犬猫に至るまで皆殺しにすると通知したが、
それでも長谷川守知という者が池田の通知を無視して開城した。
池田は宣告に違わず佐和山のあらゆる生きるものを殺し尽くし、開城した
長谷川守知は不忠者として車裂きの刑に処した。

822:人間七七四年
18/12/02 19:09:54.71 V/eP5fsS.net
三木は毛利と本願寺が動けばワンチャンあった
鳥取も毛利という希望があった

823:人間七七四年
18/12/02 19:14:42.11 ojF4qNr4.net
>>797
これってどの資料に載ってるかわかる?
気になってて

824:人間七七四年
18/12/02 19:25:13.65 kaP7dTYC.net
>>796
包囲中に毛利が援軍として攻めてきているだろ
孤立じゃねーよ

825:人間七七四年
18/12/02 19:31:02.39 rV+IbuY8.net
武田も上杉や真田、佐竹が救援に来てくれるかもしれない

826:人間七七四年
18/12/02 19:33:31.11 kaP7dTYC.net
織田に対抗できるはずもないそんな勢力に期待できないから裏切ったんだろw

827:人間七七四年
18/12/02 19:40:51.78 rLtZCjST.net
>>791
岩殿城って確か信虎が落としたことがあるはずだが。あの時は小山田の当主と主力が野戦で壊滅して、それで攻められて落城したはず。

828:人間七七四年
18/12/02 20:42:42.18 ktD9lEey.net
まあ本能寺まで生き延びるのは不可能だとしても勝頼を保護して籠城してれば勝頼はともかく小山田は生き延びたかもしれない

829:人間七七四年
18/12/02 21:10:21.77 jj3SpWTo.net
信忠に包囲されるか、北条、徳川に包囲されるかでも変わるでしょ
どう転んでも信茂の命は吹っ飛ぶだろうが、一族死刑まではならんかな程度の違いだろ

830:人間七七四年
18/12/02 22:34:41.12 SMj3yO47.net
>>801
>来てくれるかもしれない
では篭城は出来んよ
「来てくれる」アテがないと
三木城や鳥取城もアテ(毛利)があるから篭城した
そのルートを織田軍(秀吉)が潰したから崩壊したわけで
上杉は天正壬午の乱でも北条相手に川中島までしか進めていない
真田は3月中旬には既に北条氏邦に降ってる
佐竹なんてそもそも織田と敵対してない
現実味がまるでない意見だ

831:人間七七四年
18/12/02 23:32:05.18 m/mXfo6y.net
天正壬午での徳川の対応力は素晴らしい
一歩間違えれば北条が信濃甲斐を領有した可能性もあったかもな
木曽も最初は北条に従おうとしたがわずか1ヶ月で徳川に寝返ったからね

832:人間七七四年
18/12/02 23:35:57.76 m/mXfo6y.net
真田も半月位の間に上杉→北条に寝返っているから、いかに混乱を極めたかということが良くわかる

833:人間七七四年
18/12/03 00:22:24.16 WoMDs8qY.net
小山田みたいに勝頼を裏切った奴が
勝頼のために三ヶ月も籠城するって主張はギャグだな

834:人間七七四年
18/12/03 06:16:53.95 lF/MIyMI.net
郡内の支配体制というのも俺等の考えるものとは少し違ったようなんだよな
小領主が各自、小山田家の被官になってて各々の小領主は自分の領地を守る事が全てだったが
小山田信茂は幼少の頃から武田家に従軍して信玄に近侍しどの戦でも最前線などで活躍してきたせいで
郡内の小領主との繋がりが結構薄れてたとも考えられる。
信茂自身はあまり疑問も考えず勝頼を連れて郡内に帰り守るのは当たり前と考えてたかもしれないが
いざ郡内に久しぶりに帰ってみたら郡内を長年守ってきた家臣たちが全員猛反対で
それに従わざるを得なかったのかもしれない。
荒木村重と似たケースだけど。

835:人間七七四年
18/12/03 08:12:12.35 ZFBvEJZR.net
保身のためとしたらえらい中途半端なんだよね
時期もそうだし追い返しだけで人質にして引き渡すでもなく

836:人間七七四年
18/12/03 08:37:24.96 harCGknM.net
その後すぐ処刑されるという結末も最低だしね

837:人間七七四年
18/12/03 09:18:53.01 lF/MIyMI.net
郡内の小領主たちとしては元から小山田家にさほどの忠誠心も無いし
殿のクビを織田に渡すだけで戦火から免れる事ができるなら大勝利という感覚でしょ。

838:人間七七四年
18/12/03 13:13:33.63 iataMgmz.net
記憶違いかもしれんが、小山田信茂が勝頼の方策に対して不満めいたことを書いた書状が残っていたような。
上杉景勝との和睦が、世間からは金に釣られたと思われて自分も困っているみたいな内容なんだけど、誰かわかる人いるかな?
これが事実なら元々あまり良くは思ってなかったかもしれないね

839:人間七七四年
18/12/03 13:16:28.51 iataMgmz.net
困っていると言うか、もっと批判的な書き方だった

840:人間七七四年
18/12/03 13:23:23.08 BWdUljPY.net
それは木曽討伐で諏訪に従軍してたとき義兄の御宿監物に送った書状だね
甲越同盟により北条と敵対したせいでいまこんな有様だよ、跡部はあのとき金500枚の賄賂を貰ったらしいけど、賄賂を貰ってない取次の自分まで笑われるのかみたいな内容かと

841:人間七七四年
18/12/03 13:47:55.12 WoMDs8qY.net
西の織田徳川と敵対してるのに東の北条も新たに敵に回すとか勝頼の外交アホすぎるもんな

842:人間七七四年
18/12/03 14:50:19.70 cwfZvXp9.net
上杉景勝との和睦って春日と信豊が賛成して持ち込んだのだろうけど、
持ち込んだ直後ぐらいに死んだ春日は実際はどう考えていたのかな

843:人間七七四年
18/12/03 14:52:02.96 SKEw6e4d.net
御館の乱で最後まで景虎についても結果は変わってないと思うよ
結局徳川への対処があるから大した戦力は送れなくて景勝側が勝ったと思う
北条戦が無くなる代わりに景虎支援での持ち出しが増えるし景勝からの和睦代も入らないし、戦後には東の北条の代わりに北の上杉が包囲網に入る
武田征伐で北条が十分な戦力支援をしてくれるかと言うと周辺環境的に難しい
ただ北条は割と義理堅いところがあるから氏真と同じ感じで大名で無くなって生き延びるルートはあったかも知れない

844:人間七七四年
18/12/03 14:52:38.40 uAOJGWRQ.net
つまるところ、勝頼が最終的に景勝に与する事にした決定打って何?

845:人間七七四年
18/12/03 14:53:43.93 cwfZvXp9.net
平山氏の本とか読むと、
北条が本気で助ける気だったのか疑わしいからな

846:人間七七四年
18/12/03 15:08:20.33 WoMDs8qY.net
>>819
上杉なんて御館の内乱で弱体化してるし
北条攻めるなら普通に弱体化してる上杉攻めたほうが楽
北条の兵を信濃通行可にして武田の兵と共に冬の間は景虎守るために圧力掛けてれば良かっただけだし
冬を越えたら北条が上杉を攻めるから弱体化した上杉が武田を攻める余裕はない
徳川と北条から二方向から攻められて防戦一方になり疲弊した史実に比べて
徳川のみに注力できるから圧倒的に楽

847:人間七七四年
18/12/03 15:17:10.79 HgqvPi5M.net
上杉攻めたところで景虎を支援する北条と結局は揉めて破局だろw

848:人間七七四年
18/12/03 15:20:59.16 C+m15mYg.net
平山って信用できるの?
武田ガイジにしか見えないが

849:人間七七四年
18/12/03 15:21:55.11 62Mr7Sy1.net
平山は勝頼の再評価で有名になったから
そりゃまぁw

850:人間七七四年
18/12/03 15:26:57.20 WoMDs8qY.net
普通の話じゃ自分の本が売れないから珍説を披露して宣伝して本を売ろうとする代表みたいなもんやな
それに騙されてるアホがいるだけだな

851:人間七七四年
18/12/03 15:28:11.69 qalK7l99.net
>>824
他家史料は読み込まない悪癖がなあ…
武田ガイシというより勝頼ガイジだし

852:人間七七四年
18/12/03 15:29:18.35 C+m15mYg.net
>>827
ねえと変わらんやん

853:人間七七四年
18/12/03 15:44:29.03 QDSakv8X.net
>>819
北条が義理堅いってのはよく分からんな
駿河も北条が取っていれば当然北条のものにしたろうし

854:人間七七四年
18/12/03 16:01:29.91 62Mr7Sy1.net
平山が好きなネタが「勝頼は父信玄よりも領土を広げた」ってやつな
その理屈だと北条氏政もそうだけど結局滅亡してる
勝頼は悲運の武将としては�


855:」力あるけど正直なところ有能ではない 上杉景勝も本能寺無けりゃ死んでただろうけどそれ以前から外交面では綱渡りがギリギリ成功してたし 勝頼が本能寺後に生き残ってても成功するイメージがない 羽柴あたりに喧嘩売って終わるのが目に浮かぶ



856:人間七七四年
18/12/03 16:27:55.33 HjLU0NlJ.net
平山の本だと勝頼は当初は景虎を捨てて景勝を選んだのではなく、あくまで中立として景勝、景虎、北条と同盟するつもりだったのに景虎景勝が収まらず結果として景勝を選んだみたいになったと書かれている
それはそれで北条の気持ち逆撫でするのを読めてないわけだから勝頼バカじゃんって感想になる

857:人間七七四年
18/12/03 16:55:02.57 11U+45oV.net
読めてない訳ねーだろ

858:人間七七四年
18/12/03 16:57:34.59 8KtGMeR7.net
上杉のお家騒動なんて武田家に関係ないのに氏政が景虎を支援してくれって言うから出陣したが
景勝が優勢だし越後に長く構ってられないから両者を和睦させて早く帰国したかったんだろ。
馬鹿だ阿保だと上から目線で言ってる奴は結果論で非難してるだけ。

859:人間七七四年
18/12/03 16:58:56.67 WoMDs8qY.net
最初は同盟国の北条の顔を立てて中立になろうとしたが
景勝から領土と金の餌に釣られて食いついただけだろう
勝頼の強欲は親の信玄にそっくり

860:人間七七四年
18/12/03 17:01:58.33 HjLU0NlJ.net
>>833
両者を和睦させるのはいいとして、勝頼がなんで景勝と色々貰って和睦するんだよ
その行動が北条と関係悪化に繋がることくらい分かるだろうに

861:人間七七四年
18/12/03 17:04:12.65 SKEw6e4d.net
御館の乱について言えば北条に義理立てて景虎支持してんのに見返りねーわ北条の動き鈍いわ
一方景勝は金と領土割譲を条件にして、しかも中立でもくれるって好条件
勝頼じゃなくてもこのまま景虎支持する選択肢は無いと思うけどな
景勝と和睦するんじゃ無くて北条か景虎から領土か資金を引き出す交渉に持っていくべきだったとは思うが

862:人間七七四年
18/12/03 17:13:05.96 WoMDs8qY.net
>>836
勝頼には外交力と戦略の見通しが無いから
信玄と同じく強欲な勝頼が食い付いただけだしな
信玄はまだ謀略と外交力があったが
勝頼は謀略と外交力がなくなった信玄みたいなもんだから滅ぶのは必定

863:人間七七四年
18/12/03 17:20:24.72 11U+45oV.net
「上杉と武田を従属させてウハウハ」を目論んで
全て裏目に出て防戦一方になり織田に泣き付き
従属するほか無くなったんだろ

864:人間七七四年
18/12/03 17:25:20.92 8KtGMeR7.net
本気で弟を助ける気があるなら自ら出陣するなり亡命先ぐらい用意してやれよと思う
はるばる越後まで他人の勝頼を遠征させて劣勢の景虎を全力で見返り無しで支援しろとか都合良すぎ
強欲でも何でもない

865:人間七七四年
18/12/03 17:29:13.01 HjLU0NlJ.net
北条批判したところで立場が弱いの武田なんだから武田が譲歩するしかない
氏康死後の和睦は北条が相当譲歩したんだから

866:人間七七四年
18/12/03 17:56:54.37 SKEw6e4d.net
>>840
元はと言えば信玄が今川を裏切ったのがスタートだけどな
武田が弱い立場なのは事実だけどただ従うってのだけは無い
実際に負担を受ける家臣に不満が溜まって、最悪で勝頼強制隠居コースまである
空手形でもいいから勝利時に一国くらいの割譲を約束させるか、遠征費用の実費負担が必須
加えて徳川の牽制も北条にやってもらえないと物理的に無理が来て南部から崩壊する
正直、あの時点の勝頼に正解の選択肢が存在したかどうかが疑わしい

867:人間七七四年
18/12/03 18:00:17.65 8KtGMeR7.net
氏康が一番バカだよ
死ぬ間際に武田と再同盟するなら駿河攻めの邪魔するんじゃねえよ。
しかも宿敵の謙信と無意味な同盟結ぶために人質で景虎を送って御館の乱の原因作ってるし。
黄梅院は離縁されるわ保護した氏真は追い出されるわあちこち引っ掻き回しただけ

868:人間七七四年
18/12/03 18:05:18.10 WoMDs8qY.net
>>839
北条が佐竹&宇都宮と対陣

御館の乱が起こる

北条本隊が動けないから同盟国の武田勝頼に依頼

1578年8月19日、勝頼と景勝は起請文を交わす
・北条勢の信濃通過をさせない
・景勝と縁組を行う
・景勝・景虎の和平が理由なく破綻したら和睦破棄する

※勝頼が8月19日の起請文に北条勢を信濃通過させないことを約束したために
北条勢は坂戸城を落としてから入越せざるを得なくなり、
上杉側も坂戸城に兵を集結するだけで良くなり攻城が難航する
冬の豪雪で退路を脅かされるために北条勢は断念

景勝が和睦を破り景虎を攻め自害させる
※8月19日の起請文には景勝・景虎の和平が理由なく破綻したら和睦破棄する
として上杉を攻めなければならないのに景勝から領土譲渡の餌に釣られ上杉と同盟継続

景勝は勝頼に上野(沼田・厩橋等)と北信濃の旧上杉領を譲る
※沼田城は北条氏に制圧されてます
北条氏に取られてるのに武田に譲るという景勝の話術に勝頼はなぜか掛かり武田と北条は交戦

甲相同盟破綻

どうみても勝頼の強欲による不義理です

869:人間七七四年
18/12/03 18:29:18.41 HjLU0NlJ.net
>>841
兵送るのが負担なら数千程度送って北条が来るまで景虎守ればいい
北条だって三方ヶ原に援軍送ったんだし
勝頼自ら大軍率いて景勝から金と領土貰って和睦とか北条からしたら背信にしか見えないだろう

870:人間七七四年
18/12/03 18:43:22.55 WoMDs8qY.net
北条氏政は信玄の西上作戦には援兵送ってるし
北条は武田に協力的だった
景虎自刃してもまだ甲相同盟は破綻してなかったからな
険悪になっても氏政から攻めはしなかった
なぜか勝頼から攻めて甲相同盟破綻させるというw

871:人間七七四年
18/12/03 18:47:05.48 pCb+DULR.net
ていうか氏政的には景虎が勝てば儲けもの程度の認識で
三国峠越える訳でもなく武田領を通過して北信濃から春日山狙う訳でも無かった
北条は東上野を制圧して動きが止まっており景虎はどっちにしろ滅亡する流れだった
ここで勝頼が北信濃を武田、東上野を北条という条件で景虎が北条に帰る条件で三者の和睦を斡旋でもしてりゃ良かったのに
勝手に和睦した上に上杉から東上野も割譲されて(この時点では北条が占領していた)おり
氏政としては「おいおいどういうことだよ!」ってなるのは当然かと
武田が越後から撤兵するのは遠江に徳川が攻め込んできたという理由で
何とでも説明は付くので、後は氏政を納得させられるかどうかだった
まぁ氏政も「弟は死んでもいいから東上野には今後一切上杉は手を出さない」
みたいな条件は出せないからさっさと景虎死んでもらうしかない

872:人間七七四年
18/12/03 19:21:47.23 WoMDs8qY.net
>>846
本当に徳川に対応するために撤兵しただけなら、景虎が自刃しても
勝頼「景勝が武田を裏切り、武田との約定を破って景虎を自刃させた。
景勝は許さん。ともに上杉を征伐しよう」
と氏政に持ちかければ良かっただけなんだよな
勝頼は徳川と対陣してるならそれを言い訳に
内乱で弱体化した上杉と北条を戦わせてれば良い
御館の乱の時は氏政が佐竹&宇都宮と対陣して動けなかったから
勝頼がそれをやっても言い訳は通る
武田は余力があったら上杉と北条のガチバトルの隙を突いて
信濃から上杉領を徐々に侵食していけば良かっただけ
結局は勝頼が強欲なために景勝から領土と金の餌に釣られてしまい
北条に対する潔白も証明できなくなってしまったんだよな

873:人間七七四年
18/12/03 19:24:54.54 Mz5voMMI.net
>>843
でも氏政も何考えてるのかよくわからないんだよな。
景虎から4月末~5月頭位に援軍依頼が来たけど、出兵中だから勝頼に援軍依頼を出す。
んで勝頼は5月末には越後方面に兵を出している。ここまではわかるんだけど、
その後で北条の主力が動き出すのが9月辺りから、という非常にのんびりした動き。
比較的温暖で冬でも出兵可能な太平洋側でしか戦っていなかったのならともかく、
謙信と何度も上野で争っていたから、冬は雪バリアで互いに手が出せない状態に
なるのは当然把握してたはず。仮に信濃ルートを通れたとしても、2-3ヶ月ほどで
景勝側に決定打を与える作戦でもあったのか?
勝頼側からすれば、いつ徳川が動くかもわからない中で3か月ほど経っても動かない
北条を信用できないのは当然だと思う。まあ北条に見切りをつけて景勝から報酬を
もらい、織田には土下座で見逃してもらおう方針がいいのかはわからんけど。

874:人間七七四年
18/12/03 19:39:35.17 0uaEjT49.net
駿河に三枚橋城つくったり、西上野に色気出したりとどうみても武田側から好戦的な姿勢みせてるもんな

875:人間七七四年
18/12/03 19:46:28.75 WoMDs8qY.net
>>848
旧暦を新暦の季節で語ってるだろ

876:人間七七四年
18/12/03 20:50:54.66 Mz5voMMI.net
>>850
旧暦と新暦って最大でも1ヶ月くらいじゃなかったっけ?
冬が始まる前に帰らないといけないので、猶予は2-3ヶ月ほど
だと思うんだが、もうちょっとあるんかな。
太陰暦は1年354日で、ズレを直すために数年に1回閏月がある…
でいいんだよな?(遠い記憶)

877:人間七七四年
18/12/03 21:13:14.39 iataMgmz.net
>>816
それだ、ありがとう
スッキリした

878:人間七七四年
18/12/03 21:33:43.21 P3hLW5Ck.net
AD1578/05/01 → 天正六年三月二十五日

879:人間七七四年
18/12/03 21:36:47.37 iataMgmz.net
>>849
対徳川戦線が劣勢になりつつあったのに対し、佐竹や上杉と組めば北条に対しては優勢に戦えると判断したように思うけど?
もしかしたら御館の頃から方針転換を考えていたかも
領土欲とか支配欲とか単純なものじゃなくて、生き残る為には一刻も早く可能な限り拡張していかなきゃならない状況だったから

880:人間七七四年
18/12/03 21:43:50.66 iataMgmz.net
あとは皆さんがおっしゃる通り、北条への不信感がつのったことが原因かと
御館に関しては景勝がとにかく上手かったように思う
景勝にとってはここで勝たないと先がないから何としても武田は味方につけなければならない状況だったからな

881:人間七七四年
18/12/03 22:20:16.66 8AIHWdkC.net
信長が謙信に子供養子として送る話あったじゃん
実現したら御館の乱がもっとややこしいことになった
人質でも顔が良ければ跡取り候補になれる
そう、上杉ならね

882:人間七七四年
18/12/03 23:50:54.39 21tzUPQT.net
>>847
武田としては北信濃の諸城を接収して春日山まで来てるから
景勝との講和という形で撤退しないと追撃される可能性もあるし
北信濃の諸城を維持できる保証もない
上杉としては武田との講和なしでは北信濃を武田に取られたままでは春日山を維持できない

883:人間七七四年
18/12/03 23:52:00.25 WoMDs8qY.net
>>851
>3か月ほど経っても動かない
>北条を信用できないのは当然だと思う。
根本的に間違ってる
北条7月~9月は沼田城攻略、荒戸城、樺沢城、坂戸城攻略
なぜか9月からしか攻めてないことになってるのが不思議
しかも佐竹連合との戦いの後の連戦なのにゲームみたいに
すぐ遠征用の兵糧とかの準備ができると思ってるのか

884:人間七七四年
18/12/03 23:56:59.90 21tzUPQT.net
>>858
坂戸城まで北条が進出してたらなんであんな結果になったんだろうな
もう一押しじゃないか

885:人間七七四年
18/12/04 00:05:41.00 nNovHak4.net
>>857
追撃?
何を言ってるんだ?
景勝と景虎は和睦させた後の勝頼の行動が問題であって
勝頼は和睦を勝手に破った景勝を北条と協力して
景勝を成敗するのを持ち掛けてたら北条とは手切れにならなかったって話な
>>859
>>843に原因は書いてある

886:人間七七四年
18/12/04 00:11:09.47 nNovHak4.net
>>854
>対徳川戦線が劣勢になりつつあったのに対し、佐竹や上杉と組めば北条に対しては優勢に戦えると判断したように思うけど?
横から聞いて悪いが何を言ってるのかさっぱり分からんw
対徳川戦線が劣勢になりつつあったのなら余計な敵を増やさずに
北条と同盟継続して対徳川に専念する、だろ?
なぜ対徳川戦線が劣勢になったら北条と戦うんだ?

887:人間七七四年
18/12/04 00:12:22.50 qi2oIbPp.net
多分織田と和睦できると思ったからだろw
で、勝長を返還した

888:人間七七四年
18/12/04 00:22:08.12 1bLfZWCv.net
坂戸の景勝方が奮闘してるうちに冬が来たんだよ。

889:人間七七四年
18/12/04 00:31:17.92 wdP2inrp.net
まずカゲトラ君は何やってたんだ

890:人間七七四年
18/12/04 00:36:35.20 nNovHak4.net
>>862
まず和睦が先に成立してから北条攻めようなって話だなw

891:人間七七四年
18/12/04 01:08:32.37 AS1NV64M.net
蛇よりも執念深い信長が和睦に応じるわけ無いじゃん。
思わせぶりな対応で時間稼ぎさせられたんだろ。
関東しか攻める余地が無い。

892:人間七七四年
18/12/04 01:55:59.66 PaNcAskX.net
北条は敵に回すべきじゃないってのは恐らく正解だけど、北条が織田・徳川と戦ってくれるかは謎じゃない?

893:人間七七四年
18/12/04 01:59:16.06 zV4Gy1hK.net
>>867
戦ってくれるわけないじゃん。甘えすぎだろ。
でも敵が西方だけなら一か月で武田家が無くなるなんて事はありえなくて
最低でも半年はもったと思うでー
長引けば長引くほど毛利やら長曾我部やら色々蠢くから助かる可能性は格段に高まった。

894:人間七七四年
18/12/04 02:40:39.97 nNovHak4.net
>>866
>関東しか攻める余地が無い。
北条を下手に攻めて甲相同盟破綻させたから
徳川と北条が同盟組んで二方向から攻められて防戦一方になり武田は疲弊して行った
アホの極みだね勝頼

895:人間七七四年
18/12/04 03:04:49.36 +vE/Y5eT.net
>>857
7月には動いていたのか、すまん、それは俺の勘違いだった。
つか坂戸城が勝手にもっと南にあるイメージでいた。改めて確認すると
ほぼ越後なんだな。
となると勝頼は上杉がどうなるのが理想と思ってたんだろう?

896:人間七七四年
18/12/04 05:39:06.26 PaNcAskX.net
勝頼としては上杉景勝が勝たないと織田と戦う勢力が一枚減ってきついって思う部分はあったんじゃない?
上杉に北陸方面で織田を引き付けて貰えばその間に挽回できると思ってたとか
勝頼の誤算は北条が敵になったって事より景勝の戦後処理がゴミすぎて景勝が殆ど戦力外になった事だと思うが

897:人間七七四年
18/12/04 06:34:59.35 D1QwmWzA.net
景勝と実際会ったら意気投合したらしいよ

898:人間七七四年
18/12/04 06:52:07.55 BJif2DD7.net
>>868
毛利は当時秀吉方面軍にすら手を焼いてる状況なので期待できない
長曾我部も出て来て淡路までなので詰み
あと武田が滅びるまで信長が手元から戦力を離さない可能性も高いので本能寺も起きないと思われる
長篠の敗戦以降から何やっても無理
長篠で戦わなくても織田との戦力差が開く一方なので詰み
三方ヶ原で織田を完全に敵に回して3万動員で国内疲弊して実質的な成果なしの撤退したのが分岐点

899:人間七七四年
18/12/04 06:59:24.88 1awih0t2.net
>>861
その時期はもはや織田と戦う意志は薄れていたようだから、その属国と見なされていた徳川にも積極的な攻勢には出づらい状況だったと思うよ
織田との和睦を目指した先には、当然徳川との休戦も含まれているんじゃないかと思うよ

900:人間七七四年
18/12/04 07:08:27.83 nNovHak4.net
>>874
徳川が攻めてきたのを理由に上杉への圧力をやめて撤兵したのに
徳川が攻めてきてるのに北条を攻めるのがアホくさいよね
徳川との休戦もしてないうちに北条攻めた結果
徳川と北条は同盟組んで二方向から攻められる羽目になったわけで
勝頼がアホすぎるって話な

901:人間七七四年
18/12/04 07:22:46.84 nNovHak4.net
>>871
景虎が勝って上杉を継げば上杉は織田に攻められてるんだから敵対関係は続くでしょ
むしろ北条も景虎を守るために織田に敵対してくれる
御館の乱後に織田の斎藤利治と上杉は交戦してるし
謙信も織田に喧嘩売って死んでるのに上杉は織田と和睦できるとか言わないよな?

902:人間七七四年
18/12/04 08:32:16.50 L+GCspIa.net
>むしろ北条も景虎を守るために織田に敵対してくれる
これほんとかなぁ
もし北条と景虎が織田側に回ったら武田は四方を敵に囲まれて即死だからな

903:人間七七四年
18/12/04 08:37:27.52 QijMbZMO.net
景虎を守るためっていうより
北条の属国みたいになった越後の領土を守るため兵をだしてくれそう

904:人間七七四年
18/12/04 08:41:21.67 BJif2DD7.net
上杉と織田にはそもそも大した遺恨はないでしょ
一番苦しい時期から敵対してる武田とは状況が違うし、そもそも手取川自体小競り合いでしかないって説もあるレベル
目標も緩衝地帯でしかない加賀の取り合いであって、関係の深い同盟国の主城まで攻め込んだ武田とは比較にならない

905:人間七七四年
18/12/04 08:48:23.29 Iqcqd1u5.net
本音はどうあれ幕臣、関東管預である上杉と、将軍を奉戴している織田との関係は良い

906:人間七七四年
18/12/04 08:50:26.76 nNovHak4.net
>>877
勝家や斎藤に北陸攻めを命じてるのに
内乱で弱体化した上杉相手に織田が同盟するとでも?
信長は普通に景勝の上杉と勝頼の武田を相手にしてますが?
上杉と北条と同盟してしまったら織田は関東への道を上杉と北条に塞がれますが?
そして武田領を織田に制圧されたら景虎の上杉と北条が連携しようにも
織田に接続地帯を分断されてしまいますが?

907:人間七七四年
18/12/04 08:53:09.25 nNovHak4.net
>>880
>将軍を奉戴している織田との関係は良い
1570年以降の将軍義昭と織田の関係が良いですと!?

908:人間七七四年
18/12/04 09:33:51.30 L+GCspIa.net
>>881
こういう奴って謙信が死んで、長尾家の血を引いてる景勝が死んで
北条出身の景虎が継いでも上杉が織田と敵対する前提なのかなぁ
情勢が変わる可能性は普通にあるだろうよ
織田も北条が武田との同盟破棄して織田側に付けば武田を始末できるし

909:人間七七四年
18/12/04 09:54:56.01 nNovHak4.net
>>883
氏政は武田の西上作戦には援兵送り、
勝頼が裏切って攻めてくるまでは氏政は同盟破棄してないのになぁ
しかも景虎生存だと勝頼は景虎支援したという多大な恩を景虎と氏康両方に売っているわけで
勝頼は多大な恩を売っているのに氏政と景虎がなぜか武田を攻めだすというw
武田領が織田に落ちると景虎上杉と北条との連携も分断されやすいし、
武田領は連携の緩衝地帯になるのを無視してるよね

910:人間七七四年
18/12/04 10:56:31.59 LPeP4rJX.net
>>882
近年では、義昭と信長の関係は1570年以降もそこまで悪くはないとみられている。悪化したのは1572年。

911:人間七七四年
18/12/04 12:22:44.54 xk93GGDZ.net
>>870
7月には氏政上野(武蔵だったかも)まで進軍してるけど、
それなのにそこから主力を動かさなかったから、信用できないと言うのは変わらないと思う。
>>874
織田と徳川で分けるんじゃなくて、同じ勢力みたいに考えるなら、
織田相手には勝てないから、他の弱小勢力狙って国力上げようみたいなものか。
信玄だって上杉と戦いつつ木曽攻めたり今川攻めたりしたから、そんな感じか?
北条が簡単に滅ぼせるような勢力なら妥当な判断かもな。

912:人間七七四年
18/12/04 12:27:16.46 xk93GGDZ.net
>>883
まあ将来はともかく、上杉とは一時的に和睦して対武田に使おうとする可能性はあるな、
上杉の方も御館の後遺症で数年は動けないから織田との和睦は渡りに船だし。
上手くいくかは別だが。

913:人間七七四年
18/12/04 12:32:30.93 11TGhf3R.net
北条は自軍は積極的に動かさず、
上野の景虎派使い潰す積もりみたいな動きしてるから

914:人間七七四年
18/12/04 12:39:50.33 nNovHak4.net
勝頼が景虎支援して景虎と氏政に多大な恩を売るという展開なのに
景虎と氏政はなぜか急に信玄化して恩を仇で返すように攻めてくるというw
>>885
上下の流れから景勝や景虎という話と御館の乱から1578年の話だと理解してないのか

915:人間七七四年
18/12/04 12:53:19.02 1Sd9yPby.net
謙信が大酒飲みで早死に(若死にじゃないよ)したのが悪い。
後継者も曖昧にしてたし。
御館の乱までは上杉ー武田ー北条でまとまり、信長も手出し出来なかった。
安倍晋三みたいに俺が死んだ後の事なんてどうでも良かったんだろう。

916:人間七七四年
18/12/04 12:59:41.76 xk93GGDZ.net
>>888
>上野の景虎派使い潰す積もりみたいな動きしてるから
北条が露骨に動き出したのは1578年9月以降だから
その部分では武田の和睦するという判断には影響していないと思う。

917:人間七七四年
18/12/04 13:21:47.89 nNovHak4.net
>>886
7月に沼田制圧し
8月に荒戸城攻城して、その後に樺沢城、坂戸城と攻城してんのに
北条が全く動いてないように語ってるのに笑える
信玄の西上作戦で3万の大軍が二俣城に二ヶ月かかり進軍ストップ
勝頼も長篠城を一ヶ月近く掛かっても落とせず
500の長篠城兵に15000の武田軍が足止めされてるのを見て
主力は動かず遊んでたから信用できないと言い張るつもりなのかお前w

918:人間七七四年
18/12/04 13:36:01.05 xk93GGDZ.net
>>892
ちゃんと上野から『主力』を動かさなかったと書いてるだろうに……

919:人間七七四年
18/12/04 13:40:03.88 11TGhf3R.net
>>891
まあそうかもしれないが
代わりに武田と敵対後、北上野があっさり武田のものになった原因の一つにはなったと思う

920:人間七七四年
18/12/04 13:41:33.52 R7Wzg5jT.net
まるで北条に従属でもしろと言わんばかりだな

921:人間七七四年
18/12/04 14:00:09.23 nNovHak4.net
>>893
荒戸城もそんなにゾロゾロと大軍が入れる場所じゃないのを理解してないんだな
勝頼に反逆した木曽攻めも勝頼は15000の兵を動員したが
木曽路は大軍が入れる場所じゃないので信豊に数千の兵を率いさせて攻めさせてる
勝頼自身は諏訪上原城で待機な
大軍で囲えない場合は後方待機になる
前にも木曽を勝頼の主力の大軍で一気に滅ぼせば良かったと言ってたアホがいたが同一人物か?
あと氏政軍=主力と思ってるようだが氏政が来たのは一番後な
旧暦の早くて8月~9月は米の刈り入れ時期だからそれを済ませて
刈り入れ済んだ農兵と兵糧積んで後から来ている

922:人間七七四年
18/12/04 14:06:22.96 11TGhf3R.net
そんな場所を毎年のように大軍で移動していた謙信

923:人間七七四年
18/12/04 14:10:50.02 BJif2DD7.net
>>895
実際に武田勝頼が大名として生き残る唯一の道は北条への従属だった気もする
勝頼が生きてるウチに信長病死+北条の支配が緩めば再独立もワンチャンあるし
それくらい状況的に詰んでた

924:人間七七四年
18/12/04 14:10:55.94 xk93GGDZ.net
7月10日辺りの書状で氏政が既に出陣していたのは確認できたと思うが。
木曽攻めはそもそも勝頼が諏訪に着く頃には織田の先陣が伊那に入っていたような、
後方待機の一番の理由は織田の動きに備えてだろう。

925:人間七七四年
18/12/04 14:11:19.44 nNovHak4.net
荒戸城は北条の侵入を防ぐために景勝が命じて狭い所にわざわざ作らせた城な

926:人間七七四年
18/12/04 14:11:33.89 nkIOxqIv.net
三国峠ヤバイよな
カーブが100箇所ある
あんなところにまともな道があったのが信じられない

927:人間七七四年
18/12/04 14:12:11.69 xk93GGDZ.net
>>897
まあ単に移動するのと大軍でその場で待機し続けるのはまた別だから。

928:人間七七四年
18/12/04 14:15:18.73 nNovHak4.net
>>899
北条氏照・氏邦から先に出陣 → 北条氏政な

929:人間七七四年
18/12/04 14:15:47.27 11TGhf3R.net
そもそも百キロぐらい後方にいるのを、主力は後方で待機してるからって言っていのか?
耳川の大友でもそんな後方じゃないだろ

930:人間七七四年
18/12/04 14:25:50.86 xk93GGDZ.net
耳川と無鹿だと30キロぐらいだったか?
宗麟のもとに大軍がいるわけじゃないから主力が後方で待機とは言えないが。

931:人間七七四年
18/12/04 15:00:57.64 11TGhf3R.net
あるとしたら秀吉の統一期ぐらいか

932:人間七七四年
18/12/04 15:26:09.15 nNovHak4.net
信長公記より
甲州征伐
2月3日、森長可と団平八が先陣として木曽・岩村方面に出陣

2月6日、滝沢を守っていた下条氏長が織田に寝返り河尻秀隆の軍勢を引き入れる

2月12日、信忠が岐阜を出陣

2月14日、先陣の団平八と森長可軍が木曽峠を越える
信忠軍が14日に岩村へ到着

2月16日、織田先陣衆は鳥居峠の戦いで勝利し、深志城攻城開始
2月16日、信忠軍は岩村から平谷を通り17日には飯田に到着

快進撃をした甲州征伐でさえ木曽口の先陣(大軍が通れないために少数)
と伊那口岩村口の先陣と信忠軍とは出陣した日と
距離がかなりあったのを知らない奴がいるんだな
大軍が同時に最前線にいきなり来ると思ってんのかw
ゲーム感覚だな

933:人間七七四年
18/12/04 15:44:27.79 nNovHak4.net
甲州征伐の先陣衆+信忠軍=北条氏照&氏邦軍(氏政の名代として出陣している)
征伐した後からノコノコ来た信長軍=氏政軍な

934:人間七七四年
18/12/04 17:05:54.44 QijMbZMO.net
この時期の北条のトロくささはホント謎
あんなにあっさり織田に頭下げるのなら
もっと気合入れて武田攻めすれば良かったのに
信長の心象も随分変わってただろうに
この変な優柔不断さみたいなものが後の滅亡へとつながるんだろうな

935:人間七七四年
18/12/04 17:38:59.61 wdP2inrp.net
北条の基本方針は関東制覇で西方面への進出意欲が低い
今川、武田、徳川、織田と入れ替わっていくけど譲歩してでもできるだけ争わず、でも関東では譲らないというのが一貫してる

936:人間七七四年
18/12/04 17:44:47.09 BJif2DD7.net
「ウチは東に敵抱えてて行けないからお前先に行って弟助けてくれ。
同盟相手の頼みだしお前から見ても義弟だろ?もちろんロハでな。
南の徳川と西の織田?知らんがな。こっちだって佐竹とか里見とか大変なんだよ。
あ、ついでに東上野もらいヤースw通り道だから仕方ないよねwww」
武田に裏切らせて織田と結ぶための工作ですって言われても信じそう
仮にそうだとしても本当に裏切った勝頼が浅慮なんだが

937:人間七七四年
18/12/04 19:11:34.39 x3LfrD2e.net
駿河を徳川に攻められてるのに我慢して越後まで出向いて武力を背景にした和睦斡旋で時間稼いでるのに肝心の北条が来ない
武田が景虎攻めたわけでもなくただひたすら和睦斡旋しかしてないのに逆切れして同盟破棄
挙句に武田に領土とられまくって御家存亡の危機と織田に土下座するも甲州攻めでは完全に無視され火事場泥棒すらできずに
従属小大名も取られ執拗に狙ってた上野は織田の物。天正壬午の乱も上杉徳川にいいようにやられ最後に小田原の陣
当時の北条はあまり褒めれるところがない

938:人間七七四年
18/12/04 19:29:49.98 FxLv9QsZ.net
>>911
実際真田が吾妻郡で工作してたけど、
東上野は自分のだからと言って引き渡させたからな。

939:人間七七四年
18/12/04 20:04:08.70 h1all3Ju.net
小山田も、同じ裏切るにしても北条を郡内に引き入れてれば
助かったかな?

940:人間七七四年
18/12/04 20:12:15.11 nNovHak4.net
長篠で織田との国力差&兵力差も分からず、織田徳川を舐めまくってたように
北条と内乱で弱体化した上杉のどっちを敵に回すと
厄介なのかも分からなかったのが勝頼なんだよな
先も見通す力もなく目先の餌に食い付いた脳筋が勝頼だった
これが再評価されたと言い張るのは笑えるよねw

941:人間七七四年
18/12/04 20:19:54.43 nkIOxqIv.net
勝頼の再評価は
武田が滅んだのは無能な勝頼が全て悪い、というのから
いや信玄も悪い、でも勝頼が無能なのは変わらないよ
程度だよな

942:人間七七四年
18/12/04 21:41:00.28 Iqcqd1u5.net
>>916
信玄と大差ないは同意だな
人によって信玄が過小評価もしくは勝頼が過大評価になるんだろうが

943:人間七七四年
18/12/04 21:44:26.46 1awih0t2.net
上杉や佐竹と組んで北条を滅亡寸前まで追い詰めたのに、北条を敵に回したからダメだったとか意味不明すぎて草
北条と組み続けていたら史実みたいに上野や武蔵に勢力を広げられず、もっと早く詰んだと思うよ

944:人間七七四年
18/12/04 21:48:10.13 nNovHak4.net
小田原城を陥落寸前にしたわけでもないのに滅亡寸前は草
逆に徳川と北条に二方向から攻められて疲弊させられまくってた気がするが?w

945:人間七七四年
18/12/04 21:56:56.21 FxLv9QsZ.net
>>912
勝頼の景勝景虎和睦案に賛成してたのかってぐらい動かないよな。

946:人間七七四年
18/12/04 21:58:28.34 FxLv9QsZ.net
>>918
由良が寝返った僅かな期間だろ、
滅亡するって書状で焦っていたの。

947:人間七七四年
18/12/04 21:59:04.79 nNovHak4.net
平山某の本しか読まないからそんなバカになったのかw

948:人間七七四年
18/12/04 22:03:40.15 BJif2DD7.net
信玄は能力面はともかく終わり方が悪すぎた
・嫡男ぶっ殺して代役は通字すら与えてない侵略地域から拐ってきた側室の子
・その基盤が不安定な跡取りへの権力移譲を死ぬまでしてない
(自分が元気なウチに跡目を譲って後見するのがこの時代の普通、やれなくて失敗した代表例が上杉、豊臣など)
・その状態で当時最大勢力の同盟者に猛攻撃をかけてケンカを売る
・なお病を押して自分が遠征軍の総大将
・遠征軍30000、当時の武田として�


949:ヘ無謀一歩手前の限界レベルの軍勢 ・野戦に勝ったけど敵の主城攻略も支配地域の確立も出来ないうちに病死、死に際には瀬田に旗を立てろとか言う妄言を吐く あとに残ったのは ・権力移譲もされてない新米当主(代役で入った側室の子) ・なおラノベ(甲陽軍鑑)によると当主ですらない文字通りの代役 ・30000の遠征で疲弊した山奥の領地 ・同盟が消し飛んでガチギレしてる当時最強勢力の敵国 正直、三好長慶ばりに病で判断力が衰えてたんじゃないかと思ってる だとしても勝頼の評価は精々が最強武田を滅ぼした愚将から、斜陽の武田を順当に滅ぼした凡将に上がる程度なのが悲しい



950:人間七七四年
18/12/04 22:22:57.66 nkIOxqIv.net
その凡将も最大限勝頼の側にたっての評価だよな
致命的な悪手を素人目に見ても少なくとも2つ打ってるのが
重税はもうどうしようもない悪あがきにしても

951:人間七七四年
18/12/04 22:35:10.48 Iqcqd1u5.net
甲陽軍鑑末書の内容だとトチ狂ってたとしか思えない
・相模のほしのやに都を作る妄想
・全国数十か国の地図を研究

952:人間七七四年
18/12/04 22:48:49.88 c1RTqpKy.net
勝頼の最大版図は、大日本帝国がパプアニューギニア島やビルマに占領地を持っていたようなものだな。
投資回収できない。

953:人間七七四年
18/12/04 23:28:17.54 NdXYwt0W.net
武田は上杉と越後という超大国の隣位置した時点で詰んでいたんよ
ゲームや漫画だと謙信は戦の天才って扱いだけど
実際は越後の経済力を背景に無限に戦争をやっていただけ
謙信の動きを封じるには他と戦争させるしか手段がなかった
もうね上杉はチートなんだよ

954:人間七七四年
18/12/04 23:45:09.75 BJif2DD7.net
大名家としての独立を保つ事を目標として勝頼はどうすべきだった?
織田との和平は無理、降伏なら可能だろうけど独立維持は無理
長篠に行かない場合は織田との国力差が開いていくのを指くわえて見てる状況
長篠に行ってない場合、遠からず本願寺が落ちてた可能性すらあるのでそのままだと間違いなくジリ貧
織田と上杉の仲違いも武田が健在だと期待薄
御館の乱では上で指摘されてる通り、景虎支持しても北条属国か、いざという時に切られる可能性が濃厚
同盟が継続できても今度は佐竹、里見が敵になるので結局北条から大した援軍は期待できず史実よりマシな戦闘の後に滅びる公算が大
おまけに本能寺がない場合、恙無く信忠に跡目相続が行われてるので信長の病死を待つルートすら無い
思わぬ謀反等が起きる事に期待しての全力専守防衛ルートが一番可能性があるのかな

955:人間七七四年
18/12/05 00:00:16.49 TGXRvbKo.net
あのな、5年粘るだけで全然違うよ
結果は同じだとしてもね
信玄死後9年もったというけど、織田がその間ほとんど手を出さなかったことを考えると最短で滅んだようにしかみえない
本能寺がなければ信忠が継いで問題なく天下取れるかというと、それは戦国時代を舐めてるとしか言いようがない

956:人間七七四年
18/12/05 00:04:00.49 aj7Xqj65.net
家督継承時に戦わないで降伏は論外
長篠城は攻めてもあの不利な野戦はするべきではなく仕切り直せばいい
武田が健在だろうが謙信次第
北条属国になるかは不明
北条を敵に回すよりはるかにマシ
北条、上杉と仲良くやりながら徳川を攻め続ける
信長が出てきたらより有利な状況で決戦するしかない

957:人間七七四年
18/12/05 00:05:40.72 LOhicAUW.net
>>927
上杉は武田と比べたらマシなだけで、経済力はそこまでチートではないが。そもそも米どころになったのは江戸時代だし。謙信の時は交易が良かったのは確かだが。
武田信玄がさっさと信濃を平定して晴景が当主していた長尾を攻めたら良かった。あるいは当主交代があと3年は遅れていたらな。

958:人間七七四年
18/12/05 00:25:57.06 d6ZV9WY+.net
信玄の信濃平定はペースが異常に遅すぎる。
甲斐に帰らずそのまま信濃に常駐して平定を急ぐべきだった。
新田次郎の小説では信玄は若くして結核を患っててその療養に人生の大半を費やしてて
そのために信濃平定が遅れたとしてるけど実際はどうだったんだろうね。
そうとでも解釈しないと信玄のサボリ癖は異常。午睡(昼寝)は絶対に欠かさない日課だったらしいし。

959:人間七七四年
18/12/05 00:31:54.81 XfqeYxnK.net
信玄病弱説はあると思うで
初陣の肖像画を見ても実際は色白で痩せてたやろう
威厳をもたせるために肖像画は勇ましく描くのはよくある
秀吉とかも

960:人間七七四年
18/12/05 07:07:09.60 7pFtvMHt.net
経済力で押し切ったのはまさに織田軍だわな
中央を抑えてる織田は初めから有利な立場

961:人間七七四年
18/12/05 08:52:06.84 Lzds7Kmx.net
>>932
侵攻は遅いとは思わないけどなぁ
甲斐から信濃、西上野、駿河と10年スパンで順調に拡大してる
信長だって畿内で従属した勢力が多いから急拡大したように見えるけど、武力ないし諜略で拡大して、戦時に動員かけられるエリアは尾張から美濃、近江、伊勢と似たようなペース

962:人間七七四年
18/12/05 09:32:44.61 d6ZV9WY+.net
>>935
信長の拡大ペースとは比較にならんでしょう。
那古屋城を根拠地としてた頃は数百人の兵を率いて柴田勝家を相手に戦ったりしてたのが
本能寺の変の頃には10万の兵を常に動かす大勢力だったわけだし。

963:人間七七四年
18/12/05 09:41:28.84 1S2fCjXr.net
川中島まで出たのは家督相続から10年だから早いでしょ
あとは景虎のせい

964:人間七七四年
18/12/05 10:35:30.42 d6ZV9WY+.net
川中島までは速い。でも優れた軍師でも付いてれば武力制圧以外の手段も勧めただろうね。
この時代でも実力に裏打ちされた大義名分というのはおおいに通る時代で
山内上杉家を傀儡として担いだ長尾景虎が一気に10万人の兵を得る時代だし
諏訪家や善光寺の活用が最重要課題だった。
信長は運よく明智光秀という参謀を得たおかげで将軍家の威光を織田家のために
最大限活用することに成功した。

965:人間七七四年
18/12/05 10:59:25.19 TFKhEhm2.net
信長がDQNだから勝家らが反発して一時的に争っただけで信秀の代で津島熱田を押さえすでに尾張一の実力者だったからな
甲斐1国からスタートした信玄より地の利、経済基盤が恵まれてた。

966:人間七七四年
18/12/05 11:04:47.26 fcniP5QU.net
川中島で長尾と無駄な泥仕合して信繁まで喪うことになったのは痛いよなぁ
武田には、信長に対する明智のような人はいなかったのかね

967:人間七七四年
18/12/05 11:13:21.56 d6ZV9WY+.net
軍師山本勘助ってどうだったんだろうね。
存在すら疑われてるけど。

968:人間七七四年
18/12/05 11:21:45.40 WfGgulO4.net
御舘の乱に関しては落としどころが難しいな
北条は東上野確保できれば上出来だろうし
武田は北信濃確保できれば上出来
後は氏政も勝頼も佐竹や徳川を理由に越後の内乱から距離を置いて
景虎死ぬのを待つのみ
その後は暗黙の了解で上杉武田北条はお互いに現国境線で満足
でも上杉としては元関東管領までぶっ殺しちゃったから東上野はどうでもいいだろうけど
北信濃はやはり春日山まで近すぎて武田から嫁貰うくらいしないと安心できないわな
でもそれやると今度は氏政に武田批判の口実を与えてしまう
難しいな
最初から徳川との戦いを理由に御舘の乱に介入しないのが一番だった気がするが

969:人間七七四年
18/12/05 11:29:52.85 +xa7RusR.net
信長相手に9年も持っても「織田が攻めてこなかっただけで最短で滅んだ。勝頼は愚将」て言ってる人は、人物評価を100か0でしかできないんだろうな

970:人間七七四年
18/12/05 11:30:21.11 uiifCSh2.net
長尾との泥沼は必然だったと思うけどね
北信濃を諦めて長尾を避けても東の北条、南の今川、西の斎藤と織田とどれも難敵
今から当時を眺めると西がマシにも見えるけど地理的に大規模な行軍は難しく取っても維持が困難
北条、今川とは信濃侵攻時から悪くない関係を築けてて手を切るデメリットが大きい
対して長尾は逃げた信州勢を受け入れてて潜在的には敵、地理的にも信濃占領の安定化のためにもう一歩踏み込みたい状況
あえて言えば信濃侵攻時に諏訪氏を綺麗に取り込めず滅ぼしたのが痛手だったかも知れない
形の上では勝頼が後継者なんだけど将来的な布石にはなっても当時としては意味が薄い
もし今川が織田に勝って西に勢力を広げてたらどうしてたのかな
延々と川中島を続けるのかワンチャン山を越えて美濃に入るのか


次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch