トルコ (Turkey) Part.5at NEWS5
トルコ (Turkey) Part.5 - 暇つぶし2ch424:名無しさん@お腹いっぱい。
17/08/31 12:14:23.92 iBhuq2AU.net
>>422
ざっくりと、以下のような内容が書かれている。
(もし認識に誤りがあれば、どしどし指摘や訂正をよろしく。)

マフムト2世の時代、1828~1829年に露土戦争を契機として
オスマン帝国とロスチャイルド家の関係が始まったとのこと。
1853年7月には、露土戦争のためライフル4万挺、ライフルの
銃身2000筒、薬莢1000万発、カプセル(医薬品あるいは弾薬を
詰めたもの)5000万個をロスチャイルド家から購入し、このため
1051万4976クルシュが支払われた、とオスマン帝国の財務省の
記録に残されている。
アブデュルハミト2世の時代になると、ロスチャイルド家からの
借金はますます膨れ上がる。1891年には(年利)4%の利息で
631万6920ポンドを返済期限60年で借入れた。1894年になると
821万2340ポンドの債務を背負っており、これは1955年までを
返済期限として毎年32万9249ポンドを返済することを意味する。
もちろん、1955年を迎えるよりも先にオスマン帝国は崩壊した。
ローザンヌ条約を締結したことにより、新生のトルコ共和国が
オスマン帝国の債務、つまりロスチャイルド家に対する上記の
負債を返済する義務を負った。〔訳注:ローザンヌ条約では、
トルコ経済が安定するまで賠償金の支払いを猶予している。〕
話は前後するが、アブデュルハミト2世の時代、ユダヤ人が
当時オスマン帝国領であったパレスチナの土地を合法的に
購入していた。事実上、ロスチャイルド家がパレスチナに
植民地を作り上げてしまったと言える。
〔訳注:ユダヤ人がパレスチナに土地を購入することを許可した、
とはこのこと。許可したと言うより、反対しなかったというレベル。
オスマン帝国が強かった時代はトルコ人の民族主義が乏しく、
それがユダヤ人など非トルコ系帝国の臣民に有利に働いた。
オスマン帝国が弱体化してトルコ人中心主義者が権力を握ると、
現にトルコ人による凄惨なアルメニア人虐殺事件が起こっており、
成り行き次第ではユダヤ人が対象になってもおかしくなかった。〕


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