20/08/18 01:27:21.99 nlrsk2cK0.net
2020年3月27日、日生劇場で上演された『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』
の公演は、実を言えば満席ではなかった。先行予約から落選が続発し、
当日券の電話回線がパンクして繋がらないほどの人気公演にいくぶんの空席があった
理由は、感染を警戒してチケットをキャンセルした観客の存在、
そして恐らくはそのキャンセル分を再度当日券に回すことを避け、
少しでも劇場の密度を下げて安全性を保とうとする公演側の配慮を感じさせた。
三浦春馬や生田絵梨花をはじめとするキャストたちの演技には、
本来なら2ヶ月数十公演を演じるはずだったエネルギーをたった8日で
終わる公演に燃やし尽くそうとするような切迫感が満ちていた。
おそらく彼らは、この状況で一度幕が降りてしまえば、東京公演だけではなく
地方公演までも上演が困難になること、この日がこの舞台を演じる最後の日になる
可能性が高いことを予感していたのではないかと思う。そして実際に、
『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』は二度とその幕を開けることなく、全公演がキャンセルとなったのだ。
終演後のカーテンコールで主演として観客に公演の打ち切りを説明する彼の言葉には、
少しでも不用意な発言をすれば「公衆衛生に反した」と公演そのものが指弾さ
れかねない、鋭い刃の上を歩くような緊張感があった。
カーテンコールで共演の子供たちを気遣う姿に、生来の優しさを見た気がした。
12月には日英共同企画の新作ミュージカルに主演が決まり、脚本、音楽、演出は
英国の気鋭スタッフで、まさに世界にはばたくチャンスとなるはずだった。
世界と真っ向勝負できるミュージカル俳優を、日本の演劇界は失ってしまった。