20/06/02 19:58:10 70/qecRK0.net
>>532
>にしても戦前はどうやってヒット曲だしたのかな?
実話ベースだと↓
「「船頭可愛や」は7月新譜で発売された。
始めこそ大きな反響はなかったものの
その年の暮れから、猛烈な勢いで売れ始めた。
プレスしてもプレスしても
間に合わない程だった。
音丸がラジオで放送したことが
切っ掛けらしかった。
私は初めて自分が作った曲が
どこへ行っても流れている喜びを知った。」
「「船頭可愛や」は、音丸を見出した
民謡好きのディレクターの
押しの強さがヒットに繋がったといってよい。」
「詩を見た古関は
最初はクラシック音楽として作曲しようとした。」
「その方針で出していたらヒットしなかっただろう。
そのことはのちに現実となって照明されている。」