20/05/15 00:52:07 d3xkIdMp0.net
東京地裁は、伊藤は「本件寿司店を出た時点で相当量のアルコールを摂取し強度の酩酊状態にあった」と認定した上で、
「本件寿司店においてトイレに入った後、本件居室で目を覚ますまでの記憶がない」という伊藤の供述内容と整合的だと言っている。
だが、この理屈は疑問である。
第一に、裁判所は山口が伊藤にDRDを盛ったとの認定をしていないので、伊藤が相当量のアルコールを摂取し強度の酩酊状態に
あったのだとすると、自分は元々酒が強く、当日も大して酒を飲んでいない、という伊藤の主張とは整合性がとれず、
伊藤の供述は信憑性に欠けるということになるはずである。
第二に、寿司店を出た時点で強度の酩酊状態にあったのであれば、タクシー運転手の陳述書において、
寿司が美味しかったとの感想を述べたり、現在の収入はいくらだという日常的な会話をしているのは極めて不自然である。
この陳述書には他にも不合理な点が多く、証拠価値を認めるべきでないにもかかわらず、
それらを無視して、伊藤の意思に反して無理矢理ホテルに連れ込んだという部分を都合よく認定するのは不適切である。