16/10/18 17:05:24.91 pHvbEsCD0.net
呪いというものは相手に罪悪感があってこそ初めて到達するものです。筋の通らないものは達成できたとしても、すさまじい返しに合うでしょう。
また調伏の祈祷の最中に、僧侶や神職が通常は感じない気配を察知すれば、これは相手の守護と悟るかもしれません。
例えば、
ご依頼の件ですが、相手方はたいへん厚い信仰心を持っておられて、帝釈天の験をいただいているようです。
このような方を呪うことはできません。私のような若輩僧では私自身に災いが及ぶやもしれません。あなた自身も身を案じなさい。
今回の件はお断りいたします。一切の他言は無用です。
まともな祈祷師なら、こんなやり取りがあったはずです。代行業者は薬物中毒ですか? 金を無心する毎日ですね。このあたりに原因がありそうですね。
それから私は伊勢寄りの人間なので、あえて指摘させていただきますが、國學院大學の神職養成部のキャンパスライフの実態、部分的でしょうけど
憂慮すべき状況にあるのではないでしょうか。