18/12/18 21:43:00.33 CPWm5W+G.net
>>797
かつての県立浦和は東大一橋東工大や医学部に合格しなければ浪人していたが(京大は東大とw合格可能なab日程入試まで関東の受験生は少なかった)、
現代は他大学の志望者も現役進学者も多い。京大,東北大と筑波大が志望校に加わり、医学部志望も多くなった。
県立浦和が早慶など相手にしておらず、最下層の進学先が早稲田なのは昔も今も同じだが、現在は昭和よりも学年生徒数が減り現役進学者が増え、浪人が半減している。
早稲田200は学年生徒数が多かった、またバブルの頃の話。首都圏一の国立至上主義進学校だが、アンチ私大な校風のため早稲田進学の人数と学年の出来が概ね一致している。もちろん少ない代が優秀。
慶應は1970代は経済,商,法の3学部が全て数学必須入試だったが、数学必須枠の減少とともに合格順位が下がっている。
埼玉県の中学受験最盛期は昭和後期で、都内私立中高進学は昭和区後期の半分以下に減っている。
また、春日部高校も近年は早慶志望者が減ったため国立至上主義に転換しており、国立大学の合格者数が増え早稲田は激減している。指定校推薦枠も早稲田は近年は基本的に使っていない。