09/01/14 15:25:07 XffV+LnSO.net
>>415
漢の正式な長沙太守と私兵を率いる部将を同列には語れないよ。
>>414
袁術の配下なら正式な刺史や太守殺しても名声失わないのか?
そんなことはないし、失った名声(荊州人士からの)自体は多分戻っていない。
論点となるのは名声よりも正統性の問題だろうけど、孫堅は各地の群雄に連動して反董卓の兵を挙げた。
そしてそれに呼応しない「董卓派」の刺史らを討った。
この全体の流れに正統性(彼らにとっての)があるのであって、
「群雄の中の一人の袁術(高位ではあるが)」に認められて正統性を得たのではない。
また>>414にある「そして袁術が来たので」というのはちょっと意味不明だ。
そもそも袁術こそ南陽に駐屯する正統性はなく、孫堅が太守を討ったことで助かったのだから。
袁術が上表して孫堅に将軍と刺史の位を与えたのは同盟軍としての正当な報酬でもある。
また、当時の董卓側・反董卓側は互いに逆賊と見なしあっているのであって
袁術の傘下でないと逆賊扱いというのはおかしい(そして傘下=部下ではないと思う)。
孫堅が忠烈の名をあげたのは袁術が正統性を担保したからではなく(彼にそんな力はない)
果敢に董卓側と戦った数少ない群雄だからだ。