【蜀の悲願】 北伐 【軍師諸葛亮】at CHINAHERO
【蜀の悲願】 北伐 【軍師諸葛亮】 - 暇つぶし2ch150:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/19 19:40:03 StA8lDg/0.net
中国史上最強の軍師は誰だ?
スレリンク(chinahero板)

151:名無し@孔明
07/10/20 07:54:22 4lCzlsnz0.net
馬稷みたいな若者を先陣に送ったのがいけないんだよwここは関羽の息子関興を行かせて後詰で馬稷を送ったほうがよかったのでは?
それより王平ナイス!

152:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/20 15:42:32 iUP7/uCkO.net
馬謖が駄目なんじゃない。
見方によっては手堅く持久戦に持ち込もうとしたとも言える。
敗因は馬謖にあるんじゃなく張合βの卓越した戦術眼。

153:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/20 16:08:32 IhTycGxG0.net
関興とか冗談きついです

154:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/20 18:49:06 ajhQRtGF0.net
>>152
ただでさえ兵站が弱いのに持久戦選ぶなんて、卓越した戦術癌だな。

155:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/20 20:07:38 iUP7/uCkO.net
>>154
アホ発見www

お前は当時の蜀軍の動向を調べ直せ。
もし馬謖が一月でも張合βを足止め出来れば北伐は成ったも同前。

156:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/20 20:16:19 DrnG7hTE0.net
馬謖の役目としては、ロウセイが掌握できるまでの時間稼ぎでしょ
1ヶ月で城が落ちるかは妖しいが
あと、囮にかかった曹真が戻ってくるかもしれんしな
実際は馬謖が張コウを上手く抑えてても、難しいとこだったと思う

157:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/20 20:48:57 7v6PA6BKO.net
もし日本がミッドウェー海戦で勝ったとしてもサンフランシスコまではとてもいけなかっただろうしな。
国力差が違うの、国力差が。

158:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/20 20:52:44 iLysiTKY0.net
日本の場合は国力差もだが、向上心がなかったことも大きい。
強大な相手に、どうすれば勝てるか、を考えなかった。
兵器の開発もだし、国家戦略にしても基本はゴリ押しでなんとかなるだろう、と。
その辺は、諸葛亮独裁の蜀とは、かなり違うところだとは思うがな。

あるいは日露戦あたりが、諸葛亮時代で、太平洋戦争は姜維末期の頃とか?

159:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/27 18:01:32 f50HwOZx0.net
後漢代の四川省に製鉄所、「蜀」建国の理由に迫る発見か

中国・四川省の古石山(こせきさん)遺跡で、愛媛大学東アジア古代鉄文化研究センターと
成都市文物考古研究所などの日中調査隊が、後漢代(1世紀ごろ)の製鉄遺跡を発見した。

中国の中心部である中原(ちゅうげん)以外で、漢代の製鉄跡が見つかったのは初めてで、
221年に劉備が、この地域に三国時代の「蜀(しょく)」を建国した理由を解明する上でも
重要な発見として注目される。同大で27日午後に報告される。
秦の始皇帝(在位・紀元前221~210年)が現在の四川省に鉄生産の役所を置いたとの
記録があることから、調査隊は同省内で昨年から発掘調査を行ってきた。その結果、
今年6月に、成都市蒲江(ほこう)県の古石山遺跡から、高さ1・5メートル、幅最大1メートルの
レンガ造りの製鉄炉の跡が出土した。炉は4メートルほどの高さがあったと推定され、
日本では幕末から明治にかけての製鉄炉と同じ規模という。

調査に携わった村上恭通・愛媛大教授(考古学)は「諸葛孔明や劉備たちは
山間部の蜀に追い込まれたというよりも、鉄を得るために
積極的に入っていた可能性がある」と推測している。

(2007年10月27日14時32分 読売新聞)
URLリンク(www.yomiuri.co.jp)


160:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/27 18:37:19 RWglqk1e0.net
スレリンク(newsplus板)l50

161:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/28 19:17:00 dPLtISBhO.net
戦術的に街亭の戦いで山頂に陣を取る方法をとった馬謖の行動は決して間違いでは無い



162:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/28 23:54:09 cPj72IaIO.net
間違いじゃないが、決して正解じゃない。

163:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 00:57:44 DwfrcYhf0.net
だから劉備の遺言がきいてくるんだよな

164:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 10:04:46 lXzeeDUIO.net
>>161
同意。
馬謖の使命は「魏軍の足止め」
街亭で持久できればよいだけ。

張合βの使命は「蜀軍の掃討」
すみやかに街亭を通過してロウ西を奪回しなければならない。
そうなると街亭の馬謖軍に対し全力で攻撃しなければならない。
ならば馬謖が山上に布陣して持久の構えを取るのは当然の戦術。

そこで、あえて速攻を捨てて包囲断水を行った張合βの戦術は奇策といえる。
「急がば回れ」とはいうものの、現実に採用するには大胆な策だろう。
馬謖もまさか張合βが決戦を挑まないとは予想できなかっただろう。

165:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 17:42:28 ufRKr44U0.net
完全必勝などありえんのだから
情報が物を言うからな
ちょうこうが上手だっただけだ

山頂に陣を取る方法を愚作だの軍律違反だのいうのは
後付だろ 

166:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 17:51:47 n4VUG7yQ0.net
>>164
そう考えると、張郃のいくさ上手ぶりがうかがえるな。
愚将なら、やっきになって攻めて、逆落とし喰らってたかもしれんし。
でも、馬謖が諸葛亮の指示を無視したのは、本当のことなんでしょ?
そこをはっきりしとかないと、諸葛亮の人事下手とか言って衝いてくる人もいるしね。



167:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 18:22:48 lXzeeDUIO.net
>>166
命令違反というか、
「将、外においては君命にも受けざる所あり」
の典型だと思う。

我々も孔明も、街亭の地形を実際この眼で見たわけではない。
現地指揮官である馬謖と張合βのみが現地を見ている。
そこで馬謖は「高所に布陣して防衛が最善」と判断したんだし
張合βはそれを見て「包囲して枯渇を待つのが最善」と判断したのだろう。

つまり馬謖と張合βとの「現場経験の差」が顕著にあらわれたと言える。
それはすなわち「当時屈指の名将張合β」
に対抗できる将器が存在しなかった事こそが
蜀の最大の敗因だと言える。

168:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 20:41:01 Z+EvVAaW0.net
>>167
で、現場をみた王平は反対しているわけだが。

現場を見ていない司令官と、現場をみた味方の経験豊富な将と敵の当時の屈指の
名将が「山上布陣は駄目」といっているのに、馬謖の策を当然とかいうのは無茶。

169:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 21:41:12 lxbFs1lOO.net
実際に裾野から山頂を攻めるのは大変だよ…逆なら守るにもっとも適している…これは現代戦でも同じ、山頂の攻城戦など攻めるのはもう大変…馬謖はセオリー通りの布陣をした。当時の兵器や軌道力からいったら尚更なのだがね…なぜ孔明が山頂布陣を禁止したのかはわからん…


170:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 21:46:24 lxbFs1lOO.net
山頂から一斉に攻めいられる恐怖は心理的にも大変な物…
更に当然ながら見通しが利くので敵の動きもわかりやすい…

それらをさしひいてもダメってのはよほど欠陥な場所だったのだろうか??


171:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 21:58:12 lXzeeDUIO.net
>>168
王平は敗戦の中でも功績を挙げ処罰を免れている。
つまりは生き残った側の人間。
その言い分が完全に時系列的に正しいとは言えない。
勝者は後出しジャンケンが出来る。

張合βの読みが外れて、馬謖軍に十分な水と食料があり
包囲戦が時間の浪費となった可能性だってある。
いや張合βも心の底では危惧していたに違いない。
結果は勝利できたが、本来なら非常に投機的な戦術。

172:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 21:58:54 I5qm5Row0.net
はい、問題です。
蜀軍山頂に布陣。
魏軍に遠巻きに包囲されました。塹壕を掘られて持久戦態勢。
味方はきません。
山頂には水、食料が余りありません。
どうなると思う?


173:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 22:06:36 WxDO2fEsO.net
>>168
王平は確か第一次北伐が初陣じゃなかった?

174:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 22:12:32 lXzeeDUIO.net
>>168
あと史書を確認したが、
孔明も王平も「山上布陣はダメ」とは言ってないが?
「水路を捨て高所に布陣した」とはあるけど。
それって結果論じゃない?

175:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 22:21:59 lXzeeDUIO.net
>>172
はい、問題です。
蜀軍山頂に布陣。
ロウ西諸郡は救援を待ち望んでいます。
蜀軍は一万強。こちらは数倍の兵力があります。
この街亭の敵を撃破すればロウ西まで一躍駆け付けられる交通の要衝。
でも山上の敵に頭を押さえられた状態では足止めされてしまいます。

あなたが魏将ならどうしますか?

1、全力で蜀軍を攻め、ロウ西に急行する
2、山上の蜀軍を無視し、退路を絶たれる覚悟で強行突破する
3、ロウ西の救援を後回しにし蜀軍を包囲する

176:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 22:23:04 qE+9IrdX0.net
謖舍水上山、舉措煩擾、平連規諫謖、謖不能用、大敗於街亭。(王平伝)
謖違亮節度、舉動失宜、大為郃所破。(諸葛亮伝)

馬謖の敗因は、
1.水路を捨てて山頂に陣取ること。
→水源を捨ててしまったことがより悪手と思われる。
2.指揮が煩雑を極めた。
→要するに指揮が下手。

水源を絶たれたことにより戦略的に不利に追い込まれ、戦闘指揮そのものもダメ。
これで勝てたら不思議の勝ちだよな。

177:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/29 22:30:47 qE+9IrdX0.net
>>175
急がば回れという俚諺もある。
街亭さえ撃ち破れば蜀軍は引き返すしかないという状況なら、
優先度は隴西諸郡の救援よりも諸葛亮が来るよりも先に街亭を陥とすことの方が上だったんじゃないかな?
史記にもそんな話があったよね?

178:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 00:37:00 NrN/wIOH0.net
補給こそが北伐のテーマ。
蜀軍のか細い桟道を伝って秦嶺山脈を越える補給ルートというハンデは想像以上に大きい。
大軍を動かすには大量の食料がいる。
大体、撤退の事由は食料不足。
諸葛亮をもってしても、このハンデは克服することは出来なかった。

179:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 19:05:09 c5LosMPJO.net
馬謖も兵法に通じ、あの孔明が後継者と言わせるほどの麒麟児だよ…
水も食料も乏しいなかであえて、その地に陣を張ったってのは凡人にはわからん何かがあったのだろう…確かに王平は幾多の戦いの勇者だが凡人だよ…


180:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 19:14:00 c5LosMPJO.net
魏軍も、馬謖に対向して張った陣に、山頂からと片方からの蜀軍に挟み打ちにされたら全滅の恐れだってあった…
それほど山頂に張る陣は高い優位性がある
多少の水や食料のハンデがあっても通常ならぜがひにでも高い場所に陣を取るのが普通

181:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 19:16:38 No4hO7YG0.net
>>179
劉備はアイツはダメ!って言ってんじゃん

182:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 19:23:15 XxWb+8ogO.net
馬謖にとって最大の誤算は張コウが攻め寄せてこなかった事。
まさか急ぐべき魏軍がゆったりと兵糧攻めしてくるとは予想しなかっただろう。
というか、この張コウの戦術は普通なら悪手だな。
百戦練磨の張コウだから採用できたわけで、
そこらの駆け出しの武将なら間違いなく攻撃して撃退されていただろう。

183:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 20:44:21 v4V6Nx6U0.net
>>180
食料や水を確保して高所を維持するのが普通。
よほど短期で決着をつけたいのなら輜重を切り捨てることもまれにあるが、
飲食にハンデを抱えても高所を取るのが普通なんて聞いたこともない。

184:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 20:45:43 LG8frYvr0.net
馬謖が短期決戦を望んだのはわかるがそりゃ博打ってもんだと思うが

185:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 20:51:02 c5LosMPJO.net
そうだな、馬謖もそれを狙ってたんだろな…長期戦は予想外だったんだろ…
孔明は実は勝てる戦いしかしない臆病物だったのではないか?って気がする…

馬謖に普通に陣を張るように指示って、勝つというより負けない算段だったのでは?って気さえするけど…
孔明はホンとに天才だったのか??

臆病物だったんじゃねえのか?

186:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 20:54:34 c5LosMPJO.net
馬謖は蜀の食料不足を知っていたからあえて、その作戦を取ったはず…

蜀の食料不足は慢性的なもんだから、短期決戦しか無いと馬謖は踏んだんではないか?

187:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 21:04:55 Kb/n9U/10.net
>>185
諸葛亮が天才かどうかはともかく、勝てるいくさしかしない、というのは誉め言葉だよ。
本来、名将というのは戦うべきときと、退くべきときを心得ている者を指す。
少数で大軍を破るのだけが名将というわけではないからね。
かといって、実戦なく不敗とかいわれてもアレだけど。

188:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 21:22:16 c5LosMPJO.net
孔明は総参謀長、軍司令長官、軍大臣を全て兼任しての絶対権限を持ってたんだから悪い意味の問題も起きるよな…
組織の硬直化とか考えに逆らう奴は悪者扱いとか(魏延とか?)


189:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 21:34:46 XxWb+8ogO.net
>>188
それはないだろう。
そんな小賢しい事をする人物が古今の名宰相と呼ばれるわけがない。
軍司令官としての手腕はともかく、組織の長としては比類なき人傑。

190:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 21:42:34 cqWxKka00.net
ID:c5LosMPJOは基本的な事をまず押さえろ。
街亭への派遣にさいして馬謖が課せられた任は諸葛亮の本隊が来るまでの時間稼ぎ。

191:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 22:20:57 NrN/wIOH0.net
だから、馬謖は応用が利かなかったんだって。
孫子の兵法を知っていても実戦で活用できたのはむしろ王平の方。
基本に拘泥しすぎて、百戦錬磨の張コウに見透かされた。
給水路を捨てるなんて下の下。喉の渇きに、人は耐えられるものではない。

192:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 22:51:16 PClwPpjIO.net
食糧さえ不足してなければokだったの?
魏に高地に陣をしかれた場合のデメリットは?



193:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 23:20:56 cqWxKka00.net
>>192
「舉措煩擾」「舉動失宜」から考察するに馬謖は指揮がダメだったみたいだから意味なさそう。
馬謖は一知半解の見本な感じ。

194:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/30 23:54:29 XxWb+8ogO.net
馬謖は「パーフェクトゲーム」を狙いすぎたんだろうね。
街道に布陣して、魏の攻撃を防ぎつつ戦略的に後退して
張コウの疑心を誘う戦術をとれば充分な時間稼ぎにはなった。
それで敗退しても結果として任務は達成となる。

ところが、「逆落としに迎撃して撃滅する」という欲をかいたがために
老練な張コウの前に惨めに敗れ去った。

策士策に溺れるというか才気走りすぎて自滅したというか…

195:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/31 08:57:47 uyq/90u20.net
>>182
何で兵站で有利な迎撃側が急がなければいけないと思った?
本当に急ぐべきは兵站の弱い蜀軍だろ。

>>187
勝てる戦しかしないのは確かに褒め言葉だが、孔明の場合しっかり負けてるから。

196:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/31 12:57:58 QeX18EZ60.net
>>185
>馬謖に普通に陣を張るように指示って、勝つというより負けない
算段だったのでは?って気がする…

仮に、そうだったとしても馬謖が自分勝手に決めて
大敗北を喫するよりマシ。
それに君が臆病者だと思う孔明に取って代われるほどの
人材が蜀にいるのかな。

197:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/31 13:33:11 QUjcVn59O.net
>>195
>何で兵站で有利な迎撃側が急がなければいけないと思った?
>本当に急ぐべきは兵站の弱い蜀軍だろ。

この場合は逆。
当時の情勢をよく考慮しなければならない。
蜀はすでに3郡を降した。
いま必要なのは魏の正面兵力の撃破ではなく
降した3郡の防備態勢を固める時間。

198:名無しさん@お腹いっぱい。
07/10/31 14:37:34 yDVpy/Id0.net
>>196
劉備の信用の篤かった魏延や呉懿が普通に適任。
特に魏延は対魏戦線の最高司令官だしな。
あと、孔明の北伐は単に荊州派閥の地盤強化の為の出兵だろ。
わざわざ周囲の反対を無視してまで馬謖を先陣に据えたぐらいだ。
結果は失敗に終わり、更に馬謖が脱走騒ぎ起こして処刑と散々だったが。
その後の北伐は、形だけ右将軍に降格しつつ実権は全く手放さなかった事を見ても、
初回の失点分を取り戻す事が第一目標と見るべきだろう。
その年の内に陳倉へ出兵して再び敗退、翌年更に出兵して今度は住民拉致に成功し、
非常にあっさりと丞相の地位に返り咲いている。
その程度の功績でなれる程、丞相の地位は安く無い筈なんだがな。

199:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/01 13:26:14 iojTzPYI0.net
>>198
まあでも、魏延や呉懿が孔明の変わりをやったとしても
結果的に魏には勝てなかったんじゃないかと
思ってる俺は間違ってる?

200:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/01 13:44:14 z3hYj8oF0.net
>>199
街亭を馬謖の代わりに呉懿や魏延が守っていたら十分勝ち目はあったんじゃないかな?
王平なんか街亭の時も231年の時も張郃の攻めを凌いでるところを見ると、王平自身の抜擢は難しいものの歴戦の勇将であれば街亭を守りきれた可能性は高いと思う。

201:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/01 15:25:24 iojTzPYI0.net
レスありがとう。そういう考えもあるんだな。
そういう大事な要所を孔明は何故、馬謖なんかに任せたのだろう。
馬謖ってこれ以前に、この大任を任されるような功をあげてたっけ。
それとも、ただ孔明は自分の息の掛かった部下に
任せたかっただけかな?

202:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/02 01:49:27 1hjxV5gw0.net
やっぱり心を攻めるが上策がきいたんじゃね

203:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/02 07:09:21 SQDtbmzu0.net
でももともと馬謖の任地で動乱が起きてるわけだしな…。
弟子の不始末を師が拭ったわけだ。
劉備が「口先だけの男だから、大事は任せてはならぬ」という表現は的を射ている。
馬忠の評価も当たってるね。
「(夷稜戦で)私は黄権を失ったが、代わりに弧篤(馬忠)を得た。これは世の中に賢者が少なくないと言う事だ」と尚書令の劉巴に語っている。


204:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/02 13:14:40 XvcKYSRn0.net
元々馬氏と孔明は親戚の可能性もあるそうだし、
単なる身びいきだよ。

成功の可能性が有ったのは第一次だけなのにな。

四次以降になると、仲達や明帝ら魏首脳陣には
補給が繋がらないことを見透かされて、
ダラダラと持久戦に持ち込まれ如何ともできなくなった。

205:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/02 15:38:39 IlZW2l5ZO.net
なぜ街亭に馬謖を派遣したのか仮説を立ててみる。

街亭守備軍の規模が理由じゃないだろうか?
長駆して街亭まで進出する部隊であるため、数万もの軍勢では到着に時間がかかる。
そのため、馬謖に与えられた軍は一万以下と推察される。
このあたり兵力の記述あったっく?「大軍」とあった記憶はあるが。
一万以下で、工作兵など設営隊を同行したとすれば
実戦部隊は五千強ぐらいかも知れない。
五千強程度の戦闘指揮官としては魏延や呉懿だと役不足。
馬謖など部将レベルが適任となる。

街亭の敗因は、蜀軍の年功序列人事がもたらしたものと仮説してみる。

206:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/03 11:07:54 ifk7Z6HoO.net
孔明が三軍の長
この場合、総参謀長兼軍司令長官兼軍務大臣兼任が悪い方にでたと思う。
孔明に法正なり鳳統なりの有能な副軍師がついていればなあ

207:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/05 11:29:26 tD04ZSnm0.net
>総参謀長兼軍司令長官兼軍務大臣兼任が悪い方にでたと思う。

孔明はなんでこんなに兼任したんだろう?
他にふさわしい人材がいなかったからか
孔明が私欲で独占したか、どっちなんだろう?

208:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/05 12:25:28 0LaPiBQb0.net
曹操とおんなじことだと思うが

209:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/05 12:58:49 Gf3XZ7/z0.net
ある程度権力と権限を集中しておいたほうがやりやすいという事もある
だからといって兵の裁判までやるのもどうかと思うが

210:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/15 10:05:17 pEKODIGS0.net
武都は曹操の漢中強制移住の煽りで無人に近かったようだな。
張飛と馬超が武都に陣取ってるのに城を出て戦い曹洪に敗れているのも、
城に篭っても補給が出来ず、遠征してきた曹洪より先に飢餓状態になる恐れがあったからだろう。
そうすると武都が20年後にほとんど無視されたのも頷ける。

曹操の漢中放棄は最後の統一好機を逃して守りに入った証拠という見方が一般的だが、
蜀の北伐の芽を毟り取ったという点では、自分の死後を見据えていた慧眼といえる。
漢中近辺20万戸が関中に行ってるんだから防衛生産能力も上がっていたんだろう。

211:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/15 21:34:42 zjynSMfy0.net
>>210
>蜀の北伐の芽を毟り取った
>漢中近辺20万戸が関中に行ってるんだから防衛生産能力も上がっていたんだろう。
これは表現がちょっと違うだけで、「守りに入った」そのものじゃないのか?

212:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/16 06:50:51 e5z0+99J0.net
鳥の肋よのう。

213:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/17 17:00:54 LRAg0j7e0.net
なぜ街亭に馬謖を派遣したのか

手柄を立てさせて自分の後継者にしたかっただけだろうよ

214:名無しさん@お腹いっぱい。
07/11/17 17:25:04 G39Qng8cO.net
そんなの稀によくあること

215:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/14 04:19:22 SuBdvbCU0.net
蜀が魏を滅ぼす可能性ってのはほとんど無かったんだよね?

216:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/14 11:04:29 vy1Nu/AJ0.net
まあ、滅ぼせるより失敗する確率のほうが格段に高かったのは事実だ

217:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 11:40:23 rFSQmkec0.net
諸葛八卦村ってなんかインチキくさいな。


218:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 22:20:01 5GpOMx5l0.net
日本での落ち武者が祖先の村みたいもんだ
日本中国問わず世界中でよくあること

219:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/20 20:17:09 E1vUx7Un0.net
アンチ孔明スレにおける諸葛亮ファン+シンパ+擁護派のみなさん
アンチに対する大勝利おめでとう! 結局、感情的な中傷以外の有効な反論は全くでず
奴らの正史読みの浅さを露呈しました!
中立的な歴史ファンも基本的に味方してくれました

魏晋バイアスのかかった正史に対する疑念など読み応えばっちしのスレでした
(連中のレス以外はね)
これで安心して中国英雄最高の知名度をもつこの人を好きといえます!
ありがとうございました!

220:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/16 03:52:59 qrGh/LwP0.net
諸葛亮って漢民族?

221:名無しさん@お腹いっぱい。
08/10/18 21:01:23 wEaYfEHeO.net
寒民族

222:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/12 10:30:06 10CpU6mNO.net
諸葛村ってさ

呉や魏の諸葛氏の子孫が作ったんじゃないの?

223:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/13 03:29:45 jxUsTOGp0.net
「漢中は蜀と切っても切れぬ物で、中原側から維持するのは無理」
って曹操とかは言ってたけど、何で姜維はあっさり取られたん?

あと蜀は国土自体が自然の要害で劉備も奪い取るために攻めた時は
かなり苦戦したのに、何故あんなあっさり陥落したん。

224:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/13 08:34:58 ZpQNagIj0.net
>>223
鐘会は実は超天才軍略家
+
防衛ラインをちょっと弄ってる隙に攻め込まれた

225:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/21 21:02:13 9G1NH5/20.net
>>223
つ > 「中原側から維持するのは無理」

226:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/26 00:42:25 2+fWghbl0.net
>>223
兵士が居ない
武将の裏切り

227:名無しさん@お腹いっぱい。
08/11/26 00:44:15 2+fWghbl0.net
>>222
諸葛孔明の息子の次男が祖って話だよ
鐘会の時に亡くなったのは息子と長男で次男は無事だった(ついて行ってない?)

228:名無しさん@お腹いっぱい。
10/01/11 20:11:17 MKizApWm0.net
>>223
あっさりには盗られていないいないじゃろ?

229:名無しさん@お腹いっぱい。
10/04/15 07:47:06 8kP0qY120.net
劉備と諸葛亮って、守ってる敵には何もできなくなるね。
呉のシュウユ、リクソンみたいに守ってる敵に火攻めを・・・とかして欲しかった。

北伐で思ったのが、魏の進行が長雨で失敗した時、魏延を涼州に進行させてるよね。
北伐にカウントされてないような気がするのだけど?

230:名無しさん@お腹いっぱい。
10/04/16 00:17:01 1P7MGxNs0.net
諸葛亮は絶対に大きな被害が出ないような戦い方をしてる
見通しが悪くなったら即撤退
撤退戦でやたらと敵将を殺してるのも始めから撤退することを前提に侵攻してるからじゃないのかってくらい

大敗を厭わずに攻めまくった姜維が北伐開始して10年で蜀が滅びたの考えるとこの路線が正しかったんだろうけど

231:名無しさん@お腹いっぱい。
10/04/21 07:16:02 9F6Zrd+t0.net
やはり諸葛亮は一代の傑物だったと思うよ。
器用貧乏と言えばそれまでかもしれないが、それでも内政兵站戦略戦術の全てで一定の結果を残している。
これで蜀にもう少し人材がいれば、天下統一とは言わずとも、もう少し存続はできたんじゃなかろうか。

232:名無しさん@お腹いっぱい。
10/04/21 21:26:08 5XQHPuaY0.net
費禕が暗殺されて姜維を止められる人間がいなくなるまではそんなに問題なかったと思う

233:名無しさん@お腹いっぱい。
10/04/22 20:37:08 K0gu9qs40.net
>>229,>>230
諸葛亮は撤退時に追手を返り討ちにしたのは言うまでもなく
231年の北伐で司馬懿に大勝した時も「迎撃」で勝利している
(王平伝や漢晋春秋を見る限りではそうなる)
だから「受け」の場面で強かったのは確かだろう

逆に守勢の相手だと司馬懿はもちろん
陳倉の郝昭や234年に渭北を守る郭淮にすら勝てなかった
だから「攻め」の場面は苦手だったのだと思う
(蜀漢の軍隊の特徴かもしれないけど)

234:名無しさん@お腹いっぱい。
10/04/24 11:38:53 oAYNz0O20.net
魏は騎馬メインの機動力、蜀はそれに対抗する弓等の火力に重点を置いたとかって見た事があるな。

それにしても、蜀の勝ちパターンってなんだろう?
劉備だって入蜀とか漢中争奪戦で勝ってるし、諸葛亮は南蛮平定で・・・
北伐は・・・

235:名無しさん@お腹いっぱい。
10/05/22 11:01:53 kO7ir0Nh0.net
堂々正面からの会戦なら孔明たんの右に出る者はいない
機動でもって敵軍を誘導してやることができればなー
陣地戦とかつまんねーじゃん

236:名無しさん@お腹いっぱい。
10/05/22 18:07:47 wSCiPzDV0.net
>>233
対照的に、姜維は強襲型だったな。
大敗したからは、誘導・迎撃にシフトしたみたいだけど・・・・・

蜀の勝ちパターンは、人材が早世しない。
これに尽きる気がする。

237:名無しさん@お腹いっぱい。
10/06/24 11:36:02 9+tgVUFD0.net
宝刀が生きていたら北伐は成功していた

238:名無しさん@お腹いっぱい。
10/06/24 12:49:12 HnISRfNUO.net
安直…

239:名無しさん@お腹いっぱい。
10/06/24 16:16:16 Vw436pjB0.net
>>237
蒼天航路ですねわかります

240:名無しさん@お腹いっぱい。
10/06/24 16:17:59 Vw436pjB0.net
ホウ統か、法正と勘違いした

241:名無しさん@お腹いっぱい。
10/06/24 20:53:08 OwN7DDqA0.net
>>237
その場合蜀の権力構造はどうなってたのだろうか?

242:名無しさん@お腹いっぱい。
10/07/05 19:24:34 viRj5vFF0.net
>>241
元々ホウ統は諸葛亮の友人兼子分だから権力構造的には
諸葛亮→ホウ統+史実の面々くらいの形で治まるだろうね

243:名無しさん@お腹いっぱい。
10/07/08 13:12:13 HKjzjMUS0.net
蜀の勝ちパターンは分からんが、蜀が勝ちパターンを永遠に逃したのは
荊州が陥落した時だろう。
北伐にしても、別方面から同時侵攻すれば何かあったかも知れない。

244:名無しさん@お腹いっぱい。
10/07/22 18:33:21 0XnbGGhE0.net
かといって関羽の件がなかったにしてもいつまで荊州を保持できたか微妙なところ

245:名無しさん@お腹いっぱい。
10/08/21 20:46:12 lzc8utax0.net
>>235
ただ諸葛亮(蜀漢)側が何をどう思おうとも,
魏は自分の立場で対応すればいいだけだからね。
相手に正面決戦を避けられた時点で対応できなかった時点で,
諸葛亮は「それだけの器でしかなかった」と言わざるを得ないわけで。

246:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/15 00:25:40 8d3x9ye/0.net
十分に守備され迂回余地のない地点におかれた要塞を攻略するなんて
重砲も爆撃機も無い時代じゃ無理だよ。

247:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/16 07:51:21 XsWzccak0.net
>>246
陳倉はともかく他は違うだろ。

248:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/22 01:11:26 3AFPah4m0.net
>>230
やっぱり政治家が本業の人だから大敗のリスクは負いたくなかったのだろうね。
存続させるのならその路線で正しいのかもしれないけど
本気で勝つ気があるなら総力をあげて決戦に望むしかないと思うのだけれど.

249:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/22 02:27:17 iyzC4aA2O.net
とはいえ所詮蜀漢は漢復興スローガンを除いてしまったら、只の巴蜀地方政権でしか無くなるんで
王朝と政権の正当性を維持する為には、北伐の様な軍事行動は必要にならざるを得ない訳で。

諸葛亮はある程度というか発案者故に、どこまで蜀漢の国力でやれるかその辺りは理解してやってたが
本気で蜀漢の国力を傾注してやっちゃうと姜維みたいになっちゃうし。
スローガンの為のパフォーマンスも兼ねた軍事行動とマジ軍事力でマジで魏打倒とでは、同じ北伐でも性質が異なってしまう。
まあ姜維は姜維でスローガンの呪縛から逃れられなかったともいえるけど。

250:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/23 14:09:03 +jYDrgWK0.net
やっぱり、漢中方面一方向からの侵攻作戦では無理があった
荊州方面からの同時侵攻作戦・・・・・・これが実現していれば・・・・・
鳳統、法正みたいな早逝組こそ、蜀にとって必要な人材だったのも残念
姜維は、>>249の通り北伐の呪縛で柔軟性に欠けていた気はする

251:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/23 19:30:03 uSVc+3U9O.net
魏からすればどんな相手であれ、攻め口が漢中方面のみであるのが決まってる。
そこを万全の態勢で守れば魏側に余程の失陥が無い限り凌げるものな。
国力と補給路の確かさは到底蜀が及ぶ所では無いから。
だから蜀は呉の北伐参加を重視してたけど、呉は全国統一やら漢復興は端から念頭にはないんで蜀程本気にはなる筈もない。領国が保全されればどうでもいい訳だし。

やっぱり荊州失陥は致命的。

252:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/24 17:34:43 nlCN2Sre0.net
呉の世界観は、中原中心じゃなく江南中心だったみたいだからなぁ・・・・
蜀は常に中原を見ていたが、呉との温度差は大きかっただろう

関羽が北上の時期をもう少しズラしてれば、呂蒙も本当に死んでたのにな
まぁ、陸遜いるから結局捕まるだろうけど

253:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/25 23:20:54 hUyRAY5J0.net
長安の西方、街亭で行われた北伐第一戦
先鋒馬謖軍が壊滅し、趙雲・鄧芝の囮軍も打ち破られ惨敗だった。
本営に響く失望のため息、どこからか聞こえる「だから長安を突けと言ったのに」の声
無言で撤退の準備を始める兵士たち。丞相の諸葛亮は独り幕舎で泣いていた
益州戦で手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できる君主と将軍たち……
それを現在の蜀で得ることは殆ど不可能と言ってよかった

「どうすりゃいいんだ……」諸葛亮は悔し涙を流し続けた
どれくらい経ったろうか、諸葛亮ははっと目覚めた
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たい床机の感覚が現実に引き戻した
「やれやれ、帰って内政の建て直しをしなくちゃな」諸葛亮は苦笑しながら呟いた
立ち上がって伸びをした時、諸葛亮はふと気付いた

「あれ……?本陣に人の気配がある……?」
幕舎から飛び出した諸葛亮が目にしたのは、祁山の本陣を埋めつくさんばかりの蜀軍兵士だった
千切れそうなほどに蜀漢旗が振られ、地鳴りのように軍楽隊の銅鑼が響いていた
どういうことか分からずに呆然とする諸葛亮の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた
「孔明、出陣だ、早く行くぞ」声の方に振り返った諸葛亮は目を疑った
「か……関羽将軍?」  「なんだ孔明、居眠りでもしてたのか?」
「ち……張飛将軍?」  「どうした孔明、われら悲願の長安攻略戦の始まりではないか」
「劉備さま……」  諸葛亮は半分パニックになりながら部隊配置を見上げた
子午道:関羽 黄忠 法正 駱谷道:張飛 馬超 ホウ統 斜谷道:趙雲 魏延 諸葛亮
 本陣:劉備 馬良
暫時、唖然としていた諸葛亮だったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった
「勝てる……勝てるんだ!」
姜維から羽毛扇を受け取り、本陣へ全力疾走する諸葛亮、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった……

翌日、幕舎で冷たくなっている諸葛亮が発見され、吉村と村田は病院内で静かに息を引き取った

254:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/27 21:43:33 5wcuZEy00.net
蒋エンは上庸方面から攻め込もうとしてたけど寿命で未完の計画になってなかったっけ
孔明も姜維も立てなかったところを見るとダメな計画だったのかな?
蒋エンは軍事的に優秀には思えないし

255:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/28 02:24:14 Lp3tayU40.net
船で漢水を下る計画だな
成功すればいいが失敗すると簡単には戻って来れない
実行してれば第二の黄権が生まれたかもな

256:名無しさん@お腹いっぱい。
10/10/28 05:34:02 h84XHrXb0.net
正史『三国志』 二十巻
スレリンク(whis板)

257:名無しさん@お腹いっぱい。
11/02/16 21:36:49 bbW0wtAp0.net
>>251,>>252
呉自体はとりあえず自己勢力の維持が第一目標で,
魏に屈服するのも蜀に屈服するのも嫌なのは同じ。
その上で,うまくいって中華統一できたらいいな♪って感じだからね。

いわゆる蜀信者や諸葛亮信者やらがそのことを全く考慮しないで,
諸葛亮の北伐に協力しないとか何とか文句を言うのは,
他人には他人の価値観があるってことを分かっていないからだけど。
(魏呉間の戦いがどれだけあったかなんて知らないだろうから。)

258:名無しさん@お腹いっぱい。
11/02/22 17:28:12.57 Q+txs6j+0.net
どんな考察をするのも自由。違うと思うのならその理由を言えばいいだけ。
気に入らない意見をなんでも信者扱いして馬鹿にするのはやめたら?
他人には他人の価値観があるんだから

259:名無しさん@お腹いっぱい。
11/02/26 21:48:21.56 M8W4wBKS0.net
>>258
そりゃあ,考察するのは自由だし,根拠が示されていれば一意見として尊重されるべきだ。
自分と異なる意見だからって,それだけで他人の主張を否定しちゃいけないのも当然だ。
でも,根拠もないのに自分の都合だけで主張していたら,馬鹿にされるのは当たり前だろう。

で,呉が蜀の北伐に協力しなければならない根拠なんてあるのか?
逆に,蜀が呉の北伐に協力しなければならない根拠なんてあるのか?
234年を除けば,両者とも好き勝手にしか動いていないのだが。

260:名無しさん@お腹いっぱい。
11/03/07 00:00:24.85 E1+DX5uK0.net
食料が・・・足りません・・・

261:名無しさん@お腹いっぱい。
11/03/07 07:11:51.85 tmqRTF530.net
>>260
そういえば,諸葛亮って自力で麦を刈り取った記録はあるけど,
現地民から食料を供出してもらった記録はないな。

隆中対では食料持参で歓迎してもらえると言ってたけど。

262:名無しさん@お腹いっぱい。
11/03/07 15:12:13.35 g8T1xlrE0.net
2chでも最下位争いをする過疎板で独り言ですか

263:名無しさん@お腹いっぱい。
11/03/07 20:22:38.11 E1+DX5uK0.net
>>262
独り言、がんばってください!

264:名無しさん@お腹いっぱい。
11/06/21 00:18:06.07 vX/ZYXad0.net
ほしゅ

265:名無しさん@お腹いっぱい。
11/07/24 16:03:55.09 VjGz9A/j0.net
諸葛亮が今の日本の総理だったら何をするだろうか…

266:名無しさん@お腹いっぱい。
11/07/25 02:42:06.00 NNGCyZ1p0.net
諸葛亮のような全て自分でやらないと気が住まないタイプは過労死するだろうね

267:名無しさん@お腹いっぱい。
11/07/30 22:59:32.96 rBboxklOO.net
>>249
出兵のタイミングは良いとは言わないが悪いとも言えない
魏の兵站構築の難しさは蜀程ではないがあまりよくない
ただ攻めきるべきで攻めきれなかったりと疑問があるのも確か
名将ではないけど凡将でもない指揮官としては一流だが
まあ結果論として武運は無かったな

268:名無しさん@お腹いっぱい。
11/07/30 23:01:58.74 6nMAXI7P0.net
モンゴメリー シバイ
ロンメル   諸葛亮




269:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/08 07:04:54.03 HFCuD8Xt0.net
>>267
逆に守るほうだったら,ほぼ完璧に任務を遂行できたと思う。
諸葛亮の慎重さは,負けちゃいけない場面では力を発揮するだろうから。
しかし,勝たなきゃいけない場面でも慎重すぎたから勝てなかった。
守る側だったら名将扱いで,攻める側だったら良将止まりか。

270:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/21 14:08:47.43 FjAiy7qo0.net
俺ならできたな

271:名無しさん@お腹いっぱい。
11/08/23 17:00:08.05 Mm7Ac3040.net
やっぱりできたか~

272:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/08 10:28:06.21 rTcR4D/M0.net
ですね

273:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/08 10:44:59.69 jlMYD+WyO.net
陳沈と運黄っかっこ良いよね

274:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/08 22:18:47.59 A7Oa+WWEO.net
国力の差、蜀の人材不足は孔明といえど如何ともし難い

275:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/09 00:58:50.40 68paqpMW0.net
北伐で魏国内の動揺を誘いつつ、呉と連携して軍事侵攻が狙いだったと思うが、
国内は司馬懿が平定、呉はヘタレだった。

276:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/09 01:00:16.16 H8005wIg0.net
プロボクサー迫田大治選手(横田スポーツ所属)は我が皇国の星です!
【反在日国粋主義者】界の若きチャンピオンです!
URLリンク(mimizun.com)
【反在日国粋主義者】のみなさん後援会発足にご協力と寄付をお願いします!

277:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/11 00:56:49.95 7ISMis1o0.net
司馬懿と君主劉禅が運の尽き
国力差が開く一方で君主がバカなら
自分の死後の先が見えて無理な北伐を強行したと思う


278:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/29 23:09:44.78 zeb9IVec0.net
>>269
蜀に引きこもっていたら魏から当分(呉をどうにかするまでは)放置されていただろうから
防衛戦で将才を発揮する機会は得られず、一宰相として終えるだけだろう
それに前線は魏延が守る、孔明は援軍を送り出す側だから将としての評価は得られない

279:名無しさん@お腹いっぱい。
11/10/30 10:32:57.82 5kKqiDeP0.net
>>278
それは諸葛亮が魏側で守っていたらって話。

そりゃ諸葛亮が蜀に籠っていたら放置されるのは貴説のとおりだけど。

280:名無しさん@お腹いっぱい。
11/11/01 02:37:08.69 yLs9EW8M0.net
>>279
孔明が魏に仕えるなんて言い出してたら
爆裂!超熱血史家の裴松之に怒られるで?

281:名無しさん@お腹いっぱい。
11/11/07 20:38:27.42 0igJVRsj0.net
蜀ってなんやかんや言っても所詮諸葛亮の独裁国家だったからな。

282:名無しさん@お腹いっぱい。
11/12/01 16:28:40.71 /YfKLVZZ0.net
曹操や司馬懿と違って忠臣のまま死んだ

283:名無しさん@お腹いっぱい。
11/12/07 07:26:13.52 rbD6qzMDO.net
姜維の北伐と比べてどっちが成功率があったか

284:名無しさん@お腹いっぱい。
11/12/07 17:39:04.61 1Hod99kt0.net
成功率は何とも言えないが、諸葛亮は国力の案配を見ながら北伐をやってたから
長期計画として適宜に作戦遂行が可能だったが
姜維の場合、北伐に国運を賭け仕掛けていたので勢い自転車操業気味になり
トウ芝らが抑えを掛けてる内はよかったが重しが無くなった途端にご存知の通り。

285:名無しさん@お腹いっぱい。
11/12/15 12:49:44.00 /lcRKCgl0.net
攻めの脅威、守りの所轄か…

286:名無しさん@お腹いっぱい。
11/12/16 20:47:25.41 GHvWRyv/0.net
功績序列を今作るとしたら、どうなるかな?top20位で

287:名無しさん@お腹いっぱい。
11/12/21 19:13:42.94 RTp1I5SP0.net
>>286
それは守り切った曹魏側の話なのか。
それとも勝てないまでも一応頑張った蜀漢側の話なのか。

仮に双方合わせて考えるのだったら,
最初(228年)には自ら長安に赴き,
最後(234年)には司馬懿の軽挙妄動を戒めることで,
長安以東に動揺を波及させなかった曹叡がトップになると思うのだけど。

288:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/09 18:03:04.59 4pn9+HMA0.net
関羽はなんで士大夫と強調しなかったのかね
士大夫と強調して呉の動向に慎重になってれば荊州は失わなかったよ。
そもそも、関羽は士大夫を嫌ったのかね?
わけがわからないよ

289:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/10 18:20:34.52 NXFeOmo0O.net
そもそも関羽を荊州のトップに置かなきゃならない劉備一党の人材不足が悪い

290:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/11 21:36:22.22 66PtGFKI0.net
関羽は夏候惇や夏侯淵の同類だからトップに置くのは仕方がない。
せめてその脇を固めればよかったのだろうけど,
主流派が益州に行ってしまって残留者が二流扱いされたからグレるのも仕方がない。

291:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/29 15:44:09.73 2CnSP4Bn0.net
荊州は関羽じゃダメだよ~
黄忠・魏延などの荊州武将と趙雲で守れば十分に守り切れた
変なプライドのある関羽じゃね・・・

292:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/29 16:34:34.26 RTkg+OL60.net
新参の2人と当時は近衛隊長レベルの立場の人間じゃ難しいでしょ。
どうしても劉備の信頼出来る人間を置かないと安心出来ないから
残留するなら関羽か張飛のどっちらかになるわけで。

293:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/29 19:43:36.16 BPh6dDtY0.net
魏延じゃ実力は十分でも箔が足りない
そいつがそこにいるだけで相手がビビるくらいいでないと

294:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/08 22:53:12.12 lVinRxEB0.net
関羽には独自に兵を動かす権限を与えたのが不味かったな。
特に『仮節』を与えるべきではなかったわ

295:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/07 07:57:44.50 rXGgQiks0.net
鎌倉高校卒業
多摩美術大学卒業

牧野恵美子は
腹黒い

296:kafka
12/05/11 21:08:29.75 LF4imkND0.net
蜀の土が貧弱た。食糧が足りない

297:名無しさん@お腹いっぱい。
12/07/05 09:43:11.85 8zF21mVL0.net
蜀は天府の地とか言われていたのに・・・
生産<消費だったのかな?

298:名無しさん@お腹いっぱい。
12/07/28 13:39:08.95 saRpTyq30.net
諸葛亮大丞相様は逆族魏を打たんとした英雄
だって考えてみ
蜀は国力ないんだよ、だからやられる前にこっちが打って出なきゃ
守るのは難しいんだよ

299:名無しさん@お腹いっぱい。
12/08/03 06:42:59.28 RUR8qKZA0.net
蜀の面積は日本の約2倍あるので国力ないはいいすぎ
関羽は徐州時代にカヒを守りきった実力者。

300:名無しさん@お腹いっぱい。
12/08/14 13:48:02.04 OCDbVHTy0.net
事を謀るは人に在り、事を成すは天に在り。

301:名無しさん@お腹いっぱい。
12/08/14 13:50:08.15 OCDbVHTy0.net
漢丞相諸葛亮


302:名無しさん@お腹いっぱい。
12/08/14 13:59:54.61 OCDbVHTy0.net
諸葛亮の考えは弱い蜀漢と呉が結んで強い魏を討ち滅ぼし、
その後に蜀漢と呉で天下を争うと言うも。


303:名無しさん@お腹いっぱい。
12/08/14 16:27:12.87 K9305eqD0.net
「諸葛亮孔明は私と同じ普通の人間じゃない
234年八月に五丈原で流れた星はこの銀河を統括する情報統合思念体が
押した諸葛孔明の解除スイッチ、そしてそのスイッチを押されたら
孔明は消えてなくなるはずだった、だけど肉体は残され
その抜け殻は漢中に葬られた
そして私も今年8月23日に情報統合思念体によって
解除スイッチを押される、その時にもまた星が落ちる」




         _/: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :\
     ー=ニ ァ: : : : : :/: : : :/: /: : : : :、: : : :`ヽ: : : : ヽ
        / ,: : : :〃: :/: : /: │: : : : :lヽ: : : : ハ: : : : :.ヽ
.       / / : : //: :/: : /: : │: : : : ::|: :!: : : : i|: : l: : : :ヽ
      / イ : : : l |: :│: :j : : ∧: : : : :l: :|\: : i|: :│: : : :.\
      l/ |: : : :| l: :∧: :ハ: : l  '.: : : :ハ j  ヽ i|: :│: : : :}
      ││: : l|│ナ下/-ヽ |  ヾ: :/_ム'― 弋|: :│: : ! j
        j. │: : |i V ,ィテ圷、ヽ   ∨ ィチ示k l: : ト: : Ⅳ
         ヽ: : |  ハ` Vf:::::i}       Vf:::::i} Y|: : ム N
          ヽ |ヘ i l  ゝー'       `ー'' ハ!: :,) }i|
            `l: :ヽム        '         /:/: :ルイ
            ', : : |ヘ、     ‐       ィ' /: :/
            ヽ: :lヽ >,、       イ/7: :/
            \! V厶|>ー <レ_'/ //
              , '´/ノ      L、 /
               ,.-'   | ___._   | `ー、
         _..-‐'´     |´  _` ー<|   `ー、_

304:名無しさん@お腹いっぱい。
12/08/16 20:00:57.85 I8hSgEMB0.net
日本はNarutoのペインみたいなもの。次の未来の礎になった。
URLリンク(www.youtube.com)

305:名無しさん@お腹いっぱい。
12/12/09 20:52:07.83 M/ycNk2F0.net
URLリンク(www.dailymotion.com)

306:名無しさん@お腹いっぱい。
13/09/21 06:20:27.94 DRV6Q4pD0.net
来年の大河ドラマは軍師黒田官兵衛。
備中高松城の水攻めを羽柴秀吉に献策したのは黒田官兵衛とのこと。
大河ドラマにちなんで備中高松城の水攻め復元模型を製作した。
URLリンク(mirai660.net)

307:名無しさん@お腹いっぱい。
15/03/09 19:40:14.85 UGpYgylp0.net
劉禅がダメ君主で宦官黄コクに入れ知恵されてるのを知りながら
どうして諸葛亮は陛下をおいさめしておいてくれ、と文官に頼んだのか
あれだけなにからなにまで自分が自分が、と他人に任せることをしない諸葛亮なのに。
要するに人使うの下手くそか

308:名無しさん@お腹いっぱい。
15/03/11 07:08:19.84 Vt1B8bvTO.net
どこからつっこめばいいのかな

309:名無しさん@お腹いっぱい。
15/07/03 07:16:29.30 I98gereu0.net
まとめると諸葛亮はなんでも自分でやろうとして追いつかなくなった人材の運用が下手な奴だったということだね

310:名無しさん@お腹いっぱい。
15/07/03 23:57:47.70 BoU1Xz8V0.net
>>309
マルチすんなよクズ

311:名無しさん@お腹いっぱい。
15/07/04 02:10:31.98 dPFi+6K20.net
だからさ、これをマルチとかいうのはバカ丸出しだろう
これだから諸葛亮ファンはw
まだギエンガーとか言うのかww

312:名無しさん@お腹いっぱい。
15/07/04 04:42:21.73 M6lTsq0q0.net
エルチすんなよラグ

313:名無しさん@お腹いっぱい。
15/07/04 14:11:44.56 MdZpa6Oy0.net
マルチがどうのは別にしてもバカがまとめるとなんて言い出すからおかしくなる

314:名無しさん@お腹いっぱい。
15/07/04 15:52:32.18 UgJseoJr0.net
なら、そこを言えばいいのに
マルチマルチとさわぐバカ

315:名無しさん@お腹いっぱい。
16/02/29 05:27:39.18 cA/7Ut6u0.net
諸葛亮は勝ったら自分の手柄
負けたら馬謖よろしく部下のヘマ
ただそれだけの話

316:名無しさん@お腹いっぱい。
16/03/15 14:43:12.36 rVhMwbuyO.net
孔明は5000人の暗殺部隊を鍛錬して曹一族と孫一族を倒せば天下取り可能

317:名無しさん@お腹いっぱい。
16/08/04 17:57:15.12 dwRDUwcY0.net
【助けて】
うぎぁぁああ!!IKEAで買ったテーブルがいきなり破裂した!
夜中にドーンって音がして見たらガラスバキバキで破片が4m以上飛んで……重いもの載せてないし熱い冷たいもない
これってどうしたらいいの?IKEA対応事例?
URLリンク(twitter.com)

実は、非常に奇異な点があるのだ。それは、区によって、「票があるところ」と「まったくゼロな区」があるのだ。三宅洋平の得票では、
豊島区ではなんとゼロ票 
中央区ではゼロ票。
江東区ではゼロ票、
荒川区ではゼロ票 
足立区ではゼロ票 
通常、こんなことは考えられない。

慶応の学生です。大学の教授が今回の選挙についておかしい部分が多いとツイートしています。
500の束のバーコードを他者に振り替えていると考えられると言っています。
例として幸福実現党は都内に信者がある程度いるはずなのに、3区以外はすべて0票。犬丸氏も同じだったと言います。
また、娘さんが練馬区で三宅氏に投票、他知り合いが3人も入れたのに、0票。 池袋、渋谷で0票もおかしいと書いています。
明らかにム サシの機械での操作があった可能性が高いと書かれています。

318:名無しさん@お腹いっぱい。
16/08/05 19:18:52.10 6UAtkhi/0.net
これから巻き返して行こう

     /⌒ヽ
    / ^ ω^j、姜維
 _, ‐'´  \  / `ー、_
/ ' ̄`Y´ ̄`Y´ ̄`レ⌒ヽ   
{ 、  ノ、    |  _,,ム,_ ノl  
'い ヾ`ー;'´ ̄__っ八 ノ
\ヽ、   ー / ー  〉
\ \`ヽ-‐'´ ̄`冖ー-く
|| \ \         \     ∧_∧
||   \ \         \  ( ´Д`) 
||    \ \         \ /     ヽ
||      \ \         / |  | | 黄皓
||       \ \∧_∧ (⌒\|__/ /
          ヽ(     )朕は降伏する    ∧_∧   てめーの指図は受けねえ
           /   く          \  (    ) 
           |     \           \/    ヽ
     劉禅  |    |ヽ、二⌒)       / |   |  魏延

319:名無しさん@お腹いっぱい。
18/04/18 05:00:33.82 CO0jtoQf0.net
賀正(2年分)

320:名無しさん@お腹いっぱい。
18/05/20 20:54:59.62 MjW05FHo0.net
北伐で孔明が司馬懿を火攻めにした時雨が降りだし伐ち逃がしたというのは史実なんすか?

321:名無しさん@お腹いっぱい。
18/06/24 16:52:45.09 BvJpF+QL0.net
>>320
それにしてもおかしい
孔明は天文に通じていていつ雨が降るか分かっていたはずではないのか

322:名無しさん@お腹いっぱい。
18/09/01 16:27:20.61 rzoIluIU0.net
疑問に思うんだが
諸葛亮の戦闘力は呂布程度の可能性があるよね
戦争に関してかなり詳しいから武術くらいはやってないのが不思議なんだよね
それに赤壁で周瑜に命を狙われてるのに
計画的に逃げてるし
まるで、自分の能力を隠す様にね

323:名無しさん@お腹いっぱい。
18/09/01 16:27:59.73 rzoIluIU0.net
疑問に思うんだが
諸葛亮の戦闘力は呂布程度の可能性があるよね
戦争に関してかなり詳しいから武術くらいはやってないのが不思議なんだよね
それに赤壁で周瑜に命を狙われてるのに
計画的に逃げてるし
まるで、自分の能力を隠す様にね

324:名無しさん@お腹いっぱい。
18/09/01 16:28:02.60 rzoIluIU0.net
疑問に思うんだが
諸葛亮の戦闘力は呂布程度の可能性があるよね
戦争に関してかなり詳しいから武術くらいはやってないのが不思議なんだよね
それに赤壁で周瑜に命を狙われてるのに
計画的に逃げてるし
まるで、自分の能力を隠す様にね

325:名無しさん@お腹いっぱい。
18/09/12 00:53:40.98 6baHzjEo0.net
諸葛亮は身長高かったらしいな 農耕もやってたみたいだし 意外と筋肉質だったかも?

326:名無しさん@お腹いっぱい。
18/10/23 01:56:40.79 S9OIoiTc0.net
関羽を相撲で転がしてるのが孔明

327:名無しさん@お腹いっぱい。
18/10/23 12:05:03.67 C+D3CWsXO.net
>>326
張飛「池の魚がデカくなってませんか?」
劉備「地鎮じゃと。四股を踏む事で地鎮をして邪気が散るので、生き物は安心して成長するから大きくなるのは当然じゃ、とな。」
張飛「あの体勢を長時間も…四股を正しくするだけで体力を使うのに」
劉備「五体に気力が充実するまで待っておる」
諸葛亮は万を持して気力の全てを大地に叩き込む。ゆらゆら揺れる新野城。
張飛「へぇ。」

328:名無しさん@お腹いっぱい。
19/02/16 14:51:53.74 Jmjb30yUO.net
すごく人間離れした描写が多いのに洛陽は無理だとしても長安が落とせなかったのは子供心に不思議だった。

329:名無しさん@お腹いっぱい。
19/04/29 15:28:15.88 R70ECGvw0.net
山本伸一の一行は、中州賓館に一泊することになり、宿舎に移った。
 突然の訪問にもかかわらず、中国人民対外友好協会の河南省分会の関係者が、熱烈歓迎
してくれた。
 夜には、食事を共にしながら、歓談のひとときがもたれた。
 伸一は、河南省分会の責任者に言った。
「雷雲のために、憧れの鄭州に泊まることができ、こうして新しい中国の友人と出会えま
した。雷雲に心からお礼を言わなければなりません」
 笑いが広がった。
 鄭州の人びととの、せっかくの出会いである。伸一は、この機会に、未来にわたる強い
友誼の絆を結ぼうと思った。
 それには胸襟を開き、どこまでも誠実と情熱を尽くし、魂と魂の触れ合う対話をするこ
とだ。
 語らいは弾み、河南省の文化や歴史について話に花が咲いた。そして、三国時代には、
中原は魏の国の曹操が制していたことから、話題は「三国志」に移っていった。
 伸一は語った。
「私の恩師である、創価学会の二代会長・戸田城聖先生は、『三国志』などを青年に読ま
せ、指導者論や人間学などを講義してくださった。
 その先生がお好きであったのが、蜀漢の名宰相・諸葛亮孔明の晩年をうたった、『星落
秋風五丈原』の歌でした。
 これは、日本を代表する詩人である土井晩翠の詩です。
 今日は訪中団の青年たちが、皆さんにこの歌を披露いたします」
 拍手が起こった。
 同行の青年たちが、立ち上がって歌い始めた。

330:名無しさん@お腹いっぱい。
19/10/21 00:14:09 rPIedLx50.net
諸葛亮についてしってることwwxwwxwwxwwxwwxwwxwwxwwxwwxwwxwxwx
スレリンク(poverty板)

331:名無しさん@お腹いっぱい。
19/10/21 07:46:57.04 AAi2zG5Z0.net
>>325
ハルク・ホーガンみたいな体型だったらイヤだなあw

332:名無しさん@お腹いっぱい。
19/10/24 09:08:04 iZ8wczzW0.net
足手まといどもが居なければ・・・
孔明単身だったら魏を滅ぼせたのに

333:名無しさん@お腹いっぱい。
19/12/24 23:09:07 ZCWKKTV10.net
孔明「屯田しながら北伐くるちいお…」魏延「アホくさ…そんな事してたら国力の差が開くだけやろ!俺に長安急襲させーや」
スレリンク(poverty板)

334:名無しさん@お腹いっぱい。
19/12/25 06:15:15.23 S2/3Zueh0.net
>>333
>魏延「アホくさ…そんな事してたら国力の差が開くだけやろ!俺に長安急襲させーや」

中国の軍事専門家は
「成功する確率は50パーセント」
と言っている。
司馬懿も持久戦より短期決戦を嫌がっていたから、
魏延の強硬策は意外と悪くなかったのではないかな?

335:名無しさん@お腹いっぱい。
19/12/25 06:20:18.24 S2/3Zueh0.net
47 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (中止WW d712-5ADh)[]
投稿日:2019/12/24(火) 23:53:04.38 ID:uEENkLOi0EVE
ホウ;統士元が健在で北伐担当してたら長安直撃採用してたろうって言われる

              ↑

ホウトウは蜀侵攻の時にも
「成都への強行軍」
を上策としているから、おそらくそうだろう。

336:名無しさん@お腹いっぱい。
19/12/25 06:23:13.15 S2/3Zueh0.net
26 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (中止 9fde-vyMa)[sage]
投稿日:2019/12/24(火) 21:21:03.93 ID:ypV4X7xm0EVE
むしろネパールあたりに引き籠って100年くらい耐えようぜ

             ↑
          これはこれで面白いw 

337:名無しさん@お腹いっぱい。
19/12/25 23:35:46 Y3tg1fP60.net
長安奇襲は一度は成功しても維持するのが無理やろ

338:名無しさん@お腹いっぱい。
20/01/18 21:36:11.88 AQl6v1ad0.net
はっきり言って危険は大きいけど劉邦の時みたいに
それぐらいやらなきゃ勝つ可能性はない
安全にやれば魏も防備を固めるし守られたら落とせない

339:名無しさん@お腹いっぱい。
20/01/20 00:19:34 lnGdo8A40.net
劉邦が成功したのは項羽が斉の反乱の方に行ってたというのが大きい
魏は即、蜀の動きに対応してたからな

340:名無しさん@お腹いっぱい。
20/01/23 20:57:47 fblI+d1G0.net
魏には敵が職と語しかいないから、、、
楚はあちこち敵だったし

341:名無しさん@お腹いっぱい。
20/01/23 23:54:24 64FbJMSY0.net
というよりも四川と江南を除いて魏が全土を領有してるのに対して、
項羽は18諸侯に分封してる時点で全く違う

蜀が北上すれば直ぐに広大な魏領に進出するのに較べて、劉邦が侵攻した地は
個々がいうなれば独立した三秦
項羽の楚ははるか東方にあって国力も情報の伝達の速度や確実性も魏に大きく劣る
劉邦が成功した前例があるといっても殆ど比較材料にならん

342:名無しさん@お腹いっぱい。
20/01/24 21:25:57 aZYkj8720.net
五割の成功率じゃやらんだろ
五割の確率で日本を滅せるなら命でも捧げるけどさ
十八王はどれも弱いからな
項羽は斉すら滅せない
古代といい呉は斉にこだわるのか

343:名無しさん@お腹いっぱい。
20/01/29 21:09:21 ftT/BwJl0.net
やらんな

344:名無しさん@お腹いっぱい。
20/01/29 21:15:01 ftT/BwJl0.net
成功しても馬超止まり

345:名無しさん@お腹いっぱい。
20/01/30 20:16:00 mjFkpB9M0.net
危険

346:名無しさん@お腹いっぱい。
20/02/09 09:12:43.05 klLD9W+Q0.net
権威で言うとこんな順番でいいの?
 大将軍
 驃騎将軍
 車騎将軍
 衛将軍
 (征○大将軍)
 (鎮○大将軍)
 前将軍
 左将軍
 右将軍
 後将軍
 征○将軍
 鎮○将軍
 平○将軍
 安○将軍
 雑号将軍
 偏将軍

347:名無しさん@お腹いっぱい。
20/02/21 21:37:35 UxYmIMmk0.net
前後左右の順番だと思うけど

348:名無しさん@お腹いっぱい。
20/02/25 12:39:22 +2wZz92A0.net
宇宙大将軍はどの辺なの?

349:名無しさん@お腹いっぱい。
20/02/26 20:29:58.44 WVeOcMY50.net
>>348
大将軍の遥か上に決まってる。
類似品に鎮国公総督軍務威武大将軍総兵官なんて、高いんだか低いんだか職位の高低グッチャグチャなよくわからんのが後世に出てきたけど
でも宇宙のデッカさにゃあ勝てねぇさ。

350:名無しさん@お腹いっぱい。
20/03/13 20:06:55 U+0N2g7g0.net
>>349
前後左右将軍の偉い順番は?

351:名無しさん@お腹いっぱい。
20/03/18 19:50:27 JiEhZsD40.net
悪魔将軍はどの辺?

352:名無しさん@お腹いっぱい。
21/01/31 17:18:47.78 8SCN7GcO0.net
浸透襲撃って人のYouTubeが好き
最新作からは第二次北伐

353:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/01 05:00:00.39 xbrkoZOX0.net
浸透襲撃さんとかはどうも少し日本を美化したり軍人寄りの考えだけど
動画はよく見ています

354:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/01 22:14:55.00 sEAOF/FI0.net
美化してるかな?
自分はゲームでしか知らないニワカだから、浸透襲撃さんの動画凄くワクワクして見てる
当たり前だけど、国家戦略・軍事行動って深いなぁーと面白く見てる
第二次北伐シリーズも今後も楽しみ

355:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/02 06:17:46.81 xWofwx1m0.net
>>354
何か多少マイルドだけど戦前の日本軍人の考えに近い気がする
蜀の荊州領有のように
日本の満洲領有のように
論理的に考えれば必要で重要な場所であっても
そこを領有することによるマイナス点
呉が納得しなく戦争になってそこを失い大損害
アメリカが納得しなく戦争になってそこを失い大損害
それを無視していると思う
それと正攻法でまともに戦争をするなら正論ではあっても
場合によっては外交官特権で小型核爆弾を持ち込むとか
税関を突破する必要もなく空港で爆発させるとかってのもある
アメリカも軍事的には正しいことをやっても
結局憎悪を駆り立ててテロリストを増やしている
日本だって刑罰で脅して愛国心を口にしていても国を憎む者が増やして、、、

356:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/02 06:19:33.61 xWofwx1m0.net
長安を取っても維持できなくても
ショウカンがカンタンを破壊したように長安を破壊して復興困難にするだけでも
打撃はある
非難はあっても、住民をギャクサツしなかったと美化することも可能

357:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/02 06:23:14.09 xWofwx1m0.net
動画は面白いと思うよ
当時は情報が十分に入らないのと伝達速度も遅い
それと騙されたのを馬鹿にしても
現実にも今も似たようなことで騙されるのは多い
作戦だと後付けで知っているのでないと、偽投降かどうかの区別はできない
それと当時の社会と人間をまともな人間や社会だと考えてはいけない
今もだけど嘘を言うのなんか普通、資料に書かれた記録も怪しい

358:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/02 06:29:33.57 xWofwx1m0.net
ウキンの兵士をハンジョウに送って兵糧をみたいなのも
実際に短期決戦やられたり、兵士を見捨てるもしくは別の所に行かせるとか

359:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/06 19:10:54.29 EdPYTeaH0.net
関羽の娘の嫁入りも孫権は妹を劉備から戻らせたりこんなのと縁組したくないでしょ

360:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/07 23:54:10.59 2SpJjEWS0.net
馬謖って登山するときの傲慢なふるまいとか
敵前逃亡するような外道ぶりと
いざ処刑されるときの潔い振る舞いのギャップが凄くて戸惑う
処刑すると決めた諸葛亮に感謝の言葉すら述べているし
斬らなきゃ反省して大人物に成長したのではと思ってしまう

361:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/08 06:35:30.98 YiKYX2yz0.net
>>360
あれがなければ、馬謖が後継者
初陣?で上手くいかなかったけど経験を積ませれば
あるいは参謀や支援に徹すれば良かったんだろうね

362:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/22 07:06:58.32 BcdSnasF0.net
>>360
わざと悪く残されてるんだと思う
馬謖自身が孔明に自分の処刑を訴えたらしいし
馬謖が生きていれば楊儀も魏延も後継者争いをしなかっただろう

363:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/25 13:26:39.53 RJpeLxEs0.net
良く知らなかったけど孔明の息子って馬謖より断然酷いな
親父から北伐を託された姜維を黄皓と結託して左遷した挙句
防衛戦で無能丸出しの指揮とって蜀滅亡させるとかw
こんなん劉禅以下の評価だろ

364:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/25 23:10:35.94 iQvysX100.net
>>363
史実の姜維は諸葛亮から北伐を託されてなんかいないぞ
諸葛亮が後を託したのはショウエン・費イの二人
後、姜維は戦果を大きな挙げる事ができないのに軍権を離さず戦い続けたので国内が疲弊し
そのせいで姜維は国内の支持を失っていたので左遷しようとしたのは当時の世論に沿った行動だった
それと姜維は結局、左遷されてない

365:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/26 08:53:09.81 CvgQEI390.net
>諸葛亮が後を託したのはショウエン・費イの二人
これ厳密には前者だけよ

366:名無しさん@お腹いっぱい。
21/02/26 22:53:16.27 d3E4z0JI0.net
本来は馬謖が孔明の後継者だった

367:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/01 16:06:00.09 9wYeVMGs0.net
馬謖はそろそろ再評価されてもいいころだな

368:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/03 10:04:38.99 4XiE7A0q0.net
五丈原で諸葛亮が長生きしてたら戦いはどうなってたろう?
結局兵糧不足で撤退して、翌年以降も北伐継続?
魏軍も勅令で抑えたとはいえ諸将の不満も溜まっていたから、長引くようなら一度ぐらい決戦してた?

369:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/03 18:54:53.16 UE+uLoIU0.net
>>368
いや、孔明の死後に国力ボロボロになっているから無理だと思う
城や砦に完全に籠られると力攻めじゃ落とせない
魏は後方支援含めて二十万の兵がいたから勝つのは無理だと思う
それ以前に、魏が推定していた蜀の総兵力は九万
国内に一定数置かなければならないから遠征軍は最大五万程度のはずなのに
十万の軍で攻めているからかなり無理をしている

370:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/04 13:36:43.04 C3HcypF20.net
第一次二次でもう無理ってくらい力を出し切ってたのによく続いたよ

371:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/04 21:29:58.01 az+LP+qb0.net
>>370
陳倉の戦いでも攻城兵器持ち込んだり
最後の北伐は司馬昭が推定していた蜀の最大動員兵力の二倍の軍(10万)とか
色々とおかしい

372:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/04 21:35:17.45 G9NZcmTW0.net
数などあてにならない

373:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/04 23:43:41.65 oDfQ+7NR0.net
234年に北伐を決行した理由は、これ以上は魏との国力差が開きすぎると焦った?
実は出陣前に諸葛亮が体調を崩していて死ぬ前に漢室復興を為したかった?(武田信玄みたいに)
蜀漢の存在意義が漢室復興なので、結果如何に拘わらず出兵する必要があった?

374:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/05 01:34:07.90 ozVrKFaa0.net
>>370
二次は三次のための伏線みたいな感じがするしそこまで無理してる感じがしないな
四次は魏軍と数度にわたって局地戦をする事となり割と無理してるように感じるが

375:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/05 07:23:31.59 Vx4waIO60.net
>>369
>>368
五丈原に行って持久戦にしたのが間違いで
もう一つのルートを選んで短期決戦に持ち込めば勝敗は五分五分だった。
司馬もこっちを警戒していた。

376:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/05 16:56:37.69 1+yiGJIi0.net
一次が駄目だった時点で終わりだったのよね

377:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/06 06:45:50.22 LgvNet7u0.net
>>375
あなたの口座のお金を全部FXに注ぎ込んで勝てばいいってのと同じような意味だよ
できる?

378:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/06 06:47:23.61 LgvNet7u0.net
>>376
八王の乱みたいなのが起きた時にどさくさに紛れてやればいい
他が弱体化すれば30年戦争後のプロイセンみたいに相対的に強国になれたりする

379:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/06 09:17:29.15 LgvNet7u0.net
>>363
東大法学部卒の法曹や官僚が恐ろしいぐらい無能なようなもの
自白なんて拷問や脅迫で無理矢理言わせているだけ

380:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/07 16:12:40.81 W0Dq2HG50.net
事後孔明ってレスほしいの?

381:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/08 04:25:42.20 BWD102zx0.net
>>366
仮に馬謖が諸葛亮死後も生存したとしたら官位はどうなってた?
ショウエンよりも先に大将軍になってた?
それとも内政がショウエン、軍事が馬謖の二頭体制とか?

382:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/08 09:35:37.54 K/EUT/XQ0.net
諸葛恪のように一時権勢を握るけど粛清されてたんじゃね

383:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/08 19:53:27.11 rkBdQ0/V0.net
>>381
確実に孔明の後継者になっていたから
ショウエンの官位をそのままに思えばいいと思う
ただし、ショウエンのように失脚するかもしれないけど
長生きすれば意外といけるかも
リョウカでさえ車騎将軍になれたし

384:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/08 20:56:04.69 oV0wUAee0.net
>>383
> ただし、ショウエンのように失脚するかもしれないけど
失脚したっけ?

385:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/09 00:38:27.26 Ahq3Iqdq0.net
浸透襲撃さんが新作投稿してる

386:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/09 22:05:21.05 SEnocOMJ0.net
>>384
軍事活動を起こせなくされたのと
ヒイもロクショウショジになって独裁的な権限がなくなった
病気のためってことになってるjけど

387:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/10 14:47:43.19 UYSdXyKt0.net
ヒイも内心では諸葛亮時代の頃から北伐に反対だったのかな?
姜維時代の張翼みたいに決まったからには全力で協力するタイプみたいな。

388:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/13 12:40:33.16 /md2uC3U0.net
>>387
死ぬ直前でも基本反対だけどはっきり言うとまずいから明言は避けたりしていた
それでのらりくらりと交わすからキレて暗殺された説も、、、
最も利益の大きいものが犯人なら、彼の死で一番得したのは、、、

389:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/16 17:15:39.20 LTTH22kS0.net
>>381
現実の歴史を考えれば
尚書令、益州刺史から将軍号を進めていって
大将軍録尚書事領益州刺史として、その内大司馬に昇格して
魏とか滅ぼせたら丞相を超えた功績とかで丞相になれたかもしれない

390:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/16 18:25:44.12 0GD6T9J90.net
諸葛亮って曹真おびき寄せたり二次は三次の陽動作戦って言われてるしどのあたりが臨機応変苦手かわからないんだけど

391:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/17 20:02:42.87 Ls99ZzzU0.net
>>390
事前に戦略を立案するのは得意だが
膠着状態になったり不利な状況になった時に逆転するのは不得意なので
そういう意味では応変の才に欠けるっていうのは正しいと思うんだよな

392:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/18 07:17:47.80 wShMJ5wJ0.net
>>391
> 膠着状態になったり不利な状況になった時に逆転する
この時代にこれができた人は誰かいたっけ?

393:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/18 22:43:22.35 wuJ5myPo0.net
>>392
曹操、劉備、陸遜など

394:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 01:13:55.30 aF/cRhZ10.net
>>393
劉備ってそんな時あったっけ?
馬謖がやらかす前まで3群寝返らせて四次は司馬懿を子供扱いしてる諸葛亮凄い
しかも遠征で疲れてる少ない蜀兵で

395:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 01:36:23.84 nYhLx6/+0.net
>>394
漢中で夏侯淵と戦ってる時に膠着状態になってる
むしろ分隊が敗走したりと不利な状態かもしれない
そこから張コウに攻撃しかけて夏侯淵が張コウに兵を分ける状況を作って
逆転勝利してる

396:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 04:35:31.45 aF/cRhZ10.net
諸葛亮じゃなく劉備+法正のほうが北伐は上手くいったのかな
郭嘉に法正は匹敵するらしいし

397:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 15:32:46.28 ZvfJKJMQ0.net
法正と黄権以外に戦略対応可能なのいなかったっぽい
別動隊を率いさせるべき張飛は部下いじめから暗殺だったし

398:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 17:42:55.81 aF/cRhZ10.net
五丈原で死ななきゃまだ活躍できたかもな
まともに統率したことないのにドンドン戦上手になっていったし

399:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 17:52:19.33 nBjpmzYl0.net
誰しも死ななきゃ活躍は続くだろう

400:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 19:35:06.69 ZvfJKJMQ0.net
>>398
20年長く生きても魏を打ち破るのは無理だったと思う
おまけに姜維とかも出世しなくて孔明死後の混乱も酷くなったかと

401:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 20:47:07.41 aF/cRhZ10.net
>>399
伸びしろがあるって意味、曹操以上の傑物だろ
政治や外交は曹操より諸葛亮のほうが得手だし

402:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 21:11:06.08 EQNPHRjd0.net
北伐続けてもやめてもいいこと無い
孔明はいい時に死んだ

403:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 21:43:40.15 ZvfJKJMQ0.net
というか蜀と魏で主力の武力衝突ほとんどなくて
数ヶ月行って帰ってきただけでその後国力ボロボロになってるんだよな
人口90万の国で10万の遠征軍出すってのが無茶なんだよな
孔明の最後の北伐は以上に力を入れて無理してるからやはり寿命分かっていたのかな

404:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 23:34:26.22 3xa1d3Sk0.net
>>403
ひどいやつだな諸葛亮

405:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/19 23:43:57.02 21gJB+IR0.net
迷惑やろうだねw

406:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 00:05:26.11 CaLsuDIB0.net
>>402
ていうか北伐してなかったらこんな評価されてないだろ
超一流の内政家で終わってる

407:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 06:54:51.51 RU5kLpJ90.net
>>403
そんなやり逃げみたいなことはやらないだろ
やらないよね

408:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 07:32:55.80 Zn4bnDhG0.net
引き際は考えていたと思う多分きっと
本人の見立てより早く死んだんだと思うよ

409:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 10:21:47.79 CaLsuDIB0.net
>>393
劉備が遠征で疲労してる蜀兵で曹真・司馬懿相手にあそこまで戦えるかな

410:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 15:12:07.05 n1Adw/BC0.net
北伐関係なしで一流の内政家?
一流の功績あった?

411:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 18:43:15.90 CaLsuDIB0.net
>>410
むしろ本文は内政じゃないの?
遠征しまくりで反乱おきないしボロボロの蜀を立て直してるし

412:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 19:10:49.92 RU5kLpJ90.net
誰と比べて
どんなことをやって
それは歴史でどれくらい重要?
超一流で同レベルはどんな人物?

413:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 21:59:17.73 pr8wTG1t0.net
>>412
陳寿曰く管仲、蕭何に匹敵する

414:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 22:37:27.52 CaLsuDIB0.net
>>413
名将十哲に入っている時点で
管仲らより評価高い

415:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/20 22:55:38.59 pr8wTG1t0.net
>>414
それは将軍としての評価であり
413は内政家としての評価を聞いてるような気がするが?

416:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/21 13:38:47.87 iGvhAyDp0.net
>>415
劉備「曹丕の10倍」
司馬懿「天下の奇才」
陳寿「管仲、簫可に匹敵」
司馬徽「得れば天下を狙える」
諸葛亮「管仲、楽毅に比する」
これが自他の評価

417:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/21 14:10:25.92 iGvhAyDp0.net
内政 屯田 蜀科の制定
戦略 呉との同盟 天下三分の計
遠征 益州攻略 反乱鎮圧 北伐
文化 出師の評
発明 雲梯 連弩 木牛流馬 饅頭

418:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/21 20:47:21.39 DJU3OF3c0.net
北伐の時の政治手腕を評価されていると思っていたから
>>406の言わんとすることがわからない
どのような内政の実績があり北伐なしだと超一流の内政家なのか

419:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/22 09:35:28.50 A6PuodhN0.net
>>418
今の世間を見ていると、絶対に不可能なことで分かりやすいことしないと評価しないんでね
コロナを抑えて、景気を回復させてをやらないと駄目みたいなこと言う人いるし
コロナ患者を諸外国より抑えて、景気の悪化をGDPマイナス50%に抑えても駄目

420:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/22 11:42:36.22 A6PuodhN0.net
炎興元年、季漢の皇帝劉禅は、成都に迫った魏将鄧艾に対して降伏した。
後主伝注に引く王隠蜀記によると、その降伏の際、尚書郎の李虎が士民簿を提出しており、そこには以下のように書かれている。
項目 内容
戸数 28万戸
人口 94万人
兵数 10万2千人
吏数 4万人
米 40余万斛(約850万リットル)
金銀 各2千斤(各440kg)
錦綺綵絹 各20万匹(各44万平方メートル)
その他の物資 上記と同程度

421:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/22 12:08:51.54 nq7YM0BQ0.net
>>417
こう見ると実績凄い
曹操と並び称されるだけはある

422:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/22 21:44:45.58 xgFtqpMC0.net
>>419
意味不明
不可能なものは実績にはできない
実績になった時点でそれは不可能ではない

423:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/23 15:50:02.68 D9EF8p3v0.net
>>422
絶対に実現不可能なことをやれないから無能扱いする世間ってこと

424:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/23 21:02:57.31 uAXF+dCd0.net
無能扱いの話ではなく
超一流の内政実績(北伐抜き)を聞いているのでは?

425:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/23 21:07:59.91 D9EF8p3v0.net
>>424
記録がなくて分からないけど内政の問題は言われてないからねえ
何より内政で国力を充実させないと遠征軍は出せないでしょうし

426:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/23 21:46:06.55 swkTTwQD0.net
わからないって好きに想像できていいね

427:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/24 10:58:39.20 55j3rGSf0.net
>>426
ただ姜維を考えると、彼よりはうまく内政をやれていたと思う
もっとも姜維は都に帰れないありさまだったけど

428:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/24 13:46:34.50 TMxWdUJo0.net
>>416
管仲には匹敵したけど楽毅ほどの軍才はなかった

429:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/24 15:28:24.18 55j3rGSf0.net
>>422
この世で最も優秀で最も人望と権限がある者でもできないってこと
パラレルワールドじゃないけど数千兆の異世界があっても
そのどれでもできないような最初から無理なことをやらないから駄目だって言う世間の人達
コロナをゼロにして日本の経済を復活させ犯罪をなくすぐらいの無茶苦茶なこと言うから

430:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/24 15:30:34.10 55j3rGSf0.net
>>422
数万の兵で魏軍を破り、涼州・雍州を取り、長安を落とし
人民の支持を集め、魏賊を降伏させ、漢皇帝を洛陽に迎え、天下を太平にする
↑これができないから無能だとか言っている人間がいるってこと

431:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/24 15:31:55.37 55j3rGSf0.net
>>422
豚が空を飛ぶ方がまだ可能性が高い

432:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/24 22:48:21.49 NrRtOe3E0.net
諸葛亮の北伐は曹丕が生きていたら決行されない?
孟達は裏切らないだろうし。

433:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/25 21:12:13.86 STwH3xkh0.net
>>429
無理なことがどうとかはどうでもいいけど
北伐と関係ない内政の実績で超一流のものを教えて

434:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/26 19:49:22.71 F5i5yY+C0.net
>>432
それでもやるだろうね、やらない選択肢はないから
>>433
反乱を起こさせなかったとか、あれだけの軍事行動を起こせるぐらい国力を高めたとか
日本で言えば、兵士1300万以上、公務員500万人以上みたいな異常なことやってるから

435:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/26 19:55:09.52 F5i5yY+C0.net
>>433
諸葛亮は丞相、録尚書事、益州牧を兼ねているから
国政のトップであり、内廷のトップで法案の拒否権・議決権を持ち
蜀の支配領域は益州のみであるから、国家の全地方自治体のトップということになる
地方政治のトップでもあるから、国家公務員と地方公務員の人事権を握っている
軍事・内政・外交・司法・立法の全ての権力を握った最高権力者
周囲の目や評判のためにできないことや自分を形式的な降格をすることはあっても
蜀の最高権力者であり、全ての決定権がある独裁者である
なお、戦地にいてもショウエンを通して内政もやっていて
刑罰も20叩き以上、つまりほとんどの裁判は自分でやっている有様

436:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/27 23:50:25.58 GwHlKPDk0.net
>>432
孟達が誅殺されても北伐したじゃん

437:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/28 08:18:14.05 hGBxoEzS0.net
詳細情報がないと妄想が捗る

438:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/30 11:15:34.16 GYDMR3LG0.net
>>436
それでもするしかないからね
司馬懿がいなくなるまでなんて待てないし

439:名無しさん@お腹いっぱい。
21/03/30 20:32:02.20 XhQmK9VS0.net
孟達戦は援軍の向かう先が変

440:名無しさん@お腹いっぱい。
21/04/05 20:54:39.87 yqMbzL9N0.net
孟達討伐は大袈裟に書かれてそう

441:名無しさん@お腹いっぱい。
21/04/06 08:25:35.15 wW+Aw2La0.net
実は諸葛亮の権限は董卓と同様
相国と丞相で名称が違うだけ

442:名無しさん@お腹いっぱい。
21/04/24 15:52:37.52 M/UoE4KZ0.net
諸葛亮の死後の季漢の指導体制
尚書令 蒋琬
尚書僕射 李福
尚書 馬斉 姚伷 楊戯
右監軍 姜維
中典軍 胡済
前領軍 張翼
督漢中 車騎将軍 呉壱
後典軍 王平
中軍師 楊儀
前軍師 鄧芝
後軍師 費禕

443:名無しさん@お腹いっぱい。
21/04/24 17:21:14.05 h3qAM1eT0.net
董允は?

444:名無しさん@お腹いっぱい。
21/04/24 19:26:58.24 M/UoE4KZ0.net
>>443
侍中・虎賁中郎将

445:名無しさん@お腹いっぱい。
21/04/25 16:10:57.37 3b5fOTHJ0.net
>>444
官職変わっていないみたい

446:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/09 09:48:56.29 L8CaJ0pR0.net
孔明は劉邦処刑がなあ

447:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/09 13:34:00.05 FOwpXR1e0.net
諸葛亮や姜維は降格した後も軍権を握り続けていたけど、他に降格した後も軍権を握っていた人物って他にいる?

448:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/09 20:37:47.84 L8CaJ0pR0.net
>>447
形式的な将軍号が下がっただけで軍を率いる権限は変わっていないよ
姜維は後将軍・行大将軍事で大将軍のことをやるって官職?か権限持っていたし

449:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/09 20:38:57.74 L8CaJ0pR0.net
そう言えば、曹操が大将軍から司空・車騎将軍に官職落としたり
司馬懿が大将軍から太尉に官職を落としている?ね

450:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/09 23:19:08.42 L8CaJ0pR0.net
>>447
形式的に責任を取るために降格するのはあるんじゃないかな
嫌な奴を左遷するために形式的に栄転させるのは曹操や王陵や司馬懿の例があるし

451:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/13 02:59:22.68 bHd/x+wS0.net
>>411
214年??月~214年??月 (山賊)(巴郡)
218年??月~218年??月 馬秦・高勝(秭帰郡盗賊)
218年??月~218年??月 高定(越巂郡蛮族)
220年??月~220年??月 孟達(宜都郡太守)
220年??月~220年??月 申耽(上庸郡太守・征北将軍)
220年??月~220年??月 申儀(西城郡太守・建信将軍)
222年12月~223年03月 黄元(漢嘉郡太守)
223年??月~225年03月 雍闓(益州郡豪族)
223年??月~225年03月 朱褒(牂牁郡太守)
223年??月~225年03月 高定(越巂郡蛮族)
223年??月~225年09月 孟獲(建寧郡豪族)
225年??月~22?年??月 (南蛮族)(雲南郡他)
226年??月~229年??月 (南蛮族)(建寧郡他)
227年??月~227年??月 張募(広漢郡山賊)
231年??月~231年??月 (羌族)(汶山郡)
233年??月~233年??月 劉冑(南夷豪帥)
233年??月~233年??月 (獠族)(牂牁郡)
劉備が益州陥落させてから諸葛亮死亡まで
蜀で確認されるだけでこれだけ反乱造反起きてる
遠征しまくりで反乱おきない というのは正しいとはいえない

452:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/13 08:30:07.09 eHw4X1MR0.net
遠征中(北伐中)なら、228年以降の3件では反乱はほぼ異民族のみかな
劉冑については詳細全く不明だからなんとも言えん

453:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/14 04:33:44.66 ufj3mzj40.net
>>451
北伐中では最後の3つだけじゃん、よく調べたな

454:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 01:54:22.55 cKojZBr50.net
申耽申儀とか雍闓朱褒高定とか一つにまとめていいだろ
やはり反乱少ないな

455:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 03:24:56.45 3Dblpuaq0.net
基本、異民族の反乱の方が多いけど
そこは魏も呉も変わらんな
魏は漢民族による反乱も多いが

456:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 06:30:49.45 12DQSeKf0.net
何か蜀の兵士は異民族ばかりだってのを見たんだけど
素人のブログだけど
よそものの老人たちが将軍で、異民族が兵士で、地元民は軍にかかわらないとか

457:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 14:25:49.82 PI7kKFqM0.net
>>455
面白い事に劉備が漢中侵攻して関羽が襄樊攻めている後漢末に反乱多くて
献帝が文帝に禅譲して魏が成立すると反乱激減しているという…

458:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 14:28:40.74 PI7kKFqM0.net
>>452
南蛮族の反乱は北伐中まで続いている模様なので+1件
呂凱は諸葛亮が南征から帰ってすぐの南蛮族反乱で死亡

459:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 14:30:37.64 PI7kKFqM0.net
>>454
むしろ実質益州1州で20年弱でこれだけ反乱起きてるのは
反乱少ないとはいえないのでは

460:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 17:35:38.14 12DQSeKf0.net
多分、魏や呉も反乱多そう

461:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 17:41:40.11 CD2/kbwG0.net
>>460
魏や呉も反乱起きているが
例えば呉(揚州・荊州・交州)は益州の3倍反乱起きてて同程度だと考えると
そこまで反乱起きてないので益州の約20年で反乱十数件は多い
魏や呉なら毎年反乱起きてる計算だからな
魏や呉が反乱多いと主張するなら
自分で調べて書き出してみるのをお勧めしたい
これは自分で調べてみるのが一番理解出来る案件なので

462:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 18:16:22.49 5N7hnCIn0.net
益州って他の州より郡の数も多いし州一つだけなら人口も多いから
ただの州一国とは考えない方が良いと思うな

463:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 18:26:14.51 pSBOuh8U0.net
>>462
その意見もわかるが
よく魏と呉と蜀の比率が4:2:1と比定されるケースが多いので
国の規模として魏や呉の半分以下と考えると
反乱も半分以下と考えるのが普通では
しかし調べてみると魏や呉の反乱よりも多少少ない程度で
国の規模考えると少ないとはいえない

464:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 20:58:08.10 lK9h1jth0.net
まあ中原と違って異民族が結構な割合いた南蛮まで含めてるから多いのはあるだろうけどな

465:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/15 21:53:28.79 1Csd9cmj0.net
>>464
魏も領内に匈奴や鮮卑や烏桓や氐など
呉も領内に山越や武陵蛮や百越など
異民族だらけなのであまり条件は変わらない

466:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/16 08:44:16.59 2gS3cTRi0.net
異民族も記録とは違って結構文化的だって話もある
西周が滅びた時も犬ジュウは戦車を使っていたらしいし
恐らく周と異民族でたいして違わなく見えると思う

467:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/19 21:58:20.10 yfg5eHdF0.net
異民族で文化が違うだけで未開とは違うからな
胡服の話でも分かる通り

468:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/20 07:05:26.59 QrnDQ+Wu0.net
変な文字で野蛮な異民族扱いしているけど
何かたいして変わらないどころか説によっては中国よりも文明的だという話も
日本の遣隋使とかが都に行ってさも素晴らしいようなものを見せられても
都に行くまでに貧しい人達を大量に見ているから
さすが隋は凄いとは考えてくれなかったらしい

469:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/20 12:01:23.03 sa9vHh+C0.net
そんな記録あったか……?

470:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/20 18:47:27.32 QrnDQ+Wu0.net
>>469
どっかで聞いた怪しい話だけど

471:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/25 00:03:18.56 kiqhl0f00.net
北伐って、結局、司馬懿の権力強めただけ?

472:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/25 01:57:07.63 e38RphLW0.net
んー、なぜそう思うか書いてみて

473:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/25 07:58:24.65 pQzZHNiu0.net
司馬懿が権力を握る切っ掛けは曹爽の蜀攻めの失敗
もっと前ならば曹丕に気に入られて録尚書事になったから
曹爽は司馬懿側が司馬師の兵三千しかいなくて、皇帝がこちら側にいるのだから
勝つ見込みはあったし、駄目なら蜀に亡命すべきだった
その方が高位の官職はもらえ、実権はないだろうが金持ちとして暮らせた

474:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/25 08:59:43.95 QaAYSJeE0.net
せめて皇帝擁したまま許都に籠ったらどうなってたかは見てみたかった気はする

475:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/25 11:54:59.35 yf+NM1JI0.net
>>472
対北伐の大都督?として魏を守るという成果をあげた。戦争で成果をあげた奴の声はでかくなり、支持もされるし、誰も逆らえなくなっていくみたいな。あくまで想像です。

476:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/25 11:56:19.20 yf+NM1JI0.net
>>473
3000しかいなかったのか

477:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/25 13:11:13.92 e38RphLW0.net
>>475
演技レベルの話か
もう良いよ

478:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/25 14:33:27.45 pQzZHNiu0.net
>>476
首都を抑えるのにそれだけで十分みたい
逆に曹爽の身内は都に残っていなかったから兵ゼロなのかな

479:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/29 20:50:34.42 aMySBZG/0.net
司馬一族は魏の簒奪といい八王の乱といい政争好きな迷惑一族

480:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/30 14:34:26.62 /R+0ElK+0.net
晋って名前が悪いのかも
春秋の晋も同族を滅ぼしたり、途中から世継ぎ以外の公子は全員国外追放
そして、卿の嫡子を公族とした

481:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/30 19:34:12.23 /R+0ElK+0.net
しかし、魏がその研究を始めた時には、諸葛亮の作ったシステムは解体され、残骸しか残っていなかった。それを断絶させたのは姜維である。姜維の最大の罪は、蜀を滅ぼした事ではなく、諸葛亮の軍事制度を後世に残さなかった事である。

482:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/30 20:41:16.87 /R+0ElK+0.net
諸葛亮の北伐の目的というか、最終目標は長安制圧なんだろうけど、その手前で狙っていた基本方針は祁山を経由して雍州と涼州を分断して涼州方面を制圧し、第二の補給地点を確保することで長安へと東進することにあった。

483:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/30 20:42:04.72 /R+0ElK+0.net
諸葛亮の第一次北伐と共に、雍州の三郡である漢陽(天水)安定、南安の三郡が陥落というか降伏している上に、諸葛亮は趙雲を箕谷に布陣させて囮にし、諸葛亮は自ら涼州方面に進撃しているので、諸葛亮の基本方針は雍涼分断、そして制圧が目的だったのが分かる。

484:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/31 11:03:08.50 aJ1I5xjg0.net
内政、外交、発明、人格、忠誠心、撤退戦は三国志でトップ
人事が不得手かな?馬謖の件があるし

485:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/31 11:09:12.65 vWQtYqwd0.net
良いところまで行って馬謖がポカした一次はおいといて
二次以降の北伐軍を韓信レベルの名将が率いていたら天下統一出来たんかな
大国のくせに引きこもり戦法に徹していた魏軍に勝つにはどうすれば良かったんだろう

486:名無しさん@お腹いっぱい。
21/05/31 12:38:02.20 aJ1I5xjg0.net
>>485
韓信一人じゃ無理だな、長安まで


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