19/03/21 18:57:14.82 .net
>>84
そのうち、ポーリング (L.Pauling) による共鳴理論を学ぶに及んで、
構造式の意味はますます分からなくなった。
この理論(原子価結合法)によれば、ベンゼン分子の波動関数を組み立てるときは
図2の二つのケクレ構造をはじめとして、図3のジュワー (J.Dewar) の構造式など、
古典構造式をそのまま使っているところが、いかにも不自然なような気がしたが、・・・・
その後、構造式の問題はながらく私の脳裡を離れていた。
それがあるとき再燃するような事態が起こった。
それは 1951年にソ連で行なわれた共鳴理論に対する批判であった。
その原文の翻訳とそれについての諸家の論評が『化学の領域』誌に掲載された。(5)
ソ連内で争点となったのは、ポーリングの共鳴理論は観念論的な科学理論ではないかということであった。
立花太郎:「化学を創ってゆく道すじ」化学同人(京都) (1983/Sep) p.56 より