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昭和54年1月27日朝、母親静子の部屋やってきた警察署員が、梅川が大阪で起こした
大事件のすべてを聞かせ、大阪府警のヘリコプターが引田町の綜合グラウンドに
迎えに来るからそれに乗ってほしいと、と告げた。
静子は「郵便局に行って、貯金を下ろしてくる」と言って家を出た。
が、なかなか戻ってこない。
「もしや・・・」と不安になった銭谷夫妻らは海岸の方や川沿いを捜し回ったが
静子はいない。二時間近くたって静子は帰ってきた。乱れていた髪がきれいにセット
されている。郵便局で貯金を引き出して帰る途中、美容院によってきた。と言うのである。
近所の人たちは静子の「冷静さ」に唖然とした。少なくとも「髪振り乱して息子を
たしなめに駆けつける」という世間の平均的な母親像ではない。
そういえば一日前、息子の梅川自身も似たようなことをしている。
26日午前11時、梅川は近所の理髪店へ出かけてアフロヘアにパーマをかけた後、
午後2時半、三菱銀行北畠支店に乗り込んだのだった