力道山が刺し殺された事件    at ARCHIVES
    力道山が刺し殺された事件     - 暇つぶし2ch1:名無しさん@お腹いっぱい。
07/08/03 10:29:35 .net
昭和38年12月8日午後11時頃、赤坂のナイトクラブ「ニュー・ラテン・クォーター」で、国民的英雄のプロレスラー・力道山(本名:百田光浩、当時39歳)が住吉連合系暴力団の大日本興行組員・村田勝志(当時24歳)に登山ナイフで刺され病院に搬送された。
力道山と村田は以前にも些細なトラブルを起こしていたが、事件当日もクラブのトイレで足を踏んだ、踏まないということから口論となり、激昂した村田は持っていた登山ナイフで力道山の脇腹を刺した。
この背景には、対立関係にあった住吉連合と力道山のバックであった東声会との因縁が根底にあったとされている。
刺された力道山は脇腹を押さえながら席に戻ると、付き添いの連中の心配をよそに平然と酒を飲んでいたという。
だが、それも時間の問題で、次第に出血がひどくなり車で赤坂山王病院に運ばれた。
診察の結果、緊急手術が必要と判断した病院側は、聖路加病院の外科部長に執刀を要請し手術が行われた。
手術は無事成功し命に別条は無いものと思われたが、12月15日の回診で腸閉塞を起こしていることが判明し直ちに手術を開始した。
だが、午後9時頃から危篤状態に陥り同10時35分に死亡した。死因はショック死とされているが真相は謎のままである。
遺族の希望で遺体は慶応病院で解剖された。その結果、担当医は「傷口の洗浄不備と麻酔の過剰投与が原因」と言っていた事が後年判明する。


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