18/07/29 08:57:58.00 eck8BI/h0.net
「ここなちゃん山に置き去りにしたい」
ひとつ誤算があった。
置き去りにするためには、自分もまた山に登らなければならないのだ。
鬱蒼とした樹林帯をかれこれ2時間は歩いている。
足場の悪い斜面を下り、コルを越え、険しい急登の連続。
身の丈以上もある岩をいくつも這い上がり、
落ちたら少なくとも大怪我であろう長い長いハシゴを登り、
息つく間もなくまた次の急坂……。
息が切れ、汗が止まらない。
膝がガクガク震える。アキレス腱が今にも吊りそうだった。
軽快な足取りで先を行くここなちゃんが、
上方で振り返り「頑張って」と手を振っている。
行かなくては……置き去りにしなくては。
でも限界だった。体が言うことを聞かない。足が前に出ない。
ついにはへたり込んでしまった。
すぐにここなちゃんが駆け寄ってくる。
心配そうな顔で「大丈夫ですか? ちょっと休憩しましょう」
「お水、飲んでください」「お家で行動食作ってきたんです。ハチミツたっぷりでおいしいですよ」
などと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
小さな手でふくらはぎをマッサージしてくれるここなちゃんを見ながら、深い後悔に苛まれていた。
ああ、自分は間違っていた、こんな天使を山に置き去りにしようだなんて。
「今度、いっしょに剱岳へ行きませんか?」
優しく微笑むここなちゃんを見ながら、私の意識は薄れていった。