12/05/09 21:15:27.54 oFHGZVWt0
内心冷や汗をかきながら言葉を待っていると、桂がどこか力を抜いた表情で言う。
「お前、時間はあるのか」
「……え? あ、まぁうん。別に用事もねーし」
新八と神楽が既に万屋に戻っているような気がしていたが、それはすぐに頭の隅に追いやった。心の中で一度だけ詫びる。
すまん。明日は相手してやるから。
「なら、少し飲まないか」
「へ?」
「エリザベスが無事の帰還を祝ってくれてな。何やらいい酒をくれたのだ」
「……俺は、かまわねーけど」
お前それでいいのか? え、もしかして俺いろんな意味で誘われてんの?
仮にも自分を襲おうとした人間相手にすることじゃねーだろそれ。こいつ何考えてんの?
銀時の内心の焦りなど、彼の表情には全く現れていなかった。桂の考えが、銀時にはまったくわからない。
「ではいこう。少し入り組んだ道を通るから、しっかりついてくるのだぞ」
桂はきびきびと移動を始めてしまった。仕方なくついていく銀時を時々振り返って確認しながら足早に歩いて行く。
完全に動きは元に戻っていた。一週間前と少し前は脚がろくに動かない状態で、あげくにあちらこちらに怪我をおったまま完治していない人間とは思えない動きである。
が、桂はやはり無理をしていたらしく、彼の家に着くころにはかなり息を切らせていた。
少しだけおかしそうに笑いながら、彼は言う。
「半ば寝たきりで一週間も過ごしていたからな……体力を取り戻すのも一苦労だ。お前はもう完治したのか?」
「まさか。けどもう包帯ぐるぐる巻くようなこともねーな」
「そうか」
言って家の中に彼を案内する。とりあえず手近な和室に通されたが、銀時が今日は月が出ていたことを思い出し、結局縁側で晩酌することになった。
少し涼しい風のふく縁側で銀時がぼんやり月を見ていると、杯を二つと、日本酒の一升瓶を持って桂が部屋から出てきた。着替えていつもの衣になっている。
そういえば、こいつもそんなに着物のバリエーションがない気がする。同じもの四着とかなんかな、やっぱ。妙な着替えはいっぱい持ってるみたいだが。
出された酒は確かに旨いものだった。かといって土方のように泥酔するほど飲もうとは思わなかったが。もちろんここが桂の家であり、供されているのが彼の酒だという遠慮もあるが、泥酔する理由はないはずだった。
……いや、そうでもないか。
自分が泥酔したくなる理由となりかねない男が、彼の横で同じ酒を飲んでいる。
夜空には少し欠けはじめた月が輝いていた。時刻はもう夜をすぎ、深夜に向かうだろうか。あの二人には悪いことをしたと思うが、電話をするのもなんとなく避けてしまった。結局、明日になってから二人にしかられればすむと割り切ってしまう。
そして今、悩める男は悩みの原因と向き合っている。
本当の意味では向き合っておらず、隣に並んでいるだけなのだが。
その隣を見る。
桂は縁側に姿勢正しく座りながら気品のあるしぐさでお猪口を傾けた。
喉を鳴らして、ほう、と感嘆のため息をもらす。嫌味なほど絵になっているそれをぼんやりと眺めながら、銀時は胡坐かいて背中を丸めたまま自分の盃を傾けた。
ほんとにまぁ、隙のない……。少しはくだけないもんかね。
「銀時」
と、ふいに桂の唇が動いた。
「どした」
ぼんやりしたまま答えると、桂がどこか抑えた声音で再び唇を動かした。
「あの日……」
どきりというよりもグサリと胸に何か刺された彼に、和装のよく似合う貴公子は、月を見上げたままやわらかい風に黒髪をなびかせてしばらくだまった。おかげで、違う意味でもなにか気持ちが揺らぐ。胸が痛くてそういう気分にならないだけましだったが。
そんな彼につゆほど気づいた様子も見せず、桂は続けた。
「お前が俺を助けてくれたときに、高杉の奴も生きていたのか?」
……そうきたか。