12/01/11 17:52:26.54 5h/Gj5H70
それは、世界の舞台などに出た時に、萎縮してしまって、プレーができなくなる。
それは、日本では、ガツガツやっていても良いが、
世界の博識ある人の目の前では、そうゆうプレーができなくなってしまう。
つまり心の中では、
「いえ、僕は、サッカーで単にお金や地位が得られれば良かったので、
それ以上の事は、考えたことが無いんですwww」
となってしまう。
代表選手になった以上は、「サッカーに対して夢を持ってるだろう」というのが、
おそらくサッカーを作った世界の博識ある人の視点で、その視点に対して、
「サッカーは、自分のお金や地位の為」
であっては、萎縮してプレーが出来なくなってしまって、
期待した世界の識者をガッカリさせてしまう。
すると、結果主義に走った自分という存在は、
実は単に、他の有能者を封じていたに過ぎない という所に気付くが、その時は、もう遅い。
あるいじゃ、邪神に思想を作られて利用されたのかもしれないが、そう気付いた時は、
もう取り返しは付かない・・・。だから、そうゆう事をしてはならない。
高校野球では、選手宣誓で、
「スポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々と、戦う事を誓います!」
と言ってるが、そのようにサッカーでも、神にその誓いをして、それを貫かねばならない。
しかし高校野球でも、全打席を敬遠したりする事があったが、
それでも、宣誓をしている以上は、何かの効果はあるハズだ。
このように、まず、スポーツマンシップを貫くという姿勢が、基本であり最も大事だ。