07/10/22 12:21:22 SaLxS9WN
もうボクシングから手を引きたかったのであろう。
そう、本当に愛するピアノで天下を取るために。大人達によって汚され自分と決別するために。
ダイキは幼い頃から、ずっとピアニストを夢見ていた。
しかし、周知の通り、環境がそうはさせなかった。
いつからか、浪速の弁慶と呼ばれ、唯一の楽しみである音楽ですら取り上げられた。
スクリャービンは、作られた彼のイメージにマッチしない。
人は型通りのエンターテイメントを求めているのだ。
しかし自分の意志と反しエンターテイナーを演じ、金の世界にまみれたダイキは
そんな汚れた指で鍵盤に触ることに、嫌悪感すら感じていた。
常人には理解出来ないが、あの試合にはダイキは元から勝つ気はなかった。
あの試合流れ、反則の荒らしは、すべて彼の中で計画されていたことであったのだ。
リングの外だけでなく、『神聖なるリングの上でも完全なるヒールを演じる』ということによって、
全国民を敵に回し、ファンや協会からも見捨てられ、否が応にもボクサーとしての道を断とうとの算段だ。
こうすれば、自分をいい商品、すなわち金儲けの道具としてしか見ない腐れ切ったマスコミも
時間が経てば、きっとそのうち自分の商品としての価値も見失うだろう。
応援してくれている、金の世界を何も知らない純粋なファン達を想うと
中途半端なことは出来なかった。
なんとしてもボクシングでダイキに天下を取らせたかった親父や兄は、
愚かなことに、あのリングの上で、やっとダイキのピアノに対する情熱と、
ボクシングに対する深い失望や悲しみを知ったのであった。
すべての茶番は終わり、そして今、新しい幕があがった。
力強くももどこか愁いを帯びた旋律とともに…
つ づ く