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「すり寄るしかなかった」角田被告の遠縁男性
主犯格とされる角田(すみだ)美代子被告(64)(傷害致死罪などで起訴)の遠縁にあたる兵庫県内の50歳代の男性が、
読売新聞の取材に応じた。2年間にわたり、角田被告から暴力的支配を受けたという男性。服従を強いられ、親類同士での
暴行を余儀なくされた屈辱の日々を振り返り、「やられないため、みんながすり寄るしかなかった」と表情をゆがめた。
男性によると、きっかけは約15年前、初めて顔を合わせた尼崎市内の親類の葬儀だった。葬儀の段取りのトラブルなどを
巡り、角田被告が激高。「話し合いが必要や」と、父や男性ら約10人をこの親類宅に集めた。
背後に暴力団がいると誇示しながら帰宅を許さず、「何で違う宗派の僧侶を呼んだ」「お前が悪い」などと激しい口調で
罵倒する角田被告。味方になる親類にはほめそやし、逆に刃向かうと徹底的に攻撃した。男性は帰宅できたが、父や
他の親類は軟禁状態に置かれ、結局、男性も毎日通わざるを得なかった。
無言で指示に従っていたという。
4か月後。問題解決のためとして男性は数百万円を支払わされ、通帳も取り上げられて、収入を管理されるようになった。
さらに軟禁生活は続く。葬儀から約1年後、男性の自宅がある集合住宅の別の階に角田被告が部屋を借りた。
父や親類を移り住ませた。「言いつけに従わない」などと因縁をつけては全員で車座になり、一人を責め立てた。
対象者は日替わり。「私がこんなに頭にきてんのに、あんたらは何もせんのか」。角田被告の言葉を合図に、殴る蹴るの
集団暴行が始まった。父が角田被告に口答えすると、男性は機嫌が悪くなることを恐れ、父に暴力を振るった。かつ、
男性も標的にされた。もっとも角田被告自身は決して暴行に加わらなかった。大半の人が何度も逃げ出したが、その都度、
残された者が脅され、みんなで連れ戻した。
「殺せるんやったら、殺してみろ。私一人でもあんたらには負けへんで」とどう喝する角田被告に、男性は恐怖で身が
すくんだ。「悪口を言っていた」と告げ口する者は優遇された。みんなが「姉さん」と呼んでご機嫌を取った。
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