07/07/15 19:59:58 mGxUQNi2
一段目『沢の男』
時は源平時代の末、四国の人里離れた山奥で炭焼きをしながら暮らす私は、
ある日、炭焼き小屋の下の沢で見知らぬ男を発見する。
刀傷が化膿して意識を失っていた男を、小屋まで運び、傷口を洗い、
薬草を採ってきて、手当てをした。それでも男は毎夜うなされ続け、
三日目の朝になって目を覚ました。白湯を与え、粥を食べさせ、ようやく
おちつき始めた頃になっても、男は身の上を語らず、私もあえて聞こうとはしない。
微妙な空気の幾晩が過ぎ、ある夜、男は臥せたまま「なぜわしを助けたのだ」と訊ねた。
枕元に座り「わかりません」と答える私に男は「落ち武者をかくまえば、
どのようになるか・・」と言いかけたところで言葉を止めた。私が男の唇に手を当てて、
その先を言わせないようにしたのだ。男は驚いて咄嗟に私の手を握り、そしてしばらくして、
そのままゆっくりとその手を自分の胸に押し当てた。手から伝わる男の鼓動。
私はその胸の鼓動を直接聞きたくて、そっと耳を男の胸に押し当てた。
それは沢で男を見つけたときに、最初にやったことでもあった。
すると男は虚空を見つめたまま、手探りで私の頬に節くれた指を滑らせた。
こんどは私のほうが驚いて息を呑んだ。「私の胸の鼓動は・・・これよりもっと・・」
と言いかけたところで、男の指先が私の唇を止めた。
そして私は男の手をとり、懐にそっと引き入れた・・・