07/04/03 22:31:43 vt6G6YGT
>>1
乙だ、この野郎
3:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 22:31:45 xJfUL/BK
~参加者一覧[作品別]~
【魔法少女リリカルなのは】高町なのは/フェイト・テスタロッサ/ヴィータ/八神はやて/アリサ・バニングス
【ローゼンメイデン】真紅/翠星石/蒼星石/雛苺/金糸雀
【魔法陣グルグル】ニケ/ククリ/ジュジュ・クー・シュナムル/トマ
【ポケットモンスターSPECIAL】レッド/グリーン/ブルー/イエロー・デ・トキワグローブ
【デジモンアドベンチャー】八神太一/泉光子郎/太刀川ミミ/城戸丈
【ドラえもん】野比のび太/剛田武/リルル
【魔法先生ネギま!】ネギ・スプリングフィールド/エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル/犬上小太郎
【絶対可憐チルドレン】明石薫/三宮紫穂/野上葵
【落第忍者乱太郎】猪名寺乱太郎/摂津のきり丸/福富しんべヱ
【名探偵コナン】江戸川コナン/灰原哀
【BLACKLAGOON】ヘンゼル/グレーテル
【クレヨンしんちゃん】野原しんのすけ/野原ひまわり
【ドラゴンクエストⅤ】レックス(主人公の息子)/タバサ(主人公の娘)
【DEATH NOTE】メロ/ニア
【メルティブラッド】白レン/レン
【ちびまる子ちゃん】藤木茂/永沢君男
【カードキャプターさくら】木之本桜/李小狼
【テイルズオブシンフォニア】ジーニアス・セイジ/プレセア・コンバティール
【HUNTER×HUNTER】キルア/ゴン
【東方Project】レミリア・スカーレット/フランドール・スカーレット
【吉永さんちのガーゴイル】吉永双葉/梨々=ハミルトン
【ヴァンパイアセイヴァー】リリス
【MOTHER】ネス
【サモンナイト3】ベルフラウ=マルティーニ
【Fate/stay night】イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
【みなみけ】南千秋
【武装錬金】ヴィクトリア=パワード
【BLACKCAT】イヴ
【からくりサーカス】才賀勝
【銀魂】神楽
【ひぐらしのなく頃に】古手梨花
【灼眼のシャナ】シャナ
【とある魔術の禁書目録】インデックス
【るろうに剣心】明神弥彦
【ボボボーボ・ボーボボ】ビュティ
【一休さん】一休さん
【ゼルダの伝説】リンク(子供)
【ベルセルク】イシドロ
【うたわれるもの】アルルゥ
【サザエさん】磯野カツオ
【せんせいのお時間】鈴木みか
【パタリロ!】パタリロ=ド=マリネール8世
【あずまんが大王】美浜ちよ
【ポケットモンスター(アニメ)】サトシ
【SW】ベルカナ=ライザナーザ
【Gunslinger Girl】トリエラ
【ぱにぽに】レベッカ宮本
【FINAL FANTASY4】リディア
【よつばと!】小岩井よつば
計86名
4:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 22:32:31 xJfUL/BK
~参加者一覧[あいうえお順(名簿順)]~
01:明石薫/02:アリサ・バニングス/03:アルルゥ/04:イエロー・デ・トキワグローブ/05:イシドロ/
06:泉光子郎/07:磯野カツオ/08:一休さん/09:猪名寺乱太郎/10:犬上小太郎/
11:イリヤスフィール(略)/12:インデックス/13:イヴ/14:エヴァンジェリン(略)/15:江戸川コナン/
16:神楽/17:金糸雀/18:城戸丈/19:木之本桜/20:キルア/
21:ククリ/22:グリーン/23:グレーテル/24:小岩井よつば/25:剛田武/
26:ゴン/27:才賀勝/28:サトシ/29:三宮紫穂/30:シャナ/
31:ジーニアス・セイジ/32:ジュジュ・クー・シュナムル/33:白レン/34:真紅/35:翠星石/
36:鈴木みか/37:摂津の きり丸/38:蒼星石/39:高町なのは/40:太刀川ミミ/
41:タバサ(主人公の娘)/42:トマ/43:トリエラ/44:永沢君男/45:ニア/
46:ニケ/47:ネギ・スプリングフィールド/48:ネス/49:野上葵/50:野原しんのすけ/
51:野原ひまわり/52:野比のび太/53:灰原哀/54:パタリロ/55:雛苺/
56:ビュティ/57:フェイト・テスタロッサ/58:福富しんべヱ/59:藤木茂/60:フランドール・スカーレット/
61:ブルー/62:古手梨花/63:プレセア・コンバティール/64:ヘンゼル/65:ベルカナ=ライザナーザ/
66:ベルフラウ=マルティーニ/67:南千秋/68:美浜ちよ/69:明神弥彦/70:メロ/
71:八神太一/72:八神はやて/73:吉永双葉/74:李小狼/75:リディア/
76:リリス/77:梨々=ハミルトン/78:リルル/79:リンク(子供)/80:レックス(主人公の息子)/
81:レッド/82:レベッカ宮本/83:レミリア・スカーレット/84:レン/85:ヴィータ/
86:ヴィクトリア=パワード
計86名
5:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 22:33:09 xJfUL/BK
~ロリショタロワ・基本ルールその1~
【基本ルール】
参加者全員で殺し合い、最後まで生き残った一人が優勝となる。
優勝者のみが生きて残る事ができて『何でも好きな願い』を叶えて貰えるらしい。
参加者はスタート地点の大広間からMAP上にランダムで転移される。
開催場所はジェダの作り出した魔次元であり、基本的にマップ外に逃れる事は出来ない。
【主催者】
主催者:ジェダ=ドーマ@ヴァンパイアセイヴァー(ゲーム・小説・漫画等)
目的:優れた魂を集める為に、魂の選定(バトルロワイアル)を開催したらしい。
なんでロリショタ?:「魂が短期間で大きく成長する可能性を秘めているから」らしい。
【参加者】
参加者は前述の86人(みせしめ除く)。追加参加は認められません。
特異能力を持つ参加者は、能力を制限されている場合があります。
参加者が原作のどの状態から参加したかは、最初に書いた人に委ねられます。
最初に書く人は、参加者の参戦時期をステータス表または作中に記載してください。
【能力制限】
参加者は特異能力を制限されることがある。疲労を伴うようになっている能力もある。
また特別強力な能力は使用禁止になっているものもあるので要確認。
【放送】
放送は12時間ごとの6時、18時に行われる。内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」
「過去12時間に死んだ参加者名」など。
【首輪と禁止エリア】
・参加者は全員、爆弾の仕込まれた首輪を取り付けられている。
・首輪の爆弾が起爆した場合、それを装着している参加者は確実に死ぬ。
・首輪は参加者のデータをジェダ送っており、後述の『ご褒美』の入手にも必要となる。
(何らかの方法で首輪を外した場合、データが送られないので『ご褒美』もない)
・首輪が爆発するのは、以下の4つ。
1:『禁止エリア』内に入ってから規定時間が過ぎたとき。
2:首輪を無理やり取り外そうとしたとき。
3:24時間で死者が出なかったとき。
4:ジェダが必要と判断したとき(面と向かって直接的な造反をした場合)。
6:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 22:33:39 xJfUL/BK
~ロリショタロワ・基本ルールその2~
【舞台】
URLリンク(takukyon.hp.infoseek.co.jp)
【作中での時間表記(2時間毎)】(1日目は午前6時よりスタート)
深夜:0~2
黎明:2~4
早朝:4~6
朝:6~8
午前:8~10
昼:10~12
真昼:12~14
午後:14~16
夕方:16~18
夜:18~20
夜中:20~22
真夜中:22~24
【支給品】
・参加者が元々所持していた装備品、所持品は全て没収される。
・ただし体と一体化している装備等はその限りではない。
・また衣服のポケットに入る程度の雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される物もある。
・ゲームの開始直前に以下の物を「ランドセル」に入れて支給される。
「食料」「飲料水」「懐中電灯」「地図」「鉛筆と紙」「方位磁石」「時計」「名簿」
「ランダムアイテム(1~3種)」。
なおランドセルは支給品に限り、サイズを無視して幾つでも収納可能で重量増加もない。
その他の物については普通のランドセルの容量分しか入らず、その分の重量が増加する。
【ランダムアイテム】
・参加者一人に付き1~3種類まで支給される。
・『参加者の作品のアイテム』もしくは『現実に存在する物』から選択すること。
(特例として『バトルロワイアル』に登場したアイテムは選択可能)。
・蘇生アイテムは禁止。
・生物および無生物でも自律行動が可能なアイテムは参加者増加になる為、禁止とする。
・強力なアイテムには能力制限がかかる。非常に強力なものは制限を掛けてもバランスを
取る事が難しいため、出すべきではない。
・人格を変更する恐れのあるアイテムは出さない方が無難。
・建前として『能力差のある参加者を公平にする事が目的』なので、一部の参加者だけに
意味を持つ専用アイテムは避けよう。出すなら多くの参加者が使えるようにしよう。
【ご褒美システム】
・他の参加者を3人殺害する毎に主催者から『ご褒美』を貰う事が出来る。
・トドメを刺した者だけが殺害数をカウントされる。
・支給方法は条件を満たした状態で、首輪に向かって『ご褒美を頂戴』と伝えるか、
次の放送時にQBが現れるので、以下の3つから1つを選択する。
1:追加のランドセルが貰える。支給品はランダムで役に立つ物。
2:ジェダに質問して、知人の場所や愛用品の場所などの情報を一つ聞ける。
3:怪我を治してくれる。その場にいれば他の人間を治すことも可能。
7:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 22:34:16 xJfUL/BK
~ロリショタロワ・基本ルールその3~
【ステータス表】
・作品の最後にその話に登場した参加者の状態、アイテム、行動指針など書いてください。
・以下、キャラクターの状態表テンプレ
【現在位置(座標/場所)/時間(○日目/深夜~真夜中)】
【キャラクター名@作品名】
[状態]:(ダメージの具合・動揺、激怒等精神的なこともここ)
[装備]:(身に装備しているもの。武器防具等)
[道具]:(ランタンやパソコン、治療道具・食料といった武器ではないが便利なもの。
収納している装備等、基本的にランドセルの中身がここに書かれます)
[思考・状況]
(ゲームを脱出・ゲームに乗る・○○を殺す・○○を探す・○○と合流など。
複数可、書くときは優先順位の高い順に)
◆例
【D-4/学校の校庭/1日目/真夜中】
【カツオ@サザエさん】
[状態]:側頭部打撲、全身に返り血。疲労
[装備]:各種包丁5本
[道具]:サイコソーダ@ポケットモンスター
[思考]
第一行動方針:逃げた藤木を追い、殺害する
第二行動方針:早く仲間の所に帰りたい
基本行動方針:「ご褒美」をもらって梨花の怪我を治す
【予約】
・キャラ被りを防ぐため、自分の書きたいキャラクターを予約することができます。
・期間は予約から72時間(3日)。期間終了後は、他の人が投下してもOKです。
・予約しなくても投下することはできますが、その際は他に予約している人がいないか
十分に確認してから投下しましょう。
【投下宣言】
・投下段階で被るのを防ぐため、投下する前には必ずスレで 「投下します」 と宣言を
して下さい。 投下前にリロードし、被っていないか確認を忘れずに。
【トリップ】
投下後、作品に対しての議論や修正要求等が起こる場合があります。
本人確認のため、書き手は必ずトリップをつけてください。
8:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:38:20 MkM4ktYq
B-5で戦闘が行われている頃、A-5で、より正確には道路ではハッパ少女改めインデックスとコキュートス改めアラストールは
その場で動きを止めていた。だが、なにもない平原では二者の行動を妨げるものは存在しない。
しかし、彼女らが立ち止まる理由はしごく簡単なものであった。B-5では魔力を持った者達による戦闘が行われおり、
街へと進行する途中にそのことを感知したインデックスはすぐに突撃することを避けたからだ。
インデックスの魔力探知の技能は一エリア丸々覆うほどの広さもなく、少量の魔力ならば察知することは難しいが
ヒト一人を殺せる以上の力を見過ごせるものではなかった。
(しかもあの子までいる)
そう、山頂で戦闘をしている者達の中にはどういう理由かは分からなかったが、
最初の大広間でジェダの傍らにいたリリスと名乗る少女がいることが知覚できたのだ。
「どうしたのだインデックス?」
とはいえ、そんな事情など知ることができないアラストールには突然インデックスが立ち止まり
進行方向と別の方をただじっと見つめているようにしか見えなかった。
「向こうで、戦闘が起こっているんだよ。しかも、あのリリスって子が戦ってる」
「それは真か!?」
そんなアラストールの返答にインデックスは疑問を覚えた。なぜ彼はこの戦いに気づかないのだろうかと。
存在の力を感知する能力では魔力を感知できないからか。いや、違うだろう。
魔力での自在法起動や存在の力での魔術起動を出来るかどうかは判断がつかないが、自身はコキュートスを異能の力だと判別できた以上は彼も
この異常を感知することはそう難しくはないだろう。しかも『魔力を持つ者』同士の戦いである。彼女の知る魔術師のすべては『体内に魔力を持たず』
に『生命力から魔力を練る』ことで魔術を行使する。ゆえに、魔力を持ち続けている参加者は腰に発信機を付けているような状態であり、
しかも現在は魔力を行使しているのだ。制限とやらで見えづらくなっていたとしても、これほど大きな異常はごまかされると思えない。
そこでインデックスは別の可能性に気づく。
「ねえ、アラストール。妙な圧迫感を感じるとか、視界が見え辛いとか、そんなことはないかな?」
「……いや。あれの元に戻れぬといったこと以外は、別段おかしなことはないが」
そのアラストールの言葉から、とある答えに確信を持つ。
「この島が魔術で構成されているって言ったことは覚えているよね」
「うむ」
「なら当然、魔術を発動させるのには魔力が必要なんだ。自在法を起動するのに存在の力がいるのと同じように」
「当然といえば当然な話だな」
「最初に言っておくべきだったんだけど、私達の周りにはジェダの魔力が敷き詰められているんだよ。たぶん、島全土を覆う規模で」
「……それはどういうことだ?」
インデックスはアラストールにさらなる情報を告げる。
「少し長くなるけどちゃんと聞いててね。十字教の教えでは、人に『魔力』があるように世界には『力』という物がって、その力を
通称『神の祝福(ゴッドブレス)』っていうんだ。あなたからすれば『存在の力』っていうのに似たようなものだと思う。
まあ、人間からは生み出すことができない『世界の力』だから厳密には違うんだろうけど。
その力は人間の持つ生命力や魔力よりも強大で、普通の人間や魔術師には見ることのできない、巫薙や風水師じゃないと見えない代物なんだ。
この島にはその『世界の力』がない、その代わりにジェダの魔力が敷き詰められているんだよ。
感覚としては質が低いわけじゃなくて、色が薄い感じで」
そこで一旦区切り、本題を切り出す。
9:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:39:05 MkM4ktYq
「ここからは私の憶測なんだけどね。たぶん魔力が外に漏れ出さないように、この島全体に結界が張られているはず。
用途はあなたを含む各参加者の魔を感知する技能を阻害することで、普通なら気づくぐらいの距離でも気づき難くしていると思うんだよ」
だがそれならば、インデックスはなぜそれらのことを理解できるのか。当然ながらアラストールはそのことに疑問を持った。
「ならば、なぜお前はそのことに気づけるのだ?」
その問いにインデックスは悲しそうな表情をしながら答えた。
「それは、私が魔力を練る力を持たないからだよ」
インデックスには生命力から魔力を練る力がない。10万3000冊もの魔道書の知識は有っても魔術が使えずに無力感を噛み締めることすらある。
だからこそ気づける。大味になれた人間が薄味の隠し味を見抜けないように、魔術のプロフェッショナルでも分からないほどの薄さの魔力を、
まるでソムリエが機械油で満たされた工場でワインを匂いだけで種類を判別するかのごとく、力を持たずに魔を感知できる少女は
その薄味を感じ取ることが出来るのだ。
とはいえ、アウレオルス=イザードの作った魔塔という極めて似たような状況の経験があったからこそ、出せる答えでもあったが。
「通常の魔術師だと、彼ら自身が膨大な魔力精製炉だからね。たぶん、この状況に気付けないかも」
そう置いてからインデックスは、振るえる唇で次の言葉をアラストールに告げる。
「行くよ。あの山へ」
なぜリリスがここにいるか調べるという目的もあったが、本来インデックスは誰かのことを見捨てられない少女である。
自殺志願者でもなければ死を恐れるわけでもないが、今まさに失われていくかもしれない誰かを放っておくことなどできなかった。
危険だということなど理解している。だからこそ立ち止まり、脱出する者やジェダを打倒する者たちにとって少しでも有利になるように
アラストールに情報を伝える。自身が逝ってしまったとしても知識だけは誰かに伝わるように。
「……そうか」
そんな少女の意志を、魔神は止めようとは思えなかった。その意志を止めることは侮蔑であることを理解していたからだ。
だからこそ、かつての契約者と共にあった時と同様にその意志を見届けることにした。
「最初に打ち合わせたとおり、喋るときは選んでね」
「うむ」
そうして少女は歩みだした。死地になるやもしれぬ場所へと。
10:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:40:09 MkM4ktYq
* * *
蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!
蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!
ニケの目の前で行われていたことは、ただそれだけであった。
それだけのことだけだというのに動けなかった。それは、これまで遭遇したことのないほどの残虐な状況であったからだ。
普段暴行を受けるのは自身か、キタキタ親父か、たまにトマ、ときどきゲストである。そのほとんどが男であった。
故に女の子が女性であったと思えぬほどに、知り合いですらもエヴァ本人であると認められぬであろう程に
蹴り砕かれていくという光景にニケは驚きすくみあがっていた。
(ど、どうするよ!? おい!)
そう思ってみたものの、彼の周りにいるのは蹴られ続けているエヴァとそのエヴァを蹴り続けているリリスだけである。
逃げようとは思ったものの、キタキタ親父でもないエヴァをこのまま放っておけば死んでしまうであろうことが容易に想像
できてしまったために逃げるに逃げられず、リリスに止めるように言ったとしても止まるとも思えぬために何もできない。
そんなことを考えている勇者の頭に一つの名案が思い浮かんだ。
(こ、これならいける!?)
この手段ならば、自身は危険を侵さずにエヴァを助けられる。そう思い実行に移すことにする。
「おい、リリス!!」
勇者は吸血鬼を蹴り続けている夢魔にビシッと一指し指を突きつけ叫ぶ。
「えい! えい! って何ニケ? 今度はあなたが遊んでくれるの?」
声を掛けられたリリスは蹴るのを止め、エヴァからニケへと視線を向ける。
「これ以上エヴァを苛めると酷い目に遭わすぞ!!」
「苛めてないよ、リリスはおばさんで遊んでるんだよ」
あまりに気楽に言うリリスに腹が立ったもののニケは次の言葉を紡ぐ。
「それ以上我が仲間を傷つけるのならば、風の精霊が汝の命を冥土に運ぶであろう」
その言葉を言い終え、ニケは決まったと思った。
思いついたことは簡単である。クサイ台詞を言うことでシリアス嫌いの風の精霊ギップルを呼び出し、
囮にしている間にリリスからエヴァを取り戻し担いで逃げるという手段である。
外道な手段ではあるが、彼なりにこの状況を切り抜ける手段を考えた結果であった。
だが、ピューッと風が吹くだけで何も起こらず、誰も現れなかった。
『ニケはギップルを呼んだ。だがここには現れない』
そんなウインドウがニケの頭の中に表示される。
(え、うそ。来れねえのかよあいつ!?)
なぜか『勇者さん、仕様なんです御察し下さい!!』などとのたまう褌精霊の姿が脳裏に思い浮かんだ。
なんとなく、びびったからこないのかもしれないとも思ったが。
だが、ガビーンッという擬音をあげ驚愕している勇者にはあいにくとボケをかましている余裕などなかった。
すでに夢魔が標的を吸血鬼から少年へと移していたのだから。
「じゃ、あそぼ♪ ニケ」
そう言いながらリリスは、まるでゴミを扱うがごとくエヴァを放り投げニケへと迫る。
「ちくしょう!!」
ニケは迫ってくるリリスから離れようと後ろへ下がる。
11:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:41:18 MkM4ktYq
ペタン。
だが柔らかいなにかにぶつかる。なんだ、と思い後ろを振り返るとリリスがいた。
(へ? 回り込まれた?)
不思議に思ったが、視線の端にはもう一人のリリスが正面から迫ってくるのが見え、
何時の間にか分裂していたらしいなどと思った。が、そんな感想を漏らす間もなく触手を纏わせ剣のように纏められた夢魔の右腕が迫ってくる。
(や、やべえ!?)
避けようとしたものの、がっしりと両肩を分身に掴まれ逃げるに逃げられない。
(だ、誰か助けてくれ!!)
そんな願いを虚しく打ち砕くようにリリスの一撃が振り下ろされ、思わずニケは目を強く閉じる。
金属と金属がぶつかり合うような音が耳に響いた。
だが、それだけだった。痛みも何もない。
ニケは恐る恐る目を開ける。眼前には振り下ろされようとする触手と、それの一撃を妨げようとする峰と刃が反対となっている刀が見えた。
助かった、と安堵した瞬間に視界が反転し肌色しか見えなくなり、衝撃が体に走る。
助太刀に入った誰かと共に吹き飛ばされてしまったことをニケが理解する前に、地面にぶつかり再び衝撃が走る。
ニケは痛みを堪えつつも起き上がろうとした。だが、何かが自身に圧し掛かっているために起き上がれない。
「うう、痛いかも」
「……お、重え……ハウッ!?!?!?!?!?」
そう言ったとたんに三度目の衝撃が走る。
それは一番弱い部分に当たり、この島に連れてこられてから今までで一番の攻撃力を伴っていた。
その圧し掛かっていた誰かが、汚いものから離れるようにニケの上から退いたために、ニケはその場を盛大に転がることとなった。
* * *
12:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:42:22 MkM4ktYq
(い、痛かった)
やっとのことで股間に走る痛みが治まりニケは転がるのを止めた。
地面に寝転んだまま様子を窺う。
その場にはニケを除けば一応は四人いた。
一人は自身と同様にその場に転がったままのエヴァである。吸血鬼である以上は死んでしまったら灰になってしまうだろうが、
そうなっていないということは死んではいないのだろう。
リリスは二人に分裂したまま、両方共に不思議そうな、興味深そうな表情でこちらを見ている。
そして、最後の一人は助けに入ってくれた人物である。その少女は少年と間違えるほどの非常に平坦な体つきだった。
それでも、背を向けていた少女のことをニケが女性だと分かったのはすけべ大魔神の称号ゆえか。
そんな少女はニケの方を見ずにリリス達に対峙したまま刀を構えている。
(よく刺さらなっかたなぁ)
などとニケは思ったものの、そんなことはどうでもよかった。それよりも気になることがあったからだ。
その格好は魔法でできた守備力の高い服なのか、それともそのような趣味なのか、『露出度何それ?』といった水でできたような服装であった。
そして、下着一枚、素肌が見えやすい服といった格好からとある存在が連想できてしまった。
その存在は少女の被っているフードこそ身につけていなかったが、変態度は同じ程度はあるだろう。
その存在は、もし勇者が風の谷に行った後に連れてこられていたのならば想像することなどないことであった。
だがあいにくと、そこに行く前にこの島に呼び出されたためにそのことを発想してしまった。
「……ギップル……のお姉さんか何か?」
「? ……ヨム・キプルがどうかしたの?」
とはいえ褌精霊のことなど知らない少女にとっては、そんな不名誉な称号を得てしまったことなど関係なかった。
眼前の相手から目を逸らすだけで、致命的な結果になるであろうことが分かっていたからだ。
「「あなた誰?」」
リリスがステレオで突然現れた少女に問いかける。
「 dedicatus545」
「……デ、デデ……イ……何?」
「あなたと違って、敵を目の前にして余裕なんか見せてあげないし。あなた達の思い通りにはさせてあげないってこと」
そう言われリリスは頬を膨らます。だが、まだ襲ってはこなかった。
「大丈夫?」
少女は小声で傍らにいるニケに語りかける。
「ああ、なんとか」
「そう……一つ質問があるんだけど……殺し合いには乗っていないよね」
「おう、当然」
ニケがそう言うと少女はその言葉を吟味するかのごとく僅かな時間押し黙り、再び口を開いた。
「なら、私がリリスの目を引き付けてあげるから、その間にあの子を連れて逃げて」
その言葉がどういう意図で発せられたかは分からなかったが、ニケにとってありがたいものであった。
エヴァの負傷も気になり、帰ってこないなのはのことも気になる状況では
目の前にいる名前も知らない少女に任せた方がいいだろう。
13:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:43:53 MkM4ktYq
一見弱そうに見えるが問題ない。フラグのことを考えれば自分とエヴァは逃げ切れる。
そうフラグである。この場合は『ここは俺に任せて、先に行け』というフラグであり、
この場合は自分とエヴァが逃げ切るまで、少女がなんとか足止めをしてくれるのだ。
ただし、少女の死を知りそのことをエヴァと二人で悲しむという条件付きで。
別にそうしたとしても、問題は無い。そのことを怒りそうなエヴァとて死んでしまっては元も子もない。
優先すべきは自身の命と仲間の命、お助けキャラであるNPCが死んでしまったとしても、それはそういうイベントなのだ、仕方がない。
(でも、それって勇者のやることか?)
だがニケはふと思ってしまう。本当にそれでいいのだろうかと。
自分の職業は盗賊だ、逃げ足が自慢であるしLVだって一桁だ。
だが、それでも数々のボス戦やピンチを凌ぎ、仲間を誰かを見捨てたことなどない(キタキタ親父などを除く)
第一置いていくのは女の子だ。女の子に死亡フラグを立てるなど、自分の主義に反するのだ。
(それに、言われた通りに殺しあってやるつもりも、フラグにそって行動してやるつもりもねえ。ましてやラスボスの言うとおりなんざ!)
だからこそ立ち上がる。目の前のリリスを倒すために、できれば生け捕りで。
「光魔法キラキラ、自分の剣!!」
戦うために選ぶは『自分の剣』、それは剣というよりもニケを模った人形のように見えるが強力な武器である。
カッコイイポーズは効果的であると知っていたが、弱っているであろうエヴァを巻き込んでしまえば本当に死にかねないために使わない。
肩を並べる形となった少女が驚愕の表情をこちらに向けてくる。
表情だけで、どうして、と言っているのが分かった。ニケは初めて少女の顔を見る、ヒロイン顔だなと思った。
「―意地があんのさ、男の子には」
だからヒーローぽい表情で、ヒーローぽい台詞を言った。勇者だから。
「「二人とも、お話は終わった?」」
律儀に待っていたらしいリリス達が問いかけてくる。
だが、ニケは勇者でありながら盗賊である。律儀に返答を返してやらずに生じた隙をチャンスだと思い、一気に距離を詰め寄る。
しかし、リリスも切り倒されるまで待つつもりなどなかった。
無数の触手がリリスの羽から生え、ニケへと殺到する。
ニケは右横に大きく跳ぶことによりそれらを避け、剣をリリスに向ける。
その剣が急激に伸びた。光魔法キラキラ『自分の剣』の本領は攻撃力ではなく、その変幻自在の動きにある。
「いやん、ニケのエッチ♪」
リリスは剣が伸びることなど知らず、距離も詰められていたために剣があっさりと纏わり付く。
脇、胸、腕、羽、足、尻尾、股間、とリリスの全身を剣で縛り身動きできなくする。
「へへ、これで動けないだろう」
「うん、そうだね」
リリスの返答はあくまで軽かった。そのことをニケはいぶかしむ。
(なんだ、この不安は? それになんか忘れているような……)
そんな思考を中断するかのように聞き覚えのある金属音が幾度か鳴り響く。
ニケが音のした方を見ると、少女がリリスに襲われ斬撃を見舞われていた。
(しまった、もう一人忘れてた!!)
少女は刀で応戦しており怪我をしているようには見えなかったが、リリスの攻撃は明らかに遅かった。
剣士ゴチンコと魔物のタテジワねずみぐらいの差はあるだろう。あれが分身で本体より弱いわけでないのならば、完全に遊ばれている。
14:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:45:31 MkM4ktYq
(援護を!)
そう思い、剣で縛ったリリスをハンマーがわりにもう一人へとぶつけようする。
「せめてこないなんて、ツマンナイ」
だがリリスはあっさりとその拘束を引きちぎり、触手をニケの顔面に突き刺そうとする。
投げようとした勢いがついていた為に、その行き場のない力がニケの体勢を崩す。
だが盗賊としてのすばやさ故か、そんな体勢でも何とかしゃがみ、攻撃を避けた。
「い、痛え!?」
しかしその勢いは速く、避けきれずに左肩が触手に削られる。
「ん、もう! じっとしてれば痛くしないのに!!」
「そんなわけにいくかよ!!」
ニケは触手から離れつつ叫んだものの、串刺しになるのも時間の問題かもしれないと思った。
リリスが容姿に似合わずとんでもない実力を秘めているぐらいのことは理解できている。
余裕を見せている状況のうちになんとか打開はしたいが、手持ちのアイテムではなんとかなりそうなものはない。
キラキラも、地は最初から除外、風は最初から使えない、自分の剣は役立たず。
残るは水か火ではあるが、水は使用回数が少なく制限のことを考えればあてにすることが不安である。
火はキラキラの中で二番目に攻撃力があるとは思うものの、普段から携行している火を熾す道具で使っていたために
今は使用不能である。とはいえ、すぐに使えるのはペットボトルの中にある水を使用した剣であり、
このままでは後ろから聞こえている金属音が聞こえなくなるのも時間の問題である以上は水の剣を使うしかない。
(ん? 待てよ)
思考の途中でとあることが引っ掛る。
そして、勇者はとあることに気づき、思わずニヤケ顔になる。
「何笑ってるの? 楽しいことならリリスにも教えてよ」
「わりいけど、教えてやんねえ」
その言葉を発し、リリスに向かって駆ける。リリスはまるで美味しそうな果実が目の前にあるような表情でニケに向かって三度目の触手を放つ。
だが、その行動は予想通りであった。
袋のポケットの中からとある物を取り出す。それはスペクタルズという虫眼鏡状のアイテム。
相手の能力を調べるためのもの。とはいえ本来の役目など必要とはしていない。
ようは、とあることに役立ってもらえばいいのだ。
(これで、どうだ!!)
触手の大群に当らぬよう体をずらし、スペクタクルズを触手に擦り付けるように掠らせる。
スペクタクルズの金属でできた縁と触手との接触面から火花が散ったのが見えた。
(よし、予想通り!!)
ニケが実行したのは摩擦を利用することによって火種を起こす方法である。
別に科学の知識があったわけではないが、かつてのサバイバル生活と火の王の下での修行により
硬い物同士がお互いを高速で削りあえば、火花程度ならば発生することぐらいは理解していた。
ゆえに、触手の鋭さ、速さ、硬さをだいたい理解できていたゆえにその手段を実行したのだ。
15:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:46:26 MkM4ktYq
そうして、ニケは火花が発生すると同時に壊れたスペクタクルズを放棄、火花に意識を集中する。
すると、たった僅かな火がニケの魔力と周りの酸素を飲み込み燃え上がり、剣の形をとった。
その剣は光魔法キラキラ『火の剣』、勇者ニケが火を恐れず、火を克服し、火を味方とし、火の王に認められた証。
それが自身の手に宿り、リリスの全ての触手を焼き切る。そのままの勢いでリリスに突っ込む。
だが、直前まで迫り僅かな躊躇が芽生えてしまった。
このまま叩っ切ってもいいのだろうかと。
それは戦場では大きな隙だった。リリスが見過ごす理由などないほどの。
ただし、それが本当にリリスであった場合の話だ。
突然、ニケの目の前にいたリリスの姿がぶれる。
そのことを疑問に思う間もなく、夢魔の姿が掻き消えた。
(へ? なんで?)
そう思ったが、分身であることを考えると、なんとなくだが検討はついた。
ようは魔力で作られた分身である以上は、あれだけ暴れれば消えてもおかしくはないだろう。
他の要因かもしれないが、そう結論付ける。今まで戦っていたのが分身ならば、まだ終わってはいないのだから。
まだ戦っている二人の方を見る。リリスの方は先ほどと同じく余裕であった。
ただ、名も知らぬ少女の方は違った。一見、確実に一撃一撃を防御しているように見えるが、そうとしか思えないのならば眼科に行った方がいいだろう。
なぜなら、斬撃を受け止めるために刀を握っている腕は真っ赤になっていくのだ。
血で濡れているわけではなく、筋肉が限界に来ている様子が逆に痛々しい。
顔面も負けず劣らず真っ赤であり、大粒の汗まで零れていた。
(ええい、ままよ!!)
だからこそ思考を一点に集中させる。名も知らぬ少女を救うために。リリスを撃退するために。迷いを忘れるために。
リリスの背中へと炎の剣を振り下ろす。その一撃は盗賊故の速さであり、不意打ちであり、会心の一撃であった。
「ふふ、遅いよ♪」
だが、そんなニケの必殺の一撃すらリリスは雑作も無いといった風情で避け、あっさりと宙へ身を翻した。
そのすばやさは先ほど戦っていた分身よりも速かった。
(偽者より本物が強いなんざ、ありがち過ぎて笑えねえ!!)
ニケは大地を抉る炎剣を切り返そうとした。だがそれよりも頭上を取ったリリスの一撃の方が速かった。
その魔手は疾風の如く繰り出され、リリスの背後にいる少女が一撃を加えられぬほどであり、
一瞬無防備になったニケの脳天に魔手が突き刺ささる、
16:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:47:28 MkM4ktYq
「こ、この……」
「はい、おしま……」
「 AFFE!!」
はずであった。だが割って入った、たった一声の言葉だけでその結果は覆される。その言葉はノタリコン。
アルファベットの頭文字のみ発音することで詠唱の暗号化と高速化の二つを同時にこなす発音。
それは少女―10万3000冊の魔道書を暗記し、学び、応用ができる頭脳を持つ禁書目録の対魔術戦での切り札『強制詠唱』。
それは相手の術式に干渉し制御を乗っ取る技。
ほとんどの魔術師は頭の中で魔術の命令を組み立てる。ならば術者の頭を混乱させることができれば、
その制御の妨害も可能だ。それは頭の中で一から順に数を数えている人のすぐ耳元で出鱈目な数字を
ささやいてカウントを乱す行為と同じようなものである。
それは味方である勇者にも十分通用する。
その命令の意味は炎剣に指向性の爆発を起こさせ、リリスだけを吹き飛ばすということ。
呪文よりも道具を主に置いた魔術やリリスのように魔力そのものが手足であるような相手には通用はしないが、
事前に『自分の剣』をあらかじめ見る事によって、光魔法キラキラのおおまかな魔力構成を理解していた禁書目録にとっては
勇者の炎剣に命令を下すことなど造作もなかった。
「キャ!!」
その言葉通りに夢魔は下方向からの激しい爆発によって空中へと放り出される。
ニケはその瞬間に走った。いきなり剣が爆発する、しかも自分を避けるようにリリスだけを吹き飛ばすという突然の事態に
驚きはしたものの、勇者としての才能か、盗賊としての資質故にか、次にやらなければいけないことは自然と理解していた。
とびつくは、先ほどエヴァがリリスの反撃を受け、取り落としたコエカタマリン。
それを飲み、空中へと投げ出されたリリスへと視線を向け、叫んだ。
「どっかいけ!!」
その叫びが具現化し夢魔へと迫る。
リリスは避けられない。炎剣に掛けられた制限があるため爆発の威力はリリスの命を奪うほどではないが、
炎剣を構成していた力のすべてが注ぎ込まれている。それは意識を一瞬刈り取るには十分な威力であった。
ニケの叫びがリリスにぶつかり、空中であったためにその場に留めるものはなく何処かへと吹き飛ばす。
そのまま大空へと吸い込まれるように夢魔の姿と固まった台詞は見えなくなった。
「ぷは~、ちかれた~」「ぷは~、疲れたんだよ~」
少年と少女はその光景を見て、とりあえずの危機を乗り越えたことに同時に安堵し、同じような言葉を発した。
二人ともそのことが微妙に可笑しく、顔を見合わせて笑った。
「あ、そうだ。エヴァが」
ニケは微妙に忘れていたエヴァに慌てて駆け寄り声を掛ける。
「おい、エヴァ。あいつは追っ払ったぞ」
だが、いくら声を掛けても、いくら揺さぶっても、吸血鬼の少女は答えず動かなかった。
「ふざけてる場合じゃ……」
「その子はふざけてなんかいないよ」
いつの間にか横にいる少女に、どういうことだよ、と問い返す。
「私の医学の知識は最新のものじゃないけれど、それでもまだ死んでいないだけ。たぶん致命傷かも」
ニケとて自分が怪我をしたこともあれば、誰かが怪我をした場面とて見たことはある。
しかし、怪我をしても何とかなる状況か誰かであったために、怪我の度合など分からない。
だからこそ、少女の言葉が理解できない。
「そんなわけねぇ! エヴァは吸血鬼なんだ! これぐらいすぐ治る!!」
「吸血鬼? ……その子が本当に吸血鬼だったとしても再生が間にあっているようには見えないんだよ」
その言葉を聞き、エヴァの方を見る。再生が始まっているのか出血は収まりつつあるものの、それでも血がだらだらと流れ出ていた。
それが、多いか少ないかは分からなかった。ただ命が流れ出ていることだけが理解できた。
「……なぁ、回復魔法とか使えないか?」
「私には回復魔法は使えないよ」
17:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:49:55 MkM4ktYq
その言葉はニケの心に暗いものを植え付けるものであり、
「でも、あぶない橋だけど、その子を治すことはできるんだよ」
呆然となるほどやさしいものであった。
「へ?」
「闇の眷属でも十分に通用する術式があるんだよ。チップは君とその子の命。 0か 100か、それ以外はないよ。どうする?」
ニケにとっては目の前の少女が何をするのかは分からなかった。
ただ、危険な賭けらしいことだけが理解できた。
正直に言うとニケとて命はおしい。やりたいことなどいくらでもある。
だけれども、エヴァの姿を見るとその言葉に自然と笑って答えることができた。
「遠慮なくやってくれ」
18:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:50:37 MkM4ktYq
【B-5/山頂付近/一日目/昼】
【ニケ@魔法陣グルグル】
[状態]:すけべ大魔神LV.4、魔力中消費、中程度の疲労、左肩に切り傷あり
[装備]:スペクタルズ×8@テイルズオブシンフォニア
[道具]:基本支給品、うにゅー×3@ローゼンメイデン、クロウカード『光』、 コエカタマリン(残3回分)@ドラえもん
「ぬのハンカチ×20@ボボボーボ・ボーボボ」を結んで作った即席ロープ
[思考]: エヴァを治さなきゃ!
第一行動方針:エヴァを治す
第ニ行動方針:なのはの捜索、音の原因も気になる
第三行動方針:水の剣が使えるか試しておきたい
第四行動方針:自分の仲間となのは&エヴァの友人を探す。
基本行動方針:とりあえずラスボスを倒す。その過程で女の子の仲間が増えればいいッスねぐへへ
【エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル@魔法先生ネギま! 】
[状態]:気絶、魔力中消費、重度の全身打撲及び全身裂傷(骨折の可能性あり)、瀕死
[装備]:フェアリィリング@テイルズオブシンフォニア
[道具]:基本支給品、歩く教会@とある魔術の禁書目録、クロウカード 『希望』@CCさくら
なのはの荷物(基本支給品、時限爆弾@ぱにぽに、じゃんけん札@サザエさん)
[思考]:……(気絶中)
第一行動方針:リリスに激しく警戒、というか殺す!
第ニ行動方針:なのはを捜索に行く。轟音の原因も調査したい
第三行動方針:同じ目的の者を探し、仲間と情報を集める
第四行動方針:ジェダが島の地下に居る、という仮定に基づき、地下空間に通じる道を探す
基本行動方針:ゲームからの脱出。ジェダを倒す。
[備考]:
エヴァンジェリンは、預けられた「なのはの荷物」を一通り調べています。
支給品の説明書も読んでいるようです。
光魔法『カッコいいポーズ』がジェダにも有効かもしれないと考えています
リリスが他の参加者と同じ待遇だと認識しました
【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:けっこうな空腹とけっこうな疲労、
[装備]:水の羽衣@ドラゴンクエストⅤ、コキュートス@灼眼のシャナ、葉っぱの下着
[道具]:支給品一式、逆刃刀・真打@るろうに剣心
[思考]:治してあげるんだよ。
第一行動方針:治癒魔術をニケに実行させ、吸血鬼の少女の傷を治す
第ニ行動方針:シャナと合流
第三行動方針:状況を打破するため情報を集める。(人の集まりそうな場所を目指す)
第四行動方針:太った男の子(パタリロ)を警戒
第五行動方針:普通の下着、てか服がほしいかも
基本:誰にも死んで欲しくない。この空間から脱出する。
[備考]:主催者の目的を最後の一人か、この状況を何らかの魔術儀式に使うと考えています。
アラストールと互いの世界に関する詳細な情報交換を行いました。
[備考]
1:ニケとエヴァは、1つの仮説を立てました。その概要は以下の通り。
· 『結界』は空中だけでなく、地中にまで及んでこの島を球形に包み込んでいると考えられる。
· この『結界』は外部との念話や、転移魔法を阻害する性質を持つと思われる。
· OPで全参加者を転移させたことなどを考えると、ジェダもまたこの『結界』内部にいる可能性が高い。
おそらくは島の地下。
· その地下空間と地上の間に、緊急用の通路がある可能性がある。特に怪しいのは城や塔、洞窟など。
2:インデックスがこの空間内にジェダの魔力が敷き詰められていることを感知しました。
· 用途は知覚の妨害であると推測しています。
19:少女が歩けば勇者にぶつかる ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:51:47 MkM4ktYq
【B-5/空中/一日目/昼】
【リリス@ヴァンパイアセイヴァー】
[状態]:服部打撲(激しく痛むがMっ気あるなため遊ぶのには支障はない)、小程度の魔力消費、
「どっかいけ」のコエカタマリンに吹き飛ばされている
[装備]:無し
[道具]:支給品一式(食料は無し)
[思考]:ん、もう。これ邪魔だなぁ。
第一行動方針:変な声をなんとかしたい
第ニ行動方針:まだ遊び足りない
第三行動方針:獲物を探して狩る
第四行動方針:18時にはB-7のタワーへ行く
基本行動方針:楽しく遊びつつ、優勝して本当の身体を手に入れる
[備考]
コナン&ネギと殺害数を競う約束をしています。待ち合わせは18時にB-7のタワーです
20: ◆yzPs2TxFPo
07/04/03 22:52:45 MkM4ktYq
終了。結構無茶とかした気がします。判定をどうぞ。
21:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 23:21:01 87GDNFcP
インデックスフル稼働w
趣味全快の内容に感動した。
一応、全員生き残ったか。
ぱっと考えて問題があるとすれば
1.魔力探知妨害の存在
2.強制詠唱がキラキラに対して有効か?
1.のほうは……今まで魔力探知したキャラが誰かいたっけ?
今までと大きな矛盾がないようなら、悪くないと思う。
2.のほうは、無詠唱のキラキラが影響を受けるか微妙。
これができると、今後の話の幅は広がるけど、原作よりも便利な気がする。
個人的には使い方が良かったからこのままでも通したいなぁとは思うけど。
他の人の意見も聞きたいな。
22:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 23:29:14 VI/npYc5
GJ。
インデックスすごくがんばってた。
そしてニケが大がんばりでした。
ひゅーひゅー、かっこいいぞ勇者様ーw
エヴァ様、生き残った……かな……?
>>21
魔力探知は、フランドールがレイジングハートでエリアサーチを使っていた。
一般人並の魔力量でも探知出来てそうな様子ではあったけど、
フランドールが苦手なせいもあって範囲は半径50m程度だった。
あとベルカナが一話でセンス・マジック(魔力が見えるようになる)を使ってる。
ただ、以上は能動的な物で、受動的に探知してたキャラは居ないと思う。
23:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 23:34:45 RZxedUlP
君島の残像を見た。
凄く乙。
24: ◆NaLUIfYx.g
07/04/03 23:36:29 tNJU9ws9
投下乙!
皆生き残るとは予想外w
エヴァ様も大丈夫……かな?
えー、自分のがどうも今日中には間に合わない……orz
すみませんが後1時間程かかりますがよろしいでしょうか?
25:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/03 23:40:39 VI/npYc5
って、エリアサーチは魔力『も』探知できる何でも探知だったかな?
とにかく受動探知は……シャナとかも存在の力感知してる様子が無いんだよな。
小太郎と共に勘で正しい方向を当ててたのは勘だろうし。
デバイスが持ち主に魔力の有る無しを感知してたりはしてるけどその位かな?
>>24
そのくらいならまず構わないと思います。
26: ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 00:46:16 hxqxuZiC
では予約していた4名を投下しますが、携帯からなので遅くなってしまいますorz
27:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 00:50:29 hxqxuZiC
「シャナはこ―や!」
「小―さいよ!」
「―かせたらまたケガ人放って―」
「今度は助けて―」
「うるさいうるさいうるさい!」
ずっと、このまま静まり返るであろうこの病院内に、新たな声が聞こえた。
ブルーとイブは第三者の声により、意識を覚醒、互いの手を握り合う時間は終わりを告げた。
イブの涙も止まっている。そこでようやく自分の腹の傷に気付いた。
正常な落ち着きを取り戻したのだろうか、ズキズキと痛みだす。
イブは無言で服の腕部分を破り、臨時の包帯代わりとした。
一方のブルーは上へと注意を払う。
声の質から男と女、位置はこの上の階。
ブルーは二階にいるという事だけで内心焦った。
(まさか……双葉が生きている?)
いや、あれはもう死んだはず……
ブルー自身は確かに殺したと思っている。しかし死んでいると確認を取ったわけでもなく、不安に駆られる。
頭がこんがらがって来る自分を落ち着かせる為、一回深呼吸を取る。
古い空気と不安が吐き出されて、新たな空気と落ち着きが流れ込む。
あれこれ考えてしまっては埒があかない。
今考えるべき事は最悪な展開で、尚且つ今に至るような出来事。
つまり、ブルーは双葉を殺し損ねたのだ。だがあの傷は致命傷ないし重傷、これは間違いない。
そして私と擦れ違うようにして2人組が双葉を見つけ、手当をした。
今言い争ってるのはどちらが双葉の面倒を診て、どちらがここに来るか、だ。
(よく浮かぶものね……)
パッパ浮かぶ自分に感心するブルー。が、どうもそう呑気にしている場合でもない。
ようはここに人が来るのかもしれない。さすがにこの状況を見たら、自分とイブは殺人者に思われる(尤も実際そう違わないのだが)。
それはマズい。相手によってはすぐに殺しにかかるかもしれない。
そう考えると上で討論をしだしたのは幸いであった。
まぁこれで双葉が死んでいるのならもっとよいが、あまり期待してはいけないだろう。
では今すべき事はなんだ? それはここから脱出、及び敵から逃げる事。
となるとこんな所で油を売っている暇はない。
28:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 00:53:32 hxqxuZiC
「逃げるけどいいかしら?」
確認を取りながらも、ブルーは上半身と下半身が真っ二つになっているビュティの近くに歩み寄る。
正直、見たくない。故にブルーは自然と片目を閉じて細目になる。
そして血の池の中に転がり落ちているランドセルを自分の服につかないようにそおっと持ち上げた。
「私はブルーさんに従います……」
と言うイブの目の前に放り投げる。
同じ要領で傘も。
「ありがとう、じゃあそれ持ってすぐに逃げましょ」
坦々と説明するブルー。
本当はもう少し色々したいのだが今は1秒も時間が惜しい。
イブはブルーの意図に気付いたのか、傘をビュティのランドセルに入れて、そのままそれを空いている胸にかけた。
ようは荷物持ち役となったのだ。まぁ4歳児に持たせるのも酷だが……
「それじゃ行キャッ!?」
ブルーが走り始めようとしたその時であった。
イブはそのままブルーを両手で持ち上げて颯爽と廊下を走り始めた。
いくら4歳児の体であろうと、実質はイブより年上、そんな子にお姫様抱っこをされるのはやや恥ずかしいご様子。
ブルーの顔は徐々に赤く変わっていく。
それでもまぁ、ブルーにとっては予想外であったのか、その速さは自分が走るよりも速く、ちょっと得した気分になった。
まぁ乗り心地とかそういった文句は一切なしだ。
これはイブが思ってくれての行為、大人しくするのが一番だろう。
2人は病院と外を結ぶ扉を通り抜け、再度太陽の日差しを浴びる事となった。
イブは考えもなくとりあえず病院から離れるように走り去る。
ブルーとて行き先を決めていたわけではない。
今はここから離れるだけ。行き先など四の五、後々決めればよい。
ブルーはチラッと病院の方を見た。
あそこには一人ないし二人死んでいる、出会って一時間足らずで廃病院が曰く付きの廃病院へと変わってしまったのだ。
その原因となったのは自分。一瞬背筋がゾクリとしたが、それを笑みへと変える。
(大丈夫、私ならやれる……絶対にやれるんだから!)
29:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 00:59:17 hxqxuZiC
* * *
何分走ったのだろうか?
穏やかに感じる風、木々の間に入り込む陽の光、どれも心地よかった。
そのような感じていると時間の流れというのは忘れてしまう。
相変わらずブルーはイブに抱き抱えられ、静かにしていた。
後ろから追って来る様子もない。とりあえず逃げ切れた……のだろうか?
と、不意にイブの動きが止まり、ブルーは現実にへと覚醒される。
降ろされ、再び地面の感触を味わう。
目の前には工場が立ち聳えていた。
ブルーは自分のランドセルから地図を取りだし現在地の確認をとった。
(ふむふむ、西に来たようね)
病院とここの工場は大体一マス程度、つまり約1km。
それならばこんな短時間(実際何分かかったのかブルーにはわからないが)で着くにも納得が出来る。
「ブルーさん、どうしましょう?」
イブが隣りで聞いて来る。
肩を上下に動かし、呼吸をするにも忙しそうだ。
無理もない。大人の男性なら先程の行程の半分ぐらいで音をあげるだろう。
それゆえに悪い事をしたかな……とブルーは思った。
結論から言うと、この工場には「入りたい」だ。
やはり疲労感もあるし、休憩をとるにしても室内の方が幾分マシである。
何よりイブの服や髪にこびりついている血をなんとかしたかった。
問題は一つ、『中に人がいるかどうか』
この殺し合いに乗っている人は最悪であるし、例え乗っていなくてもイブの格好を見てどう思うか……
言い訳はできる、バレないような演技も自信がある。
後は自分らの運とミスらないか、だけ。
(こんな所でうじうじしても仕方ないわね……)「行きましょ、でも気をつけながらね」
今更悩んでも仕方ない。もう前に進むしか道はない。
一応イブに注意を促して、2人は工場の中へと入って行った。
30:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 01:02:11 hxqxuZiC
* * *
「結局見つかりませんでしたね……」
フェイトは落ち込んでいる光子郎を慰めるかのように喋り、パンを一かじり。
「ん、そうですね……」
素っ気ない返事をし、余計に落ち込む光子郎。
結論から言うと、それといった成果はなかった。
2人で工場内を探し回ったがこの島から脱出出来るであろう鍵となる物は見つからなかった。
その間にも時間はお昼を過ぎ、作業に夢中だった光子郎の腹の虫が鳴り始めたのを機に、食事へと移った。
その結果がこれである。
ろくに会話もせず、頭の中で考え事に没頭してる光子郎に、フェイトはちょっとだけ不満であった。
(食事中はのんびりした方がいいのに……)
口には出さない。いや出せなかった。
なんでか? と聞かれたら返答に困るが……
とにかくそのままでいて欲しいと願う自分がいるのもまた事実、寂しくないと言ったら嘘になるが、フェイトは光子郎の顔を見ながら食事を続けた。
一方の光子郎はそんなフェイトの気持ちなど知らず、ひたすら頭の中で理論を展開していった。
(この工場は間違いなくこの島に必要ななんらかのエネルギーの確認をとっている……
だけどここにある電池はフェイク、偽者であろう)
そうしてパンをかじり、水を喉に流し込む。
(となると本物の電池が何処かにあるはずだ。多分他人に見つかりにくいような場所……。
だけどそれが果たして何処なのか……)
光子郎はランドセルの中から地図を取り出し、広げた。
(普通に考えたら絶対に見つからないような場所。だけどなぜだろう。
そんな場所にはない、と思ってしまう。何らかの手段で確実に行けるような場所にあると思えてしまう……)
それは光子郎の持つ違和感。それが何を示すのかは彼にはわからない。
(だとしたら塔……か? いやいや家の中かもしれない。くっ……そう考えると候補が多過ぎる)
改めて建物の多さに光子郎は悩まされた。
そりゃあ相手だってそう簡単にわかるような場所には置かないだろう。
わかってはいるが、どうしようもないやるせなさに髪の毛をクシャクシャにした。
31:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 01:03:56 hxqxuZiC
―カタッ―
小さい足音がした。
もちろんそんな小さな音など集中してる光子郎には聞こえない。しかし、フェイトは違った。
幸いここは入口からは死角、向こうは気付いていないはず。
フェイトは違った。
幸いここは入口からは死角、向こうは気付いていないはず。
フェイトは余計な音を出さないようにチョンチョンと光子郎の肩をつついた。
「ん? どうモグッ!?」
慌てて口を塞ぐフェイト。しかし、ここには自分らと侵入者だけ。
この空間に光子郎の声が響くのは当然であった。
「誰……?」
自分でもフェイトでもない声が聞こえ、ようやく光子郎は事態を把握した。
相手は女の子……それも相当若い。
「ねぇ……いるよね? ……何で返事してくれないの!?」
その悲痛な叫びに相手を想う気持ちが表れたのか、この場から出てこうとするフェイトを、光子郎は素早くそれを止めた。
「でも……」と言いたげなフェイトを目で「もう少し待とう」と訴える。
(罠であるかもしれない。ここはもう少しだけ様子を見た方がいい)
「もうやだ……怖いよ…………うわぁぁぁぁあああああん!!」
「お願いします……私達はこの殺し合いには乗ってません……」
先程の子が泣き始め、別の声が聞えてきた。
フェイトはその声に悪意がない事を判断、いや判断したかった。
再度光子郎に向かって目で訴える。
さすがにこのような状況になっては、光子郎も諦めがついた。
「僕達も乗っていません。だから落ち着いてください」
二人は入口の方へと向かった。
32:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 01:11:16 hxqxuZiC
* * *
光子郎とフェイトが見た二人は、体中血がびったりとついている少女と泣いている幼い子。
そのあまりの光景に一瞬光子郎はたじろいたが、フェイトがうまくカバーしてくれた。
その後光子郎達は中断していた食事を再開して、その間に二人の話を聞き出す事にした。
彼女達はどうやら隣りの廃病院で襲われたらしい。それをなんとかイブって子が命懸けで返り討ちで殺してしまい、そのまま逃げるかのようにここへと辿り着いた、という事になる。
「大変……でしたね」
フェイトが二人に声をかける。どう声をかければいいか解らず、中途半端な内容となってしまったが……
そのままブルーの方へと近寄ろうとするが、全身で怯え、イブの後ろへと隠れる。
「ハハハ」とフェイトは苦笑いを浮かべた。
どうやら先の件で疑われてしまったらしい。
無理もない。四、五歳ぐらいの少女がこんな所場所に来るのがおかしいのだ。
しかし、このまま見過ごすのもやっぱり出来ない。フェイトにはそれがわかる。
「大丈夫……安心して」
その笑みは素敵だった。
光子郎もイブもブルーもその天使のような笑みに一瞬心を奪われた。
彼女は再びイブの背に隠れてるブルーに手を差し延べる。
大丈夫、信じればきっとわかる。覚えてる。最初は―
「ね? ブルーちゃん」
名前を呼ぶんだ、と。
「フェイトさんは……味方?」
微笑んだまま頷く。
それは、フェイトの手が小さい手と握手するのには十分な理由であった。
そしてブルーはそのまま光子郎の方へと向く。
「光子郎さんも……味方?」
それはブルーが歩んだ一歩、その一歩を光子郎はもちろん受け止めた。
「はい、もちろん味方ですよ」
33:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 01:13:02 hxqxuZiC
* * *
その後食事を終え、光子郎はイブに髪を洗った方がいいと言った。
奥に洗面所もある事だし、とフェイトが付け加える。
二人に促され「それでは……」と言うイブと、元気になり「私もー」と言うブルーが奥へと進んで行った。
そして二人の姿が見えなくなった時、光子郎の顔は再び険しくなった。
そんな姿を見てフェイトは不思議に思い、口にする。
「どうしたんですか?」
「あ……いえ、ちょっと腑に落ちない点がありまして……」
光子郎は自分の思いをフェイトに伝える。
「正直僕はあの二人を疑っております」
予想外の言葉、衝撃の言葉にフェイトは開いた口が塞がらない。
「襲われたって言っても怪我してるのはイブさんだけだし……何してもあの血の付き方がおかしいんです」
光子郎はそう言いながら体で表現する。
「普通に敵を殺しちゃったら……こう、返り血がどうあっても後ろ髪に付くのはおかしいんです……」
言われてみれば……と思うだが、それでもやはり光子郎の考えには疑問をもった。
「でも、だからってそんな嘘をついてると決めるのは……」
「……まぁそうですよね、すみませんこんな事を言ってしまって……」
頭を下げ、謝る光子郎に「いえ、気にしないでください」とフェイトは加えた。
* * *
(フェイトさんは彼女らを信じてる……)
口ではああ言ったが、光子郎はやはり彼女らを疑っていた。
出会った時から持っていた違和感、それがなんとなくだがわかり始めた。
仮に傷がなかったとしても、襲われたら服は必ず汚れるはずだ。しかし、ブルーの子はそういった汚れは見つからなかった。
(だけどこれらはなんとでも言い訳ができる……)
これらは状況証拠、物的証拠ではない以上、光子郎は考える事しか出来ない。
敵はどっちだ? イブか? それともブルーか? あるいは両方か?
出来る事なら疑いなくなかった。しかし、こういった場所ではちょっとした疑問点も必要以上に大きくなる。
仮に敵であったら、多分直接的には殺さないだろう。それだったら今こうして過ごせるはずがない。
ならば敵は何らかの手段を用いて自分らを殺して来るだろう。
それは防がないと……
その為にはフェイトに彼女らが敵であると認めさせる事だ。
(大丈夫……僕になら出来る)
相手の策略を看破し、それを裏手にとる。
肉体戦はからっきしだが頭脳戦となれば話は別だ。
さぁ……どうやってその正体を暴こうか…
34:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 01:16:04 hxqxuZiC
* * *
(やっぱり……光子郎さんは疑っている……)
表情でわかる。納得のいっていない表情だ。
このままではマズい。そうフェイトは思った。
(光子郎さんもちょっと疑ってるだけ……私がなんとかしなきゃ)
フェイトは自分に責任を負わせる。
この状況でイブ達と光子郎の仲を持つのはフェイト以外存在しない。故に責任感を感じてしまう。
(大丈夫……皆仲良くやっていける)
フェイトは考える。どうすれば光子郎の疑いが晴れ、皆仲良くなれるかを……
* * *
(あの子、光子郎が要注意かも)
ブルーはイブが髪を洗ってる間、状況を整理した。
フェイトに関しては多分大丈夫であろう。イブと同じように心優しい人間である。
一方の光子郎も優しい人間ではある。人間ではあるのだが……
(頭が切れる人よね……)
ブルーは一瞬だが感じていた。光子郎が自分らに疑いの視線を浴びせていたのを……
となると当然始末しといた方が良いというわけだ。
フェイトという人員を確保したい今、自身らを疑う光子郎はもっとも邪魔な存在。
問題はそれをどうやってフェイトにバレないようにするか、だ。
なに、まだ時間はある。
向こうもそう下手な手は出せないだろう。
それに色々使える道具もあるし、何よりイブという存在が大きい。
ブルーは考える。どのような作戦でいこうかと……
35:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 01:20:29 hxqxuZiC
* * *
さぁ、目標となる旗は置かれた。
一人は特化した『知略』で挑み、一人は特化した『想い』で挑み、一人は『仲間』と『道具』で挑む。
果たして誰が一番最初に辿り着くのだろうか?
【A-3/工場(ファクトリアルタウン)内/1日目/真昼】
【泉光子郎@デジモンアドベンチャー】
[状態]:健康、ブルーとイブを疑っている
[装備]:風の剣@魔法陣グルグル
[道具]:支給品一式(食料少し減)、ジャスタウェイ@銀魂
[思考・状況]
思考:どうしようかな……
第一行動方針:ブルーとイブの本性を暴き出す
第二行動方針:フェイトをイブとブルーから守る。
第三行動方針:とりあえず今後の動向について考える
第四行動方針:友人との合流
[備考]:光子郎は工場について以下の仮定を立てました。
1:この工場はなんらかのエネルギーが作動してるかどうかを確認している。
2:そのなんらかのエネルギーはここじゃない場所にある
3:そこは普通にしてたらわからないが、決して見つからないような場所ではない
尚1~3は誰にも話しておりません
【フェイト・T・ハラウオン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:健康、やや不安
[装備]:バトルピック@テイルズオブシンフォニア
[道具]:支給品一式、マジックバタフライ@MOTHER2、さとうきびセイバー@ボボボーボ・ボーボボ
[思考・状況]
思考:どうにかしなきゃ……
第一行動方針:光子郎とブルー達を仲良くさせる
第二行動方針:皆と同行第三行動方針:友人と合流
36:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 01:22:50 hxqxuZiC
【ブルー@ポケットモンスターSPECIAL】
[状態]:健康、落ち着き、4歳モード、光子郎を要注意人物だと判断
[服装]:白衣
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式(食料少し減)、チョークぎっしりの薬箱、年齢詐称薬(赤×4、青×3)、G・Iカード2枚(『聖水』、『同行』)@H×H、Lのお面@DEATH NOTE、ナース服
[思考]:一難さってまた一難ね……
第一行動方針:光子郎を要注意人物と判断、殺害を計画?
第二行動方針:生き残るためには手段を選ばない。自分の手も要所要所で汚す覚悟
第三行動方針:4歳児の外見を生かし、イヴを利用する。自分の身を守ってもらう。
なお、使える戦闘要員なら増やしてもいいが、足手まといが増えるのは困る。
第四行動方針:イヴには、自分の正体がバレないようにする(=年齢詐称薬の秘匿、説明書の効果時間に基づいた12時間ごとの薬の摂取)
第五行動方針:レッドやグリーン、イエローのことが(第二行動方針に矛盾しない程度に)心配
基本行動方針:バトルロワイアルからの脱出、元の世界への帰還(手段は問わない)
[備考]:ブルーは、ビュティが持っている傘に銃が仕込まれていることを知りました。また、イヴが持っているアタッシュケースが仕込み武器である可能性を強く疑っています。ブルーは、双葉を始末したであろうと思っています。
【イヴ@BLACK CAT】
[状態]:左腹部に銃創(応急処置済み)、全身に中程度の打撲、落ち着き、精神中消費、疲労感中
ビュティの返り血が服や髪に大量に付着、自分を許してくれたブルーに恩義以上のものを感じている。
[装備]:スタンガン@ひぐらしのなく頃に
[道具]:基本支給品一式(食料少し減)、アタッシュ・ウェポン・ケース@BLACK CAT、G・Iカード1枚(『左遷』)@H×H、ビュティの基本支給品一式、神楽の傘(弾切れ)@銀魂、コンマ@ボボボーボ・ボーボボ
[思考] 血、落ちるかな……。
第一行動方針:髪の毛を洗う
第二行動方針:ブルーに服従し、命がけで守る
第三行動方針:一休を見つけたら、懲らしめる
基本行動方針:この殺し合いを止め、脱出する
[備考]:アタッシュ・ウェポン・ケースの『捕獲用ネット』を使おうとして、間違えて『マシンガン』の引き金を引きました。今後、『マシンガン』のスイッチを間違えることはまず無いと思われます。
イブとビュティ、二つランドセルを持っています
37:誰にだって勝つ権利はある/難しいのはその行程 ◆NaLUIfYx.g
07/04/04 01:24:53 hxqxuZiC
時間かかりすぎ……orz
とりあえず投下完了です……
投下に多大なる時間をかけてしまいすみません……
38:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:29:11 y7HXD58H
投下乙カレ
これはいい疑心暗鬼と錯綜
フェイトが第二のイヴにならないことを祈る。
欲を言えばイヴとブルーが一緒に風呂に入っているシーンをもっと詳し(ry
そういえば……昨晩の投下予告ではすわ何人死ぬか、という感じだったのに
結局誰も死ななかったなw
39:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:35:14 r7JHpAHw
死ににくいなwww
死線を一回のみならず、二回目を超えそうになってる奴が一名…
40:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:35:36 S6eU7X+R
投下乙です。
見事に捌いて並べて、さあいかようにも調理! という雰囲気のバトン……。
先が楽しみですねぇ。
41:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:38:08 vybedRet
>>37GJ
なんとなく、ラノロワのマーダー、非マーダー入り混じった策士が集った状態を思い出した。
あれよりもこっちの方が、状況が悲惨な結末になりそう。
だって本物の策士でないぶんお互いボロを連続しそうだから。
>>38
たぶん、投下が遅れることになってしまった人なんだろうなぁ。死者は。
42:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:38:47 JaJNqXky
>>38
すまない。今日の昼までには必ずレオモン達の出番を作るからw
四月だってのに外は寒いぜ・・・
43:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:43:30 y7HXD58H
……ごめん、自分自身が死者出すと言っておいて間に合わなかったひとり。
期限すでに破ってるので、遅れると言ってもなんか何ともいえない立場だがorz
44:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:49:24 aAmz6GQ4
乙!
三者三様の思惑が渦巻く深い展開になってグットです。
光子郎の「僕ならできる」で某新世界の神の方を思いついたのは
俺だけでいい。
それにしてももし、フェイトや光子郎が死ぬことになったらフラグ潰れるな。
まぁ、その方が楽かもしれんがな。
45:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:55:01 h8zKyeia
投下乙
いい感じで疑心暗鬼ってるなー。ブルーが外道すぎてなんともいえないぜw
>>44
序盤のフラグってのは潰されるためにある。というか、脱出フラグは死亡フラグと同義。
それに、二人が死んでも他の考察派はいっぱいいるしなー。
46:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 01:55:15 JaJNqXky
>>37
投下GJ。本格的な疑心暗鬼前のオードブルのような絶妙の味付けがたまりませんでした。
47:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 03:19:00 hEKQKayA
誰も突っ込んでないが、フェイトは「ハラオウン」じゃないのか?
と思ってWiki見たら最初から間違ってたみたいだな…
48:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 08:18:19 m9Evj1F4
「自分→他の方→自分」はやっぱり自己リレーに近いことなのかな?
なんだか気になってしまった。
49:名無しさん@お腹いっぱい。
07/04/04 08:57:23 JaJNqXky
>>48
そのキャラを動かせる人が少なかったりとか色々あるから気にしなくていいのでは?
と自己弁護込みで言ってみる。人気パートなら他に書きたい人がいるか待った方がいいと思うけど
50: ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:15:50 Td5QgLpw
遅くなりましたが弥彦、パタリロ、よつば、チアキ、藤木を投下します
51:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:16:49 Td5QgLpw
「チアキ、よつばの目を塞いでいろ。ついでにお前も目を瞑れ」
「はぁ? 何言ってるんだパタリロ。意味が分からないぞ」
意味不明なパタリロの言葉にチアキは首を捻った。
危ない奴がいるのに目を瞑ったら、もっと危ないのではないか?
大体、よつばが見なければちよを襲った相手かも判別つかないだろうに。
「いいから二人とも目を瞑って、ぼくが良いと言うまで開けるな」
再度強く念押しされると何となく従わなければいけない気になってしまう。
そこまで言うなら見ない方が良いのだろうと、よつばの目を塞いで目を瞑った。
家族でTVドラマを見ている最中にキスシーンが出てきた時も、こんな感じだったかな。
そんな事を思っているうちに、いつの間にかパタリロは走り出していた。
まるで寝た子を起こさないように気を使っているかのように静かだった。
訳が分からないで戸惑うよつばを抑えながら、チアキはふと思う。
不審人物がちよとよつばを襲った相手だったら、パタリロはどうするのだろう。
銃を撃つだろうか、それとも話し合うだろうか。出来ればそんな奴は懲らしめて欲しい。
二度と悪い事をしないように、見えないところでキツく懲らしめて欲しい。
そう思う。でも―それは他力本願だと分かっていた。
よつばに「ちよは大丈夫だよ」と囁きながら、心に湧き上がる「大丈夫じゃない」という
思いを誤魔化していた。
「良し、もう目を開けていいぞ」
「随分かかっ……オイ、何だここは?」
数分ぶりに開いたチアキの目に映ったのは、住宅街だった。
チアキの住む大型マンションとは違い、一戸建てがズラリと規則正しく並んでいる。
どの家も庭らしい空間を持たない、都心の住宅事情を彷彿させる狭苦しい造りだ。
太陽は眩しく、絶好の洗濯日和だというのにベランダにはシーツの一枚も出ていない。
閑静な住宅街というよりもゴーストタウンという言葉が脳裏に浮かんだ。
「なー、ちよはどこだ? なー?」
「え-と……」
よつばの疑問に答えようにもチアキにだって良く分からない。
言葉に詰まっているとパタリロは二人を乗せ、立ち並ぶ住宅の一軒へと入って行く。
表札には『魔夜』と書いてあった。聞いたことがあるような無いような変な名字。
パタリロは玄関先で靴を脱ぐ事もなく、ズカズカと上がり込みリビングのソファーに
二人を下ろした。リビングには大きなソファーが幾つかと豪華なテーブル。
それと良く分からないけど高そうな絵や壺、難しそうな本の詰まった本棚。
床には悪趣味な柄の絨毯と虎の敷物が敷かれている。
あまり自分では住みたいとは思わない感じの、一言で言うと成金趣味な家だった。
52:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:17:55 Td5QgLpw
「二人とも、しばらくここで大人しくしていろ」
「何言ってんだよ、バカ野郎」
「そーだぞ。ちよをたすけるっていってたろ! おまえ、うそつきかー!」
よつばがパタリロの自分勝手な言葉に両手を挙げて講義した。
当然だろう。ちよを助けると言っていたのに、いつの間にか逃げ出していたんだから。
「行くさ。ぼくが様子を見てくる。チアキ、よつばを抑えていろよ。絶対手を離すな」
「やだ! よつばもちよをたすけにいくんだー!」
チアキは黙っていた。なんと言っていいか分からなかった。
ちよを助けたいという気持ちに嘘はない。よつばを応援したい。
でも―心の底では危険人物との遭遇を先延ばしに出来た事にホッとしていた。
この世界に放り出されてから出会ったのは百戦錬磨のパタリロと純真無垢なよつば。
今までチアキは恵まれていたのだ。
その恵まれた境遇が彼女に一歩踏み出すことを躊躇させていた。
『パタリロが何とかしてくれるなら、それで良いかもしれない』
何かが起こっても誰かが何とかしてくれる。そう思いながら、よつばを抑えていた。
そんなチアキの耳元でパタリロが囁く。チアキにだけ聞こえるような小さな声で―
「さっき不審者に死体が刻まれていた。多分ちよって子だ」
「!?」
「お前たちに無残な死体も殺し合いも見せたくないんでな」
それだけ言うとパタリロはチアキの返答を待たずに駆け出した。
さっきの場所へと戻るのだろう。そして一人で不審者と対面するのだろう。
「こらー! にげるのかー!」
「おいバカ野郎、すぐに戻るんだろうな?」
「もしも三時のオヤツまでに帰らなかったら、後の予定は任せる!」
まるでちょっとそこまで買い物に行って来る、と言わんばかりに気軽な言葉を残して
鈍重そうなペンギンが軽快に走り去っていった。
○ ○ ○
そんなペンギンの出てきた住宅を3軒ほど斜向かいから見つめる影があった。
藤木茂だ。生乾きの半ズボンに、住宅から失敬したランニングシャツを着てコッソリと
塀から顔を出す彼は、ワンパク小僧というより身包み剥がされた中年のようにも見えた。
(た、助かった……ぼ、僕には気がつかなかったみたいだ)
明神弥彦と不意に風呂場で遭遇した後、当座の衣類とペットボトルに水道水を
詰め込んだだけで、火傷の痛みも我慢して住宅を出ていたのだ。
それは『アイツが戻って来たら怖い』という至極まっとうな理由からだった。
そして弥彦の歩いて行った方向に興味はあれど、堂々と追う勇気もなかった彼は、
幾つもの家に隠れながら沼地の方角に気を配っていたのだ。
殺す為ではなく『戻ってきたら、すぐに逃げられるように』という情けない理由だった。
だがその消極的な努力は実を結び、弥彦と入れ違いで来たパタリロ達に気付かれる事なく、
狙っていた白銀のコートを着た少女、よつばを発見できたのだ。
(あの子、きっと僕のことを話しているに違いない。見つかったら殺される)
よく分からないが相手は三人、しかも自分を人殺しだと知っている。勝てるわけがない。
藤木は唇を青くして震えながら三人が動くのを待っていた。
逃げ出す勇気すらなく、早くどこかへ行ってくれる事を心から願っていた。
そして願いが通じたのか、しばらくしてペンギンはどこかへ走り去っていったのだ。
残るは二人。両方とも弱そうな女の子だった。
ゴクリと藤木は喉を鳴らした。水分の採りすぎか、汗がポタポタと垂れる。
あの二人を殺せば『ご褒美』が貰えるはず。そうすれば火傷を治せるんだ。
藤木はルーンの杖を握り締め、体の震えが止まるのを待った。
相手が女の子でも、二人が相手じゃ負けるかもしれない。
でも―もし弥彦が戻ってきたら、もしペンギンが戻ってきたら、そうしたら絶望的だ。
だから早く行動しなければいけないと思うが、焦れば焦るほど決断できない。
藤木茂、彼はとことん気弱な少年であった。
53:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:18:52 Td5QgLpw
○ ○ ○
楼観剣の切れ味は素晴らしかった。
無造作に振り下ろしただけで物言わぬ少女の首は蛙のように飛び跳ねた。
普通ならば一撃で首を落とすなど余程の腕か、重量のある業物でなければ務まらない。
手の中には枯れ枝を一本へし折ったくらいの軽い手応えが残っていただけだ。
その所有者を魅了するような切れ味も弥彦の興味を動かしたりはしない。
今の彼は盲目的に命令に従っているだけの人形に近かったから。
『首輪と解体に使えそうな工具をタワーに持って帰る』
ただその命令を守るために、恨みがましい少女の視線も無視して赤い水溜りを探る。
ずるりと引き抜いた手に赤く染まった小さな首輪が一つ握られていた。
少女の遺留品は苦境を抜ける道標となるか、冥界へと誘う片道切符となるか。
「……あとは工具……探さねぇと」
もしニアが一つだけ間違いを犯しているとしたら、盗聴に気を使うあまりに
言葉を選びすぎた事だろうか。
明治生まれの弥彦にとって工具とは、金槌でありノミやノコギリであった。
時計くらいは知っているが、どんな道具が必要なのか詳しく知っていなかったのだ。
「……工具って……どこにあるんだ?」
腑抜けた声で呟きながら見渡せば、少女の右手には鋭い短剣が握られていた。
小刀はどんな細工や作業にも適した万能の工具である。少なくとも弥彦の知る範囲では。
短剣に向かって無造作に伸ばした指先が刀身に触れた途端、炎が弥彦の腕を包み込んだ。
罪人を咎するかのように燃える盛る炎は弥彦の精神、動物としての本能を突き動かし、
少女を殺めた少年と同じように泥沼を転げ回らせた。
燃えたのが右腕だけだったこと、直ぐに泥で消化できたことで大事には至らなかった。
皮肉にも道着に染み付いた大量の血糊が彼の体を守ったのだ。
だが右肘から先は大きな火傷に覆われ、泥も合わせて早急な治療が必要だろう。
幸いにして手首や指は問題なく動かせた。激痛を伴うものの我慢出来ないほどではない。
そしてその激痛は心地良かった。自分が自分である事を教えてくれるからだ。
弥彦がニアに受けた眠り火の催眠暗示は解けていた。
炎はその揺らめきで見たものを惑わし狂気に貶めるいうが、同時に闘志の象徴でもある。
火の元素霊サラマンデルの炎は、腕ともに精神に巣食う眠り火を焼き払ったのだ。
乱暴な言い方をすれば、ケツに火を点ければ誰だろうと正気に戻るという寸法だ。
「畜生、ニアの奴。やっぱりあんな奴には協力できねぇ!」
手にした楼観剣を力一杯地面に叩きつけた。その先に転がる少女の死体が目に入る。
殺したわけじゃない。ここに来た時には、もう死んでいた。手遅れだった。
自分に言い聞かせるが、そう簡単に割り切れるくらいなら二アに協力している。
弥彦は泥に塗れた少女の首を手にすると、胴着で顔を拭いて、目を閉じさせてやった。
そしてギュッと抱きしめた。謝罪の言葉を呟きながら抱きしめた。
正気でなかったときの事もボンヤリと覚えている。悪い夢のようだったが覚えている。
殺してしまった少年を供養したいと思っていたのに、首輪を探して死体を弄んだのだ。
こうやって目を閉じてやる事も出来なかった。そんな自分が心底情けなくて、涙が出た。
54:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:19:32 Td5QgLpw
○ ○ ○
まだパタリロが去って10分も経過していないのだが、既にチアキはウンザリしていた。
大きなソファーに癒しの杖を立てかけて、一息つこうかと腰掛けた矢先、
よつばがリビングを出て行こうとしたのだ。それを捕まえて以来、押し問答が続いている。
「はなせー! ちよをたすけるんだ!」
「今、パタリロが行ってるから、もう少し待てって説明してるだろ」
「よつばもいくんだ! ちよがまってるんだ!」
「危ないって言ってるんだ。よつばが怪我したら意味ないだろ。パタリロが帰るまで……」
これで8度目。チアキはよつばを引き止めて延々と同じような会話を繰り返している。
もしかしたらパタリロは、この子の面倒を見るのが嫌で押し付けていったのではないかと
勘繰りたくなるほどに、ウンザリしていた。子供は嫌いだ、図々しいから。
少しでも目を離せば一人で出て行こうとする。こちらが甘やかせばそれだけ増長する。
話が通じない分、我が侭なカナよりも更に輪をかけてタチが悪い。
友達を見失って焦る気持ちは分かる。だけど、ちょっと聞き分けがなさ過ぎないか。
「あいつはうそつきだ! いやなやつだ! ちよをたすけるきなんてないんだ!」
「……そんな事はない。誰の為を思って―」
「チアキだってうそつきだ! ちよをたすけてくれるっていったのに!
あいつとおんなじだ! ちよをいじめるわるいやつだ! ひとごろし―」
「いい加減にしろ!!」
パンッ!
リビングに乾いた音が響き、よつばの大声がピタリと止まった。
時計の音だけが響く静寂中で、チアキはよつばの頬を叩いた手をジッと見つめた。
シルバースキンを着たよつばに怪我はなく、むしろ叩いた手がジンジンと痺れている。
まるでブロック塀でも叩いたかのような痛みが骨に響いた。
痛みのあるなしは問題ではない。
何故、手を上げてしまったのだろうか。チアキは手を見つめ、自問するが答えは出ない。
末っ子の彼女は年下の世話など経験がない上、自分の幼少時を基準に考えたならば、
よつばが我慢ならないバカ野郎に見えるのも無理はなかったかもしれない。
悪いことをしたら年長者にお仕置きされる。これは南家の鉄則でもあったかもしれない。
それでも感情に任せて幼児を叩いたことは、年長者として恥ずべき行為だと思った。
「よつば、その、ごめ―」
「……き……いだ」
謝罪の言葉と一緒に差し出した手は、強い拒絶と共に払い除けられた。
新たな痛みが、拒絶も仕方ないとチアキに語りかけてくるようだった。
「え……?」
「チアキなんて……だいっきらいだっ!!!」
目に涙を溜めて叫ぶよつばに圧され、罪悪感からかつい手を離してしまう。
こういう時、なんと声を掛ければいいのだろう。どうすれば良いのだろう。
我が侭や癇癪といった行為から縁遠いチアキは途方に暮れた。
55:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:20:36 Td5QgLpw
*
大ッ嫌いだ。よつばは何も悪い事はしていないのに叩くチアキなんて大ッ嫌いだ。
一刻も早くちよの所へ行きたいのに、邪魔ばっかりするチアキが悪いんだ。
よつばはそう思っていた。ちよを思う真っ直ぐで純粋な心でそう思っていた。
言葉に詰まるチアキの手を振り払い、よつばはソファーに置かれた杖を奪い取る。
『この杖は怪我を治せるんだ。ちよって子もきっと助かる』
出会った時に聞いた言葉を思い出していた。この杖さえあれば、ちよを助けられる。
もうチアキにもパタリロにも頼らない。ちよは自分で助けるんだ。
そう心に決めて、よつばは脱兎の如く玄関へと駆け出した。
だが軽いとはいえ自分よりも長い杖を抱えて、消耗したよつばが早く走れるはずもなく、
玄関に辿りつく前にチアキが追いついてきた。
「よつば、外に出ちゃ―」
「うるさ―い!!」
ガッ!
振り向き様、遠心力に任せて薙ぎ払った杖が、追いすがったチアキを打ち倒した
癒しの象徴たる天使を模した装飾が僅かに汚れ、小さな血痕を絨毯に作る。
「よつ……ば!?」
身を起こすチアキの額から流れ出た生暖かいものが、蒼白になった顔に紅を添えた。
傷口に当てた手が赤く染まっていく。
杖の先が僅かに当たっただけだ。出血はあるが傷自体は深くない。
しかし零れ落ちる赤い色が、二人の間に深い溝を作りだしていた。
(チアキがわるいんだ! よつばがわるいんじゃない)
負傷して見上げるチアキの姿が、最後に見たちよの姿と重なる。
そして自分に酷い嫌悪感を感じた。
(チアキがじゃまをするからいけないんだ。ちよをたすけるんだ)
よつばは一歩二歩と下がりながら自分のしたことを必死に肯定する。
そうしなければ自分があの嫌な男と同じになってしまう気がして怖かった。
「行っちゃダメだ……外は……危ない……」
起き上がりながらチアキが手を伸ばす。
それが罪悪感から出たものだとしても、よつばの身を案じてのこと。
だがよつばが感じ取ったのは謝罪でも優しさでもない。
糾弾と罪悪感だけ。赤く染まったチアキの手が、自分を責めているように見えた。
「チアキがわるいんだ! チアキなんてだいっきらいだ!! ひとごろし!!!」
恐怖を打ち払うかのように力の限り叫んで、よつばは玄関を飛び出した。
よつばは悪くない。悪いのは全部チアキなんだと自分に言い聞かせて。
もし後ろを振り向いたなら、力なく手を降ろすチアキが目に止まっただろう。
だから前だけを見て駆け出した。振り返るのが怖かったから。
56:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:21:29 Td5QgLpw
○ ○ ○
よつばを引き止められなかったチアキは呆然とした様子で、そのまま座り込んでいた。
(言うにこと欠いて『ひとごろし』かよ)
不思議ともう否定する気にはならなかった。
初めてパタリロと出会った時、銃を撃った。殺す気だったかどうかは覚えていない。
でも相手が死んでも良いとは思っていた。立派な殺人未遂、人殺し候補だ。
もしも姉達が誰かに襲われていたら、自分はどうするだろう。
もしも姉達が誰かに殺されてしまったら、自分はどうするだろう
よつばのように制止を振り切っても行くだろう。
だからあの時、パタリロが止めても二人で探しに行こうとしたんだ。
(なのになんで、さっきは一緒に行ってあげなかったんだろう)
ちよがもう死体になっているとパタリロから聞いて知っていたからだ。
でも―よつばはそれを知らない。
一緒に行ってくれると言った相手が、手の平を返したように引き止めたのでは、
裏切り者と思われても仕方ない。
(よつばを追おう。会って、謝って、そして一緒に行こう)
チアキは立ち上がると玄関を出た。彼女が悩んでいた時間はたった数分。
だがその数分は取り返しの付かない時間だった。
57:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:24:34 Td5QgLpw
○ ○ ○
(何をやってるんだアイツは?)
座り込んだ弥彦から100メートルほど離れた叢に、様子を伺うペンギンが一匹。
カサカサっと住宅地まで行って帰ってきたパタリロである。
(どうもネクロフィリアじゃなさそうだが、死体漁りでもないみたいなんだよな)
状況が良く分からない。パタリロが戻って来た時、既に弥彦は正気に戻っていたのだ。
死体を抱きしめているなんて死体愛好家以外なら、後は親類知人の類だ。
(よつばはカグラって子も探してたな。確かちよの友人で名簿にも乗っていたはず……)
友人の死体を見つけた。そう考えると弥彦の不自然な行動も自然に思えるから不思議だ。
不意打ちで銃殺、という選択肢をパタリロは心の中で消す。
(だけど推測は推測だ。しっかり見て、聞いて確かめないとな)
警戒は解かず、根来忍術皆伝の忍び足で背後から近付いて行った。
「お前がカグラか?」
突然、背後から掛けられた声に弥彦はギョッとして振り向く。
そして振り向き様に火傷した右腕で楼観剣を構えようとするが、切先を返すよりも早く
得体の知れない物体の短い足が右肘を押さえ、弥彦の剣と構えを封じた。
どれだけ近付かれていたんだと相手の力量に驚くと同時に、自分の無警戒さに腹が立つ。
「乱暴な奴だなぁ。僕は名前を聞いているだけだぞ」
「くっ!」
火傷に触られて声が漏れるが、剣を落としたりはしない。
肘の痛みを省みず、力任せに押し切って間合いを離すと片手で楼観剣を正眼に構える。
左手は少女を抱いたままだった。
「せっかちな奴だな。サムライは戦う前に名乗りを上げるんじゃないのか?」
「……人に名を尋ねるたけりゃ、まず自分から名乗りやがれ!」
「そろもそうか。はっはっは、失敬失敬」
そうコホンと咳払いをして三歩ほど下がると大袈裟に歌舞伎のような見得を切った。
「やあやあ遠くの者は音に聞け、近くばよって目にも見よ! 我こそ西方は常春の国
マリネラ王国が国主、八代目パタリロ=ド=マリネールなるぞ!! 頭がたかーい!!」
少し変な時代劇が混じっているらしい。
「……なんの真似だ?」
「あれ? サムライの挨拶って、こんなんじゃなかったっけ?」
「いつの時代だ! 江戸時代どころか戦国時代よりも前じゃねーか!」
「そーか。どうりで変だと思った。んじゃ改めて。ぼくパタリロ!」
弥彦は突然の事に毒気を抜かれていた。
なんなんだコイツ。マリネラって一体どこの国だ。いやそれ以前に人間なのか?
サメだかタヌキだか分からない格好で。胸から顔が出ているから夷腕坊みたいなものか?
次々と浮かぶ疑問に答えは出ない。分かるのは会話の出来る相手ということだけだ。
「おい、僕は名乗ったぞ。自分で言ったからには礼儀を守れ」
「あ、ああ。俺は――」
58:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:25:29 Td5QgLpw
○ ○ ○
(やったぁぁ! あの子一人だ! これなら……僕でも)
路地に隠れていた藤木は、住宅からヨタヨタと飛び出したよつばを見つけて狂喜した。
僕にはツキがある。火傷とかしちゃったけど、すぐに消せたし水も見つかった。
風呂場で出会った男の子は何故か見逃してくれた。
そして今、取り逃がした幼女はたった一人で路地を駆けて行く。
三人もいたのに勝手にバラバラになってくれた。僕のために。
神様と仏様とキリスト様に感謝したいくらいだ。僕には神様が付いているんだ。
(あんな小さな子に負けるわけがない。負けるわけがないんだ。そうだ。絶対だ)
自分の方が優位だと確信した藤木の行動は早かった。
ノロノロと走るよつばの進行方向を予測して、先回りした。
その際も逃げ道の確保は忘れない。
いざという時のために、的の紙を裏路地の何箇所かに張りつけながら移動する。
万が一にも負けそうだったら、これで足止めをして逃げるつもりなのだ。
情けないが卑怯で臆病なことは優れた戦術家に必要な資質の一部と言える。
小さな足音が近付いてきていた。後一つ路地を曲がれば、待ち伏せは成功だ。
藤木は大きく深呼吸をしてから、手の平に人という字を三回書いて飲み込む。
相手は長い杖を持っている。でもあんな小さな子に喧嘩で負けるはずがない。
(大丈夫、負けるわけないんだ)
高々とルーンの杖を掲げて藤木は、路地に入ってきたよつばに襲い掛かった。
突然の奇襲に、前だけを見ていたよつばは声も立てずに殴り飛ばされる。
シルバースキンに守られて怪我は無いが、その衝撃の全てが防がれるわけではない。
よつばは塀に叩きつけられ、癒しの杖はカラカラと乾いた音を立てて転がった。
「うふふふ、まままた会ったねぇ、キミ」
藤木は普段出さないような歓喜の声をあげ、倒れたよつばを出迎えた。
己の優位を信じて疑わない、完全に人を見下した目つきだった。
忘れもしない藤木の顔に、怒りを露わにしたよつばが叫ぼうとするが、
金魚のようにパクパクと口が開いただけだった。
「くくく、喋れないだろう? ルーンの杖って言うんだ。凄いだろう?」
笑いながらよつばを再び杖で殴りつけた。
最初、人を殴ることに恐怖を覚えていた少年とは思えない残酷な笑み。
反撃できない小動物をいたぶる様に、倒れたよつばを殴り続ける。
それは風呂場であった少年に対する憤りでもあった。
恐怖で失禁までした弱さを認めず、無力な少女を殴ることで己の強さを誇示していた。
「ハァハァ、ここはあの家からは見えないし、こ、声も出せない。助けは来ないよ」
自分を安心させるように口に出す。ちよの時は最初の一発で勝負が付いていた。
それなのに何度殴ってもよつばは死なない。何度でも起き上がろうとする。
泣かずに何度でも藤木を睨み付ける。何でだ! ちっちゃい子供のクセに!
59:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:26:06 Td5QgLpw
(そんなに僕が弱いって言うのか。キミの方が弱いくせに! ちっちゃいくせに!)
藤木に焦りの表情が出た。負ける気はしないが、もう一人に探しに来られると不味い。
それを心配して通りの方に視線を送った瞬間、よつばが動いた。
一瞬の隙を突いて逃げるのではなく、立ち上がると同時に全力で体当たりをしたのだ。
「ギャッ!」
よつばの頭突きを腹部に受けた藤木が、短い悲鳴を上げてよろめく。
あまりの痛みに涙がちょちょ切れた。
頭突き自体は痛くはない、シャツの下の火傷が痛むんだ。
そのまましがみ付いてくるよつばを振り払おうと杖を振り上げるが―
逆の腕によつばが噛み付いた。餓えたピラニアが肉を食いちぎらんばかりに。
「いいい痛い痛い痛い痛い痛い! 離れろ、離れろよ―!!」
火傷の上に噛み付かれた痛みに悶絶しながら、藤木は何度もよつばを杖で殴った。
頭、背中、腕、足、全部殴ったがほとんど効いていない。
防護服の武装錬金が砕けては再生を繰り返している事に、藤木は気が付かなかったのだ。
「離せ離せ離せ離せ離せ離せぇぇぇ――!!!」
とうとう藤木は杖を捨て、よつばを手で引き剥がそうと必死に力を込め始めた。
絶対に負けないはずの幼児相手に苦戦する屈辱。そんなことを考える余裕すらも無い。
だがその必死n抵抗は、シルバースキンの隙間からよつばの喉を探り当てた。
「離せ離せよぉぉぉ!」
よつばの細い喉に爪を立て、力の限り叫びながら締め上げる。
幼い顔が苦悶に歪み、変色しながら顎の力が緩むまで数秒とかからなかった。
力任せに口から腕を外すとそのまま両手で喉を更に締め上げる。
よつばの手足が乱暴に振り回されるが、そんな抵抗も藤木には届かなかった。
「許さないぞ。絶対に許さないぞ! 死ね、死ね、死ねぇぇ! 大人しく死ねよぉぉ!
お前なんかに、お前みたいなちっちゃい子供に僕が負けるわけないんだよぉぉぉ!!」
○ ○ ○
道を歩いていた。細くて長い長い散歩道。
その先にちよの姿が見えた。何人かの人に囲まれ、楽しそうに笑っていた。
なんだかとても懐かしくて、一緒に混ぜて欲しくて、勢い良く駆け出した。
なのに左右から変なペンギンと年長の女の子が手を掴んで引き止めたんだ。
ちよの所へ行きたいのに邪魔をしたんだ。悪い奴らだ。
その手を力一杯振り払って、もう一度駆け出した。
こっちに気付いたちよは困ったような悲しそうな顔をしていたけれど、
小さな溜息の後、大きく腕を広げて優しい笑顔で迎えてくれた。
だから、その腕の中に飛び込んだ。
60:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:29:53 Td5QgLpw
○ ○ ○
「そりゃあ災難だったな」
簡単な自己紹介の後、弥彦はニアの時と同じように今までの事を話した。
警戒しなかったといえば嘘になるが、ニアの件もあって警戒するのがバカバカしかった。
「簡単に信用するのかよ。俺、血塗れなんだぜ」
「今はもう泥だらけだ。前さえ向いていれば泥だらけの人生でも良いんじゃないか?」
話の節々で、子供のクセに維新戦争でも経験したかのような相槌を打つ。
ニアといい、コイツといい、よく分からない連中ばっかりだ。
「偉そうな事を言いやがって。俺はお前を信用ないぜ」
「それは結構なことだ。そういう奴ほど一度信頼を勝ち取れば裏切らないもんだ」
「……一つだけ質問に答えろ」
弥彦はパタリロからニアに似た空気を感じ取っていた。だからこそ聞きたい事があった。
「お前は……十人を助ける為に一人を犠牲に出来るか?」
ニアと同じならコイツと一緒にはいられない。どこかできっと袂を分かつ時がくる。
弥彦はそっと楼観剣に手をかけた。
「小を殺して大を生かすか。そういうのは程度の差はあっても誰にだって出来ることだ。
凡人の考えそうな事だな。ぼくみたいな天才はな、大を生かして小も生かすんだ」
「……出きるのか、そんなこと?」
自分では答えの出せない問題の答えをコイツは知っているのだろうか。
「さあね。出来るかどうかは状況次第、誰にも分からんさ。だけどな、生かす気がなきゃ
確実に死ぬ。大勢を救う為だからって誰かを犠牲にはしたくないんだ。もう二度とな。
だから一人の犠牲が必要だというのなら、ぼくはその一人をも助ける方法を考える」
弥彦は知らない。
かつてパタリロが数千数万の命を助けるために、部下の青年を犠牲にしたことを。
その青年は未来への希望に満ち溢れたまま、何も知らされずにその命を落とした。
パタリロの命令によって、自分の夢が叶うと信じたまま、平和の礎となった。
今でも月を見る度に思い出す。いつか一緒に月へ行こうと約束したことを。
きっと一生忘れない。生まれて初めて心から泣いた日のことを。
「助けられる相手は助ける。全力でな。全員は守れなくても、目の届く範囲くらいは
守りたいだろ? 偉そうな事を言っても結局はその程度さ」
「……それじゃ答えになってねぇよ」
明確ではなかったが満足した。たぶん聞きたかった言葉は聞けたような気がする。
難しい事は良く分からないけれど、もう少し様子を見てもいいと思った。
61:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:31:20 Td5QgLpw
○ ○ ○
「どうだ! ぼ、僕の方が強いだろう! キキキキミが僕に勝てるわけないんだ!!」
よつばの腕は力無く垂れ下がり、脱力した体は藤木の両手が引き支えていた。
幼い顔は紫に変色し、白目を剥き、鼻水と泡と涎が零れている。
糞尿も垂れ流しているかもしれない。それでも藤木は両手で絞め続けていた。
ちよの見せた最後の抵抗が、文字通り頭に焼付いていたからでもあるが、
どこまでやったら人が死ぬか、それすらも藤木は理解できていなかったのだ。
脱力した死体を投げ出し、何度も踏みつけ、動かないことを確認してからようやく
勝利の雄叫びを上げた。
「しし死んだ。こ、殺した。僕が殺した! ぼぼぼ僕がかかか勝ったんだぁぁ!」
自分よりも小さい子を暴力で殺した。それは本来なら全く誇れる事ではない。
だが藤木の中では、よつばはただの子供ではなかった。
強そうな長い杖を持ち、強力な杖の乱打に耐え、猛獣のように喰らい付く強敵。
よつばを褒め称えているのではない。そうする事で彼女を殺した自分を褒めているのだ。
自分は強いと、自分は戦えると、強敵を倒した自分はヒーローのように強いのだと。
そう言い聞かせることで正気を保っていた。いや既に正気ではないのかも知れない。
真っ赤に充血した目と真っ青に染まった唇が、不気味なコントラストを醸し出していた。
「これで二人目、もう二人目だ! 僕は強いんだ。僕にだって殺せるんだ。そうだろ!」
バッと藤木の振り向いた先に、息を切らせた少女―チアキが立っていた。
「ハァハァ……よつばに……何してんだ……バカ野郎ッ!!」
藤木を睨み付けるチアキの息は荒かった。
よつばを探して近隣の路地を駆けずり回り、住宅地と沼地の境まで行ったところで
蜥蜴を踏み殺したような藤木の悲鳴を聞きつけて戻ってきたのだ。
(何でよつばが倒れてるんだ? 何であいつに踏まれてるんだ?)
苦悶の表情のまま人形のようにピクリともせず、異常な目つきの少年に踏まれている。
よつばの場の身に何が起きたのか、チアキにだって一目で状況が分かる。
だがそれを認めたくはなかった。
「ふひひひひ、おお遅かったねぇ。もう死んじゃったよ。こ、この僕が殺したのさ。
僕が悪いんじゃない、よわっちいこの子が悪いのさ。これはこういうゲームなんだよ!」
そう言いながら藤木は落ちている癒しの杖に手を伸ばす。
投げ捨てたルーンの杖よりも長くて使いやすそうな武器だからか。
しかし後数センチというところで、藤木の手は届かなかった。
カメレオンの舌のようにロングフックが杖を捕らえ、チアキの手物に引き寄せたのだ。
「だったら……殺されても文句はないなバカ野郎!!」
杖を構えたチアキの頭を熱いものが駆け巡る。
体の奥底からドス黒い何かが這い上がってくるような感じだった。
62:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:32:12 Td5QgLpw
*
チアキが辿りつく前に、よつばを殺せた事を藤木は神様に感謝した。
二人掛かりだったら逆に殺されていたかもしれない。
いや殺されはしないだろうが、この子達も殺せなかっただろう。
でも……そうはならなかった。そうはならなかったから……僕の勝ちだ。
声を奪ったのに自分が悲鳴を上げてしまったのは失敗だったが、結果オーライ。
こうして一人づつ僕の前に現れてくれたのだから。一人づつ殺されてくれるのだから。
やっぱり僕には神様が味方しているに違いない。
「怖いなぁ。ふひひ、怖いよぉ……」
嘲るように藤木はチアキに背を向けて駆け出した。逃げるのではない。
ひ弱そうな女の子に杖を持たれたくらいでは、今の藤木は動じない。
武器などなくても作戦があった。自分は勝てると信じていた。
(あの場所まで誘い込めば、僕の勝ちだ!)
的の紙を貼り付けた場所まで行けば、ただの小石が無敵の誘導弾に変わる。
最弱のポーンが最強のクイーンに変わるように、圧倒的な力を得る。
逃走用の消極的な仕掛けだったが、今は勝利を約束する必殺の仕掛けだ。
あそこに辿りつけば勝てる。だが―たった数歩で藤木の逃走は終了した。
頭上を何かが飛ぶ音がしたと思った次の瞬間、目の前にチアキが降って来たのだ。
「どこへ行く気だ、バカ野郎!」
驚く間もなく、飛び降り様に振り下ろした杖が藤木の左肩を殴りつけた。
必勝だと思っていた作戦は、実行する前に気付かれる事もなく粉砕されてしまったのだ。
さっきまで何メートルも後ろにいたのに、まるで忍者だ。なんて卑怯な奴なんだ。
激痛に身悶えする耳に小さな音が聞こえたが、それが手品のタネとは気付かない。
チアキはロングフックを前方の住宅に引っ掛けて跳び、途中で手を離していたのだ。
「ひぃぃ!」
藤木は打たれた肩を押さえて数歩後ろに下がった。
チアキの持つ杖は彼の身長と変わらず、掃除時間に降り回される長ボウキを彷彿させる。
いつだってホウキで叩かれるのは藤木の方だった。
いつだってやり返したかったけれど、仕返しが怖くて出来なかった。
でも今は違う。やり返さなければ殺されてしまう。
目の前で降られる杖に恐怖しながらも、この場を切り抜ける方法を模索していた。
「ぼぼぼ僕が悪いんじゃない。ゆゆ許して、そうだ僕の支給品を上げるから……」
「寝言は寝て言えよ。二度と起こさないから」
藤木は叫びながらランドセルを手にジリジリと後退する。
もう少し下がった所には、さっき投げ捨てたルーンの杖が転がっているはずだ。
長くても細いホウキみたいな杖よりも、短くても太くて棍棒のような杖の方が強いはず。
きっとそうだ。そうに違いない。力だって僕の方が強いんだ。負けるわけがない。
藤木は手にしたランドセルをチアキに投げつけ、振り向き様に駆け出し―
「えぇっ!?」
何かに足を取られた。前方に転ぶ途中で藤木は気が付いた。
それが死んだよつばであることに。その目はちよと同じく嘲笑しているようだった。
63:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:32:58 Td5QgLpw
*
倒れた藤木に杖が幾度となく振り下ろされた。
「許して、殺さないでぇぇ! 僕が悪かったからぁぁ!!」
「謝るくらいなら……最初からするな……」
冷めた声で返答してチアキは藤木を杖で殴打するが、既に息が切れかけていた。
走り回って疲れていた上に、所詮はただの女子小学生。圧倒的にスタミナが足りない。
力もなければ技術もなく、剣術どころか喧嘩すらしたこともない。
今だって見様見真似、しかも掃除中にふざける男子の真似をして振り回しているだけだ。
これでは痛みを与える事は出来ても、殺す事など出来はしない。
「な、な、何でもするから……何でもするから助けてくれよぉぉぉ!」
「なら舌を噛んで死ね、バカ野郎。生きているだけで酸素の無駄使いだ、人殺し!」
「あ、あんまりだ……お前だって、お前だって僕と同じ人殺しじゃないか!」
『ひとごろし!』
「!?」
振り上げた杖がピタリと止まった。よつばの声が脳裏に蘇る。
『チアキがわるいんだ! チアキなんてだいっきらいだ!! ひとごろし!!!』
私は―やっぱり人殺しなのか?
チアキに生まれたほんの少しの躊躇。それを藤木は見逃さなかった。
よつばがした様に藤木はありったけの力を込めて体当たりをした。
杖で背中を殴られながらも、ラグビーのタックルのようにチアキを押し倒す。
癒しの杖は投げ出され、二人の手が届かない場所まで転がっていった。
「よよよくも僕を叩いたな! ここ今度は、今度は僕の番だぁぁ!」
藤木はそのまま馬乗りになってチアキの顔を殴りつけた。何度も、何度も。
抵抗するチアキの拳が藤木の頬に当たるが、倒れた状態の拳に威力などない。
それに引き換え藤木は体重をかけて動きを封じた上で、力一杯殴り降ろすことが出来る。
もっとも藤木のパンチも振り回すだけの駄々っ子パンチだったが、優位には変わりない。
文字通り子供の喧嘩にしか見えないが、格闘技では難攻不落といわれている体制だ。
「お、女のくせに生意気なんだよ! 泣けよぉ、謝れよぉ、許してやらないからさぁ!」
いけ好かないチアキの整った顔が、殴るたびに変貌する事に快感を覚える。
弱い者を苛める下卑た快感。手を振り下ろす度に出る短い悲鳴が心地よかった。
「ほら、どうしたんだよ!? 僕を殺すんじゃなかったのかよ!?」
力の入らない反撃を余裕で防いで殴り返す。楽しかった。一方的な戦いは楽しかった。
チアキの右手が糸の切れた人形のようにパタリと落ちて、よつばの死体に重なった。
よつばの見せる嘲笑のような表情も、今では自分を羨望する眼差しにさえ思える。
やっぱり僕は強い。本気を出せば女の子になんて負けるはずがないんだ。
僕を蔑んだクラスの女子にも、いや今なら男子の誰と喧嘩したって勝てる。
永沢君なんて目じゃない。僕には神様が付いている。誰にも負けやしないんだ。
64:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:35:52 Td5QgLpw
○ ○ ○
道を歩いていた。細くて長い長い散歩道。
その先によつばの姿が見えた。何人かの人に囲まれ、楽しそうに笑っていた。
なんだかとても懐かしくて、一緒に混ぜて欲しくて、勢い良く駆け出した。
なのに変なペンギンが手を掴んで引き止めたんだ。
よつばの所へ行きたいのに、会って謝りたいのに、邪魔をしたんだ。
その手を力一杯振り払って、もう一度駆け出した。
こっちに気付いたよつばは、涙を溜めた目で睨みつけて、怒鳴りながら何かを投げつけた。
『チアキなんてだいっきらいだ!! ひとごろし!!!』
避ける事も出来ず、硬い物が顔に当たった。
とても痛くて、悲しくて、耐えられなくて、よろけた拍子に道を踏み外した。
そして真ッ逆さまに堕ちていった。
○ ○ ○
「これからよろしくな。ぼくのことは親しみを込めて殿下と呼んでもいいぞ」
「簡単に人を信用するなよ。俺は人殺しなんだぜ」
弥彦が不満の声を上げた。他人を信用するのは良い。裏切られるのは自分だから。
他人に簡単に信用されるのは、軽く見られている気がして何か嫌だった。
「そんなこと言っても、お前は分かりやすい熱血キャラだし、根は善人っぽいし」
「人を勝手に決め付けるな!」
「その子な……ちよっていう名前で、今話したよつばの知り合いなんだが―」
そうパタリロは丁寧に寝かせられた少女の死体に視線を送る。
この子の首を跳ねたのは俺だぞ。そう弥彦は言い張った。正気でなかったとはいえ事実だ。
「さっき剣を構えた時、その子を大事に抱かかえていたろ? 普通は投げ捨ててるさ」
「そんなの関係―待てよ! そのよつばって子たち、今どこにいるって言った!?」
弥彦が血相を変えて詰め寄った。ボンヤリとしていた記憶の断片が繋がっていく。
「向こうの住宅地に置いてきたと説明したろう。あそこなら―」
「あそこには……この子を殺した奴がいるんだ!」
そう叫ぶと弥彦は西へと走り出した。慌ててパタリロがそれに続く。
ニアの言っていた事が真実なら、ちよを襲った奴がいる。
このちよの持っていた炎を出す短剣、そして住宅地にいた火傷を負った少年。
何でもっと早く気がつかなかったんだ。そう弥彦は自分の迂闊さを責めた。
(今度こそ、今度こそ助けるんだ。一人でも多く……俺は助けたいんだ!)
65:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:38:15 Td5QgLpw
ぐったりとしたチアキに気が付いて、藤木はようやく手を止めた。
泡を飛ばしながら血走った目でもはや正気を保っているのか疑わしい。
「ふん……偉そうなこと言ったくせに、もう死んじゃったのか。つまんないな」
もう楽しみたかったかな、と先程まで考えた事もなかったような事を思う。
人を暴力で屈服させるのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。
藤木も普通の子供たちのように仮面ライダーやスーパーマンに憧れていた。
でも友達とライダーごっこをする時は、いつも怪人か戦闘員の役だった。
本当は仮面ライダーの役をやりたかったけれど、やらせてもらえなかった。
正義のヒーローになりたかったんじゃない。
強くなりたかった。強くなって怪人たちを叩きのめしたかった。
そして僕は今、強くなったんだ。この世界では僕もヒーローになれるんだ。
「僕は強いんだ。僕はヒーローなんだ。名前は……王様。そう、フジキングとでも……」
「……寝言は……寝てから言えって言っただろ、バカ野郎」
死んだと思っていたチアキの声に、少し驚きはしたが恐怖も一欠けらもなかった。
まだ藤木はチアキに馬乗りになったままで、状況は何も変わっていないからだ。
むしろ給食を食べ終わったと思ったら、デザートのプリンが出てきたような感覚だ。
もう少し楽しめる。もう少し苛めるられる。ニンマリと藤木は笑みを浮かべた。
「へぇまだ生きてたんだ!? 命乞いでもする? 優しい僕が助けてくれるかもよ?」
「……黙れよゲス野郎……殺されたって……お前なんかに」
「そんなこと言って良いのかい? また殴るよ。殴られると痛いんだよ」
「……だったら……殴られてみろ!」
組み敷かれているチアキが思い切り腕を振って、藤木に殴りかった。
避けるのは簡単。防ぐのも簡単。もし受けても大したダメージにはならない。
馬乗り―マウントポジションとはそういうものだ。だがそれは素手の場合。
チアキの右手には鋭利な金属片が握られていた。
よつばから解除された『C』と刻まれた六角形の金属片が。
66:ひとごろし ◆uOOKVmx.oM
07/04/04 11:38:53 Td5QgLpw
*
「ななななんだよ!? なんだよこれぇ!?」
石を持って殴るように、手に触れた金属片を持って殴りつけただけだった。
死ぬ前にもう殴り返したかっただけ。絶対に許せない奴に仕返しをしたかっただけ。
だが藤木の頬を切ると同時に六角形の金属片は、細かいチップとなり藤木を包んでゆく。
それは拘束服(ストレイト・ジャケット)の武装錬金『シルバースキン・リバース』。
チアキの抱く敵意と闘争心が呼び出した偶然の産物だった。
「そんなこと、私が知るか」
拘束服を着せられた藤木を押しのけ、のそのそとチアキが起き上がった。
外部への攻撃を一切遮断し、そして着用者を締め上げて動きを封じる拘束服。
体力のない藤木は、その単純な圧迫感にすら絶えられず完全に身動き出来なくなっていた。
「動けない……のか?」
状況を把握できていないのはチアキも同様だった。
それでも藤木が動けなくて、自分が動けるとだけ分かれば十分だった。
頭が痛い。殴られすぎて顔は見るのが怖いくらいに腫れ上がっている。
こんな顔で家に帰ったら『誰あなた、オバケ?』などと言われてしまうに違いない。
動けない藤木を放って、チアキは転がっていた癒しの杖を拾い上げた。
「やややめて、なな殴らないで! もうしないから、お願いだから許してェェ!!」
杖で殴られると思ったのか藤木が泣いて懇願した。
身動きは取れず、しかも締め付けられている。
先程まで自分がしていた事を返される恐怖で藤木は頭が一杯だった。
「助けてぇぇお願いだから。そそそそうだ……ぼ、僕はもう二人殺してるんだ!
ああ後一人殺したら『ご褒美』が貰える。それを上げるから、その顔の怪我を治すから!
だから、だから助けて、殺さないで!」
「間に合ってるよ、バカ野郎!」
暖かい光がチアキを包み、顔の晴れが引いてゆくのが感じられた。
貴重な回復手段だが『頭を殴られたのだから仕方ないだろ』と無意識に言い訳をする。
振り向いたチアキの顔は元のように整っていた。
よつばに付けられた切り傷や痣は消えていないが「誰?」と言われない程には。
(こいつ、どうしよう?)
殺したいほど憎いが、泣き喚いて命乞いをする相手を殴るのも気分的に嫌だった。
このまま捕まえて置いて、パタリロに任せようか。
勝手な考えだが自分で手を下すのは嫌だった。人殺しになりたくなかった。
そんな事を考えながら、よつばと藤木の支給品を自分のランドセルに詰め込む。
騒ぎ続ける藤木をパタリロと合流するまで見張らなきゃいけないのは、苦痛だと思った。