皇后美智子が大嫌いな奥様集合 23at MS皇后美智子が大嫌いな奥様集合 23 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト377:可愛い奥様 07/06/30 23:01:35 53a/vDno0 >仏留学中には紀宮さまが国際電話で近況をうかがったことや、 手彫りの鳥を送る他にこういうこともしてたんだ。 坊城さんのことが本当に好きだったんだろうなぁ。 まあ坊城さんは逃げ切れて良かったと思うけどw しかし黒ちゃんとの結婚生活が益々危ぶまれるわねw 黒ちゃんとは心ときめくようなものはなかったけど、 静かに愛を育んでいったというふうには思えないからなぁw 378:可愛い奥様 07/06/30 23:05:26 2AaxNRbS0 >>376 ありがとうございます お幸せになられていたようで 何だか嬉しくなりました サーヤのお婿さんには・・黒ちゃんがお似合いですよね こんな立派な、カッコ良い人が隣にいたら せっかくの皇女さまが目立たなくなっちゃいます 可愛いサーヤの隣には・・ふさわしい引き立て役を置かなければ・・By小皿 379:可愛い奥様 07/06/30 23:05:48 yogkvC5n0 >>375 大正4年12月2日三笠宮は生まれたが、同時に生まれた糸子(いとこ、戸籍上は絲子)は、 大正5年1月8日山本実庸(さねもち)子爵の庶子として生まれたことにされた。今でこそ、双子 どころか五つ子、六つ子と数が増えるほど微笑ましく受け入れられるが、当時は「畜生腹」とい って、1度の出産で複数産むのは動物と同じだということで忌み嫌われた。特に男女の双子 は、「心中の生まれ変わり」という迷信も加わった。皇族、将軍家、公家、大名家では家門の名 誉のため、男女なら女児を、同性なら後から生まれた方を密かに始末した。 糸子は高貴な家の習慣により、嵯峨の宮大工の今井家に里子に出され、5歳半で京都の大 聖寺に入り、ほどなく奈良の円照寺という由緒ある尼寺に移り、「山本静山(じょうざん)尼」とな った。23歳で第十世門跡に就き、79歳で亡くなった。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch