06/05/25 00:07:54
源氏に連なる将軍でありながら、およそ合戦においてただの一度として自身が前線に
立って戦うことなく、弟の直義にばかり危険な役どころを押しつける。すでに心の中で謀反の結論を
出しているにもかかわらず、自分の口からはけっしてその意思表示をすることなく、周囲の意見に
押されてしぶしぶ決定をする、というまわりくどいやり方を通さなければ動こうとしない。
自分の都合で後醍醐天皇の子どもを暗殺しておきながら、自分が朝敵として世間から
非難されることは極端に嫌がる―
後醍醐天皇の反乱のさいに、日本中の武士を敵にまわして最初に朝廷側につき、最期までその
忠義を貫き通した楠木正成、足利家と同じく清和源氏の嫡流でありながら、足利家のように
時の権力に媚びへつらうことなく、孤高を保ってきた新田義貞など、人として好感のもてる者たちの
あいだにあって、足利高氏の悪党ぶりは、いやがうえでも目立つ。
そして同時に、私たちは彼をはじめとして私利私欲のために奔走する道義心なき武士たちの姿に、
どこか現代の政財界を牛耳っている、どこか胡散臭い権力者たちの姿を見出すことになる。
彼らのあいだに共通するのは、言動不一致、つまり、彼らの発する言葉がまったくの空虚であり、
何の重みも責任も感じられない、というひとつの事実なのである。
ひとつの国にふたりの天皇が存在するという、ある意味異常な時代を考えるのに、あるひとりの人間の、
エリートゆえの自尊心を考慮に入れるというのは、じつによくありがちなことだと思ってしまうのは、
ある意味とても悲しいことだと言わなければなるまい。なぜなら、それは今の世の中が、まさに
口から発する言葉に何の重みもない、言動不一致がまかりとおり時代であること―ようするに、
当時も今も、少なくとも人間のあさましい心という意味では、なにひとつ変わっていないということで
あるからである。